Baby, Watch That Man!




Two Years Ago:2年前の月曜日


「なあ。おれやっぱり微妙に納得がいかねえんだけど」
ぐ、と眉根を寄せて珍しく考え込んでいる「一応おれのとこの子飼い」をシャンクスは寝室の
入り口からみつめてみたりする。
「なーにが?」
「おれ、最初はたしか。あんたのとこのニンゲンだったよな」
「うん、そうだねえ。キミはいまでも大事なウチの客分だ」
「……だから。やっぱり違ってないか?」
「全然」
ぽかり。とマフィアの親玉は薄い唇から煙をくゆらせる。



さらさらと。大きく開け放された窓から風が入り込み。
夏の避暑地らしい乾いた潮風と、高くなり始めた陽射しを投げ込む。
この、すっきりとモダンテイストでまとめられた趣味の良い寝室にも。



「おれはさ。てめえみたいな面倒くせえガキんちょをだな。もう何年も預かってきたわけだ、
親父共の約束通りな。で。見極めるに、おまえは裏稼業向きじゃねえんだわ。ビジネスは
おまえの兄貴に任せておけ。そして!このおれがァ、おまえに最ッ適な暇つぶし兼人サマの
お役にたつお仕事をまわしてやったんじゃねえの。感謝しな」



ううん、とそれでも納得しかねる風に眉根を寄せ。ベッドにまだ埋もれたままではあるが、
考え込んだ「客分」、ゾロの精悍な印象はやはり消えない。
「ウチの奥さんもハッピー、おれもハッピー、おまえは……まあいいや」
よいせ、とシャンクスはベッドの端に座ってみる。
「で、奥さんは?」
「ファビアン?」
「そうそう。ウチのキレイどころ」
ゾロが、シャンクスの肩の向こうを面倒くさそうに指し示す。
半乾きの濡れて光るような漆黒の巻き毛も艶かしい美人が、薄いローブを纏って立っていた。
淡い朱を乗せた唇が弓形に引き伸ばされる。



「あら。ご主人様、お久しぶり」
「おや奥方サマ」
「いまさら、"ゾロのこと返せ、やっぱ無しな!"なんて仰らないでね、あなた?」
「言いませんとも、奥様。どうでしょう、お気に召しましたか?」
「育て甲斐がありそうね、とても楽しみ」
にっこり。と悪魔同士の笑み。
「それは何より。では善き良人としての勤めは免除ということで」
「ええ、良くってよ」
唇の触れあう距離。



「ですが奥方、もう一つ」
「なあに?」
「おまえだけに独占させるわけにはいかないんだよ、ごめんな」
言われて、軽く肩を竦めてみせるのはファビアン。
「お仕事。」
「さようでございます」
「いいわ」
軽く唇が触れあわされた。



「……この手、放しやがれクソシャンクス」
会話の間中、ヘッドロック状態でアタマを抱え込まれて不機嫌極まりない声はゾロの物。
ころころころ、とシャンクスの顎をくい、とばかりに持ち上げ、長く伸ばされたスクエア・オフの爪先で
その喉元を撫でるようにする「奥方」。
「愛する旦那様?そのコを放してさしあげて?」






---Suffragette City---
忙しくしているのが趣味なのだと、あっさりと言ってのける美人はメット・オペラのボードメンバーまで
こなしている、ということは。自ずと、シーズン開幕のガラ公演前後は華やかなパーティが目白押し。
ここぞとばかりに財力だとか権力だとか美貌だとか知性だとかそういったものを持て余したお歴々が
集うことになり。当然、メインゲストからエスコート役を仰せつかることとなる。



外向きの笑顔と態度でゾロは「ダッチェス」の腕を取り、欠伸を噛み殺していた。
細い顎のラインで黒髪を切り揃えた美人は、不在がちでとかく良い噂の聞かれない男の妻ではあった
けれども。その愛称が実際の彼女の称号だとしても多分誰もが当然だろうと思うような風情。その彼女が、
いつも「連れている」のは一人。



