Cracked Actor





‐‐‐ Baby?‐‐‐
「オマエはさぁ、」
珍しくコックが「暇だ」というので甲板にイスとテーブルを引っ張り出してゾロはカードにつきあって
やっていた。大した手札もなく、あー、これァ負けだな、とふい、と眉を顰めて見せたときに突然の言葉。
「ア?」
タイミングも絶好、非ッ情に不愉快かつ酷薄そうなお顔でばっちりと蒼眼と遭遇。
ぎゅうううう、と相手も勝札のくせに突然しかめっ面。
遠くから、ジツに笑えるくらい遠くからそれでも気の弱いオトコの「ひっ」という断末魔の声と。
どうした!と駆け寄る軽やかな蹄の音が届いた。

「……てめェ、ナンだそのカオ?」
ごもっともで。
「うるせぇよ」
ああ、なんで普通に返事ができないのか、このオトコも。
「あ。」
にやり、と薄い唇が引き伸ばされた。
「さてはてめェ、負けやがったな?」

ぱら、とゾロが卓に手札を投げ出し。
「こんなクソカード揃いじゃウソップにも勝てねェよ」
あーあ、と軽くのびをする。
へーえ?と。上機嫌にみえなくもない底意地の悪そうな笑顔が腕を伸ばしたゾロに返ってきた。
「なあ!おらそこのウソップ!隠れてねェでナミさんもお呼びしてぇー、カードしようぜカード!」


--- Oh, You…! ---
うあはははははははーーーざまァみさらせおれサマが一抜けだァ!
勝利の叫びをあげるのはド金髪。
おれ2番だぜえーー。ウソップが天を仰ぎ。
ち、コレはブービーだわ、と眉を顰めるのはナミ。
「でー?誰がケツなんだ??」
大人しくテーブルを覗いていた船長がにこやかあに文字通りカオを出す。
ちら、と船医が卓の下からゾロを見上げ。
「―――おれだよ、」
微かな舌打ちと一緒に手札をテーブルに散らし。

「ホォ……?てめェか」
蒼眼の悪魔が不吉なまでに笑みに崩れた。
「あー、これ。罰ゲームありって確か言ってたわねぇ?」
その隣でベリイ・ピンクにグロスで光る唇が音を乗せ。
ぶるぶる、っとウソップが震えたのにまた船医が大丈夫か、と蹄をその額に精一杯伸ばそうとし。
如何せん背が足りないのでゾロがひょいとその熱意の塊りを持ち上げてみる。

「ちょっと、アンタ。おとうさんごっこしてる場合じゃないでしょう」
「ナンにすっかな、てめェの罰ゲーム」
上機嫌なのはこの二人だけだった。

「クソ。好きにしろよ」
言いながらゾロはイスから立ち上がり。
「あーでもよ?おまえさあ、いまでもけっこうコキツカワレテルもんなぁっ」
うはははははーーっと屈託ない船長の笑顔に苦笑いつきでぽかりとかるく拳を当て、いなくなる。
あんまかわンねえよなぁ?と笑いながら船長も目の端になにかを捕らえたのか騒ぐウソップを引き連れ
船首へと走り戻り。

「じゃあ、ナミさん。紅茶でもいれますか?」
「いいわね」
にこにこり。
「お、チョッパーおまえもいる?」
笑顔で問われても、なぜか背に冷たいものが這うのを船医は感じ。
や、いいよおれあとからラウンジ行くし!と右手右足同時歩行で船首へと。


