Allons,allons!! - La nuit

三時過ぎ。
「ここよ」
ナミさんに案内されたのは、パラダイス・ホテルの4階にある、セミスィート・ルームだった。
「あ、来てる来てる。よかったー」
昼に大通りで買った品物が、きちんと紙袋に入れられたまま、仄かに照らされたリヴィングのテーブルの上と横に、丁寧に置かれていた。
「本当は、6時くらいに取りにきてもらえればいいかなー、とか思ってたんだけど。あの寝太郎は、すぐに上がってっちゃったからね、予定変更。事前に打ち合わせなくて、ごめんね」
目を伏せて謝られ。
「いや、しょうがないですよ。ナミさんが悪いんじゃありません」
ナミさんの髪を撫でる。
「…アリガト。今晩は、サンジくんのためにも、思いっきりサーヴィスしちゃうからね!だから、サンジくんはシャワーを浴びてきて。取り掛かるわよ?」
「ええ?」
(ど、どうしてそんな展開に…?)
「あ、あの、ナミさん、着替え…」
「ああ、そうね。ちょっと待って」
そういうと、ナミさんは置かれていた紙袋から、包みを二つ取り出した。
「バースデーカードも書く?」
「い、いや、そこまでは…」
「あ、そう」
思わず頭をプルプルと振ったオレに、ナミさんはあっさり納得した。
「…ああ、さすがコンラッド・ヘンケルだわ。きちんと仕事してくれてるし…というわけで、ハイ、コレ、着替え」
渡されたのは…
「ええ、これだけ!?」
「そうよ?ヤだなぁ、こういうことは、常識でしょう?」
「いやぁ…まさか、オレがこんなことをするハメになるなんて…」
「あっはっは。ワタシだって、こんな世話をするような日が来るとは思ってなかったわよ。まぁ、いいじゃない。おめでたい日なんだし」
着替えを持ってもまだ躊躇しているオレに、ナミさんは発破をかける。
「ほらほら!さっさとしないと、日が暮れちゃうわよ?あとそうね…ゾロの生活リズムからいって、あと1時間は寝てるケド…その後フラフラされたら、どこの誰に持っていかれちゃうか、わかんないわよ?」
「ナーミさーん…」
「その間、こっちをセットアップしておくから!さっさと行っちゃって」
シッシとバスルームに追いやられる。
オレは諦めて、お風呂場に向かう。
(しょーがない…かなぁ…)

四時。
コンコン、と風呂場のドアを叩かれて、ふと我に返った。
「それじゃ、アタシもう行くからね!頑張ってね!また明日!!」
ドアの向こうから響く、ナミさんの声。
同じように声を張り上げて応える。
「あ、ハイ、ナミさん、どうもありがとう」
「ハーイ。これからゾロをこっちに寄越すから!逃げんじゃないわよ!」
「ハーイ…」
(なんでこんなことになっちゃったかなぁ…)
白い壁に、大理石の洗面台。成金趣味にならないように配置された金のドアノブやタップやバスタオル掛け。
洗練された、それでもゴージャスな空間は、なんだか落ち着かない。
さり気なく金に縁取られた、曇りの一点も無い鏡に映った自分を見て、溜め息。
そこには、なんだか自信なさげな自分が、黒いファーのセミロングコートを着て、立っていた。
首元には、ゾロにあげるプレゼントのはずの芥子色のカシミアのマフラーを、リボンよろしく結んであって…。

…がっくり。
まさか、自分がバースデースーツをやらされるハメになるなんて…。

けれどスーツを着ようにも、さきほどナミさんの手配でやってきたボーイに、ランドリーに出されてしまったのだ。 届くのは、明日の朝。
(…ナミさん…オニだ…オレにどうやって逃げろというんだ…?)
それとも、あれは心をオニにした親心なんだろうか。
(ああ、でも…ナミさんには、逆らえない…)
もう一回、溜め息を吐いて。意を決してバスルームを出る。
フカフカの絨毯が、素足に優しく感じる。