そのエスコート役に言わせてみれば。1930年代のシカゴかよここは、というくらいゲストの顔ぶれは
見事なまでにバラバラで。市長とよりによってシャンクスがにこやかに談笑し、その向こうではオペラ座の 歌姫の手にニューエコノミーの旗手がキスを落とす。そんな様子を眺めながら、通り過ぎる銀のトレイから
つまらなそうにシャンパングラスを受け取り飲み干しては、所在なげにダッチェスの手入れの行き届いた  肩に唇でふれてみたりする仕種は性質の悪い暇潰しとしか思えない。ただのジゴロかと思えば、頭角を  現してきた演出家と親しげに何か話をしているあたり、ますます正体を判らなくさせていた。








広いベッドのなかで、伸びをする。
腕を思い切り伸ばして、はあ、と吐息をつく。ゆっくりと意識が浮き上がってくるのを楽しんでいるように、
その瞳を閉じたまま。やがてぽかりと。長めの睫に縁取られた空色の双眸が開き。勢いをつけて半身を
起こす。はさりと、黄金が溶けてそのまま糸になれば、いま、その半顔を覆ったものになるだろうと思わ
せるほどの金糸が流れる。
「やべ。遅刻」
その外見を心地よく裏切るようなあまい、掠れ気味の声がナイトテーブルの時計を見た途端に発せられた。



ガラスで仕切られたシャワーブースに飛び込み、一通りのシュミレーション。
きょうは、唯のエスコートで、ええと。そうだ、メット・オペラのオープニングパーティ。てことは。
適度に華やかめのブラックタイだな、じゃ。性格設定は大人しめ、だったかたしか。相手、だれだっけ?
―――ああ、アレか。うん、実はちょっと気の強い内気な奴、が好みだったはず。
頭の整理がついてしまえばバスローブを引っ掴みまだ身体の濡れたまま駆け出て、選んだトワレを
首元のあたりにのせたときには、纏う雰囲気さえ起きてきたときのものとは変わっていた。



「―――あ!仕上げ」
ドアを抜けかけ室内に走り戻る。どうやらその外見とは裏腹に実は相当、雑なのかもしれないと思わせる
ものが多少ある、とはいっても。生来の動きが滑らかなせいで猫が暴れている程度の粗雑さではあった。
走りこんだウォークインクロゼットから出てきたときには、細いフレームの華奢なアイ・ウェア付き。
出掛け、鏡にうつる自分に向かい、に、と 笑いかける。「いかにも、だな。サンジ、」と言って。ふわりと
香りを残してドアが閉じられた。








「ロビン、」
ヴェネチアングラスに反射する光の下でゾロが耳元に囁く。
「なあに、もう退屈したの」
「ああ。戻ろう―――?」
仕様がないわね、と口調とは裏腹に濃紺の瞳が笑みを含む。
「1時間もいれば充分だろう」
いいわよ、とミッドナイトブルーのイブニングドレスの女が答え。さざめく人の輪の中から二つの姿が
離れていった。



時間に遅れたことを詫びれば、リムジンのシートで銀髪の男は気にしなくて良い、と穏やかに笑みを
刷いた。僅かに視線を揺蕩わせ伏せるようにすれば、顎を上向けられ唇に近い頬にキスが落ちてきた。
さらりと髪を撫でるように触れた手が離れる。よし、気に入られてる、このパターンで正解だなとサンジが
内心笑みを浮かべたことを、この紳士はどうやら気付いていない。快楽が好きで道徳観念はいたって
寛容、おまけにサービス業向きの享楽主義者とくれば。サンジは現在の仕事がいたく気に入ってはいた。