「ねえ、ナミさん?」
どうぞ、とティーカップを卓に置くと自分もすたりと珍しく席につき。
相手がかるく目元で笑みを作り返事の代わりにするのに、言葉を続ける。
「実は、お願いがあるんですけど」
「なあに?」
「もしよろしければ、ちょっと寄り道でもしませんか?」
「フフ。グラスグヴィコッチ・カルタヘルタントロ・エーデン?」
ナミがカップに口をつけ、笑いながらリゾートアイランドの名前を出す。俗称「エデン」。
"天国に一番近い"、"地上の楽園"、と名高い娯楽島。
「ああ、聡明なアナタはすべてお見通しだ」
「もちろんじゃない。私だってそのつもりでこの航路にしたんだから」
「……へ?」
「あーもう呆れたほんとにあなたってヒトは。自分の誕生日がいつかくらい覚えておきなさい」
それでも口調は柔らかい。
「私からのプレゼント。ちょっとくらい羽伸ばしましょうよ」
はは、と軽くわらって。それでも、はい、と嬉しそうな返事が戻り。

「それにね、」
カップに紅茶を新しく注ぎ足されながらナミが言う。
「私たち、実は招待されてるのよその島のオーナー一族に」
「は?」
島つながり?そう言ってナミは笑い始め。
掻い摘んで話せばいつぞやの、うっかり助けてしまった財閥頭首のじーさんの係累の島らしい。
「ちょうどオーナーのね、愛娘の二十歳の誕生パーティなんですって。その祝賀会にぜひ、って
招かれてるの。最初から寄港するつもりだったし。なにしろスペシャルゲストだから、私たちねぇ?」
にこにこにことナミが蕩けそうな笑顔を浮かべ、こういうときは大抵……
「すべてご優待なのよ!」
ほほほほほ、と板についた女王様笑い。

「ああ、ナミさん。あなたのシアワセはおれの喜び、あなたの……」
さらに流れ出る言葉は、つい、と伸ばされ唇に添えられた指で遮られ。
「……はい?」
「ついでに罰ゲームもしましょう」
悪魔の耳打ち。



--- Ready? ---
「おらそこのクソチンピラ剣士!!」
すんでのところで蹴りを躱し憮然とした表情のまま足首を掴んでいるのはゾロ。船壁に寄りかかったまま。
「―――なんだよ?」
ぽい、と掴んでいた足首を宙に放し追撃の無いのを確かめると目をまた閉じようとする。
「ははははおれの足サワれてウレシイくせしやがってよ?」
ひゃはははは、と盛大に笑うのにゾロはため息。
「てめェ、どっかで死んでこいよ。後で拾いに行ってやっから」
うわあとんでもねェ照れやサンだねぇとか可笑しな方へ話が進みかけ
「だから。てめェはなんの用があンだよっ」
相手の双眸が完全に開いたのを確かめるとサンジがにんまり、とわらった。

「おう、よろこびやがれてめェの罰ゲーム!決まったぜ?」
「へえ。あー、そう。そいつぁどうも」
剣士はどうやらとても投げ遣りな気分らしい。

「ははははは、聞いて驚くなヨこのクソロクデナシオトコが」
点火音も清々しくサンジがタバコに火を点け。ふうっと煙を細く空へ返した。
「てめぇをなぁ!勿体無くもイーストブルーの伝説の王子とまで言われたこのおれさまが!
4日で完ッ璧なジェントルマンに仕立て直してやらぁ!!」
「はああああ???」
珍しく、ゾロの驚愕の声が響き。どっちのパートに驚いたのかは本人のみぞ知る。
「ざーーまァみさらせっ」
びしい、とゾロのハナサキにタバコが突きつけられた。


時は同じコロ。
ラウンジでは、ウソップが問い掛けていた。
「なあ、けどよナミぃ?それって、どっちかっていうとサンジの罰ゲームじゃねぇのかよ?」
「そんなことないわよ」(だってあの構いたがりに口実つくってあげたんだから。)
「……おい。聞くだけ野暮とは思うがよ、おまえまた何か企んでるだろ、」
ウソップはココロで十字を切り、
「ナニしてるのよあんたしっつれいね」
のつもりが動作に出ていたらしい。

