FUN ON SALE
いつも酷く尖った、眼を見開いていようが半ば閉じていようが関係なく
いっそ痛々しいと素直に言っちまった方がいいのか無理矢理にピースを
組み合わせてどうにか立っているようなカオを双子のモデルにさせる。
かと思えば、白い壁の前でオンナノコに肩を抱かれてにかりとわらう16−7のコドモ。
夜遊びのバカ騒ぎらしい1カット。
原っぱの真中で洗車中の男二人、女が一人。
荒地の真中で砂を踏みドレスシャツを着てわらう男。背景は恐ろしいまでの乾いた蒼穹。
全てがバラバラだが。共通項はいくつかある。
その1・いい写真だということ
その2・俗に言うファッションフォトだということ
その3・クレジットの名前が一緒だということ
スタイリングをしているヤツが、一緒なんだ。
これだけテイストが分裂気味の仕事をこなすのはこの男が(実際はしらねえけど。クレジットは男名前だ)よほど
自分に引き出しを持っているか思い付きを押し通す天性のカンの良さを持っているか、ただの考えなしかだ。
ただ、ジンクスがあるらしい。
ノーネームの服でもこの手にかかるとすぐに売れ出す、ってやつ。
「イキナリ売れてダメなるところが7割、確実に伸びていくのが2割、残りはしらねえ。」
このジンクスも、いま。隣の革スツールにハラを乗っけていたバカが余った足をぶらぶらさせて言ってきただけだ。
こいつもまあ若手のデザイナ連中の先頭走ってやがるから。これでも。
「エース。てめえ、邪魔。何しにきた」
「おう!アイデアをパクリになァ」
にいっ、と声に出さずに大笑いの口元。
「おまえが店開けてるの珍しいしさ?どうしたよー」
だってこの時期おまえいっつもロス行ってるだろうが、と。
「ああ、きょうは。仕事が入ってンだよ。おら。うぜえからてめえ、もう帰れっつの」
つかつかっとそのスツールから長く余ったエースの足を蹴り上げるようにした。
「ひッどおーい。ロロノアくんてば、」
げらげらと笑いながら言ってくる。
「あのなぁ、真面目にやれよー。いくら半分てめえの店だからってな、好き勝手にも程があるぜ?
不定休だわ営業時間はいい加減だわスタッフはイカレてるわ、なのにすげええええ!!カッコいいモンばっか
置きやがって。このクソがそのくせ取材一切お断り。てめえはおれらクリエイターを舐めとんのかおらボケ。」
ア、 息継ぎ、死んじゃうおれ。とかにかりとするとエースはまたスツールに身体をムリに伸ばす。
はあ、とおれも溜め息混じりにタバコに火を点けた。
イカレスタッフとセレクションに関しては正解だな。こいつの言うことも。
「だから。おれはきょう仕事するンで店開けた、っつたろうが」
「なんのだよ?てめえが接客するわきゃねえだろが。コーザ、あのクソボケいねえじゃんか」
「あー、あれもさ、急に仕事ふると本業忙しいンだろ。すぐにはこれねえ」
「そんなモン正規のテンインにしてんじゃねえよ!」
「おう、エース?うっかりすげえ仲良いトモダチのだな職業が。"彫士"と"販売員"どっちがイイよおまえ」
「……りょうかい」
「理解してくれてうれしいぜ」
「でさ。なんの仕事だよ」
「あー、だからさっきの。そのスタイリス―――」
たああん!!!!
