C’est La Vie



下からデンワを入れれば、エントランスまで降りてきたヤツは「センサーが壊れてンだ、」と言いながら内側から木とガラスのドアを肩で押さえるようにして、それから不意に。
に、とわらった。迎えに降りてくることの言い訳めいて聞こえる、と思いついたのかもしれない。
「よお、」
「ン、」
短い言葉が足音に混ざりこむ。
季節などあまり関係ない、年中薄着のヤツは寒がるでもなく、また上っていっていたエレベータのボタンを押した。
「なン……?外寒いのか、」
すい、と眼差しがサンジが軽く落としていた長いアンゴラの淡い色をしたストールにあわせられる。
「んー、三月っていってもまだまだ、」
ひょい、と片眉を引き上げた、と思ったなら。
意外なほど節の目立たない指で、垂らされていた柔らかなソレを片手にゆっくりと巻き。
「ウサギ」
そう言ってのける。
「アンゴラ」
「ラパン(野うさぎ)のほうが似合うのにナ」
ぐるぐる巻き、と付け足し笑うのは隣に立つ男だ。
「ファーはちっと暑い、」
「初春じゃねェかよ、ギリギリだろ」
「ココがベルリンならな」
「あー……、息するだけで肺が冷えた、参った」
あぁ、そうかこいつ先週までベルリンだったっけ、とサンジが思う。
自分の(おそらく)コイビトは実に奇妙に思えるのだがVJというやつだ。ムカシの言い方をすれば映像作家?

エレベータが到着し、降りてきたヒトとすれ違う。
「コンニチハ、」
愛想の欠片もなさそうなルックスであるのに、コイビトは礼儀正しい。
そとのお天気は良いみたいね、と初老のご婦人が柔らかく言っていた。
「イッテラッシャイ」
会話に、サンジも目礼だけで参加する。
扉が閉まり、箱が昇っていく。
「すげー、キレイ」
サンジが呟き。
「ここのビルのオーナ。往年の映画女優」
「―――ふぅん、」
2、3、と点滅していく明かりを眺めながら、今日自分がここに「きて」いる言い訳をこいつは知ってるんだろうか、と思う。
「なぁ、ゾ……」
6、とサインが点りドアが開く。
ドウゾ、と表情だけで促されてホールへと出る。古い商業ビルの中身を全部ぶち抜いて各フロアに1世帯。建築事務所だとかインテリアデザイナのオフィス兼自宅、そんなものが他のフロアにも入っているはずだが。
「んー、ここ。おれやっぱ好きだなぁ」
竣工されたころ、確か業界内ではちょっとした話題になっていた。
「そうか?勝手に6階はオレのだってことになってたぜ?まァ便利だけどな」
コイビトのトモダチがこの箱のデベロッパー兼設計者だった経緯は自分も知っている。ただ、まだその頃はコイビトさえ―――遠い知り合い、でしかなかったけれども。
『ムカシから数字の好きな女だった、』との人物評を受けているトモダチの顔をサンジも思い浮かべる。
「ロビンちゃんともしばらく会ってないなァー、」
「いまたしかスペインだぜ、どっかの美術館の設計で」
迫り出した壁の向こうはもうコイビトの『家』だ。

「なぁ、ゾ……」
手で、待ての仕草。バックポケットからケイタイを取り出していた。静かに振動しているソレ。

ただ、どかん、と広く開け放たれている空間はコイビトの仕事場兼、巣、で。それでも、ハナを擽ったのはいまちょうど出来上がりつつあるコーヒーの匂いだった。
悪ィ、と眼で言うとゾロが奥右手、キッチンの方向をひらりと手で示してみせる。ケイタイ越し、何のハナシを聞いているのか浮かべている表情はどこか面白そうな顔であるのを確かめる。
2つ?とカップの数をジェスチャーで訊けば、ウンウン、と頷いて返される。
この場所へ自分が来るようになってから新しく置かせたエスプレッソマシンがセットされている。
「―――は、」
使われていることを実感するたび、妙に照れくさい。
スティールカップでフォームミルクを作りながら眼差しを上げれば、まっすぐに窓辺のほうへ歩いていくゾロの姿が眼に飛び込んでくる。
「―――――アマナにやらせろよ、……あァ。で?」
話しながら足先で椅子を引き寄せ、サンジ曰くガラクタ、本人曰く「思いつき」が幾つも乗せられたままのテーブルに、無精者が椅子に座ったままで寄る。
縦長に、2階部分近い高さまで切り取られた窓は気分良い光を落としているそのあたりはたしかに、居心地よさそうだよな、と飲み物を作りながらサンジも思う。