リヴィングのソファとテーブルに、先ほどまであった荷物は無く…。
ナミさんの抜け目の無さに、思わず感心。
(ああ、感心してる場合じゃない…)
現実逃避しかけるオノレを叱咤して。

二人には広すぎるリヴィングを抜けて…。
ダイニングの立派なマホガニーのテーブルの上には、ゆらゆらと揺らめくキャンドルが。
そして、その周りを囲むように、山盛りのフルーツと、アイスペールに入ったシャンパンが配置されていた。
ガラスのドームの中には、キャビアとサーモン、クリームチーズとアンチョビの2種類が、それぞれクラコットの上に乗せられて置いてあり、その横には、クラッシュアイスの上の銀のプレートに、ガトー・シャンテと思しきケーキが…。
(ナミさん…やりすぎ…)
なんだか、力が抜ける。

突き当たりの重そうなドアを開くと…。

がっくり。

部屋のあちこちに、キャンドルが灯されていて、サテンのシーツを仄かに赤く、照らしていた。
そして、ビロードの光沢を持つ深紅の薔薇が、部屋中に飾られていて…。
(ナミさん…やりすぎですってば…)
甘い薔薇の香りが、くどくない程度に香る。
(ナミさん…ステキだけど、夢見すぎだよ…いったい、この部屋の請求書、いくらなんですか…?)
ナミさんの気合の入れように脱帽。

ふいに、扉の向こうで、ガチャン、と音がしたのが聞こえた。
思わず、心臓がビクッと跳び上がって…
(ど、どうしよ…)
いまさらながら、オタオタしてしまう。
ここはカーペットのフロアリングなので、足音が一切聞こえない。
元々大きな足音を立てて歩くヤツではないから、なおさらいつ入ってこられるのかが解らなくて…。

どきどきどきどきどきどきどきどき。

一瞬とも、永遠とも思われる間を置いて、
がちゃり。
(うわ…!!)

「…サンジ?」
扉が開いて。
ワインレッドのシャツを見事に着崩したゾロが、ダイニングからの明るい光りをバックに立っていた。
表情は逆光で読めない。

心臓が、一瞬、止まった。
(こ、こうなったら…ええい、ちくしょーッ!!)
「オ、オレ様がキサマの誕生日プレゼントだ!ぁありがたく受け取りやがれ!!」
妙に威張ってみたものの。
(うっわ、恥ずかし〜ッ!!ナミさぁん、なんてコトをさせるんですか〜ッ!!)
カーッと顔が赤くなるのが判る。
(あああああッ!!)

……。

………。

(…………?)

妙な沈黙に、思い切って面を上げると…。
ゾロが、同じように顔を赤くして、立っていた。

「…………。」
「……………ゾ、ロ…?」

声を掛けた途端。ゾロは手に持っていたスーツのジャケットを、文字通り放り出し。
つかつかと歩いてきてオレを抱え上げ。
投げだす様にベッドの上にオレを降ろした。
その勢いのまま、のしかかって来て。

「う、わ、ゾ、ロ、ちょっと落ち着きやがれッ!!」
「アホウ、コレが落ち着いていられるかッ!」
「ちょっ、シャツ、皺になるッ!」
「そんなもん、どうでもイイッ!!」
「わ、コラ、サカるな!ばかッ!ゾロッ!!」
しゅるん、とマフラーを解かれ。毛に埋もれたボタンをピンポイントで探し当てられ、さっさか外されていく。
「ゾ、ゾロ、落ち着け!どうど」
「うるさい」
炎に照らされて煌く緑の双眸が、睨み付けるように跳ね上がり。
「ん…ン…」
荒々しく、口付けされる。
容易く進入してきた熱い舌は、オレの舌に絡みつき、歯列をなぞり、唇を舐め上げ…。
強く吸われて、一瞬視界が白く霞んだ。
「んん…」
大きな手が、前髪をかき上げるのを感じ。
いつしか夢中になって、ゾロの舌を追いかけた。
唇を吸い、舌を吸い。歯で軽く噛みながら、また啄んで…。 何度も角度を変えながら、強く、弱く、口付けを交わす。 飲み切れなかった唾液が、顎を伝って…。
「フ…ん…」
苦しくなって、口付けを解く。
それでも、名残惜しいのか、何度もバードキスが降ってきて…。
手でゾロを少し押し、零れた唾液を手で拭った。