ロビンを片腕に抱くようにし、車寄せまで長い歩幅で歩いていたゾロは、ちょうど車寄せから広い扉を抜け
中へ入ろうとしていた細身の姿と擦れ違いざま、ロビンが名を呼び急に自分の腕の中から身体を捻るようにしたため僅かに自分と相手の肩とがあたり、ふとしたタイミングでアイ・ウェアが落ちる。
「あ。」
半身を折りかけた本人より一呼吸はやく詫びを告げながらゾロがそれを取り上げ、手渡すようにする。
どうやら、この男の連れとロビンは顔見知りらしく、なにやら親しげに話している。それを眼の端に捉え、
せつな、小声で付け足す。
「おまえ。いかにも、だな」
笑いを含んだ声。
「・・・・・・っ、」
何か言うよりも早く、その姿は女を連れて自分達の抜けてきたばかりの扉へ向かい。



「―――ムカつく。」
その後ろ姿にサンジが呟いた。
ロビンのために車のドアを開けながらゾロは内心、首を傾けていた。なんで、あんなことを言って
しまったのだろうと。ただの「同業者」だということはすぐにわかった。何で放っとかなかったんだろう、と。



なんだ、あいつ?
サンジはまだ扉の方を向いていた。
"ダッチェス"の連れか?隣にいた黒髪の美人の名前を思い出す。知らず、眉根が寄せられる。
あーあ、ダッチェスあんなに綺麗なのに趣味悪いじゃん、と。
やがて、いくよ、とでもいうように肩に手でそっと触れられ。「天使のごとき」微笑で返した。






--- Hang Onto Yourself ---


「最近さァ、ウチの奥サンがうるせえんだよ。うぉらそこの間男!てめえ、サボッテんじゃねえのかあ?」
「ヒモに間男っていわれたかァねえな」
「なにを言うか。おれは肉体労働が嫌いなの。だからおまえに代行させてんだろうが」
それになぁ、と。
勝手にフリーザーからどうやら持ち出してきたらしいミネラルウォーターのボトルを手にしたままで
ぽおん、とベッドに横になったままの「間男」の横のナイトテーブルに上に何もないのをいいことに
バネを効かせて座り込むと、なんであんたが合鍵持ってるとのもっともなゾロの質問に、保護者だから。
というわけのわからない理由で黙らせ、言いたいことはしっかり言い続ける。



「おまえが最近ロビンとばっかりでかけるって、おれに文句がくるんだけど。なんとかしろ」
ファビアンから1日1回は連絡が入るんだぜおれは耐えらンねえ、とか眉間に皺なぞ寄せているが。
こいつが泣く子も黙るマフィアのボスかと、ゾロはため息もつきたくなってくる。
「だったらハナっから結婚なんざしなきゃいいだろうが」
「うるせえよ、遺言なんだから仕方ねえ」
ここまで義理堅いとは泣けてくるだろうが!とか自分で言ってるし、とはゾロの胸中。
「しょうがねえだろ、シーズン中なんだから」
ゾロも半身を起こし、言いながらヘッドボードに背中を預ける。
「あーあ、メットか」
「・・・・・・くたばれオペラ。聞き飽きた」



「で、きょうは?」
「きょうもロビンと先約」
「よし。じゃあおれがロビンと出かけるからおまえはウチのと付き合うように」
「―――ハ?」
「構わねェよ、どうせ行く先は一緒だ。モンドリアンのスカイ・バンケット」



「意味ねえだろ、それ?」
「んー?気分気分」
んじゃなぁ、とひらりとテーブルから降りると。詳細は奥サンから聞け、と言い残しいなくなる。
開け放されたままのドアを見ながら、奴はヒマなのか?とゾロはしばらく眉根を寄せていた。
ジゴロにゃあ言われたくないね、とシャンクスが聞いていたなら言ったに違いない。








