Nightly Sky


サンジ、と。
名前を呼ばれる。参ったことに、勝手に耳どころか体中が喜んじまうみたいなトーンだ。
んー、とか。うーとか。適当な音を発してみる。
くく、と。ゾロが低く笑った。
不精してンじゃねぇぞ、と甘やかすみたいな声がそれから続く。
「誕生日なンだからそれくらい、するんだ」
そう返事すれば、良い子にはご褒美ってわけか?と額に掌があてられた。そうっと。

3週間ぶりくらいに、抱き合った。
コイビトがベルリンに仕事で飛ぶ前に、偶々自分もオフが取れたから4日くらい連続して一緒にいた。最長記録だったかもしれない。

とはいっても。
寝溜めが実際は出来ないとの一緒で、相手の存在を溜め込んでおくこともまぁ出来ないのはわかってはいたが。
ふ、とした弾みで。思い出す諸々の事柄が自分のストックの中に密かに増えたのは確かだった。
コーヒーを飲むときに、ビターチョコレートがあると結構喜んで1個くらいは口にすることだとか。
ヒトの項が実は好物らしいこととか。
俯いて何かを読んだりしていれば、必ずといっていいくらい手が髪を押し上げて軽く唇を押し付けられた。
クスグッタイ、いま思い返しても。

「ご褒美ィ?」
口元が笑いの容になるのを自覚する。
「なぁにが、おまえが?」
そう返せば。
ぶ、とゾロが吹き出した。ばぁか、おまえいくらなんでもそりゃベタ過ぎる、と言って。
よいせ、とかなんとか声がして。
ゾロが身体を半分引き起こし、ヒトのことを覗き込んできた。

「んん?」
「風呂。連れてってやろうか」
ぶ、と今度は自分が吹き出す番だった。
腕を伸ばして、短めの髪に手を突っ込んで引っ掻き回してやりたくなる。
実行しかけたらなら。妙に真面目な顔をしていたコイビトは、何か納得した風に頷き。
「なんだ?」
そう問い返せば。
「や、あのオンナを褒めてやらねェとな、って思っただけだ」
いたって真面目に言われてしまう。あのオンナ、とはおそらく……?
「ロビンちゃん―――?」
カノジョをあのオンナ扱いとはてめえ、と指に絡めきれずにいた髪を引いたが。
「わ、」
イキナリ、抱え上げられて焦る。
や、いくらウェイトはまあ軽めとはいってもだな?おいいくらなんでもそうそう簡単になあ!とか文句を言う間にあっさりと「風呂場」にいた。

とは、いっても。
なにしろ、あの、ロビンちゃんが思い切り遊びたいから「友人」を住ませる前提で好きに作った場所なわけで。
透け透けなんだよね、たとえば風呂場が。壁とかガラスだしさ。
とはいえ、問答無用な我が道オトコは、ヒトをさっさとバスタブに降ろしてタップを捻って水を溜めていきながら、アタリマエの口調で「ブラインド下ろすんじゃねぇぞ。」と念を押してきた。
「う、」
「うって何語だよ」
だから、なに威張ってんだ、おまえは……!下スゥエットだけ穿いてる分際で。
―――あ、つかおれは真っ裸じゃねえか。……うー。
勢い良くバスタブに湯が溜まっていく音がして、確かに気持ちも良いが。

風呂場のガラス壁をこん、と指先で弾くと何かを確認でもするみたいにリビングの方をちらっと見ていた、のか?
「あっち、」
そう言ってやっぱりどこか自慢そうに、バスタタブの縁に半分自棄でアタマを休ませてたおれに言ってきた。
「うん?わかったよ、ブラインドは降ろさねェよエロロロノア、」
言い返したなら。
「アホ、そっから見えるか?」
顎でリビングのテレビを指してた。液晶。
「うん、」
「そうか」
に、と翠が光を弾いたかと思う。

「向こうへ行ってるあいだ、」
す、とコイビトが身体を半ば折るみたいにして。
おれの前髪をすいすい、って具合に引き上げてた。
「おまえのことばっか、思い出したから」
……わ。ヤバイ、おれいま確実にウレシイかもしれねェ。
「作った、――――おまえに遣る」

ま、そこから観ろ。
そういい残してヤツはガラスの箱を抜けて行って。
残されたおれは、頭がぐっちゃぐちゃなだけじゃなくて、心臓が速すぎた。
一分間に100超えてるぞ、脈!!