「だって。完璧なカップルが必要なのよ、」
「は?!」
艶やかなナミの笑みに、ウソップは奈落の縁を見た。
「一石二鳥ってね、私の好きな言葉なの」



--- Steady, ---
Day 1.
訓練初日の午後。
「ふむ。まずは運動神経からかね……?」
最後の皿の一枚をきちんと棚に戻し、ふい、とサンジが呟いた。


「タイヘンだ、ゾロが病気かもしれない!」
ばあん、とナミの部屋へのタラップが開けられた。
ひょこりと赤い帽子がそれでも遠慮がちに逆さに覗いた。
「え?」
ナミが手元の航海日誌から目を上げる。
「キッチンでサンジと抱き合ってる!!」
「えええ??」
昼真っからなにしてるのよあのアホどもは!ナミの声無き叫び。
いくらおおっぴらに構える口実作ってあげたからって!ちょっとそこまでアホだったの?!
「すぐいくわ!」

ナミ、ナミ、すぐいかないと、おれ心配だし!
キッチンの扉の前で小走りになる船医をナミが押さえつける。
「いいからちょっと待って、」
すい、と小窓から眼だけを覗かせる。

微かにガラスを通して聞こえるのは。

「あー、もう、違うって、いいかよっく見ろ、オトコの基本ポジションはこう!手はこっち!!」
仮空のお相手を抱き寄せるように無理矢理右腕を曲げられぐいぐい左腕を引き伸ばされ大層窮屈かつ
不愉快そうに突っ立つ男の横に付くのはサンジ。
「いてェ馬鹿なんでおれの手ェ掴むんだよ!」
ぎゃんっとゾロの耳元でセンセイが叫び。
「ああああうっせえ居もしねェモン抱けねえよ!」
がああっと吼えた生徒がいきなり腕ごと引くと身体を前に引きずり込む。
「ああああこのやら!」
「それでどうすりゃイイんだよ?!」
「うあ、おれの足踏むなこのウスラボケ!」

「……あのね、チョッパー、」
ため息半分、ナミがすたりとチョッパーの前に膝をついた。
「あれはね、病気じゃないしイカレたゾロがサンジくんを襲っているわけでもないの」
「病気じゃないのか?」
おハナが、すぴ、と心配げに鳴る。
「うん。あれはね、一応ダンスの練習らしいわね」
「ダンス?」
「そう、パーティに行くなら先ず出来なきゃいけないの」

「……あ、」
チョッパーを連れ戻りかけていたナミが口に出す。
「なに?」
見上げてくるまっくろの瞳に、自分の笑顔をナミは見つけてちょっとばかり気恥ずかしくなった。
「あなたにも、教えてあげなきゃね」
「ほんとか?!」



「ねえ、サンジくん」
「はい、なんでしょう?ナミさん」
ナミの前にホット・レモネードのグラスが音も無く置かれた。
「きょう、あなたたちダンスの練習してたはずよね」
「ええ」
「なのに、なんで二人してそんなに生傷作ってるのよ?」
はあああ、とナミがため息をつき。
その後ろ、ソファではチョッパーが盛大に擦り傷のついたゾロの腕にくるくるとクスリを塗りこんでいた。
「や、おれが聞きたいくらいですってば」
憮然と答えるサンジの頬にも愛らしく絆創膏がぺたりと。


Day2.
2日目朝。
「まずは身だしなみから……?」
さらりと自分のシャツに袖を通しながら、サンジがふと呟いた。

記憶を洗いなおしてみても、あの剣士がきちんとボタンを上まで留めたことなど見たこともきいたこともない。
シャツを着ているときは最低2つ、大抵3つは開いているわけだ常に。暑いとまるっきり前全開だったりとか。
勿論中にカットソー何ザ着ちゃいなくて。
「……おい、そりゃアンマリだろ」
いまさらな事実にサンジは少しばかり愕然とした。