と重いはずのガラス扉が妙に軽々と開いて。
「おっくれたーー」
季節外れに明るい声が飛び込んできた。すたんすたん早足で盛大に笑みを作りながら
よいせェっとニンゲンスツールに座り込み。うえとかぐえとかエースが中々興味深い腹式発声を披露し。
はええな、とおれは販売員にしてうっかり仲の良いトモダチに言った。
「あー、まあな。馴染みのコだから急用っつって打ち合わせだけして帰ってもらったわ」
そして、よう、イス!とエースの頭をぐしゃんぐしゃんに掻き回していた。
にかりと。オンナ好きする顔で笑っちゃいるが。こいつはコレでも多分、こっちよりは海なり大陸なり渡った
向こうでの方がよっぽど名前が通っている、彫士だ。カタカナ呼びはキライとかでえらくクラシックな肩書き。
以前、いままで客の何処に墨いれた?と聞かれて、眼球以外は全部やったことあるぜとさらんと言っていた。
エースの腕の、スペルミスもご愛嬌のタトゥも、こいつが実験もかねて随分と以前に入れていた。
まだおれたちはたしか12かそこらで。ガキなりに、成長具合を計算していたみたいですっかりオトナになった
今の方が逆にしっくりきてる。なるほど、プロな訳だよなガキの頃から。間抜けなスペルミスをナンパの小道具に
このバカも散々使ったから元は十分取れてるだろうしな。
「ゾロ、」
「あ?」
「エスプレッソいれてイイ?」
に、とコーザが唇を引き伸ばす。
「好きにしろよ」
おーし、と妙な意気込みつきでヤツはすたんすたん長いスタンスで奥へ行き。
通り過ぎざま、ふわりと移り香が渡り。に、とエースがまだ腹ばいのままカオを上げてにやり笑いを作って寄越し、
おれは軽く肩をすくめて返事にした。「馴染みの客」ねぇ?
「相変わらずロクデナシくんだねぇ」エースがあははと笑い。
おまえには誰も言われたくないだろう、と返した。
「なに時計みてんの、待ち人でもくるかぁー?あン?」
どうにかヒトらしい格好になってスツールに座りなおしたバカ。
「だから、仕事だよ。さっきおまえの言ってたヤツ。例のスタイリストが撮影に使う服取りにきょう来るンだよ」
おいどうした、というくらいの奇声が黒アタマの天辺から上がり、つられて奥からにわかパウリスタがカオまで
出す始末。
「なんでそんなに驚いてるんだよ?てめえは」
「だってよおまえ、……なんでイキナリ?!」
おどろき、と付け足すと心臓の上にご丁寧に手のひらまでエースがあてがう。
すっかりエスプレッソに情熱傾け中の職人気質なヤツはさっさとカオを引っ込めた。
なんで、といわれても。
電話口でいきなり自分のコンセプトを話し始める非常識ぶりだとか。
褒めてるんだか貶してるんだかわかんねぇコトバ使いだとか。
連絡先も何も勿体ねえから誌面に乗せないけど服貸せだとか(普通は逆だろうが)。
店の名前もばらしたくねえから本当はモデル私物ってことにしたいけど幾らなんでもそれじゃあ、あんたにあんまり
だよなとか言って勝手に笑い出したりだとか。
とにかく、ビジネスでヒトにモノを頼む言い方じゃなかったわけだ、まるっきり。
おまけにピンポイントで欲しいモノを言ってきて、それが一々今回のセレクションに嵌まっていた。
なんで知ってるんだと聞けば、アシスタントに見に行かせた、と電話の向こうで笑っていた。
うっかりペースに巻き込まれた、というべきか。
さらさら勝手に言ってくるスケジュールに沿って、適当に返事をしていたら(なにしろ
取材協力なんてハナッからする気はなかったんだ)ちゃっかり約束が出来上がっていた。
デンワをオフにした時、おれはすっかりヤツのプランに巻き込まれていたわけだ。
やはりおれは店に出るべきじゃあないのかもしれねえ。これぞ正しく後のマツリだ。
「や、悪魔の舌、つうか。すげえ調子の良いヤツで、うっかり約束させられてたンだよ」
経緯を話すうちに、げらげらげらとエースはこれでもか!ってくらいに笑い転げ。きちんとデミタスカップを3つ
持って来ていた優秀なる販売員は寸でのところでカフェインのミストを吹く所だった。
「や、じゃあさ、ゾロ。おまえもう穏やかな老後じゃねえじゃん」にい、とコーザがわらい。