「……」
「……」

霞む視界を、無理やり目に力を入れて、フォーカスを合わせる。
妙に必死な顔をしているゾロの頬を撫でると、ゾロの表情が綻んで…。
「…プッ」
「…ククッ」
どちらからともなく、笑い出した。

クスクス、クスクス。

覆い被さっていたゾロが、ゴロンと横に寝転んだ。
どうにも笑いが止まらなくて、しばらく二人で小さく笑っていた。

「まったく…初夜じゃねェっーの」
「ああ。ワリぃ…」
笑いを声に滲ませたまま、ゾロが言った。
「あー、それにしても、ナミさんて、本当に何考えてンだか」
「だから、言っただろ?アレは魔女だって」
ナミさんの、妙に誇らしげな表情が想像できてしまって…なんとも言えない溜め息が、口から零れた。
「やっぱり…コレはナミの差し金なんだな」
「ああ…オレなんか、スーツをランドリーに出されちまった」
「…見られてないだろうな、お前?」
「なにを?ああ、ナミさんにオレの全裸?見せないよ、さすがに。このオレでもね」
妙に硬いゾロのことだから、仲間とはいえ、一レディであるナミさんのことを心配しているのかと思ったら、コツンと軽く頭を叩かれて、こう言われた。
「そんなコトは解ってる。そうじゃねェ。ここの従業員にだ」
(…ソレって…)
ガバッと上体を起こして、隣に寝転んだゾロの顔を覗き込む。
「…ナニ?オマエ、妬いてンの?」
その言葉に。ゾロは少し眉根を寄せて、それでも真剣な瞳で、オレを見返した。
「…ワリぃか?」
(…うわ…オマエ、どうしちゃったのさ?)
それでも、なんだかそれが嬉しくて。
「いんや…悪くない。ぜんぜん、悪くないね」
「フン…」
ゾロが拗ねたように、鼻を鳴らした。

「…なぁ?」
「あァ?」
「そんなにコーフンしたのか、この格好?」
「…オマエ、やっぱバカだろう?」
「うるせェ。答えろよ?なぁ?」
しつこく食い下がると、ゾロがガバッと上半身を起こした。
視線が間近で絡み合う。
そこには、欲情がアリアリと浮かんでいて…。
「…あァ」
低く、唸るような答え。
思わず、ニンマリと笑顔が浮かぶ。
「…チッ。ナミのヤツにしてやられた気分だぜ」
「してやられてンだよ、…オレたち皆」
それでも腹が立たないのは、彼女の愛らしさ故か。

「あ、プレゼント、これな。マフラー。あんまり使わないだろけどよ…オマエに似合うと思って」
「ああ…すげェ手触りがいいな」
ゾロは横に置いてあったマフラーに手を滑らし。そのまま手を伸ばして、オレの頬を撫でた。
前髪がかき上げられて…遮られない視線が絡んだ。
「でも…オレはオマエが欲しいよ」
「うん…」
「オマエのほうが、イイ」
「…うん」
(うわ…泣きそう…)
けれど、ゾロは。ふわりと微笑んで。
「…コラ。笑えよ」
「うん…」
無理やり、笑顔を作る。
「んで?オマエは?」
「ん?」
「オマエはオレが欲しいか?」
「…ぷっ」
「あ、コラ。そこは笑うトコじゃねェだろオマエ」
それでも、言葉とは裏腹に、ゾロの表情はやさしくて。
「…うん」
素直に、頷く。
「あ?なんだって?」
「…欲しい」
「そか。んじゃ、持ってけ」
偉そうに威張られて。
さっきまで切なかったキモチが、あっさりと宥められる。
(…そー来たか。んじゃあ、待っていやがれ!)
「…持ってく」