最後まで惰眠を貪っていた男が起きる頃には、オラ起きやがれの豪勢な掛け声と共に巻き添えをくった
男部屋の全員が強制起床させられていた。
ばさばさりとまだ半分眠ったままの身体の上に服が放り投げられる。
「おらそこのクソチンピラセンスの持ち主。てめェはそもそも格好からして胡散臭い。いいか?最初はコレで
ガマンしてやっから。ぜったい、一等上までファスナー閉めろ」
「あァ?」
カオからジップアップのポロニットを退かせながらゾロが起き上がる。
そのカオめがけてまた人差し指が突きつけられた。
「まず今日から始めろ。いいか、ぜってえ下ろすなよ?わかったら今日は大人しくソレ着てろ。
明日はシャツな、ボタンは上まできーっちり全部留めとけ。明後日はタイだ、ぜってえ締めてろ」
「冗談じゃねえ、く……」
「苦しいとか窮屈とかいうな、コラ。ばぁつゲームなんだからよこれはよ?おら忘れてンじゃねえぞそれに
なぁ!レディも乗ってる船で半分裸みてぇなカッコでうろうろさせてた今までがどうかしてたンだよ!てめえは
無駄に露出したがるしなそういやこの体育バカ」

「サーンジー」
船長が扉からにぱりと振り向き声をかける。
「あー、わりぃ、朝飯ならもうできてるぜ?」
「おまえ、奥サンみてえだなー!」
「誰がだコラァ!」
一直線に扉から蹴りだされ。うはーという笑い声と続いて起こった水音にウソップが慌てて後を追い。

朝もはよから大賑わい。



「ねえ、サンジくん」
「はい、なんでしょう。ナミさん?」
午後のお茶をナミのためにいれながらにこやかにサンジが答え。
「気のせいかしら?ゾロのチンピラ度が少し下がった気がするんだけど」
「型から入るってのいうのもアリですから」
にこりとサンジがわらった。


Day3.
3日目夕刻。
「ナミぃ、たいへんだーゾロがいよいよいかれたぞぉおーーー?!ば、罰ゲームのせいじゃねえのか?
それとも酸素がアタマに回ってねえんだよ!」

「鏡みて笑ってやがる!笑ってやがンだよお?!いよいよマッチョナルシストかああ?!誕生しちまったの
かよポージングなのかよおおおい?!」
ウソップが半ば錯乱の態でみかん畑にいたナミの元に駆け寄ってくる。

「うっさいわね、そんなうざったいモノうちの船にはいらないわよ!」
「マッチなリストォ?なんだそりゃあ」
すたーんと船長が木の天辺から飛び出てくる。
「ウソップ。その得体の知れないオトコの横に、チョッパーいなかった?」
「―――そういやあ、居たような気もしないでは……」

現在は、一日でサンジが一番忙しくかつ充実した時間を過ごしている頃合であり、いくらなんでも
出来の悪い生徒を構っている時間はないのである。

「宿題でも出されてるんでしょうよ?さしずめ今日の科目は"紳士の笑顔の作り方"なんじゃないの?」
ナミの言葉にウソップが盛大に手を片掌に打ち付ける。
「なるほど!」



笑うときは。唇端を、片方だけ引き上げるんじゃねえ。怖ェから。
いいか、両端を、同じ角度に持ち上げてみろ。
そのツラ見て、チョッパーがビビんなかったら酒飲んでよし。本日の午後の訓練は終了だぜ。
オメデトサン。

センセイのお言いつけは上記の如し。



3日目夜明け前。
おまえさ、敬語は普通に使えンだろ?

うるせえな、いきなりでもなんでもイイだろ、そっか。じゃあ、ちょっとはラクだな

基礎会話講座だ、聞けよ?

