At a paradise cafe

1.
「ふゥん、けどな、ベイビィ?」
どこか上機嫌な声が聞こえてくる。
そして僅かに声の底が優しい、驚くべき事に。これは―――話し相手は非常に限定されていることを意味している。
にぃ、とオーナが悪いネコ笑いを浮かべた。多少はきついLAの陽射しも風の渡るどかんと広いテラスにいるから気持ちが良いのだろう。
おまけに、目の前には大いなるお気に入りこと、「きらきらなカワイイの」がいるのだ。

「うん?」
さら、と傾けた首の線に沿って金色が流れるのを目にして、ますます笑みが深くなる。
ああぁ、笑ってる、わらってるよ―――!!と絶叫交じりの警告を発してくれるはずのギャルソン共はここにはいない。なにしろオーナの自宅でござい。
「や、だからネ?おまえに自覚?記憶?があったら面白みも半減じゃねェの」
「うん?それもそうか……」
きらきらと陽射しに金色が弾けて大層まばゆいのはこの箱入り様で。
「そうとも!で!こうしたらどうかと」
天性のトラブルメイカで面白がりとはこの赤髪の男のことである。
「何故このヒトに相談をもちかけるんだ、」と。この男の愛人さまが聞いたなら、苦笑されてしまうことは確実な殿下であられる。

「こうって?」
「そう、おまえが覚えてる代わりに。あのイカレ小僧が惚れてキスした時点で魔法が解けるか、魔法の有効期限を2週間に区切っておけばいいじゃねぇの。どっちにしろ解けるだろ」
「なんで2週間なんだ?」
はい、殿下は首を傾けていらっしゃる。この方はオズの魔法の国の王子様ですから。ニンゲン界の常識は持ちあわせがとても少なくてらっしゃるのだ。
「ベイビィ、ロミジュリも2週間なんだぜ」
「ろみ……?」
きょとん、とヘブンリィブルゥが真ん丸です。
「あぁ、ベイビイ、知らないか。古典恋愛小説だョ」
にか、と笑うと王子様の頭を片手で撫でてオーナは大層ご機嫌が麗しい。

「あぁ、ついでにおれがオブザーヴァになってやろう」
「本当に?」
「あァ、本当。それに、おれの”甥”ってことにしような。そのつもりで家から通いなさい」
「ありがとう!」
ぱああ、とお花が咲いてますね確実に。
「ナンノナンノ。」
誑し給仕がいたなら怒涛のイキオイで却下する案をあっさりと受けるのは殿下であられる。天真爛漫なのですね、実に。この壮絶な箱入り様は。

「じゃあ、いつからかけようか、魔法?」
きらきらと蒼が光っておりますし。
「しっかし、おまえも」
それを受けてけらけらとオーナが笑う。
「うん?」
ひょい、と長椅子から王子様も半分起き上がる。

「よくそんなこと思いついたネ」
もしもおまえがニンゲン界に生まれていたなら、なんてさあ?とけらけらと笑いが続行です
「まるっきりコドモみたいに素直だから驚くぜ」
愛情とエコヒイキのフィルタが掛かっている、これは確実に。
よくもンなガキくせぇこと思いつくもんだぜッ、と。このきらきらでかーわいい「ベイビィ」以外のモノが口に出したなら即刻一蹴されそうなものである。


2.
時は遡ること、西海岸時間で2時間ばかり前。
この、オズの魔法の国の王子様は、公休日であったので自室の窓から外を眺めながら、今日はどうしようかなあ、と考えておられた。
そして、自然と。遠距離恋愛中のコイビトのことに意識は流れて。 寝起きで少しぼおっとしていた頭のままで思考が流れるに任せておられた。
1日だけでも会いに向こうに行こうか、であるとか。
それともまたこっちに呼んじまうか?であるとか。
あぁでもそうしたらカフェのみんなにまためーわくかけるかなぁ、であるとか。一応、コイビトの「バイト先」のことは念頭にはあるようだ。

「ニンゲン界って変わってるよなぁ、」
のんびりとした口調のまま、すい、と水煙管に大魔法使い様が手を伸ばし。
唇に挟む前に、
「―――あ、」
なにかを思い当たったようなカオをしておられた。
「おれがもし普通に”ニンゲン”だったら、どうなってたんだろう?」
ヒトに生まれて、「向こう」で逢っていたならどうなったんだろう、と。
『―――や?どうもこーもねぇよ、即効だろうが。』と突っ込みどころ満載の答えを平然と返す筈のコイビトは残念ながら隣にはおりませんで、ニンゲン界でございます。
だから、後々大変なことになるんだけどね。