にやり、と獣臭く笑うゾロの目を見詰めたまま、ネクタイに手をかけて、一気に引き下ろす。
ボタンを一個ずつ外し、ゆっくりと胸を曝け出させる。
目に入る、一本の傷痕。
胸から腹にかけて刻まれた、誓いの証。
吸い寄せられて、口付けを落とす。
盛り上がった肉に沿って、舌を滑らせる。
ゾロの胸の筋肉が、ピクッと蠢いた。
一度降りた場所を遡りながら、ゾロのシャツを引き出させる。
「ふ…」
ゾロが低く、溜め息混じりに呻いて。
それを合図に、一度唇を離す。
「結構、クるよな」
「…なにが?」
「オマエの、呻き声」
「…ははッ。そうか」
痛いくらいにゾロの視線を感じながら、ペロリと舌なめずりする。
「…オマエも結構、獣くさいよな」
ゾロが目を眇めて言う。
「まぁ、オレも男だし?」
そう応えて。
ゾロのベルトに手をかける。
そして、ふと思いついて。
「あ、オマエ、風呂入る?」
「あー…そうだな。オマエ寒くは…ないか。そんな毛皮のコート着てンなら」
「はは。結構暑いけどな」
「着とけ」
「は?なんで?」
「あ?そりゃーオマエ」
ん?と見上げると。
「ソソるからに、決まってンじゃねェか」
うちゅう、とキスされて。
「はー?なんだソリャ!?」
「はっはっ」
大口を開けて、楽しそうに笑った。
そして、オレに先ほどルフィに貰った小ビンを渡した。
「ソレ、つけとけ」
「はぁ」
「キスされたいとこに、全部」
「…エロバカ」
「おー。エロ結構じゃねェか。んじゃあ、いいコにしとけよ」
「…さっさと行ってこい、クソミドリッ!!」
「ははっ!」
ポンポン、と頭を撫でられて。ギロリと睨み付けた。
けれど、ゾロは気にすることもなく。さっさとズボンを脱いで、浴室へ歩いていく。
「はぁあああああ…」
盛大に溜め息。
(ゾロって、…エロ魔人だ…)

手渡されたビンを開けてみると。
少し酸っぱい様な匂いがした。
(…なんだろ?)
一滴、手首に落としてみると。
ふわん、と甘い香りが漂ってきた。
強すぎない、けれど決して霞まない香りが、オレを包み込む。
「んー…いいニオイ。ルフィはこれ、どうしたんだろうな?」
(あ、どっかで嗅いだ匂い…)
「んー…どこでだっけ?」
首筋と、胸元に、数滴。 一滴、指に落として舐めてみる。 濃い色の液は、少し舌に苦い。
(あ…これ…香油…?)

がちゃん、と音がして。
タオルで腰を巻いただけの姿で、ゾロが戻ってきた。
片手で頭をガシガシと拭いている。
「お?結構いい匂いじゃねェか」
「これ、何だ?」
「あー…ナミは、ナントカっていう香木から取ったオイルだって言ってたな」
「うわー…すげェ、ってそれじゃわかんねェよ、テメェ」
「まぁ、気にすンな」
「…後で訊く」
「おぉ…ンでな、コレ、オレがつけるとな…」
ゾロがビンを取り上げて、手首に落とした。
「わ…スパイス?」
「ああ。なんか、ヒトによって、全然匂いが変わるんだとよ」
「へぇ…珍しいモンだな」
「らしいな」
そして、それをサイドテーブルにおいて。
ベッドの上に座っているオレの前に立った。
ウソップがプレゼントしたピアスが、キャンドルの光りを受けて煌く。
「…イイ眺めだな」
「…アホウ」
「…唇が赤いぞ?」
「…バカ」

手を伸ばす。
ゾロの太い腕を掴む。
オレより、長く生きたオトコ。
オレより、長くは生きそうにないオトコ。
それでも。
誰よりも。
「誕生日、オメデトウ、ゾロ」
生まれてきてくれて、ありがとう。
他の誰よりも。
他の何よりも。
回り逢えた事に、感謝する。
出会えて、よかった。
好きになって、よかった。