てめえ、じゃない。あなた、つか、おまえの場合ならせいぜい、"きみ"だな。

うるせえ、じゃない。にぎやか、だ。

どんくさい、とろい、じゃねえ。おっとりしている、のんびりしている、だ。

アホじゃねえ、個性的、だ。

センス悪いとか、不細工とか、そういうのもぜんぶ、個性的、な。

デブは、ふくよか、だ。

レディを気持ちよくさせる言葉づかいは、まずパーティの基本だからな。

「ほめ言葉はてめえの真似すりゃいいんだろうが。あの反吐がでそうな奴」
不意に届いた相手の声にサンジがこれ見よがしに肩を竦めて見せた。

あ、このクソ生意気に、おれ並のボキャブラリーもとうなんざ、一万年はやいっての。
それに反吐って何だあほんだら。
唇からバラと真珠、っていいやがれこのクソ馬鹿男が。
きれいなヒトにはな、≪お美しい。≫それだけでいいんだよ。
声は低め、あと、きのう教えてやったあの、ええと、パターン2の笑いカタな。

はい、やってみ?
あー、ちゃう、それは照れが強すぎ。それじゃあパターン3だっつの。
そうその、ちょっとだけテレのある「おもわず口からでてしまった、すまない」キャプションつき、
それを出す、と。
へい、上等、
なんだよてめえ、たらしだけはロクデモねえくらい上達はやくね??
クソおもしろくねー。

「―――サンジ、おまえなぁ。集中しろ」
呆れた風な声が返ってきて。
キスで返事の代わりにした。



3日目夜半。
センセイ御手製単語集を前に、ラウンジのテーブルには夜半過ぎまで灯りが灯っていた。
「おまえさァ、馬鹿なンはもう仕様がねえけどよ?立ち居振る舞いくらいはさ、無駄に殺気出さねぇで
フツウに出来た方が良くねえ?これからも生きていくにあたってよ」
はあ、とサンジがタバコを灰皿に押し付けた。
「特にナンもしてねえよ」
「だから。それがいけないんだっての。おまえねェ、いるだけで無駄に物騒なンだよ」
自分の返事に。ゾロは、苦笑に近いものがちらりと向かいに座る相手の表情に掠めるのを眼にした。

「普通に立っていられるようになっても、損はないと思うんだけどさぁ、」
タバコを挟んでいた手が、所在なげに卓を彷徨って。それから、つい、とゾロの方へ伸ばされた。
その指先が、額を、頬を、頤の線をからかい半分にそれでも確かめるように辿っていくのを別に
解かせはせずに、放っておいた。
「素材は良いンだけどねェ?」
そう言ってくる皮肉めいた口調と、素直に、目元に浮かぶ笑みの欠片を目にとめて
「フン。精々てめえの類義語辞典でも暗記するさ」
ゾロが返し。指を掴まえると一瞬だけ軽く歯を立てた。
「それが、ケモノだっての」
小さくサンジが笑い、放っとけ、とゾロが返した。
また、タバコに火を点ける音が静まり返ったラウンジにそっとした。

「それになぁー、来週おれの誕生日なんだな」
他意なく告げられる言葉にゾロがふいとカオを上げる。
「は?」
「そう。せっかくだからあの島でパーティしようってさ、言ってくれたんだ」
まあ、もともと寄りたかったんだよあそこには。一流の料理人どもがなにしろ集まってるからさ。
すげえんだぜ?と楽しそうに舌でも噛みそうな名前をつらつらといくつか挙げていく。
作りものではない穏やかな笑みが自分の口もとに微かにのぼっていることに、修行中の男は
気付きはしなかった。

「……そうなのかよ、」
「ん、まあなあー、おれ誕生日なんて自分でも忘れてたのにさ?さっすがナミさんだよな」
にかりと。盛大に笑みが惜しげもなくばら撒かれ。観客はただ一人。
「そうか、」
とん、と自分のアタマに置かれた掌に特に異議申し立てもせずにサンジが、そう、と頷く。
だから、てめェもナミさんのためにちゃんと行儀を覚えやがれ、そう続けて。
ひどくあっさりと、「そうだな、」と。
返事が戻されたことに逆に吃驚した表情になっていた。

