Darn That Dream






明け方、道を走らせる。
空のナヴィシートには、細長い包み。
いつだったか、交わした言葉を覚えていた。


「なぜ、その弓を使うんだ…?」
コンサートマスターならともかく、ソリストの使うべきものじゃないだろう、と。
蒼が、ちらり、と悪戯めいた光を弾き、見つめ返してきた。
バレタ?と、そう言って。
「おれは耳で商売してるンだよ。わからないでどうする」
「だっておれ、まだ学生だし」
「都合の良いときだけ戻るな」
それと弓とは何の関係もないだろう、と続けたならば。

「これは、ううんん……遺言なんだよなァ、マイスターの」
「―――は?」
「ウン、あのなぁ、」
なにやら不穏な煌めきを宿しはじめたアイス・ブルーを見つめた。
待てよ?「遺言」……?
こいつ、確か―――あぁ、あのチェロの大家。あの年寄りの直弟子じゃなかったか?

ごつ、と額を拳で小突いた。
「アホウ。御大はまだ生きてるだろうが」
「ちょっとばかり演出しただけじゃねぇかよ」
イテ、と額を押さえるサンジに言う。
「だから、訳はなんだよ」
「ああ、だから遺言で―――」

ごつ。

そして聞き出した「訳」はひどくクスグッタイものだった。
サンジが口に出す前に茶化したがった訳もわからないではない。

想いを掛けた者から受け取れば、また新しい音になるだろうからそれまではコレでも
使っているように、と言われて貰ったんだ、と早口で一気に捲くし立てていた。

「フウン?」
「なんだよ?」
サンジの腕を引いて少しばかり近づけさせた。
「じゃあ、そろそろ変え時だろ」
「―――うううん、」
わざと唸るように喉奥から音を洩らすサンジに苦笑する。

「ほら、カンネンしやがれ。トルトだろうと探してやるから」
「うーわ。でもアレ、なかなか出てこないぞ?」
「フン、おまえ。おれのことあまく見てるだろ」
そう言って、綻んだ唇を啄ばんだ。



                                 1.

眠っていたならば、無理矢理に言葉が意識に叩き込まれた。
追記するのであれば、腕の中にぴたりと収まる身体を閉じ込めて、ひどく満足して眠っていたはず、が。
今度はくう、と瞼を押し上げられるのに閉口する。
「わ、怖ェカオ」
「―――てめ、」
放せ、と手首を纏め上げ引き剥がす。
ひゃは、とウレシイ、と遊びの混ざり合った笑い声が聞こえる。
ガキみてェ、ふいに思う。

「ゾォロ、何が食いたい?言ってみろって」

―――あぁ、思い出した。
眠りに落ちる直前、まだシャワーの水滴が僅かに残る身体を抱きこんで交わしていた言葉。
気分転換に自分は何でも作れる、とサンジが洩らし。
「音楽家がそんなモン趣味にしてどうする、」と言えば。
「カンケェねえ。おれ、才能のかたまりだから」
上機嫌に笑い、かぷりと首元に歯を立ててまたくつくつとわらっていた。
「―――フン?じゃあ確かめないとな」
「……だろ?」
そんな会話をした、確か。

「―――オハヨウ、」
目を開けたなら、サンジがベッドの端に座っていた。
腕を伸ばして引き寄せ、半ばほど身体を重ねさせる。影になっても蒼がヒカリの欠片を閉じ込めたままでいた。
「―――ウン。で、おまえ何が食べたい?」
言いながらも、とんとん、とカオのパーツに唇が落とされてくる。

「ほら、エンリョするなって。おれ何でも出来るから」
―――遠慮している訳ではなく。いっそこのままこっちを食うかとちらりと思っていただけだったが。
きっちりと服を着込んでオマケに……背中を撫で下ろして気が付いた。
腰の後ろ、小さな結び目。フン、「エプロン」までしているってことはどうやら作る気ジュウブンらしい。
それのジャマをしたら後々メンドウそうだ、と思っていたところだった。

「どんなモノでもか……?」
「ウン」
にかり、と笑いかけられる。
なるべく簡単なモノがいい、と思い。

ああ、たしか。家の側のイタリアン、そこはデリバリーも中々美味い、とサンジが言っていたことを思い出す。
それでいい、と。
思いついたなら、急に食いたい気もしてきたしな。

「―――ピッツァ」
「ハン?」
「だから。ピッツァ」

ふい、と黙り込んだサンジの唇の作り出す容を見ていた。
そして、デリバリーで、と言いかけていたなら。

「それはおれへの宣戦布告だなっ?!」

イキナリ大声を上げていた。オマケに耳もと。

「ハ?」
いやサンジ、そうじゃなくて―――
「受けて立ってやろうじゃねェかアッ!!」
だから、高らかに叫ぶなオマエ。
そう返せば。
サンジはベッドから飛び降り、びしい、っと細長い、たしか夜中に喰わせて貰った指がハナサキに突きつけられた。
「ミュージシャンを舐めるんじゃねェぞ!」

あぁ、だから。
そのセリフ、微妙に間違ってるぞ。

「泣くほど美味いの作ってやらァ!!」
おい、だから。
オマエはチェリストであってピッツァ職人じゃねェはずだよな―――?
おまけに。おれの勘違いじゃなかったら、実態はコレなのに世間で「貴公子」扱いされてる一大詐欺師のはずだよな?

