22.
いい男だった、との言葉は素直に信じられる。
墓碑に刻まれた没年はまだ新しいものだが。
冬枯れの墓地の中で、ここの周りだけが色に溢れている。
酔った勢いでやって来られるような場所ではないし、何よりどの花束にも必ずオレンジ色の花があわせられていた。
さっきも、そういえば。バイクを下りた自分にトライアンフに跨ったまま、オレンジの花も混ぜろ、とだけゾロがリクエストしてきていた。その声を思いだしながら、ナミを見遣り。
ふ、と眼差しがぶつかる。穏やかに見詰めてくるあまい琥珀色。それを引き立てるように鮮やかなオレンジの―――

昨日の式でも、パーティでもずっと。ブライドメイドの、花嫁の次くらいに幸福そうにしていた印象ばかりが強く残っている。
そして、やはり確信する。
「この男」は相当なヤツだったに違いない、と。なにしろ、こんな女の子が今でも想い続けているくらいの相手なのだから。
「写真とか、いま持ってたりするの?」
サンジの問いに、ふっとナミが目だけで微笑む。
「それがね?よく考えたら実は全然ナイのよ、でもぜーんぶ、」
とん、と細い指先が左胸の上で軽くリズムを刻んだ。
「ここに残ってるからいいの」
「ナミさん、」
「ん?」
す、と両手を伸ばし、華奢な肩をやんわりと抱くようにした。柔らかな身体の重みを預けられ、そうっと髪に唇で触れる。
「幸せになってほしいなぁ、あの子には」
穏やかに言葉にしていくナミに、そうだね、とだけサンジも応えていた。

低く抑えられはしても良く通る声でゾロが静かに唱える祈りの言葉が聞こえ、サンジが眼差しを上げる。
その隣でルフィは両手をポケットに突っ込み、まっすぐに墓碑ではない何かを見詰めているように見えた。

「“恐ろしき炎逆巻く場所にても、主よ、我が務めを全うし人命を救い出す力を与えたまえ。
主よ、炎に巻かれた幼き者を、運命に怯える老いたる者を、共に救い出す力を与えたまえ。
いかに警告の叫びが弱弱しくとも、見事に聞き届けて炎を押さえる力を与えたまえ。
我が天職を全うし、我が隣人たちの生命財産を守りぬくことをここに誓う。そして主よ、汝の意思で我が命を召し上げられるときは、祝福と共に我が家族をその御手で守りたまえ“」(「9・11セプテンバーイレブンズ」より)

エィメン、と最後に呟き。
伏せていた眼差しをゾロが上げ、その口元にゆっくりと笑みを佩いて行くさまから、なぜか目の離せない自分にサンジが気付き。そして、そんな自分を見上げてくるナミに、くしゃりと笑みを作ってみせた。
「あれはね、あの連中のPrayerよ。例え“主”は信じてなくても、祈りの中身は信じてるのよね、あいつら」
同じように微笑み、ナミがゆっくりと回していた腕を解いていた。


                                             23.
クルマで来たのだ、というナミとルフィとに墓地のゲートの外で簡単に別れの挨拶を交わす。ナミの頬へはキス、ルフィには笑み。
「はやく本業に戻れば良いんだよ」
そうにこやかに言う少年に。
「バイトがラクになったらな、」
などと、どこか自分でも本末転倒だなと思うサンジが言えば、ゾロが小さくわらっていた。何だよそりゃ、と言って。
誰の所為だ、誰の、と言いかけ、ふと思い当たる。
そういえば、ナンデあんなに真面目に俄バーテンをする気になっている、どころかかなり楽しんでいるんだろう自分は。
黙り込んだサンジに、ルフィがにか、と笑いかけていた。

「おまえ、今日はオフか?」
「ええ、いまからこのお子ちゃまをハイスクールまで送らなくちゃ。あんたはシフト?」
「あぁ」
「ゾロー、今度試合見に来てくれよな!」
ルフィがナミの横から見上げるようにしていた。
「わあわあおまえのガールフレンド共が喚かなきゃな」
「だってよ、アレは仕方がねぇ」
ちとも悪びれずにルフィがにか、と笑い。
「あら。そうよ?あんたがカレンダーなんかに載るからいけないのよ、ゾロ」
ナミも、きゅう、と唇を吊り上げていた。
「ねぇ、来年もどう?モデルしない?」
「フザケロ、あれはてめえに騙されたンだ。二度と在ると思うな」
じゃあな、とナミに軽く手を振り。げらげらと笑うルフィのアタマには一度拳をぶつけてからゾロは歩き始める。

「カレンダ―――?それって、」
酷く驚いた顔のサンジに向かい、ナミが親指を立てて見せた。
「大正解。かぁの有名な、FDNY名物“Fire Hunks Calendar”。証拠、見せてあげたいけど完売しちゃったのよ」
「うーわ…、」
「フフ。チャリティの握手会でウチの“バカ共”もみくちゃにされてね、ミモノだったわあれは!」
けらけらとナミが笑う。
くる、と10メートル近く先を行っていたゾロが振り向き。そんなことはどうでもいい、と声に出していた。その様子が実に途方に暮れたようだったので、サンジもナミと一緒になってわらい。
「じゃ、ナミさん。また」
もう一度頬へキスを落とすと、立ち止まった姿に進んでいき。口を開く前に、
「なにか言ったら置いていくぞ」
そう念を押されてサンジもただ、にぃっと笑ってやるだけで済ませることにした。


マンハッタンまで戻れば、アタリマエのように自宅まで送られた。低いエンジン音が空気を揺らし、アパートメントの前でトライアンフから降りたサンジが言葉を捜そうとする。けれど、何も見つけられずに短く礼だけを言っていた。
サンジにしてはどこか歯切れの悪い口調になったのだろう、ゾロがいとも簡単に眼をあわせてきていた。
「なんでもないって」
サンジがポケットから煙草を引き出す。
「統計でいえば、」
ぽん、と。ゾロがライターを取り出し、サンジに向かって軽く放り投げるようにして渡し。
「800未満って数字は。アーミーよりゃ少ない」
そう言っていた。主語を省いてはいるが、殉職者のことだとすぐに知れる。
「―――それでも、だよ。家族やトモダチには100%かゼロだろ」
「まぁな、でも」
静かにゾロが言葉を継いだ。おれは、火に勝てると思うからそうじゃないニンゲンを取り戻しに行くだけだ、と。

「あ、」
「―――ン?」
「だからか。ナミさんやシャンクスがおまえらのこと“ガーディアン”だ、って言ってる訳」
そうサンジが言葉にしながら銀のライタをぽとりとゾロの手に落とす。
ゾロがどこか面白そうにわらった。
「“守護天使”?そんな大したモンじゃねェだろ、」と。





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