ヒトの動揺になんざお構いなしなゾロは。
ひら、とDVD?キラっとしたディスクをおれに軽く揺らしてみせてた。
明かりを落としたままだから、もうとっくに薄暗くて。
外にメシ食いに行って、戻ってきてから抱き合ったから。とっくに真夜中なわけだが。
バスの中は明るいから、十分視界は良好なんだ。

で、プレーヤーにディスクが消えていって。

思いつく限りの「蒼」が画面を埋めていた。
デジタルな記号と色合いとグラフィックと、切り替わる沢山の欠片。
暗号めいて、画面に紛れ込む白い文字は。
ぜんぶ、おれが言った言葉の切れ端だった。コイビトに対して。
そして、無音。
音は一切なかった。
開け放したままのガラス箱の扉から、音はなにも聞こえては来なかった。
コイビトは。
中へは入って来ずに、ガラス箱の側まで椅子を引き摺っていて外に座ってやがった。
おれは珍獣気分満載だ。

5分にも満たない「絵」は。
勝手にリピートされてくらしい。
「―――――あ、」
粒子のあらい、写真めいたモノが紛れ込んだ。画面に。
うつ伏せになったところを、上から覗き込んだみたいな構図。
コン、とガラス壁を叩くのにバスタブから出た。もちろん、タオルは被ってた。
翠目があわせられる。ガラス越し。

「何時の間に撮った?」
声に出して、わらっちまった。
そうしたなら、ゾロがまだ自慢気に口端を吊り上げて、自分のコメカミを指先で軽く何度か弾いてた。
―――――へ?アレ、写真じゃねぇの??

アレ?と思えば。
もうゾロは壁際からいなくなってて、ガラス箱の中に戻ってきてた。
「おれは絵も描けるンだ、」
手書きじゃキツイけどな、と言ってゾロがヒトのことを見て。
「アホ、身体冷えるから入っとけ」
そう言ってバスタブを指差してた。
この詐欺師、と思う、おもわず。その外見でダレがおまえがデジタルに強いって思うよ。
トン、と肩を押されて。おれはバスに逆送だ。

片手が、アタマに乗せられて。
ゆら、と揺れる。水面が。
その前は、盛大に水が溢れた。おれが、バスタブの縁に半分座ったヤツを引きずり込んだから、内側に。
「なぁ、」
といったことの、返事代わりがさっきのアクションらしい。
「アレが、プレゼントってやつ?」
まだ繰り返されているままの絵を顎で示す。
「まだまだ、」
コイビトの声が背中側から届く。
「へえ?」
後ろアタマを、肩口に預けてみた。
たぷん、って具合に足元の水面が揺らいだ。

「言い足りるわけ、ねェだろ」

ゆっくりと腕が回されて、言われた。
「薄ら寒ィことに、3週間考えるヒマがありやがったからな」
「って、今日のことか?」
「そう、アタリマエ」
――――うわ。
そろそろ風呂でねぇとおれは逆上せるかもしれない、って。
「プロポーズ断られるのは計算外だったけどな」
笑い声が底に混ざってる、声だ。
「はァ?」
しまった、はァ?が復活しちまった。
「おまえあれはおれが言い出したから繋がった話だろ?」
まったくコイツは――――
「降って湧いたラックは頂く」
「威張るな」
わらっちまう。

「いま言ったら成功率上がってそうだけどな、」
笑いを含んだヤツの声がまたすぐ側から聞こえた。
「おー?そう思う?」
「あァ、いまから試す」

うーわ……マジか?
やべぇー、おれ現役引退あっさりしちまうかもしれねえ、って。






――――Nightly Sky---------