13.
"あんのクソガキャ"と、"大事なカワイイ"オトウトは、といえば。その頃、"手負いのサーベルタイガー"の大事な
オトウトはハウストン・ストリートの北側へ向かっていた。
「これがソーホーだったら大笑い、」
そう嘯きながら。ハウストンを挟んだ反対のエリアではあってもそれでも街並みは変わり始めており、無骨な
ガレージや昔からの商店のあった角に溶け込むようなレストランや隠れ家めいたショップが目に付いた。

そんな一角、喜んでカフェなり入りそうな"ガレージ"はレンガ造りで高い屋根の近くには剥がれ落ちかけたペイント
で何か名前が書かれていたが、それをまともに読めた試しは無い。毎回、その薄れた白のような黄色を読んで見ようとはするのだけれど。
通りに面にした倉庫の入口はシャッターが下りており、慣れた風にサンジは裏口へと回った。壁に張り付くような
鉄の階段、これは非常階段っていうんじゃないか?と最初は思った、それをあっさりと上っていく。丁度二階部分の高さに無愛想この上ない扉があり、それを軽く叩いた。

「Frankie's Pizza!」
ピザの配達でーす、と片頬に笑みを刻んでまた扉を叩いている。その手にある白の紙袋にはもっと上等なモノが
入っているのは明白だったが。
扉が内から開けられる前に、確かに笑い声を聞いたとサンジは思った。がしゃ、とソレが開けられ。
「アホじゃねぇか?」
笑いの名残を宿すグリーンが陽射しに細められる。
「配達だぜ、」
ずい、と袋を押し出しながら内に姿が消え。
「サンキュ、」
声が聞こえた。

この無駄にだだっ広い空間の2階部分、本来は事務所だったと思しき所に"クソガキャ"は住んでいたのだ。
亡くなった親類が実際倉庫として使っていた建物が唯一の身内であるゾロになぜか遺言で残されたものらしい、
これは話の断片からサンジが要約した経緯ではあった。
1階部分にはオールド・トライアンフが置かれているくらいで、最初それを見たときにサンジは思わず笑い出し。
怪訝そうな顔をしたゾロに、「や?でけぇパーキング」そう返せば、ゾロは片眉を引き上げ下を指し冷蔵庫もある、と肩を竦めていた。

確かにこの広い空間はサンジも気に入ってはいたのだ。どこか、ツリーハウスや子供のころに忍び込んだ「隠れ家」を思い出させるところもあり。ただいかんせん、水周りが1階の奥にあるのが難点といえば難点な程度だった。


「ゴチソウサマ」
ゾロがフォークを長いテーブルに置き、サンジを見遣った。
「うん、残してねぇな」
「アタリマエ」
「良い心がけだな、」
に、とサンジが唇を引き上げてみせ、ひら、とゾロが右手を軽く振った。
「チャージは例によってエスプレッソで?」
そのままゾロが立ち上がり、ポケットからタバコを引き出していたサンジに向かってシルヴァのライターを投げて
渡していた。

ケータリング二日目にして、自分だけ食事するのは味気ないとゾロ当人としては至って真っ当な感想だと認識する
リクエストを出し、けれどそれはパートナーがその場にいたならば「ひゃあ、」とまた空へ両手を掲げたに違いない
ものではあった。
そしてなぜか一瞬ひどく驚いた表情を浮かべたサンジも、何秒後かには「わかった、」と頷き承知していたので
3日目からは二人分を用意してバイト先へ出勤前に"ケータリング"をするようになっていたのだ。

「ほら、」
すい、とデミタスカップを差し出され、けれどその軌跡をサンジが目線で追うだけであったのにゾロが僅かにその
カップをサンジの視界で揺らめかせた、中身が零れない程度に。
「あ、ああ。うん、」
なんだよ?とグリーンは実に雄弁である、無駄に。
サンジが目線で語るのは本業からすれば尤もなのに対し、片やゾロのこの特技は―――不精から多々くるのかもしれない。

「おまえも明日から復帰なんだろ?」
何時の間にか「あんた」から「おまえ」に変化までしているらしい。手負いのトラには伏せておくに限るだろう。
「ああ、漸くな」
応える方は右手で何度かライターを空中に放り投げては落としている。
それを目に留めて、サンジが小さく笑った。
「明日、それ忘れたらまた早退扱い確定だぜ、仕舞っとけよ?」
「うるせ、」
ゾンザイなのは口調だけで、その目は変わらずに笑みを漂わせていた。

「ジンクス、なぁ?」
エスプレッソを飲み干したサンジが空のカップをひらひらとさせ。
「バカがうるせえしな」
バカ、とは言わずと知れたパートナーのことである。
「と言いつつ、なんで閉店間際におれはいっつもナイトキャップ2つ作ってるんだ?」
「さあ?」
に、とゾロが唇を引き伸ばし。

テーブルにカップを置いたサンジが立ち上がるのをそのまま見上げていた。
「ありがとうな、ケータリング」
「まあ、言い出したのおれだしな」
心持ち、早口でサンジが言葉にし、じゃあおれそろそろ行くから、と手を一振りした。

奇妙に足早に扉まで出て行く後姿に、ゾロが一声投げかけ。
返事は扉の閉じられる音に紛れはしたが、確かに室内にエコーして残っていた。


「後で寄るから、礼考えとけよ?」
「時間があったらな!」


静かになった空間。
すい、と夕刻の陽射しが窓から差し込む中ゾロは僅かに首を傾け。
「なに、照れてんだ―――?」
そう呟いていた。このオトコは、やはり性質が悪いようである。





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