「誰が老後だボケ」
げし、と一蹴り。
忙しくなってもしらねえぞぉ、と。ここのデンワ番号をどうせアシスタントのオンナノコにリークしたに違いない
張本人はえらく晴れ晴れとした顔をしてやがった。
「なあー、いっそのことさ。おまえ戻って来いよ、またチーム組んでやろうぜぇ」
エースが半分以上本気のカオになり。
おれが口を開くより先に、もう一度ドアが開いた。
「コンニチワ、」
上等に絶妙な掠れ具合の。あまい、というのがぴったりな声。
それが、届いた。
ドアの内側、ちょうど午後になると差し込む日差しごと黒のジャケットのニンゲンが逆光に立っていた。
するん、とその細長い影が近づいてきたと思ったら。
「この間、連絡してた者ですが……って、あ、ハジメマシテ」
おれの前に立った姿が言っていた。
デンワの印象とも、仕事振りからイメージするものとも全く印象の違うヤツだった。
「……。あ、どうも。ハジメマシテ」
「ハハ。デンワと随分印象が違う、」
オレンジ色のファイルを片手に、"サンジ"がにこりとした。
「もっとなんつか。"いかにも〜〜"ってのを想像してたな、おれ」
まあいいや、ともかくヨロシク、そう言うと吃驚するくらいまっさおな眼が細められた。
「あんたもイメージと随分違うな」
よろしく、と右手を差し出せば。
「御互い様で調度良いんじゃねぇ?」
に、と笑い返された。
くるりと向きを変えると連中にも、オジャマシマス、とスタイリストは言い。
ようこそイラッシャイマセ、と販売員は上等な笑顔で答え。
あ、おれは2―3度あったことあるよな、とデザイナーは言っていた。
なんだ、エースあんたこのヒトと知り合いだったんだ、クッソ最初に紹介してくれっての、とスタイリストが言えば。
ブレーンをそうそう簡単に紹介できるかよとエースが笑い、いきなり賑やかになる。ひとしきり。
「じゃあさ、ゾロ?愉しい仕事しようぜ」
おれあんたのセンスすげえ好きだよ、と他意もなく言ってのけられた。わらいカオ付きで。
一瞬。直に、心臓のあたりを掴まれた気がした。
「ああ、こちらこそ、よろしくな」
知らずにつられてこっちまで笑い顔になっていたらしく、サンジがまた笑みを深くした。
「なあ、あンたさ。なんでもう何も作らねェの?」
ぱらぱらと。
カウンターに並ぶようにして覗き込んでいたスタイリングプランの書かれたファイルを捲りながらサンジが言った。
まっすぐに、ヘブンリーブルーの目が横にいたおれに向けられて。
返事をする前に。なにかのドアが開いた気がした。
その訳を、話してしまいたい気になったのはどうしてだろう。
いまならおれはその答えをしっているけれど。
そのときはただ、どこか遠くを風が抜けて行くような気がしていた。
おれが、天蓋の蒼を。蒼穹の色を。
手に入れられたのは、僅かの偶然と絶対的な渇望と。おまえの許容の所為なんだってことを、いまのおれは
知っているけれど。ほんの3ヶ月や半年で全部のものが違って見えるほどのことをおまえは仕出かしれくれたんだ。
なのにそうなるきっかけなんて、ひどくあっけない。デンワ一本。
たったひとつのアポイントメント。
それが、おまえからのものだったことをおれは誰に感謝すればいいんだろう。
「おれにしろ、おれに」っておまえがわらうのは目に見えてる、だから聞かないけれど。
唇を重ねるたびに、腕に抱くごとにそれが伝われば良いとおれが思っていることなんて、絶対言わないけどな。
おまえはいつもおれがそうする度に、なんだかひどく自慢気にわらうから。もしかしたらとうにバレているんだろう。
それでもいいかと思うあたり、連中に言わせれば「ご愁傷サマ」ならしい。知るかよ。
おれは、おまえと逢えてうれしいよ。
「うん、おれもだ」
「ん?なにが」
「だから。いま、おまえが思ってたことと、だよ」
天蓋の蒼に、笑みの影が流れる。
「そうか」
「ああ。ゾォロ、おまえは運が良い」
「そうだな」
FIN
April 2002, dedicated to Akira Hinata
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