長閑な日だった…。

己の力量も省みず挑んでくる馬鹿も今日はいなければ、己の現在地が判らず歩き続けるということも無く。

 

いい日和だ。

 

どこまでも高く貫けるような青天に、秋空らしく所々に薄くたなびく雲の白さが、更に空の青さを際立たせていた。

吹き抜ける風も少し肌寒く感じ始めていたが、顔に触れる木漏れ日から心地好い温もりを感じられる。

町を見下ろす丘の上、この町のシンボルともいえる大樹に身を預け、ゾロは午睡を楽しんでいた。

 

 

鷹の目を倒し、その後を引き継ぐように王下七武海に加わり、名実共に世界一になってから早数年がたっていた。

今では皆、各々の夢を果たしさらなる目的の為に、各自が新たな道を進んでいた。

だからといって全ての関わりが無くなった訳でもなく、ニ度と会えないというものでも無い。

生命を掛けた怒涛の航海…。

その船を降りたとしても、そう簡単に築き上げられた絆は無くなるものでは無いのだ。

現在、船を降りているのはゾロの他にはサンジだった。

彼はオールブルー近海で海上レストランを経営している。

レストランのオーナーとなったサンジだが、実は彼も七武海入りしていた。

跳ね上がり過ぎた懸賞金の為、ルフィ達に迷惑を掛けるのを避ける為ゾロと七武海入りを決意したのだった。

当のルフィが七武海への勧誘を頑として受け付けなかった為でもある。

どこまでも自由な一海賊で…。

 

 

 

そしてウソップはシロップ村へカヤを迎えに行き、今は自分の海賊船の船長だ。

だがしかし、ルフィの船と常に行動を共にしているようだが…。

ナミ・チョッパーはもちろん海賊王の船で己の力量を遺憾なく発揮している。

冒険好きの船長のおかげで、未開の海を突き進むGM号でナミは着々と世界地図を作り上げていっている。

そして当のゾロは、放浪の旅を続け島々を巡っていた。

世界一の名に引かれ寄って来る雑魚を蹴散らしながら、強い剣士との手合わせを楽しむ気侭な旅だ。

 

 

ぼんやりとまどろみながら、ふと夢うつつに回顧していると、目の前に人の立つ気配に目を開ける。

「ロロノア・ゾロ様でいらっしゃいますか?」

お仕着せらしい黒い服を身につけた、紳士然とした男が立っていた。

 

 

「…そうだが。」

不意の珍客に一睨み与えておく。

敵意は無いようだが、係わり合いになる人種でも無かった。

「こちらをお預かりして参りました。」

そう言って手渡されたのは一通の封書。

何の表書きも無い、白一色のいたってシンプルなものだ。

中には一枚のカード。

こちらも何の柄も無く、青いインクで書かれたメッセージが…。

 

 



   HOTEL Iris へ行け     

 

 

命令形で一言だけ。

質の悪い悪戯かと舌打ちと共に思い握り潰しかけたが、ふと気付いたことがあり拳を弛める。

目の前の男に視線を戻したが、どこまでも取り澄ました顔があるだけで。

「おい、これは何所にある。」

皺のよったカードを目の高さまで引き上げて翳して見せた。

「ご案内致します。」

一礼の後に微笑まれ、退いた身体の向こうに馬車が停車していた。

「…で、このカードはどうしたんだ?」

「ロロノア様にお渡しするようにと。」

「誰に?」

「わたくしは存じ上げません。」

「で、あんたは誰なんだ?」

「ホテルイリスの者でございます。」

 

 

随分と手回しのいいこって…。

これ以上尋ねても、大したことは聞けないだろうと目を閉じた。

揺れる馬車は緩やかに丘を下っていく。

さて鬼が出るか蛇が出るか?

 

 

「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました。お部屋へご案内させて頂きます。ご夕食は最上階のレストランにてご用意致しますが、それともお部屋でお召し上がりになりますか?」

「……俺はここに泊まることになってんのか?」

「はい、左様でございます。」

「宿の手配をしたやつはいるのか?」

「いいえ、ご予約を承っているだけです。ロロノア様お一人でのご宿泊となっております。それと明日の朝は9時にチェックアウトの予定になっておりますので、何時に朝食になさいますか?」

 

 

「…8時に。それと夕飯は部屋にしてくれ…。」

「畏まりました。夕食はお部屋にて19時にご用意致します。それではお部屋へご案内致します。」

一見してこの町一番と思しき高級ホテルのフロントに連れて来られた俺は、そのまま宿泊食事の確認を取らされて、部屋へと案内されるままについて行く。

何故素直に従っているのか我ながら可笑しくも思ったが、まだ害は無さそうで何かあればぶった切ればいいと、安直に行ける所まで付き合ってやろうと開き直っていた。

「こちらになります。それではお寛ぎくださいませ。失礼致します。」

開け放たれたドアの前でカギを手渡され、踏み込んで驚いた。

「マジかよこりゃスイートじゃねぇのか?」

取り敢えず部屋の真中に鎮座するソファに身を沈めると、テーブルの上に準備された酒に目が止まった。

そしてそれに添えられたカードにも…。

 

 



      飲 め!        