それが、にやりとした笑いに変わり。
「あー、そうだ。おまえさ、げっそりすること想像すリャいいんだよ。したらさ、殺気何ザ出ねェだろ」
「なんだそりゃ」
「んー、例えばな?」
にやり。
「ジェラキュール・ミホークがてめェの前に立ってンだよ」
「おい、よけい殺気でるンじゃね……」
「イイから聞けよ、ヤツがサ、まあふんぞり返って立ってるわけだ、な?きちんとイメージしたか?」
「……ああ」
「それがなぁ、背中にでっけえピンクの羽根飾り背負ってンだなこれが!」
ぎゃははははと笑うサンジとは対照的に微かに青ざめたゾロがいた。


Day 4.
4日目の朝。
いままでとは打って変わって熱心に修行にいそしむ姿を見みつけ、センセイは吃驚するやら笑ったりした。
吃驚ついでにタイも締めてやったりなぞしたら、妙に気詰まりな表情をされてまたサンジは大笑いした。


Day 5.
5日目の朝。
ナミさーーん、御時間いただけますかー、仕上がりましたよー。
蕩けそうな声が響いた。続いて、
おらおらてめえらも来いよ!おもしれェモンみせてやるぜえ!!



--- GO! ---
「いかがでしょう、ナミさん!」
じゃああん、と大げさなかつお手軽効果音つきで「リラックスした風にきちんとシルクのドレスシャツと
フォーマルの下」だけを着せ付けた元ロロノア・ゾロをナミの前に引き出すのはサンジ。
「下品じゃないわ!ヒモでもヤクザでもないわ!!なんで??すごいわ!」
ナミの感嘆の叫び。

おいおいそれはあんまりな言い分じゃねえかよ、とはウソップの突っ込みで。
「ふふふふ、よくぞ聞いてくださいました愛しのレディ。秘密は、立ち方なんですよ」

ほらね、となにやら始まるレクチャーに船医は興味を無くし、ウソップを見上げてくる。
「なあ。にんげんって、すごいな」
小さな、感嘆の呟き。
「たった4日でなんで変わるんだ?」
「……や、あいつらをにんげんと思っちゃいけねェゼ、チョッパー」

「……ってわけです、レディ」
「―――すごい。流石だわ、サンジくん!」
ナミの抱擁に相好が格段に崩れつつ、サンジも盛大に笑い返す。
「でしょう!苦労したんですから、まったく行儀を知らないケモノに人並みにマナーを教えるおれの
苦労ったらそれこそほんとにナミさんからご褒美にキスのひとつでもいただきたいくらいだー」
あははははと機嫌が良い。

「これで充分永久名誉島民への道が拓けたわ!」
ナミの叫びに、はたりとナケナシノ理性がサンジに戻ってきたらしい。
「あの、ナミさん??それってなんのお話でしょう?」
すい、と翠眼が物騒ではなくナミにあわせられる。なるほど、きちんとマナーは仕込まれている模様。
しかしいかんせんその後思い切り顔を顰めるのは如何なものか。

「例の晩餐会ね、私たちの招待されている」
それぞれに4通りの返事が返される。
「ちょっとした情報の行き違いがあったらしくって。"素晴らしい二組の男女と非常に優秀な青年が一人、
それに新しく加わった少年"を待っているらしいのね先方は」
だんじょ??二組?レディース・アアンド・ジェントルメン?
何通りもの視線が交錯し。
なかにはわけもわからず「にらめっこだな!」と張り切ったモノも混ざってはいたが。
それでも、最後にはひたりと全員の眼差しが唇からタバコを取り落としたサンジに集まる。

「な?!なんでおれ?」
「一組は"素晴らしい踊り手でもある"そうよ、サンジくん。……普通、タンゴは男と女で踊るのよ」
がががががん。と声も無く氷結しているのは。
「あなた、自業自得だったわねぇ?」
ナミの言葉に音も無くゾロが笑い。それを見咎めたナミが眼をあわせて、明らかに「にやり」とする。
「幸いこちらの"紳士"、いまじゃあソシアルもこなせるみたいだから問題ないんじゃないかしら?」

