52.
おれはいったいここで何をしてるんだ……?とのいたって間抜けな自問が、ゾロの目覚めてからの第一声だった、脳内での。ぐ、眉を顰め、横になっていた寝椅子、そう、それはそういうフザケタ代物だった、から起き上がり。自分がガラス張りの温室、それも咽るほどの熱帯の濃いミドリにこれでもかと囲まれた中にいることに、いっそう、眉根を寄せていった。
頭の芯が重い、自分がこの状態で頭痛なんてことは……これは相当な深酒をして……とここまで思い当たったとき。ぱしん、とゴム弾に撃たれたように記憶が一気に巻き戻された。


ここは……おい、チョットマテ、―――


「おーら起きねぇかこの元奴隷!おまえがここでぐーすかいつまでたっても寝てたら朝メシが喰えないでしょうーが!さああっさと起きろッってンだ」
かーん、と突き刺さるようによく通る黙ってりゃいい声の持ち主は、決まってやがる、アレだ、クソ。このオレが酔い潰されるとはヤツらはバケモノ並みだぜ、と。ゾロが言葉に仕切れずに低く唸る。
「おー?起きてやがら、エライじゃねえの」
ひひひ、とわざと笑って軽い足音が近づいてき、「よーう、」と意外なことに存外機嫌の良さそうなミドリ眼がゾロの間近に合った。
「ここ、…あンたの家か?」
「おうよ、」
「サンジは」
確か例のふざけたチャリティー、バンケット会場からこの過保護な外科医の自宅に場所を移し、かなりの勢いで酒を飲んでいたはずだが。
「いるよ、昔の部屋のベッドでまだ寝てる。あれこそおれの天使チャンだぜ、オマエ起こしたら殺すぞ」
「こえーな、オイ」
ゾロも段々と調子が戻ってきているようだ。
よいせ、と言葉とは正反対に外科医が酷く鮮やかな軽い身ごなしでゾロの隣に座り、ところでヨ、とゾロのカオを見やった。
「あのコはかわいいね」
「どの子だよ」
ここに来ていた連中の顔は、目のどうにか覚めきったいまではもう思い出せるようになっていた。なかでもこの外科医にヒト扱いされるのはオンナ連中だけだろう、と見当をつければ該当するのは。
「ビビ、」
とうに真夜中を過ぎた頃に、この家からタクシーで帰っていったのはビビとコーザであったから。
「そ、フレッシュジュースで酔っ払い共に付き合ってくれてオマケに美人でさらに人妻、言うことなしだな、惜しむらくは旦那の趣味は悪ぃが」
「アホか」
ひら、と手を動かした所為でボタンを外しっぱなしのシャツの袖がする、と外科医の肘近くまで滑り落ちていた。その様子に、ふぅん、とゾロが納得した。その様子に気づき、外科医が方眉を引き上げた。
「や…なんでもねぇよ」
「ナンだよ、言ってみなー?なにも殴るとは限らねェぜ」
サンジと手の作りが似てるなと思っただけだ、とアタリマエのようにゾロが言い。
オヤマア、というカオを外科医が作った。
「アタリマエだろ、兄弟だっつの」
案の定、でし、と手酷く額を指裏で弾かれ、ゾロがカオを顰めた。

「ところでロロノア、スクランブルエッグでいいのか?」

イキナリ、温室の入り口から声を掛けられ、ハン?とゾロが声のした方を振り向けば。どこのヘッドウェイターだよ、あんたは、と思わず脱力するほど黒のハーフエプロンの似合う市長がアタリマエのようにそこにいた。
「驚くな、ヤツは当家の朝メシ専用コックだ」
とん、と肩を小突かれゾロが外科医に視線を戻した。
「嘘つきやがれ、ありゃどうみても市長じゃねぇかよ」
ンなアホの給料におれらはタックス払ってんのか勘弁しろよ、とゾロが半ば呆れて笑いながら言う。
「だぁから、あのバカたれが市長なんざ面倒なモンになるまえからそうなんだっての。あれはウチの朝メシ当番」
すい、と辛抱強く首を傾けながら何秒か返事を待っていた当の市長は返事が遅いと知ると、
「ではオムレツにでもするかな、」
と勝手にメニューを組み立てながらまた市長はどこかへ消えていき。

「決められちまったよ、」
その後姿を呆れて眺めながらゾロが呟いた。だったら何で訊いたんだ?と。特に好き嫌いは無いゾロであるから問題はなかったのだけれども。
「20分たったら朝メシにするぜ?とっととシャワーでも浴びてきな、場所は……アレに聞きやがれ」
はあ、と外科医が視線を一箇所に投げてから、嘆息し。ごつ、と重い拳で頭のてっぺんを殴ってくるのに文句のヒトツも言おうとしたのだけれども、外科医と同じ方向へ視線をやって、ゾロもそれを引っ込めた。

「よーう。オハヨ」
湯気の立つマグカップを片手に、先ほどまで市長のいた位置にサンジが立っていたのだ。どこかまだ眠そうな、それでいて酷く上機嫌とわかる笑みを乗せていた。




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