 

 

ブッ…思わず笑いが吹出した。

普通この手のメッセージってこうもうちょっと……ふん、まぁいいさ。

 

 

 

 

 

 

翌朝、チェックアウトした俺はまたもやフロントで手渡されたカードと共に馬車で揺られていた。

 



    vibgyor港へ行け      

 

 

心得ていると云わんばかりに、既に準備されていた馬車に乗り込んだ。

ついた港ではご丁寧にも昼食用の弁当と酒も一本手渡された。

しっかりそれにもカードが添えられていたが…。

 

 



    Goldpot島へ行け      


 

 

島を出ろって?

不承不承、近くの船乗りらしい親父尋ね島へ渡る船を教えてもらった。

「Goldpot島行きの船はこれか?」

「そうだが、あんたはもしかしなくてもロロノア・ゾロか?話しはついてるから乗りな。」

そう言われて乗り込んだ船は夕刻には港に着いた。

下船の際にカードを渡され、波止場の目の前の宿を指刺されたが、もう驚く気も失せていた。

 

それからの数日はその繰り返し…。

やれ島へ行け、船に乗れ、宿に泊まれ、飯を食え、酒を飲め…etc。

船の乗り継ぎはスムーズに、宿は快適、飯は美味い、酒は上等…全ての費用は支払済み。

しもかそれに伴う案内役は必ず居て、何不自由無く進む旅路。

勝手に身体が運ばれて行くだけだ。

どれほど好待遇でもいい加減飽きてきた頃、今までになかった言葉がカードに載った。

 

 



    この男について行け      

 

 

今までは具体的な行き先が明記されていたので、これには少し驚いた。

ゴールが近いってことか?

やれやれと溜息をついて、それでも少し心が逸るのが自分でも解かって…。

この歳になっても宝捜しやゲームは楽しいらしい。

「で、どこに行けばいいんだ。」

苦笑交じりに尋ねれば…。

ではこちらにと案内される船。

どこまでも段取りを外さないようだ。

 

 

いったい自分が抵抗して、ここまで素直に来なければどうするつもりだったのか?

それとも俺がのってくると、そこまで計算されているのか、素直に従うところまで計算ずくなのか。

今更ながらに考えてみても、既に目的地は目前らしい。

乗り込んだ船は今までの定期船ではなく、どうやら個人の持ち物のようだ。

さほど大きくも無い船は、静かに夜の海を進んで行く。

舵をとる男が言うには、この辺りは気候も海流も落着いているのだという。

その言葉通りに穏やかな風を感じながら、昼間は明るく輝いているであろう海面を見続けていた。

「着きますよ。」

面を上げると只見渡す限りの何も無い昏い海に、大きく行く手を阻む黒い塊。

また…船か…?

明かり一つ灯らないそれは、まるで人気が無くその存在だけを主張している。

甲板から突き出た桟橋に降り立つと、送って来た船はそのまま帰って行った。

 

 

 

 

 

一枚のカードを残して…。

 

 



    こちらクソレストラン      

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと頼りない月明かりに、カードの文字を認めると桟橋を駆け上がっていた。

そうであろうとは思っていた。

自分の中では確信していた。

だから自分は差し出されるままに、青い文字に従ってここまで来た。

だがどこかで、疑っていた自分がいたのかもしれない。

今手の中のカードに室内へ踏み入る歩調が速度を増す。

確固たる自信を得た自分が迷わず向かう場所は一つだった。

 

 

蝶番が外れる勢いで店内であろう扉を開く、軋む音が引けば後は少し乱れた自分の呼吸音だけが響いて。

窓から差し込む自然光のみで照らし出された室内に目を凝らせば、カチリと僅かの金属音とともに中央が光彩に彩られ、また暗闇に戻った。

 

 

 

しかし先程までと違うのは、そこに小さく点る朱い灯が残っていたこと。

一瞬浮かび上がったその姿に向かって一歩踏み出す。

カチリと再び金属音がし、テーブルのランプに移された炎が視野を広げた。

その範囲はお互いを認めるには充分だった。

コツリとまた一歩近づく。

「ようこそクソレストランへ。」

コツリまた一歩。

「ご予約は?」

コツリ…。

『こちらクソレストラン』と書かれたカードを翳す。

コツリ。

「確かにご確認致しました。」

 

 

 

コツリ。

テーブルに腰掛け大仰に足を組む、その真正面に立った。

今まで渡された数十通に及ぶカードを取り出し、その手から滑り落とす。

バサバサと乾いた音がフロアに響く。

「随分と手の込んだ招待だな。」

「迷子のテメェには丁度いいだろ。」

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて見上げてくる。

「こんな訳の判んねぇモン無視するとは、思わなかったのか?」

「テメェは来るよ。」

「こないかもしれなかったじゃねぇか?」

「来たし。」

「………。」

 

 

 