「そうと決まったらゾロ!オマエも手伝えっ」


いつの間になにがどう決まったンだか。苦笑する。
まったく、どうしようもねえ「王子サマ」だなオマエ。



                               2.

陽射しがこれでもかと差し込むキッチンにいる。
シティからクルマで20分ほど離れた家。朝までこの場所で過ごした事など無かったし、そういえばここに入るのは初めてかもしれない。

サンジはトマトを刻めだの、庭からバジルを取って来いだの粉を混ぜて叩きながら言って寄越していた。
そして、今度は生地を「発酵」させているらしい。妙に威張って「湯煎」していた。
なにか食わせろ、と言えば。
「いまから発酵で40分、ガス抜きしてベンチタイムが20分、成型して焼き上がりまで25分」

フフンどおだハラ減って大変だろ、と”スケッパー”をヒトの目の前に突きつけていた。
「―――危ねェな」
すい、とそのステンレススティールをどけさせる。
「死ぬほど美味い!トマトソースが常備してあることに泣いて感謝しやがれこの朝ピッツァ男が」

―――だから、訳わからねえこと言うな、頼むから。

「で、このバジルをどうしろって?」
「乗っけるんだよ。マルガレータ。シンプル・イズ・ベスト!泣いて食え!」

―――どうしてこうもコイツは言うこととすることと外見がバラバラなんだか。
オマエな、頬に粉ついたまんまじゃねえかよ?
手を伸ばし、粉を払い退け。つるりとした質感に勝手に口角が上がる。
「ン?粉…?」
「そう、着けて何威張ってるんだかな、」
す、と目元に口付けた。

「ま、あと1時間半くらい待てよ。白ワインとサイコウに相性がいいから」
まあ、出来上がる頃にはランチだな、オマエが妙な注文言って寄越すから、と。
半ば目を細めるようにしてサンジがわらった。
それを目にして、大して古くも無い記憶が繋がる。

「オマエ、あれ。エンギか……?」
「ん?」

今、こうしているニンゲンと同一人物には思い難い。

「最初の頃」
「あ、あれな…」
死ぬほど美味いと豪語するトマトソース並みにサンジのカオが一気に赤くなった。
「あー、と。なんていうか、」
「うん」

「―――キンチョウしてたんだよ」
「は?」
「だーからっ、キン―――」
腕をを掴み引き寄せて口付けた。
いつのまに齧っていたのか、バジルの香りが唇からうっすらとした。

「緊張してたって?」
「アタリマエ。一大決心だぞ」
「―――へえ?」
「オマエ、こんど自分の評判ってやつ、聞いてみろ。エライ言われようなんだからな」
「ふうん?どんなだ」
まだ僅かに熱ったような目元にまた唇で触れる。

「オマエの通った後には草も生えない」
くっと喉奥で笑い声が詰まった。
「うわ、酷えなそれは」
「あのバカ・ライターが言ってンだから妙に信憑性があるじゃねェかよ」
「バカ・ライター」呼ばわれのヤツのしれ、っとした笑い顔を思い浮かべる。…言ってくれるじゃねェかよ、コーザ、あのバカ。

「けどな、」
「あぁ、」
「おれ、”音”に最初惚れちまったんだよね。そんなの初めてだったんだけどさ」
「音が先かよ」
「ううん…レコーディングでストレスってたのかもしれねェけど」

ごつ。

「って。冗談じゃねぇかよー」
「あのなぁ、少しは緊張してろよ。じゃあ」
「なんでだ」
「その方が、」
「ん?その方が?」

「誑かされる程度には……、」
「わかった。色っぽかったんだな?あはははは!!」
照れるじゃねェかよー、と上機嫌にバカ笑いをサンジが仕出かし。さあて発酵そろそろ終わったな、よしゃ!とピッツァ生地の方へ戻っていき。可愛げがある、という続くはずだった言葉はあっさり抹殺された。

「だけど、オマエ。えらく捨て身な行動に出たな?」
そもそものキッカケ、を思い返した。いま、アタリマエのような顔をして日常にすんなり溶け入ってはいても随分乱暴なやり方もあったもんだ、と。我ながら思う。
うん?とサンジが生地を引き伸ばしながら手を休めずに顔を上げた。
「あ、おれ集中力の塊りでもあるし」
にこにこと上機嫌に。
―――その表現も微妙に違う気がするが。

