5.
「あ、」
ゾロが、ロッカーの前で首を僅かに傾けたのをコーザがひょい、と隣りから覗き込んだ。
「どしたよ?」
ぱたぱた、とロッカーに放り投げたジャケットを引っ張り上げてからポケットを探っているらしい様子に眉を
跳ね上げる。
「―――なにしてンの?おまえ」
「や、」
ううん、とゾロがこんどはパンツのバックポケットを探り始めた。

「あ、オマエまたかよ」
ライター、とコーザが付け足した。
「んん?あぁ、おかしいなどこかに忘れて―――」
あ、と思い当たったらしい。
「今朝だ、」
「あー、パブか」
ふい、と視線を上向けたコーザがやがてゆっくりと目を戻し。「ありゃ、」とわざと顔を顰めてみせる。
「――――なんだよ?」

「おれらの月平均稼動数、いくつか知ってるか?」
「―――500ちょい、だろ」
「ン。で、おまえがライター忘れたときってな?」
ぎう、と今度はゾロの眉根が寄せられる。
「……おい、」
言い終える間もなく。
ば、と別のカオがロッカーの開けられた扉の陰から飛び出してきた。
「まじか!!!こンのバカ男が!やっちまったかよおい」
うわあ、と賑やかに叫びだし。

「そこ!てめえまで、うるせえぞ。だからおれが……」
ばっと声の方へとコーザが走り寄り、そうなんだよ聞けよこのバカ男またやりやがったんだぜ、と半ば本気の
悲痛な声を上げるのに、ゾロが憮然とする間もなく追い打ちを掛けられる。

「なんだと。おい待てやりやがったかゾロ!」
入り口から響く声に3人が振り返り。チーフ!とコーザが諸手を上げる。
「そうなんだ!」

「―――署内禁煙です、」
ぼそ、と呟くゾロのアタマに拳を一つ落としながら咥えタバコならぬシガーの男がにやりと笑い。
「こういう日のウチのジンクスを教えてやろうか?」
火なんか点いてねェよ、とそして付け足す。
「いえ、結構」
「まぁ聞けよ」

「「偽警報異常多発」」
コーザともう一人が見事なリエゾンで返す。
「その通り。」
片手を上げてスモーカーが正解、の仕種をしてみせる。
「―――あのな、」
ゾロの言い終える前にアラームベルが鳴り響き始め、全員が廊下へと走り出たが、15秒後。ハウスウォッチマンの
怒鳴り声にも似たアナウンスでラヴァーコートを脱ぎ落とした。
「……り。よって誤報と判明!」

「ほぉら、始まりやがった……」
膝に手を置き半身を屈めたコーザが、ぎろり、と睨み上げ。
すい、と火の点けられていないシガーがドアをまっすぐに示した。
「ロロノア、シフト変更だ。6時まで来るな」


二度目のベルも子供の悪戯と判明するころには、ゾロも諦めてシフト変更に否やを唱えはせず。
また後でなーとにこやかに笑うパートナーの頭に空いたソーダの缶をぶつけてから従った。


                                  6.
カーラから昨日と同じように頬にキスを受けて。にこりと笑みを刻んだままで見下ろしてみれば、つい、と
昔馴染みのバーメイドが細い弓形に揃えられた眉を引き上げた。
「なに?」
「―――初仕事はどうだったの?どうやら遅くまで残っていたんじゃない」
くるり、と整然と片付けられた店内を一頻り眺めてから唇端も同じように吊り上げていた。
「うん、まあね?なんだか物珍しくてさ」
する、と唇で触れた頬を掌で撫で下ろしながらバーメイドが僅かにわらい、ゆっくりと離れていく。サンジも
ドアへと歩いていき、鍵を開け。それでも窓側の小さなプレートは「準備中」のままにする。
「頑張りすぎないのよ、」

「リョウカイしました」
ひらひらと自分に向って手を振って着替えにバックオフィスに入っていく背中にサンジは答えながら、口許に
タバコを持っていき自然と火を点けようとし、掌中にあるものにまた微かに笑みを刻んだ。
「―――ありゃ、こっち出しちまったよ」
ぽん、とスターリングシルバーを軽く手で跳ね上げ。細い縦の刻みに沿って光が細かい筋になって流れ落ちるのを
しばらく見つめていたが、それをポケットにまた戻してカウンターへと向った。軽くいい加減に歌の切れ端を乗せなが
らグラスの山を棚に戻し始めたころに、耳の底に低く音を感じた気がし。手を止めた。

「……ン?」
バイクの排気音だ、と気付く程には近づく音に首を僅かに傾けた。
昨日はこういう音、この辺りにはしてなかったよな、と。けれどそれがドア前に止まるのでふ、とカオを向け。
そしてドアが当たり前のように開いた。

「イラッシャイマセ、」
苦笑らしいものを表情に刻んだ姿に、サンジが声を掛け。
「ハヤイネ…?」
そうからかい混じりに続けた。
「開店前、」
「もちろん」
「あ、悪い」
やることが極端だな、とゾロが半ば独り言に続けるのをグラスを棚に戻しながらサンジは聞き。
くるりと向き直った。
「あのな、」
言葉を続けながらドア口から僅かに中へ足を進める相手に、自分の眼差しをきっちりと受け止められたのを
感じながらサンジが音に乗せた。

「あぁ、忘れ物だろ?」
そしてにこりとする。
「ハイ、」
ポケットから取り出してゾロの方へ差し伸ばす。
「預かっておいてやった」
すい、と受け取りながら
「アリガトウ、無いと妙に落ち着かないんだよ」
「ふぅん?なんかのジンクスでもあるのか」
まあな、と僅かに笑みが目元を過る。

「なあ、さっきの音、オマエの?」
あぁ、とゾロが答え。
ふうん、イイ音だな、とサンジも僅かに笑みを浮かべる。
「音だけじゃない、」
声が届き、振り向いた時にはもうドアに手をかけている姿があった。
そして、また。届く。「ありがとう、」素っ気無いまでもシンプルな言葉。
「いや、いいってこと」
なぜだかまたにこりとした。

「なあ、きょうも覗くのか?」
「あぁ、多分」
「オーケイ、じゃあ開けといてやるよ」
「アリガトウ、頼りにしてる」
からかうような声が、最後に閉ざされかける扉から聞こえ。サンジもまた僅かに首を傾けた。
「任された」と、そう言って。




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