そしてこれは、通常なら多少どころか大いにガキ臭い「もしも○○だったら、」ネタで済むのであるのでしょうが。
この方は泣く子も黙る大魔法使い様であり、いとも簡単にその「もしも」を実験できてしまうのでありました。
おまけに、きょうは「閑」なのでありまして。
幸いこの魔法の国とヒトの世界は時間軸が違うらしいので「こっち」の1日分と少しのオマケくらい、自分がいなくても大丈夫だろう、と納得して。さっさと「あっち」へ向かってしまったのだ、この天然箱入り様は。


「あ、」
す、と金色がまたカオを流れるのをオーナ様が手指でさらんと掬い上げ。
「なん?」
おっとびっくりな笑顔を惜しげもなく晒し中。
「んー、やっぱり―――」
大魔法使い様がそのまっさおさおな瞳をまっすぐに、見た目だけは大層キレイな翠目にあわせる。やあーまぁったくカワイイねェ!とオーナ様大喜びである。
「うん、やっぱりな?」
「ウン?」
「おれ、せっかくだから覚えててぇかも」
おやまあ。
それはイカレギャルソンが「ヒト」の自分を見たときのリアクションであるとか表情であるとか初めて交わす言葉であるとかなのか?もしかしなくても―――。
うわは!と口を大笑いの形に模っても声はださないオーナである。これでも一応オトナの気遣いらしい。
「はっは!恋してンねぇ、ベイビイ!」
ウン?と大魔法使い様が首を傾げる。
恋を通り越して万年大甘新婚な遠恋連中ではあることは、百も承知のおコトバである。そしてぐしゃぐしゃに金色頭をオーナが掻き混ぜ。とん、と額にキスを落とした。
「……わ?」
「や?了解してやったぜ、って意思表示だナ」
額を手で抑えて見上げてきても、かいわいいだけだから、おーじ様。
「じゃ、おれとオマエは覚えているってことで、ベイビイ」
「ウン」


3.
そのころ、午後の開店前の毎度カフェでは。ギャルソン共がロッカールームでお着替え中であった。
春に入った新入りメンバーは海を渡ったところへ短期留学中のためいまはオヤスミなのでありますが。看板ギャルソンのお三方はやっぱり本日もご出勤であった。いつ大学にいっているのだ、と言ってはいけません。

「でさー、旦那?」
「はン?旦那言うなてめぇ」
「なーんでー」
げらげらと黒頭のギャルソンが賑やかである。
「旦那じゃんなー」
ひゃはは、と砂頭も隣で笑いながらサングラスをロッカーに置いている。
「最近おーじ様来ないねェ」
ロッカーの扉をぱしんと閉じ。なぁ?とエースに同意を求めている。
「あー…、」
くしゃ、とイカレギャルソン、ことゾロが髪に片手を突っ込んだ。
「アレはいちおうああ見えても忙しいンだよ」
「そっか、来るとキラキラ賑やかでいいんだけどねェ」
にぃ、とエースも笑う。
「アレ目当てのわけわかんねぇ客が増えるだけだろ」
ゾロはいたって素っ気無い。
とはいえ。その「わけわかんねえ客」が実は「アレといる自分」目当てのお嬢様方であることはすっかり思考の外らしい。

「けどよ、」
ひょい、とギャルソンその2、ことコーザが黒エプロンを着けながら言ってきた。
「おーじ様くると、店長の機嫌いいじゃん」
こらこら、ギャルソン。「オーナ」と言わないと後でど突かれるから。
「だねえ!」
エースが黒タイをぴし、と直し。
「まーな、」
ゾロも、く、と白シャツの襟元を少しだけ緩めていた。
「最後におーじ様来たのいつだ?」
「来る前におれらがイキナリあっちに飛ばされたろうが」
「「あーあ!」」
悪友共も思い出したらしい。ウンあれはおもしろかったねえ!とご陽気である。

