Ephemera
白く抜ける、強すぎるほどの日差しの只中でソレはうずくまり何かを一心に観ているようだった。
「なに、してるんだ」
そのまま傍らを通り過ぎることも出来ずに声をかけた。
きつい日差しが、普段は金の髪色を白に近づくほど色を透かせていた。
「ん、エフェメラ」
8月の誕生石を、薄く薄く削り出せば。
この薄羽の色になるのかもしれない。透明ではない、翠の透ける幕が一枚 かけられたような色。
キレイないろだよな。 サンジが呟いた。
白砂と、群生する夏草の間に島のように浮き出た岩ともいえない大きさの石に。
身体を半ば預けて、何を一心に見ているかといえば。
「カゲロウじゃないか」
「ああ、そういうんだ?」
せっかくキレイなのにな、こんな所で死んじまってカワイソウニ。
なんだってこんなところまで飛んで来たんだろうな。
そう続けたならば。自分の背後で。抑えた溜め息が漏れたのをサンジは聞いた。
呆れてンな? しょうがねえだろう、あんまりいい天気だと却って―――
「いいか、おまえの下らない感傷におれは付き合う気はない。よく聞いておけよ、」
すい、と腕が伸ばされ。
砂地に刀の鞘の先で。線をまっすぐに引いていった。
その描かれた線は、サンジが内心で驚くほどにまっすぐの線だった。
ちょうど、虫の死骸のすぐ下に。
おれの知っているカゲロウは。水辺で羽化をする。あの林の奥にでも川か湖でもあるんじゃ
ないのか、そんな事をゾロが言った。
ああ、たしか。水浴びがドウとか。
誰かが言っていたか、ふと。サンジの思考がカタチになった。
「コレは、スピナー。成虫だ」
「うん、」
「幼虫は大抵水の中にいる」
「へえ……?」
「羽化が近づくと、コイツらは水面へ上がってくる」
意外な事を知っているな、と言えば。肩を竦められた。
カゲロウの疑似餌で釣りをするのが遊びだったんだよ、と。
「フライフィッシングなんてしてたのか?ガキのオマエが」
くすくすと肩が揺れる。
ナニ言ってるんだ、とでも言わんばかりの表情にまた一頻り笑みが零れた。
それで?と唇の端に笑みを残したまま促した。
「水面で脱皮する状態になる、それがフローティングニンフだ」
「ああ、水面に浮かぶ妖精か。いいね」
「頭の傍にあるウィングケースに羽根が仕舞われている」
「うん、」
「それを割って頭、胸、腹の順で脱皮していくんだ。だけどな、ケースを破れないで水面で
もがいている内に相当な数が魚に食われる。上手く脱皮できればダン、亜成虫になる」
「厳しいね」
「ああ。脱皮が途中まで出来たとしても、羽根や尾が抜けない個体の数も相当いる。魚にとっての
据え膳ってヤツだな。この状態のヤツはスティル・ボーン、だ」
「―――相当厳しいな、」
「上手く脱皮が出来たとしても。羽根が上手く伸びないヤツとか。脱皮する途中で横向きになって
流されるヤツとか。羽根が拡がったままで流されるヤツとか。そういったのは
イマ―ジャー、っていう」
鈍く薄羽根の色で油膜のように光る川面を思い描いた。 「うん、」
「これも相当な数だ」
「ダンの状態から数秒、羽根を乾かしてから飛ぶ、それがスピナーだ」
それだけの死んじまう可能性の中から、生き延びて。 薄暗い林の中から抜け出て、アホみたいに
炎天下の原っぱの真ん中で死んだんだ。 いっそ潔いじゃねえか。バカで。
シケタツラ晒して見てないで褒めてやれよ。誰が嘲っても、オマエは―――。
ふ、と言葉が引きとめられる。
わらわねぇよ。
ほとりと、言葉が。白砂に零れた。
そしてゾロはもう半ば背を向けていた。一言、はやくしろ、と呟いて。
エフェメラの羽根のように陽に透ける翠。 光に透けて色味が薄くなるかと思ったソレ。
光を乗せてゆっくりと振り向いた。
憶えておいてやるよ。命がけで。
ゆらり、とまた羽根が。
降ろした腕を上げる間もなく、肩の先を掠めていった。
死んじまったよ、と呟いた。オマエの連れは死んじまっているぞ、と。
タバコを指に挟み、笑みを作った。遠く投げる視線の先には遮るものは無く。
変わらず陽射しは熱を伴って肩に落ちてくる。
浮きかけた汗が、渡る空気に冷やされ所在を無くしていく。
片手をポケットに差し入れた。
少し先、夏草の揺れるその先、立ち止まっている姿。
眩しいまでの生に溢れる、風に流れるその只中で
強い眼差しが招く、その先へと。
視線をあわせる。
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