広く開けたままの窓から花弁が舞い込み、石の床を踊るように滑っていく。
ざああっと一際強く吹き込むそれに僅かにサンジが見上げ、乱される髪に
その淡紫の欠片が戯れ、頬に、肩に散り。それを払おうと小さく顔を振るようだったのを、
ゾロの眼が推し止める。ゆっくりと、指先でその花弁を拭い去る。
触れられる頬が上気しているのか、その指が常より温度が低いのか、
小さく肩が揺れ、そして、微笑んだ。一言でいうならば、含羞。
その微かな笑みを、触れていた頤から指先を戻し
柔らかなそれを愛撫する。
漏れてくる吐息が。
爪の先にまで熱を呼び起こす。
「キス、してくれよ。指なんかじゃなくて」
応える。
掠めるように触れ合わせ。焦れるほどの距離を持たせる。
「サンジ、」
先よりは長く。
「"キスするときは。目、閉じろ"」
真近の蒼は。
熔けだしてしまいそうなソラノイロが、揺蕩うようだった。
それが、たちまちに悪戯めいたイロをのせる。
「やだよ。モッタイナイ。こんなに、」
近くでみていられるのに、と。続くはずだった言葉は、深い口づけの後に
どうにか切れ切れに。音にのる。
弾み掛ける声にあわせるように、強い手がジャケットを抜き取り。
その衣擦れの音に、朱の上るようなサンジは更に自分の熱を確実に押し上げる。
そしてまっすぐに自分をみつめてくるようだった眼差は、消え入るように伏せられる。
額に唇でかるく触れるようにすれば、
声に出さずに笑みを浮かべる気配が伝わり。
触れられると、痛いような気がする。あんただからかな、と
告げてくる腕の中のもの。
抱きしめる。
愛しいという感情は、稀に始末に終えない
そんなことを思う。
この痩躯が軋むまで、抱く腕を緩めたくはないと
夢想する自分がいる
それでも、おれを―――許してしまうのだろうか
おまえは?
シルバーグレイのタイに指をかけたとき、
ずっと耐えるように伏せられたままだった眼差が
何かを問い掛けるように自分に逢わせられた。
触れるほどに近づけ、ただ一人の名前を呼ぶ。
熱の伝わる距離
応えるようにかるく触れてくる唇、眼を逢わせたままで。
釦を外す指先に伝わる絹の感触。
襟元を開き、その細い骨に指を添わせる。
かすかに、息をのむ音。
人肌で温まる自分の手。触れたところから融けていく、溢れだす想いは
通じるか―――?
「ゾロ、確めてくれよ。おれがどれだけあんたに渇いていたか、」
頬を滑るようになぞっていた手を、やわらかく押しとめられた
ゆっくりと瞳を閉じ、そしてそのまま掌に唇を寄せるその姿に。
また、足元から浮かされるようになる。
「ああ、その逆もな」
うすい肩。
その線をたどり、引き寄せる。
掌におまえの息を閉じ込める。
隔てるものなど、失くしてしまおう。
露わにさせた肩に口づける。
「・・…っぁ、ゾ―――」
余計なことは考えなくてもいい、まして。
言葉にのせる必要など、
どこにも無い。
おまえはおれを、ただ感じていれば良いんだから。
タイが、襟元を抜け落ちていった。
暗がりさえも吐息を漏らすほどに
時間の一滴一滴が溜められ、やがて熟成されていくかのような。
熱をもった宵闇は、窓の外に漏れ出すことさえなく
散らされた衣類が、石の床に絹の陸をつくる。
零れる吐息は、押し殺したようなそれは、闇月に降り積もる花弁
時の水面を覆い、茫と霞み。
悦ぶことを、
悦ばせることを知っている身体が隠しきれない物を
哀しいまでにいとおしいと思う
耐え難いほどに。
誰にも触れさせずにその奥底に在ったもの、それを
おまえは差し出している
躊躇うように揺らぎ、けれど決して逸らされない眼が露わにする。
リネンに縋る腕を取りあげ手首の裏に唇をあて、そのまま呟く。
「サンジ。おれを―――――愉しませようなんざ、思うなよ……?」
送り込まれる声にひくりと身体が小さく震え、僅かに伸び上がろうとするのを押さえ込む。
綻んでいた唇が何か言いかけるのを舌と唇で取り込む。
濡れ光るような朱には、噛みしめた所為で出来た真新しい傷
口づけて、止めさせたのに舌先に薄く乗るのは血の味。
「噛むな、」
唇を舌で辿る。
「たとえおまえでも。おれ以外におまえを傷つけさせるな」
圧し進み、力なく頷き返してくる身体が微かに震える。
「・・・・・っは、ぁっ」
洩れだす吐息の一つも、逃す気はなかった。思いがけない強さで肩に立てられる爪が、
すこしばかりぎこちなく、やがてきつく縋るように回される腕が一層、
自分を煽るのを感じた。
「ゾ・・・ッ、ロ?おれは、あんたをみてる、―――だから、ゾロ。あんたも、おれを」
みつめあう。
「―――ああ」
深く曳きこまれる感覚に、薄く笑みを刷く。
頭を片腕に抱き込むようにし。
「そうだな、」
耳元に声を落とし込む。
見せてくれよ、なにより。味わせてくれ。
「・・・・・ひっぁ、ァっ」
皙い、背けるように伸ばされた喉の奥から短い、ちいさな叫びが上がった。
引き起こせば声が漏れた
唇から零れ落ちる媚薬
絶え間なく。
眦から溢れたのは、ナミダか?濡れて額に纏わり付く、暗い金に変わった髪を梳き上げ
指に絡ませ、真近で一対の蒼を眼で、自分の唇で味わう。朱の刷かれた目許。
細い頤までつたう汗を、絡め取る。
閉じられる事の無い瞼が、やがてひどく緩慢に瞬く。
笑み。紛れも無い。浮かぶ。揺らぐ。
拭い取る。抱きしめ、
深い繋がりに
反らされる首もとに顔を押しあてた。
繰り返し、繰り返し、呼ばれる名前に
おまえの内で応える。
いくつも迎えた"小さな死"の瞬間にも
おまえの眼はおれを探す。
身体を覆う熱に蕩けそうなのはおれか?それとも
おまえの方か―――?
かすれるような、声で問われる
みてるか、と。
いまになってやっとそれが言葉だけの意味を持つ。
おまえのなかにあった疑いや、畏れや、躊躇いや、
不安。過去。
そういったすべては。
もう、ぜんぶ"おれ"に押し出されただろう―――?
「・・…・・もっとみせてくれよ。足りない」
満たしてやりたいと思うから。
こんどは
おまえのなかを。
これからも。
おまえは、ずっとおれので。
おれの鼓動も、息遣いもすべて、おまえのだから。
やがて瞳を閉じて朝がきても。
おれはおまえに口づけるから
―――――おまえだけに。
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終了です。やっと、すれ違いを繰り返しつつ、一つの流れに落ち着きました。
ハッピーエンド。長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。これでもうこのヒトが
泣く事が無いかと思うと、私はほんとうに嬉しいです、ハイ。最後は……熱病のようですな、
二人とも(こら!)そして。まっちーさま、精魂込めて慈しみましたこの二人を、ココロから奉げます。
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