舞台も終わり、レセプション会場のバンケットに移った直後にさり気なく隣に佇んでいた男の胸元
から電子音が響いた。戻ってきたときには、絵に描いたような「残念だが、」という表情が相手に
浮かんでいたのを確かめ危うくサンジは笑い始めるところだった。
「すまないね、急用ができた」
「そう。じゃあ仕方がない。僕も失礼します、」
にこりと、唇端を引き上げる。



ところが。きみはすきにしていきなさい、と告げられた。
胸元のポケットに、す、といつの間にかカードキイが落とし込まれる。
ここに残るもよし、部屋で寛ぐもよし。好きに時間を使えば良い、ともう一度繰り返すと、どこか
エキゾティックな風貌の「大使」は他のゲストに手短に別れを告げるとごく自然に、バンケットから
その存在きれいに無くした。



しばらくその姿の消えていった先を大人しく見送ってはいたが。
じゃあお言葉にあまえて綺麗なお姉サンと火遊びでもするかなと、つらりとバンケットを見回した。
自然と、一番上等な美人に目線の流れるのは当然のことで。ついでにその隣に佇む奴とも眼が会った。
あら、とでもいう風に「ダッチェス」が微笑みかけ。自分達の方へサンジを手招きする。どうやら、以前
擦れ違ったときのことを覚えていたらしい。無視するわけにもいかなくなり、対女性用の笑顔を浮かべて
バンケットを横切ていった。



呼ぶだけ呼んで、何に満足したのかにこりと微笑み、すぐに別の談笑の輪に美人は呼ばれ名残惜し
気に移っていき。後にはあの「クソ生意気」な奴と残される羽目になってしまったサンジは通りすぎる
銀のトレイからワイングラスを取り上げながら、聞いてみた。おまえ何者だよ、と。別に気にした風も無く、
予想通りの答えが返ってきたのには驚かなかったが。挙がった名前にサンジの眼が僅かに見開かれた。



「クイーンだって?」
「ああ、ファビアンのことか」
「それでダッチェスも?」
「―――ロビンのことだな?」
「おまけにアンナ・マリイとケイトだとォ?!」
「ああ」
「極上品ばっかりじゃねえか」
「―――そうか?あんまり考えたことねえな」



「……おまえ、ってことはあとはTJとか?」
美人で暇と財力を持て余しつつ、良人が公然とほぼ別居中の「レディ」の名前を他にもつらつら上げる。
「4人までがリミット、それ以上はダメだ」
「ハ!せいぜい―――」
「最低でも2日は一緒にいてやりたいだろう、だからだよ」
雑言を、サンジは出しそびれる。



「ファビアンにいたっちゃあ、言うに事欠いておれを囲う方がトラを飼うより安上がりだって言いやがる」
サンジの片眉が引き上げられ、どうやら笑いかけているらしい。
「そりゃあ……、クイーンらしい意見じゃねえ?」
「フザケロ。おれはあんなに肉喰わねえよ」
「あ?おまえちょっとそれ……」
違うんじゃないの、と言いかけたのを途中で止める。まあ確かに、この雰囲気じゃあクイーンの
意見ももっともだなと。



「そういうおまえは何だ。唯のゲストじゃねえだろ、どうせ」
「おれ?おれは、高級接待要員」
にいっと形良い唇端を引き上げてみせる。まあ確かに、特別上等な外見ではあるが。黙ってさえ
いれば、いまの笑い方でも充分「艶然」、といえそうではあった。
「確かに、高そうではあるな」
「ああ。徹底的に高いぜおれは」
ううん、ちょっと形容詞違ってないか?とはゾロの一瞬の思考。



「客は政・官・財ってとこか」
「ラクでいいぜぇ?年寄りが多いからな、おれにかかればすーぐ天国行き。クイック・ジョブ」
指先から小気味良いほどのスナップ音。
「マジで殺してねえだろうな」
くっくっと、ゾロもつい喉元で笑いを噛み殺す。
「ダァホ。誰がそんなヘマするかよ。偶に脱いだだけでオッケーなのとかいんだぜ、いやあ、おれの
玉の肌の魅力ってか。ははははは、罪作りだぜ」
けらけらけらと良くわらうこの、成年というより少年に近いようなニンゲンはあっけらかんと屈託がない。
どんどん、印象が変わってくる。