何のかんの馬鹿話をしながらも、ギャルソン共は着替えを終えるとさっさと開店準備をし始め。毎度毎度気が向いたときにしか顔をださないオーナサマがいなくてもそこはちゃんとこなしている。
大理石のテーブルトップを拭いたりだとか。小さなボードにもうキッチンにいて準備を始めているスタッフから本日のお奨めを訊いてチョークで書いたりだとか。一応仕事は手早くこなしながらも、けらけらとギャルソン1と2は賑やかである。
「とはいえ!」
ぴし、とエースにイキナリ指差されゾロが、はン?とまたその指を軽く反対に折り曲げ。
「だだだっ」
賑やかにまた抗議しながらも、黒アタマは。
「おれのカンだとそろそろ来る頃だね」
威張っていた。それに当たってもいたのですが。
「だから、アレは―――」

そのとき。
実は魔法が発動し。
カフェの関係者全員、これはお客様も含めて全員にしっかり魔術がかけられてしまったのでありまして。
きらきらな大魔法使い様の記憶はいっさい、脳から消去されてしまった。期間限定で。
誑し給仕のスイートハートなビジンさん、だとか。たまーにカフェにお手伝いにくるカワイイ子、であるとか。ゾロの”ヨメ”であるとか。一切合財含めて。
「―――アレは…?」
ゾロが眉を僅かに顰める。
何か、自分は言いかけていたか―――?
なにが”来る”んだったか、と翠目が少しばかり細められ。

「来るっていったらそりゃあ、トトだろ!だってほら、」
にかり、と砂アタマがオープンテラスにした席から、アヴェニューの交差点を指差して見せた。
確かに、交差点で信号待ちのヒトの間からなにかが飛び跳ねている。
「あーいかわらず、元気な犬ッころだな」
「ぞーーーろおおーーーーー!!!」
だあああん、と真っ黒目の子犬が走りこんでくる。
「やっぱりおれのカンはあたりだナ!」
びし、とエースが親指を立て。
「えーーすうーーーー!!おはようーー!!」
ぴょおおん、と一応ギャルソン1にも、キッチン突入前に飛びついていた。
「きょうのお奨めを食いにきたあ!!!!」
言うが早いがキッチンに走りこみ。なかでスタッフから盛大な歓迎を受けていた。試食のみ、お客様の分までは食べないよい子犬なのである、トトは。

「うは!なんで足跡着いてンだよ!」
ギャルソンその2はエースの顔を指差して大笑いをしでかしていた。
「来る前にチョコチップクッキーでも貰ったンだろ」
イカレギャルソンはちらっと通りを眺める。知り合いや女トモダチなどいくらでも心当たりはあるのだ、このイカレた飼い主と子犬は。


4.
「なぁにがあたりだって?勤労セイネン共!」
ちゃり、と跳ね馬のキィを手の中でならしながらイキナリ、ギャルソン共の背後に立っていたのは。
「わ、オーナ、あんた何時の間に!」
さっき来たじゃねぇかよー、とオーナ様は一切気にしない。
「おら、ガキ共ちょっと来い」
手じかにあったエースの頭をまず掴まえておりますし。
「いだだだ!」
案のじょう、あっさり悲鳴は無視だ。
「サンジ!入って来い!」
軽く振り向いて声を掛け。
ひょい、ときらきらな金色頭がドアから覗いた。
???がギャルソン共の翠目と真っ黒めと灰色目に浮かぶ。
そんな視線が集まる中、きらきらした金色がする、とオーナの隣に立っていた。
きらきらだねー、がギャルソンその2の感想であり。
へえー、育ちよさそうだねぇ、がその1の感想で。
―――ヒヨコ?がゾロの印象だったりしているようだ。黄色からの連想か。

「これはサンジ、おれの甥。で、こいつらが右からエース、コーザ、ゾロ」
すい、すい、すい、と軽く指で示しながらそれだけを言うと。
「さあて、おまえら!しばらくサンジはここでバイトすっから。世話してやれ」
は?がギャルソン共の反応である。
どうみてもこれは。扱いといい口調といい。あの悪魔のような男がここまでおだやかーに笑みなぞ浮かべているのだ、この「甥」はかなりどころかどえらいお気に入りのはずである、このオーナの。
それがバイトなんざさせるのか?が正直なところでありましょう。

「このベイビィはどえらい箱入りなんだよ、世間知らずだからちょっとした社会勉強ナ」
とすとす、と金色の頭を軽く手の甲で撫でてそんなことをオーナは仰り。
「―――よろしくオネガイします、」
すい、と非常に素直に軽く頭を下げた「甥」がひょい、とカオを上げて、にか、と微笑んだ。
すう、と。
このイカレ誑しは天然成分配合分量が間違っているのか?それを受けて極々自然に目元で笑いやがり。誑し給仕本人にしてみれば、「甥」があまりに素直ににかり笑いを仕出かしたからの条件反射並みの反応ではあったのでしょうが。

