UM DIA (ある日)




ルーティーン。
覚えたこと、繰り返される。
ちょっとしたコト。

コーヒーのロースト仕具合。
たまに、ごく稀に気紛れの域で「飲む」と言い出す茶葉の種類。
発作的に食いたいと笑い始めるピッツァのトッピング、
アンチョビ、オリーブ、ハラペーニョ、フレッシュ・トマト、バジル、ほんの少しのチョリソー。

オイルライターの点火音。
吸殻をアシュトレイに押し当てるタイミング。

台本を覚えるおれの足元で、ソファにもたれかかるオマエの肩の角度。
一度、ふざけて裸足を肩に預けたらエライ目にあわされて、それからは爪先で肩甲骨を叩くだけで
やめにしたこと。

オマエの、オールド・トライアンフのたてる排気音。
窓を閉ざしていても、6階の部屋まで難なく届いた音。

日常。

一度、オーディションに遅れかけてソレのケツに乗せてもらったっけ。
メッセンジャー連中より呆れ果てるくらい雑に、それでもスラロームは優雅なラインで。
ブロードウェイを連なる車の間をすり抜けていった。
クラクションの洪水のなか、文句を言うおれに聞こえて来たのは。
風に切れてそれでも楽し気だったわらい声。
会場に走りこんだなら随分派手に乗り付けたものだと、顔見知りのオンナノコに笑われたこと。

最初に交わしたキスは
殴りあった後だったから、ハナにつくほど血の味がしたこと。
オマエの泣き笑いみたいなカオ。
多分おれの、ナミダでぐしゃぐしゃだったカオを見て。
それでも額を小突いて「ブッ細工、」と呟きまで落とした声。笑いあった。

あさ、明け方前に。
店がハネル少し前にオマエたちがふらっとやってきて、2杯目を空ける頃にはいつもの笑みが
オマエたちの眼に戻るのをおれが見届けて。
何も言わない、聞かない。

ルーティーン。

時計、5時。朝の。
もうすぐ、もう少しで朝陽が上る。ここにも。
ビルの間を細切れに空が明るくなっていく。
朝の、ヒカリ。夜明け。
いま、この瞬間に死んでいくタマシイはいくつあるんだろう?

オマエ、違うよな……?
だって、オマエ。

「帰ってくる、」って、言ったもんな―――?


リノリウムの床。
ERの待合室は、おれのほか誰もいなかった。静まりかえる。
さっきまで、視界にはいくつもの人影が行き交っていたのに。
知らせを受けて、駆けつけてきたときここは抑えた罵声じみた声で溢れていたのに。

きつく肩を掴まれた事を覚えている。
誰かの声、待ってろ、と告げられた。大丈夫だ、と。アイツなら、ダイジョウブだから、と。

ダイジョウブ、

サイレンの音が聞こえていた。
いまは、その音まで消え去っていた。目を閉じかける。

足早な靴音が意識に潜りこんで来た。
「――――ジ、」
ああ、これ。この声。落としていた目線を上げる。
泣くな、と。僅かに、底に張り詰めた疲れが感じられる声が続けた。
「神の右手を信じやがれ、」
「―――シャン…」
くい、と頤が。白い廊下の先を示した。

―――行く?
とん、と。靴先で踝の辺りを小突かれる。

青白いヒカリを床が弾く。

なんでもない朝が、また始ると思っていたんだ。昨日までは。
なあ、なんでオマエ。
おれのところじゃなくて、こんな場所にいるんだよ?







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