どういう理屈なのか自信満々に言い切られ。

「そんじゃぁ何でテメェは来たんだ?」

「お前からだって判ってたからな。」

「何で?」

「お前の匂いがした。」

「……やっぱテメェは獣だな。」

すいっと手を伸ばし、咥えられていた煙草を奪い取る。

「これの匂いと…。」

手にした煙草をテーブルの灰皿に押し付けて、もう片方の手でそのシャープな顎のラインを捕らえる。

「この匂いだ。」

手首をかえして露わにした首筋に鼻を埋めた。

煙草の匂いの混ったフレグランスの…これぐらい近付かなければ判らない程控えめな香り。

 

 

忘れ様も無い程、鼻梁に馴染んだそれに、今更ながらに久しく会っていなかったのだと思った。

随分とおとなしいサンジを訝しく思わなくも無かったが、首筋に埋めていた顔を上げて弧を描く唇へと吸い寄せられる様に近付けた。

今まさに触れんというところで唇に当たる冷たい感触。

 

驚いて離れると目に飛びこんできた、見なれたモノに嫌そうに顔が歪んでゆくのを止めようがない。

「ここが最終地点じゃなかったのか?」

「誰がんなこと言ったよ。」

ホレホレ早く受け取れと目の前でちらつかせて、機嫌良さそうに笑っている。

イイ雰囲気をはぐらかされた感が否めず、対照的に苦虫を噛み潰した様な顔で俺はそれを受け取った。

白い封筒を無造作に開き、カードを取り出す。

いったいまだどうしろと言うのか…。

 

 

 



      おめでとう        

 

 

そのメッセージに相手をみれば、悪戯が成功した子供の様に楽しそうに瞳を煌かせている。

「何だ?」

クックッと喉の奥で笑いながら、すらりと伸べられた腕が首に絡みついてくる。

「覚えちゃいねぇとは思ってたけど、もう12時を過ぎたからな…。」

耳元に落とされた言葉に頭をフル回転させて…あぁと思い至り。

「わざわざこのタイミングで、俺を呼び寄せたのか?」

わざと呆れた口調で言ってやれば…。

 

 

「感動の再会にはイイ日だろ?嬉しくって泣けちゃうか?」

悪びれる風も無く。

「いや笑うしかねぇだろう。それよりよく俺の居場所がよく分かったもんだな。」

「俺様の情報力をナメんじゃねぇぞ。ナミさんの世界地図のおかげで、交通も通信も良くなってんだ。本来なら迷いようも無ぇんだからな。」

「別に迷ってる訳じゃ無ェよ。」

絡め取られたままの首を、腰を抱き寄せるようにして起こすとカチャリと封筒から落ちたモノがあった。

抱いた腰は離さずに、少し屈んでそれを拾った。

「鍵?」

鈍色のありふれた鍵はキーホルダーに通されていて、さらに銀色のタグが付いていた。

「迷子じゃねぇなら、偶には帰ってこいよ。」

微妙な顔だな…。

鍵と交互に見比べた顔は拗ねたような、照れたような、それを隠そうとしているような…。

 

 

 

「あぁ帰る。…それからコレ早速使っていいか?」

「ば〜か!訊かなくったって、もうテメェのモンだろうが。」

ゲシと脛を蹴られるが、今はもう怒る気がしねぇ。

それどころかこの蹴りまでもが久しぶりだと思える始末…。

「部屋に案内してくれよ。」

するりと腕の中から抜け出して、こっちだと歩き出すその後を追う。

数歩進んで振り返ったその顔は、またニヤニヤと笑っていて質が悪い。

「無くさない様に、絶対ェ手放さない鞘にでも付けとけ。そのタグは迷子札になってんだからな。」

何ぃっ!と慌ててタグを見れば、最寄りの島と海上レストランの名前が彫られていて、しかも呆れた事にご丁寧にも『オーナー・サンジまで』とある。

「何考えてんだお前は?」

「ははは、嬉しいだろ?」

 

 

 

 

部屋に入った途端、縺れ合うようにベッドに傾れ込む。

戯れるように笑い合って、キスをした…。

「明日はルフィ達皆が来るから、貸切パーティーだ。久々の俺のスペシャル料理が食えるぞ。」

「そっか楽しみだな。」

「だろ?期待しろよ。」

あぁこの顔だ…記憶の中にあるその顔と重なる。

どこまでも料理人な彼の…。

でも今は、別の顔も見たくて。

 

「…けど皆が来るまでは、お前を存分に楽しんでいいんだろう?」

 

 

 

「………恥ずかしいヤツ。」

そう言いながらも伸びてきた腕は俺の頭を抱え込んできて、ピアスごと耳朶を口中に含まれる。

圧し掛かってくる身体を主導権を取られてはならぬと、反転させればジロリと睨まれて…。

「朝からパーティーの準備をしなくちゃなんねぇんだ。解かってるよな?」

「あぁ、朝までは俺のモンだってことだよな。」

「そうじゃ無ェだ…。」

最後まで言わさず、深くその口内を塞いだ。

余計なお喋りは後回しだ。

熱に濡れたその瞳を覗き込んでしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

握ったままになっていた鍵を、腕を伸ばしサイドテーブルに置いた。

両の腕でその全てを余す事無く抱き締める為に…。

 

 

 

 

20011111/003


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これをスタイリッシュといわずしてどうします。
ああもう。かっこよすぎるー。