Prologue
「あなたは、つよいのですか」
「おまえは人間の生の重さを考えた事はあるか―――?」
黒尽くめの男は静かな声で問い掛けてきた。
「―――重さ?」
「そうだ」
ざああっと風が吹き。頭上の梢を打ち鳴らす。
「私は、強くあることをやめた」
「なぜですか、」
翡翠の双眸は逸らされることなく、目の前に立つ姿をみつめる。
「あなたは――――」
「私が、営みを外れているからだ。同等の重みを持ち得ることは、もはや叶わぬこと」
「・・・・・・・・頭首?」
その、小さな呼びかけに男は応えず。
「ロロノア、」
初めて見る男にその名を呼びかけられても、臆することもなく。
「おまえは、いずれを選ぶ?剣か、永久の生か―――」
男の双眸が黒に近い暗紅であることにいま、気づく。
燃え立つような新緑の中で、溢れかえるような生の歓びを木々が奏でる中で
はじめて口許をほころばせる。そして
「―――剣」
涼やかに、風の流れる先を追い、答える。
「そうか。私もそれを願う」
「だが、」
ひたりと暗紅がその流れる先を捕らえ。
「自分の血を、決して呪ってはならぬ。血族を、恨んではならぬ」
総ての音が無くなり、色彩が反転する。眩暈を覚え
気が付けば一人、丘の頂きに立ち尽くしていた。その手に、剣を握り締めて。
「ゾロ、」
子供の柔らかさの残る手が、越えたことのない境界をゆびさす。
重たさを含んだ風が吹き荒れ、声すらも持っていかれそうな中に兄妹は立っていた。
丘のうえ、大樹の影に。
「嵐がくる」
「―――ああ。」
風が吹く。
――――運んでくるのは
「サンプルA、生体反応、ゼロ」
電子音が単調に響き、声に続き。そして、液体の排出されていく音がそれを追う。
「B、ゼロ。」
「C、微弱。」
「危険です、」声に緊張が混ざる
「楽にしておあげ」
「はい。反応、ゼロ」
すべてが失敗に終わるかと思われた。不可解だ、何も初歩的なミスは犯していない。
ごくごく簡単とは言えないものの、いわば失敗しないことを証明するためのようなエクスペリメントになるはずだった。
なぜ、この螺旋はこうまで反抗するのだろう。
「ドクター、」
「Dも、だめかい?」
「いえ、脳波が、」
その声にドクターと呼びかけられた女もインキュベイターの前に進み出る。
羊水に守られたそれは、ちいさな胎児。
外界からのインプットがない限り、羊水のなかの生物は何ら生体反応を
返さないようになっている。
実験段階前の生体に、「人権」を与えれば何かと倫理審議会が煩いことを言う。
「脳波?」
「はい、たしかに。これを―――」
モニターに記されているのは電子記号に変換された微弱な脳波の揺れ。
「ゆめを、みているのだね。この子は」女の唇にかすかな笑みが浮かぶ。
「所長、では?」
「成功だよ」
安堵の吐息がラボをつつみ。
「では、Dは」「そうだね。D、じゃあ可哀想だ。もうウチの子だからねぇ。”サンジ”とでも名づけようか」
さわさわとどこまでも広がるミドリ
流れる草原
みる夢は
どこまでもひろがる高い蒼穹と―――
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