それを横目で眺めた悪友共は内心、あーあーあー、でありました。いくらビジンだからって何でも良いのかコレは??とばかりに。が、その嘆息の方向性も、「いくらビジンでもあのオーナの甥なんだぜ?!」であり。ビジンがオトコノコという点に関しては大層無頓着でもありましたのだ。
その理由を例えばお客様が訊いたりしたならハモった返答はこうだろう、『だってアイツ壮絶な面食いだしー』。


5.
「あら?ねぇ、あのコだれ?」
イカレギャルソンの女トモダチの一人がゾロを呼び、耳元で囁いてきた。お客さま視線の先には、ぴし、と黒タイも中々初々しくもお似合いの金色アタマのギャルソンがいた。
「あー……、クソオーナの甥」
「へえ!美形一族」
けらけらと女の子はご機嫌である。
「でもって、新入りバイト」
「判るわよそれくらい」
あのスタイルみれば、と女の子はトン、と口端を引き上げて見せたゾロの頬へキスを一つ落とし。
「なんかますますイイ男率上昇?」
新人クンが抜けちゃって4人の絵面に慣れてたから寂しかったのよねえ、と。ころころとご機嫌続行なカノジョである。
「名前なんていうの?」
「―――サンジ」
「ふぅん、」
にこにこと笑う女の子の頬へ軽くさらんとキスの一つを落としてイカレ給仕はオーダをテーブルに置き。あンま苛めんなよ、とからかい交じりの台詞を残してまた別のテーブルへとオーダを取りに歩いていっていた。
そのポーカーフェイスの下ではなぜかその名前が舌にしっくり来るのに若干訝しみはしているのだが。ハタ目には酷く判り辛い。

「サンジくん!」
「―――ハイ?」
にこお、とテーブルに呼ばれて「甥」はまぁ、にこにこにこにことテーブルの間を抜けていき。
「ご注文ですか?」
またにっこりの大盤振る舞いである。半径5メートルほど空気がふわんふわんと妙に和やかだ。

壮絶な箱入り、とのコトバ通り紙幣をまじまじと見詰めては面白がってみたりであるとか。
ナンデヒトの顔がコレに印刷されているんだ、と偶々側に居て、まじめに問い掛けられたエースはご丁寧に一々紙幣の「ヒト」が誰で大体どういったことをしてきた連中だかを大層簡略化して伝えていた。
アタマが足りねぇのか?と一瞬ゾロは失礼にもそう思いかけたが、その割には小面倒なメニュウはするっと苦も無く覚えるところをみると箱入りではあっても頭は足りているらしい。勉強嫌いなお坊ちゃま?ま、そんなとこか、で済ませている。
試食を終えてキッチンから飛び出てきたトトがフンフン真っ黒ハナを盛大に鳴らし匂いに向かって―――これはサンジだった―――『うまそうな匂いだーーーーッッ!!』ぴょおおおんと飛びついてくる子犬ジャンプを辛うじて受け止めて、わは!と大口を開けて大笑いしていたサマはカワイクも―――ここまでつらつらと考え。ハタ、とゾロは瞬間、思考を急停止させた。

「―――フン?」
片眉を引き上げ、カフェの内を見回し。
奇しくも件の『甥』と目が合った。まっさおさおがじーっとゾロを見ていたのである。ナンダ、とゾロが目で返せば。
「チップ貰ったぜ!!」
そう大喜びなご報告を寄越され。
テーブルに座っていたイカレギャルソンの女トモダチが「カワイイイ!!」と新人バイトの頬へキスしていた。
「この新人クン、箱入りなンだよ、TJ。あんまりからかわないでなァ」
エースがひらりと2つ隣のテーブルから手を振り。
「あー、」
ゾロが、すい、と。目元で微笑して返す。
これはまた例によってあまりなカワイイ振りにもうわらうしかないのか?ギャルソン?

「ヨカッタナ、」
と一言。優し気な笑みは本能で続行らしい。
お客様方は思いがけずラッキーなものを目撃できたものである。

ギャルソンの方も器用に片眉だけ引き上げると、口パクで『シゴトシロ』とそれでも不機嫌とは程遠い表情で言ってきており。
解からない振りしてたらしばらくこっちみてっかな、などと、たいそーカワイラシイことなどこっそりおーじ様が思ってしまったことは―――秘密である。




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