「…あァ」
ゾロの瞳が柔らかく光りを弾いて。
唇が、降りてきた。

何度も何度も唇を合わせた。
その都度深くなる口付けに、心が綻ぶ。
ゆっくりと覆い被さってくるゾロの身体に、手のひらを滑らす。
毛皮のコートを脱がされて、シーツの海に沈む。
手を伸ばして、ゾロのタオルを取り去る。
それだけで、何も遮るものは無く。
身体全部で触れ合う。
手も足も、総てが敏感になって。

耳を齧られて、オレが笑う。
背中を引っ掻いたら、ゾロが微笑んだ。
首筋に鼻面を埋められて…噛みつかれて、声をあげた。
きつく吸われて、しがみついた。

「香水を着けたのは、首と胸と手首だけか?」
「…ああ」
「なんだ…もっと遊べよ?」
「バカ…」

乳首が感じるようになったのは、いつからだろう。
舐められて。
齧られて。
吸われる度に、身体の中心が熱くなる。
疼きが生まれる。

霞む視界でゾロを見ると。
でっかい獣が餌を貪るように、神妙な面持ちでそこにいた。
「なぁ…楽しい?」
ゾロがオレを見上げて笑った。
「あァ」

 

 

身体を繋げる、というコトに、未だ慣れない。
だけど、そこで感じる術を手に入れてしまった。
一度、ゾロの口の中で果て。
もう一度、後ろを広げられながらイった。
けれど、足りなくて。
もっと、ゾロが欲しくて。
瞳で縋る。
指先で強請る。
声で煽って、喘ぎで求める。
「ほら…来いよ」
同じくらいに声が弾んだゾロに促されて。
ゾロの上に、自ら跨る。
ゆっくりと腰を落として、ゾロを呑み込む。

埋められる満足感。
抱かれているのに、ゾロを攻める快感。
愛すことに溺れる。
愛されることに悦ぶ。

禁忌はどこにも存在しないから。
怖がることは、何も無い。
求めて。
悶えて。
求められて。
応えて。
声が枯れるまで、喘ぎ続けた。
意識が飛ぶまで、抱き合った。
ゾロの全部を受け止めて。
ゾロに全部を受け渡して。
最後には…身体も意識もドロドロに溶け合って、ゾロの腕の中で、眠りに落ちた。

 

 

11月12日。
午前9時30分。

いつになくゆったりと寝て。
ゾロの腕の中で、目が覚めた。
まだ、身体のあちこちが痺れているみたいに感じる。
それでも、ゾロがきちんと後始末をしてくれたのか、身体はさっぱりとしていた。
重いが暖かい腕の中を、そっと解いて。
放り出してあったゾロの深紅のシャツを羽織ってから、ゾロを起こさないように、こっそりとベッドルームを抜け出した。
途中、いつの間に飲んだのか、薄暗い部屋の中、ゴロゴロ転がっていた酒瓶を拾い集めて、ダイニングのテーブルの上に置く。
備え付けのミニキッチンにあったコーヒーメーカに気付いて、コーヒーをセットする。
数枚残っていたクラコットを平らげ、喉の渇きを潤すのに、丁度そこにあったリンゴに齧りついた。
半分に減っているケーキを見て、また少し驚く。
「…まいった」
(後半、全然覚えてないや。いつケーキ食ったんだろ?)
リヴィングのテーブルまで行って、タバコに火を点ける。
何気なく手首を見て、そこに淡いキスマークを見付けてしまった。
「……なんだかなァ」
何時間かぶりにありついたニコチンを、身体の隅々にまで染み渡らせて。
熾き火のように残っている快楽の名残を、すこしずつ薄めていく。
コーヒーの香ばしい匂いが、鼻腔を擽った。

昨夜を思い返しても。
繰り返し、繰り返し、情交を重ねたことしか思い出せない。
(なんでこんなに覚えてないんだろ?)
夢中で求め合ったこと。
必死で探りあったこと。
楽しくて。
嬉しくて。
気持ちよくて。
死にそうに幸せだったことしか、思い出せない。