カップを一つ、まだ話中のゾロの前に置き、自分もテーブルに肘を着いてみる。
眼で、アリガトウ、といわれる。口は、いくつも言葉を上らせている。
肘の支点はそのままに、テーブルから手首までの角度を狭めていく。そして伸ばした腕に顎をのせ、その角度から眼だけを動かした。
「―――ハハッ」
……わらってら。
誰もが一度は見たかもしれないユメなり、カタチなり、オモイなり素手で引きずり出してぐるぐるぽん、って具合にいともカンタン風に、実は全然カンタンじゃなくて本能じみた計算されつくした、間だとか音だとかと組み合わせて写し取って見せちまうくせにな。ガキみてぇな、その顔。
目の前のカップからはいい匂いがしている、当然だ。コーヒー、それもエスプレッソマニアのおれが淹れたンだから。
それがひとつ、テーブルから引き上げられる。言葉を乗せた口元まで持っていかれる。
あぁ、飲むのか、と。テーブルに顎をついたまま見れば、イキナリ視線がぶつかる。
―――バァカ、飲む前から美味いって言うな。
小声で返せば、またコイビトが目元でわらって寄越し。
「―――リンの音が悪いって言うのかよ、バーカ」
また会話に戻る。

話に徐々に夢中になっていく様子を事実としてみつめてみる。何かを思いついて、アタマに浮かんだソレを誰かに見せたくてしかたない、って具合の。まるっきり楽しみをみつけたガキと一緒で。スウィッチが入ったみたいに雰囲気が変わる。
それを眺めながら、サンジが身動きした。
タバコを取り出し、ガラクタのなかからライターを探す。たしか、2−3個混ざっていたはずで。
すう、とコイビトのミドリ眼が「降りてきた」。
ぱし、と眼差しがあう。
眼底あたりから明るいんじゃないか、おまえは液晶パネルかよ、とわらったほどには妙に「発光度」が高いと思えるソレと。
笑みがちらりと過ぎり、けれどそれは会話とは何の関係もない。
なぜなら。
すう、と指先が部屋の一点、キッチン近くの棚を差したので。眼はあわせられたまま。
そして唇が、「ハイザラ」と音にせずに動いた。
ハハオヤたち、もしかしたら祖父たちがデートしていたようなアメリカン・ダイナーの典型的な色とりどりのハイザラが、色もシェイプも無視した形に積み上げられている、30センチばかりの山が3つ。
「アリガト」
サンジが口にし。
に、とコイビトが口端を吊り上げ、また話に戻っていく。立ち上がり、キッチンの方まで行き天井をなんとはなしに見上げた。
コイビトは意外なことに、スモーカーではない。自分がここに来るようになってから増えたモノは、エスプレッソ、マシンとハイザラと、あとは麻のベッドリネンくらいか。
フェイクの、上出来な狼の毛皮みたいだったブランケットは、代わりにこの家から自分の部屋に移動してきたものの一つ。
「―――なんだよ、やっぱ惚れてるよナ」

古びてへこんだ、オレンジのハイザラ。取り上げ、窓辺へ戻る。
コイビトは、そろそろ話を切り上げたいのか、椅子を後ろの二本足でバランスを取って揺らし始めている、座った自分ごと。
屋内ではいつだって裸足なヤツの足首の腱が浮いてきれいに模られた筋肉のラインが、見えないデニムのなかで容を変えていくさまをリアルに想像して、サンジが、に、とわらう。
あとで齧ってやろう、ウン。
そんなことを思い、椅子を揺らしているコイビトの後ろをくるっと回るようにし、もとの場所へと戻る。通り過ぎざま、肩口を軽く突いてみた。
暑いくらいの室内に、コットンの感触とその下のしなやかなものに、また意味も無くキゲンがよくなるのを自覚しながら。
窓からの光が、ますます黄色っぽくなっている。手の中のライターをもてあそび、タバコをくわえなおし。
また、ミドリとぶつかる。なンだよ、と返す前に。あっさりとライターを抜き取られ、眼の覚めるような小さい音と一緒に火が点される。わらって、火をもらう。
ひとつ高く手の中でライターを跳ね上げさせながら、また、コイビトの意識がデンワの会話にゆっくりと戻っていくのを感じる。
犬だか、サメだか、とサンジが内心でわらいだしたくなる。何、ぐるぐる回遊してるんだよ、と。
自分が相手の意識の真ん中にいることはたしかで。コイビトの意識が行ったり来たりしている。
まーなー?両方好物だし。
そう自分でだした答えにまた、テレが混ざる。

話に夢中な横顔を見詰め、また眼を戻し。
「間抜けなかお、」と呟く。聞こえない程度に。
けれど突然、「イトオシイ」としか表現しようのない感情が勝手に内側で溢れそうになり、溜息交じりに慌てながら、爪先でデニムに触れる。
コイビトが喉奥でわらい、人差し指と中指を立てた。
「あと2秒?」
そう言えば。
2、0、と。立てた指にゼロを一つつくってみせる。
ひどくのんびりとした昼過ぎに、なんでもない時間だ。現在と未来と、区切ることなくただ、好きだなという感情が続いている。―――まいったなァ。
きょう、おれのここに来る口実、おまえ知ってるか?

「じゃあな、あァ、もうきょうはデンワしてくるな」
コイビトが上機嫌に言っている、きいっと椅子が鳴った。床に足が四本着く。

「コイビトの誕生日なんだよ、アホウ」
幸福そうな声。

バカみたいに、驚いた。
イトオシイのと、照れるのと、

ぽん、と。アタマのなかでクラッカーが弾ける。
コウフクだ、こういうのでイイ。

現実と未来と、ぜんぶが。






――――C’est La Vie---------