「おあ?!ええええええ???え??ナミさん?!えーーー?!」
母音しか知らないのかてめェは。とかどさくさに紛れて「紳士」が呟くもその耳には届かず。
「なんでですかああーーーッ」

「このパーティは"パートナー"同伴じゃないといけないんだもの。それにサンジくん、自分の"成果"も
実地でみたいでしょう?」
「だ、だからってなにもおれが……」
「あなた充分綺麗に化けると思うのよねぇ、」

「ナミさん、こんなでかいオンナのヒトはいませんって!」
「あ?サーンジー、おまえほっせえしそんなでっかくね……」
だまれやクソゴム!の怒声と一緒に船長がかるーくマインマストを飛びぬけていった。
うあはははははと大喜びの効果音つき。
「あら。サンジくんあなたらしくもないわ。そういうヒトはね、ゴージャスなオンナ、っていうのよ?」
さらりとナミの指先が言葉と一緒に頬にそって滑らされ。
「ね?」と笑顔で締めくくられる。
「うう。」

「ああ、じゃあサンジてめぇよ?その"男のロマン"とやらを剃らねェとな」
に、と酷薄に笑みを浮かべるゾロと。
「うふふふふふ。全面的に協力するから。美人に化けないとタダじゃおかないわよ?」
艶然と微笑むナミと。
「うっひゃあああああ、すっげえええ仮装だなぁサンジおまえ!!」
ばんばんと盛大に肩を叩く船長と。
「な、声、細くするクスリ欲しいか?おれ、つくってやろうか?」
まんまる眼をきらきらさせて足元から見上げてくる船医と。
おれにふるなおれにふるなおれにふるなよと全身で訴えるウソップと。
囲まれてしまえば。

がくり、と肩を落としたサンジに。
未来はあるのか。

「"ならばきみ、善は急げというだろう?"」
片眉を跳ね上げた偽紳士がとん、とその肩に手をかける。
「くあああテメこら死ねや!!」
足技炸裂、空を切り。小気味良いほどの音で柄で受け止められる。
「"ああ、ほら。そんなに賑やかだと皆さんのご迷惑になるだろう?きみ"」
にっこりと。空恐ろしいほどの唇端が均等に吊り上げられた完璧な微笑とやらを浮かべた男が問答無用で
拘束し。ぎゃあああああ離しやがれクソ馬鹿ヂカラッで始まる罵詈雑言は有無を言わさず遠ざかり。

嗚呼、さようなら、ロマン。

さよーならあ、と並んで船医とウソップは手を振り。
「なあー、ナミ?さっきのめいろ冬眠ってなんのことだ?」
船長、間違ってるぞ。
それはね、とナミがこぼれんばかりの笑顔で向き直る。
「エデン一族の系列企業、いつでもどこでもご優待される人たちのことよ。つまり、私たちのこと
に決まってるじゃない」
「それすげえのか?」
「そうね、だからまあせいぜいルフィ。エデンに着いたらあなたも海賊王候補らしくシャンとしてなさいね」
なにしろルックスで決めるって話もあるんだから、とはナミの独り言で。
ははははは、まかせとけってえ!
元気な声はソラヘト上る。



GM号は無事「エデン」へと入港して。
伝説を残して楽園を去るのはそれから1週間後のこと。







# # #
明るく、楽しくちょっと(多いに)おバカで。賑やかにいってみました。シリアスだったマイフェアレディの裏を
行くリクエストでしたので。クルー連中のノリ的には懐かしのPIXIEシリーズのような感じだったかな。
と、いまになって思います。かすかに3月公開のサンジお誕生日話につながっているのかな、といったところです。
どんな紳士・淑女が出来上がったかは、伝説にて?(こら)名誉永久島民の栄誉は見事得た、とだけここでは告げておきます。
あはははは。まっちんさま、楽しかったです。タイヘン長らくお待たせいたしました。