Dolce Vita




誕生日といえば、ケエキ。


みんなの好きなモノならば息をするより簡単に思いつく。
そして、自分はといえば―――

うううううーーーん。なんだろう、と考え込んだ。
自分の中には引き出しが幾つもあって、そのなかにはたくさんのメモが入っている。
好きなスパイス、レシピ、デザート、そういったモノから好きな色まで。
女の子用の引き出しが数も容量も大きいのはアタリマエとして。

自分は?
ううううん……

思うに。
明日のケエキを焼かなくてはいけない。自分は料理人であるのだから。


「あなたは何がすきなの?」と紺色の目をやんわりと細めて聞かれても。
シトリンか琥珀のような煌めきを被せた眼で同じ事を聞かれても。
「あなたの喜んでくれる表情がなによりもプレゼントですよ」と本気で返した。
だから、明日のバカ騒ぎにも。
自分は全員の好きなモノを作るだろう。
匙なりフォークなりを口許に運んでぱあっと表情が華やぐのを見るのはなによりもウレシイ。
「ごちそうさまでした、」なんて言われなくても寧ろ自分の方こそ「ゴチソウサマでした」なのだ。
真剣に。

だから、明日も。
全員分からそのごちそうをいつもより若干多めに貰えば十分な祝にはなるのだ。
港に着かないことも、アソビに立ち寄る島がまだ微妙に遠いこともイトシノ航海士は気にする必要もないのに。
何日かの余裕を持ってまだ食材が底をつくことも無いし。
ぜんぜん、自分は幸福ではあるのだし。

けれど、夕方より少し前に。
「スキなものはなあに?」
と聞かれ。
「きみだよナミさん」
そう応えたなら。けらけら、と笑われた。
「ごめん悪いけどサンジくんのアソビにつきあってるヒマはないの」と。
ひどいなぁ、と自分は夕食のグリーンピースのポタージュ用に、つるつると鞘からマメを押し出して
ボールに落としながら確か答えたのだった。
「せっかくの誕生日なのに」

「ええ。だからせめてなにか一つは自分の好きな事をしてちょうだいよ?」
「アナタが喜んでくれるのがおれの無上の喜び」
にっこり、とされてしまった。
「サンジくんってそういうことを本気で思ってるのよねぇ、」
「ええ、もちろん」
「あげてばっかり」
「そんなことはないよ。たくさん貰ってる」

「引き出しの多い分、容量も多いってことね?」
「そうかもしれないねぇ」
たたた、とボールの横にあたってマメが小さく音を立てた。
「ねえサンジくん」
「なあに、ナミさん」
「たのしい?」
「たのしいよ、きみといるからね」
「しあわせ?」
「まあね、ノーとは言えないなぁ」

「良いセックスしてる?」
「ナミさん。女の子がアカラサマにそういうこと聞いちゃいけないよ」
わらった。ナミさんもにこりとしてた。
「あのバカ上手?」
「否定も肯定もできないなぁ」
ぽん、と最後の空になった鞘を皿に置いた。

「フウン?シアワセなひとのつくるごはんって美味しいじゃない。だからアナタの心の
平安は私の利益でもあるもの」
「きみがキスしてくれればいまよりもっとおいしいの作ってあげるのに」
ウソばっかり、そういってけらけらと笑われても。
ほんとうだよ、とおれも笑った。

「しあわせそうな顔して言われても説得力ゼロよ、サンジくん」
「そうかなあ?」
「もう。オーケイじゃあわかった。好きな御料理っていうのは諦めるわ。でもねその代わり」
きら、とナミさんの左手首を飾る輪がヒカリを弾いた。

キラキラしててかわいいなあ、そんな事を思って気分が良かった、
けれど難題を出されてしまった。

「もう。オーケイじゃあわかった。好きな御料理っていうのは諦めてあげる。でもね?」
オレンジの化身のような女の子は微笑んだ。
「その代わり、ケーキだけはサンジくんの好きなものにして頂戴」

そいつァ、難題だよナミさん。
そう自分は言った。


そして、延々といまも。キッチンに残って考えているわけだ。
おれって何がすきなんだっけ?
ケエキ。

ううううううん……
うううううううううううううんんん……


ぎい、と。
あ。油差せっていったのにウソップめサボりやがったか。ドアが音をたてて開いた。
す、と冴えた気配が入り込んでくる。
のんびりしてやがるくせに、最後の最後で気を抜いていやがらねェバカだ。

「よー」
「あぁ」
返事は一応寄越しやがるか。眼はワインラックに行ってやがるけどな。
「おまえってさー」
こいこい、とテーブルを指差す。―――あ。なっまいきに。いまメンドウ臭ェってカオしやがったな。
「いいから、おらおらマイリトル怪しいミドリの小猿チャン。美味いつまみつくってやるから座れって」
「―――まず作れ」
「うあ!!なっまいきなヤロウだネェ」

だん、とテーブルにチリパウダーとレモンとオイル、白ワインにちょいとばかりエビをマリネしてからオーブンで
軽く焼いたのを出してやれば。
「うーん、微妙に遅え」
「アホウ!15分も経ってねェよ」
「もう半分飲んだ」
「―――だから早いっててめえ!」
ゾロはライムを搾ってエビの殻を剥きにかかっていた。
―――切り替えが早ぇな相変わらず。
あ、用事あるじゃねえのおれ。

「ゾロ」
「―――あー?……美味い」
あはは!そーだろそーだろ、じゃなくってだな。

「おまえさ、」
なんだよ、とでも言いたげにゾロが片方眉を引き上げた。
あー、手。べたべたにしやがって。

「なんか食えるデザートってあったけ?」
「―――は??」
「いーからいーから。それ食い終わるまでに考えとけ」
にか、と笑いかけてみた。
それから、続きを言ってみた。

だってさ?
おまえがおれの作ったデザート食って少しは美味いって顔したらすげえうれしいんじゃねえの。
おれ用のプレゼントな、それ。



ははは!バーカ。
ワイン喉に詰まらせてンじゃねぇよ。……照れるだろうが。






Happy Birth Day.