「欲しいってなったら、もう絶対欲しいからさ」
「オーケイ、見初めてくれてありがとうよ」
じい、と見つめてくる蒼に返す。

「ゾォロ!人生何が起こるかわからないねェ」
けらけら、とビックリ箱張本人がわらい。
「じゃあ、”ベンチタイム”20分の間は。過去でも懐かしんでるか?」
「冗談!いまの方が楽しいだろ」
自信たっぷりに、サンジが唇端を引き上げた。


あぁ、それにはまったく同感だ。



                              3.

「コンバンワ、」
ドアを開ければ、昼間みた顔がうっすらと口もとに笑みをのぼらせながら、立っていた。
「あんたの所為で眠れそうもないんだ。責任とれよ」
ふわりと、刹那、瞳が閉じられた。
「入ってもいい、」
問いかけと意思表示の中間のトーン。
「条件にもよるな、」
壁に付いていた手を下ろした。
「昼間、あんたのピアノは気持ちよかった。音に、着ている物を脱がされる感じだ、肌が合った」
ひたりと、藍があわせれらた。
「だから、あんたを知りたくなった」

腕を伸ばし、肩口に手を休ませた。つかめそうなほど、細い。
すい、と。首を傾けていた。


反らされた首元、唇でたどり強く口付ければ。
「……んッ、」
笑い声になりそびれた音が、零れた。
滑らかな質感と、耳に心地好い音。
引き寄せ、しなる背中の描くラインに自分でも口角が上がるのがわかった。


苦痛に僅かに歪む、端麗な面差しがそれでも沸き起こされる快楽を追いかけ始める
とろり、と見つめる藍が溶けた。
それを目にし、自分の中でまた熾き火が揺れた
蕩けきる前に、どこかで固く強張るものがある気がした、受け入れることに慣れていないカラダ
それをすべて溶かしてしまいたいと、渇望にも似て思った。
汗に濡れた、重い金に変わった長い前髪を、払い除ける
その藍を、すべて取り込もうと、自分の視界のすべてまでも。
「ん、―――んぅっ、」
繋がったまま、抱き起こした。
肩口に額を預けられ、半ば濡れた髪が肩に添うのを感じた。
零れ落ちる声は、艶を含み。
その言葉にはあまい毒が塗り込められているかと。
背を滑り落ち、肌を灼く。



「どうしても、あんたが欲しかったんだよ」



                               4.

「ああ、王子サマはオマエがお気に入りだとさ」
レコーディングスタジオの隣りのカフェで、くくくく、と。顔馴染みが小さく肩を震わせていた。
「だから、何がだ」
くすくすとまだ笑い続けているオトコのアタマを軽く拳で打った。
「いてッ。なにするんだよ、元天才児」
「うるせえよ」
もう一打追加する。
「最年少でコンクール総なめにしやがったくして」
いてっと頭を片手で押さえながら懲りずに言ってくる。

コドモの頃に、追いかける背中があった、そしてそれを追い越そうとしていたなら勝手にタイトルが後からついてきた、自分にとってはそれだけのことでしかない。
そういえば、いつだったか、ソレをおれ以外のニンゲンに言わない方がいいぜオマエ心底憎まれちまうから、とわらったのも、こいつだった。親の印税で暮らしやがってオマケに自分にも入り放題だろーがイカレ・プロデューサー、と続けていたが。
「だから、少しはまともに言葉を話せよ。おまえそれでも作家の端くれか、コーザ」
「おうとも。だァから雇われ仕事してるんじゃねえの」
作家兼「趣味の」写真家が盛大に笑みを浮かべた。

「―――オマエな。本業よりバイトの依頼が多いならいっそ乗り換えろ」


スタジオにカオ出したならコイツがいて驚いた。理由は聞いてみれば簡単で。
どうやらレコーディング風景のワザと簡単なスナップ風に撮ったモノが欲しいと言い出したアートディレクターがいたらしい。それと撮るニンゲンがどうしてコイツになるのかは、人脈の謎ってヤツだ。

「だから、オマエに弾かせただろ、ピアノ」
「それがどうした」

「”それがどうした、”じゃねぇの」
ヘタクソな、それでいて微妙に特徴を掴んだ口真似に知らずと気が抜ける。
「オマエ、ガキの頃にピアノから手ェ退いてからマトモに弾いたことなんざ、ゼロだったくせしやがって」
「時間つぶしには弾いてたさ」
「つーか、口説くときだろーが!じゃなくってだな、」
バカかオマエ、と心底呆れた風に返された言葉を気にも止めずさらさらと続けられる。