がちゃり、と音がして。
振り返ると、ズボンだけを履いたゾロが、音も無くオレの方に向かって歩いてくる。
「…朝から目に毒だな」
「わりィ。他に羽織るモンみつかんなくて、借りた」
「構わねェよ」
ゾロがカーテンを開けた。

目の前に、朝の太陽を受けて、キラキラと光る大海原が広がっている。
ここは大海の孤島、グラスグヴィコッチ・カルタヘルタントロ・エーデン、通称エデン。
楽しくも苦しい航海の日々の中でたどり着ける、泡沫の場所。
一瞬で夢のような日を過ごした後、戻るのは過酷な現実世界。
だから、何をしたのかなんて、思い出せなくても構わない。
大切なものは、ちゃんと手に入れてあるのだから。

「…夢の時間はもう終わり、か」
「あァ?」
「過酷で心躍る日常へようこそ、って気分になるな」
ゾロは肩を竦めてこう言った。 いつかはそんな日々が夢だったように思える日が来るさ、と。
(…ロマンチストなんだか、リアリストなんだか、解りゃしねェ)
でも、それがゾロらしいのだから。

(ん…?なんか、身体が少しベタベタする)
特に、胸とか腹とかが…。
怪訝な顔で身体を触っていたら、ゾロが風呂場を顎で指し示した。
「もう一回、ちゃんと風呂入ってから着替えたほうがイイぜ?」
「…オマエ…なんかしたのか?」
「ああ?なんかしたのはオマエだろ?…あ、オマエ、もしかして覚えてねェのか?」
ゾロの片眉がピンと跳ね上がった。
「う…あぁ。なんか、どうも、自分が何したとか、ちっと記憶が…」
シドロモドロになりながら答えたオレに。
ゾロは物騒にニヤリと笑ってみせ。
「ほー…オマエ、もしかして、香油舐めたのか?」
「あ、ああ…なんか、匂いに嗅ぎ覚えがあってよ…味見たら、何かと解るかと思って…」
「はーん…そうか。ま、大したコトはしてねェよ。オレが愉しんだだけだ」
「…すっげェ気になる」
「ま、忘れたんなら、気にしたってしょーがねェだろ?諦めて、風呂に入ってきちまいな」
「ああ…」

何か、釈然としない。
ひどく中途半端に宙ぶらりんで残された気がする。
そして、湧き上がる焦燥感。
「ゾロ…」
「あァ?」
「もしかして…これはナミさんが、とっても喜ぶ状況なのか?」
「ああ。あのオンナが張ったワナにまっしぐら、だな」

…がっくり。
「だから言っただろ?あのオンナは魔女だって」
飄々とゾロが言い。 そして、意地の悪い笑顔を顔に浮かべてこう言った。
「おいおい身体で思い出させてやる。だから、今は気にすんな」
(めっちゃくちゃ気になるんですけど…)
「ま、オレはオマエがくれた誕生日プレゼント、堪能したけどな」
「はぁ…」
気の抜けた返事をしたオレをちょいちょいと呼び寄せ。
「?なんだよ」
素直にゾロの傍に寄ったオレに、朝から濃厚なキスをしかけてきた。
貪られる唇。
甘噛みされる舌。
舌は絡み、啄まれ、クラリと一瞬、視界が白くなった。
ぷはッと息を吐いたオレに、ゾロは一言、
「おはようのチュウ」
と言った。
「…だから。…だから今のは!…今のは!『おはようのチュウ』じゃねェッ!!」
ゲシッとゾロにケリをくれてやり。
ずかずかとバスルームに向かう。
「畜生。覗くなよ!!」
思わず大声で叫んだ。
(くっそーッ!なんで、あんな巧いンだよ、ちくしょーッ!!)
「あーッ!!ちくしょーッ!!!」
そう毒づきながら、バン、と乱暴にドアを閉め。
その向こうから、残されたゾロが、大声で笑うのが背後で聞こえた。

何も変わらない日常が、するりと手元に戻ってきて。
『楽園』は夢の向こうへと消えていった。

 

Bon anniversaire, Zoro!!



Extra!
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堪能。―――

――堪能ッ。
れむれむ、おご馳走どうもありがとうvv

れむれ