「あの王子サマが権限持ってるのはなにも売れてるからってだけじゃなくて、耳が確か過ぎるからなんだよ。
だからあっけなくプロデューサーだろうがミュージシャンだろうがミキサーだろうが首ポンポン取り替えられるんだ」
「まぁ、確かにな」
「ン?オマエ、クラシック畑離れて長い癖に知ってンの?」

ふい、とメロディランを音に乗せる。
最近、なにかのCMで耳に残り、プロダクツはあっさり忘れても流れていたフレーズだけは居着いていたソレ。
聞く者のなかに、する、と気付けば入る込んでいるような静かな、それでいて印象に残る音階だった。
低く穏かなチェロの音色と。
「コレ、その”王子サマ”の作った曲だろ」
「お?流石」
に、と。あと一歩で人好きのする笑顔、とやらをコーザが浮かべた。
さっき、リハーサルで一人で弾いていたから、と返す。

「フン。けどまぁ、首の挿げ替えで来たプロデューサーが音源提供するとはね」
「日程が押してるンだろ?目の前でクビにされたヤツよりはまだおれの方が上だからな」
ああー、嫌味なヤロウだ!とわらいはじめたコーザにウルサイ、と返し。けれど確かに妙な気紛れを起こした、とは思っていた。

「あぁ、まあどうでもいいや。あと10日か?せいぜいロンドン愉しんでいこうぜ」
にかり、とコーザが笑い。
「その。あと10日で残り半分の録音があるんだろうが、信じられねェスケジュールだ」
「あー、ダイジョウブダイジョウブ」
「あ?」

「王子サマ御機嫌麗しいから」
「カンベンしろ、レコーディングもあのガキの気分次第かよ」
「ま、そういうこと。なにしろ主役だしな。精々オマエが御世話しろ」
「―――ご遠慮願うよ」
けらけらとまたコーザが笑い。

まさかNYCからロンドンまで飛んできたその日に。
ガキの頃からの腐れ縁のバカが言って寄越した予言が本当になるとは思わなかった。



                              5.

「ご馳走さま」
「美味かったろ?」
当然だよな、と眼がキラキラとヒカリを弾く。
付け合せのルッコラのサラダ、その最後の葉をぱくりと齧ってサンジが見つめてきた。
「あぁ、予想外」
「予想通りなんだっての」
なにしろおれが作ったんだし、と付け足しながらキレイに片付いたなと。ディッシュウォッシャーに空になった幾つもの皿を入れていた。

「じゃあ午後は、」
サンジが、言葉の途中でシンクに凭れながら白ワインを飲み干した。
「オマエはレッスンルーム行き」
代わりに答える。
「あ、正解、」
する、とサンジが姿勢を正し、僅かに微笑んだ。
「でも、オマエも付き合え」
「―――フン、伴奏はしないぞ」
「ちぇ」
言葉とは裏腹に口調は穏かなままだった。

「……リクエスト何かしてみるか?」
「オーケイ、ピッツァ職人。じゃあ、」
ウン?とサンジの眼が細められる。
「チェロ協奏曲イ短調129、をぜひ」
うあ!とサンジが声を上げた。
「サンサーンスの白鳥、とか言わないだけカンシャしろ」
うあああ、それももっと嫌だ、とサンジがわらい。

「ウン、じゃあ。新しい弓おろしてみようか」
まっすぐにみつめてきた。
「昨日やったヤツか」
「そう、オマエがくれたやつ」
に、と同じような線が御互いの口許に浮かび上がっているに違いない。

「あれ、トルト、だろ」
「正解」
「「”弓のストラディヴァリウス”」」
声が重なった。


「―――んん、ちょっとキンチョウするな」
「オマエが?」
「そう、あのときドアノックする前みたいだ」
するり、と腕に手が添えられた。

「最初にチェロから音が溢れ出した時のことを覚えている。100年も前の楽器が歌ってくれた時のことも」
「―――あぁ、」
「すごく、楽しみだ。ありがとう」
見上げてくる蒼は。遺伝子の奇跡じみた色だ。
「おれの腕前も、」
「うん?」
「クラシック界からツイホウされた割には捨てたモンじゃなかったな」
とん、と。口付けを落とす。

「オマエを誑かせたろ?」
「あ。おれが誑かしたんだよ」
「なんとでも」

どちらからともなく口付けた。ほんの2回ほど。



人生はビックリ箱だと誰かが言った。
人生は楽譜の詰まった箱だとサンジは言う。そこにはヨロコビが充ちている、と。
おれは―――最近。人生も満更じゃないと思う。きっかけ、あるいは点であるもの。
それをただ通り過ぎなかった幸運。










FIN













お待たせしてこれかい……。Sueさま、かしこみかしこみ上梓いたします。