あのとき。
最初にすれ違ったとき、何に自分は苛立ちを覚えたんだろうとゾロは少しばかり考えた。
この、目の前にしれっとふてぶてしげに立つ奴は、別に神経を逆撫でるようなことはないのにな、と。
「おまえ、随分印象が違うんだな、」
ごく普通に、済む筈の話題だった、のだが。その一言にサンジの記憶が洗いなおされた。



「そういえば。てめえすげえ、ムカつく態度とりやがったな最初」
ちらりと。笑っていたのが藍の双眸に凶暴な光が掠め。
「いかにもな小細工に笑っちまっただけだよ」
つられてゾロも言い返す。
「あのなぁ、直球勝負ばっかはアホでも出来ンだよ、あ。さてはてめえ気使いとかゼロだろ」
「気使い?やることはいっしょだろうが。おれは下手な細工はしねえだけだよ」
だんだん話の雲行きが怪しくなり始めるものの。
「あ?なんだと?下手ァ?」
快楽至上主義者には聞き捨てならない台詞。
「だから、」
なにか相手が言い募ろうとするのを遮った。



「こらフザケンナよ、このテク無し体力だけ男が!てめえなんざどぉ〜せ力技だけだのクセしやがって
この筋肉バカっおれが下手だと?」
「なにをいきなりわめくんだよ、てめえは?!」
「体力と持久力が全てだと思ってたらナァおお間違いなんだよってめえにはぜってええ負けねえ!
こンのセックス音痴が!」
「はあぁ?何抜かすかこのエロガキ!よくもまあ見て来たようにいい加減なことがちゃがちゃ抜かし
やがって誰がテク無しだっ」
大人気ないことこの上ない。
「あン?真実だろうが、てめえのどこに芸術点が稼げるってんだ!みりゃあ一発で判らァ!」
「黙ってイりゃアいい気になりやがってこのクソ色ガキが」
「ははははは、黙れ体力だけマン!おれサマがセクシィーなのはひゃあああくも承知だ愚か者ッ。
てめえで負けを認めやがったか!」



「なんだそりゃあ!」
「うるっせえ、てめえのことだ遅漏小手技男!」
「ンだとてめえ撤回しやがれぜんぶ!」
「真実の前には眼ェ開けやがれってんだ!馬車馬!」
「てっめえ……」
「ああ馬じゃあ勿体ねえか、せいぜい驢馬だな驢馬驢馬!ロ〜バァ!!」
「じゃあやってやろうじゃねえかっっ!自分でよおっく確めて見やがれクソガキが!」
「おあァ?!望むところだぜこの音痴ロバがっっ!受けて立ァつ!」
胸倉を掴み合い至近距離で罵り合いつつ売り言葉に買い言葉の結末。
がしっ。目線の火花が散り。



「「――――は?!」」
ぱちぱちと瞬きを4つの眼が繰り返す。
「え?ええっと……」
わずかに蒼の眼差しが泳ぐ。
にやりと。ミドリ眼が酷薄な笑みをのせる。
「てめえはせいぜい声でも我慢してナ」
「ふざけ……
う、」
取り合えず、という風に雑に唇を塞がれる。



悪目立ちする人間二人は、ここがバンケットであることをうっかり忘れている模様。いくら人目に
立たない位置とはいえ、ぎゃあぎゃあやっていたのが急に静かになってしまえば自ずと見るヒトは見る、
ということなど思いつきもしないらしい。現に、よりによってシャンクスとその「ビジネス・パートーナー」が、
へええ。という視線を交わしていたとは知らぬが仏。



「みたか、いまの?」
「まあな」
「おもしれえことになりそうだな?」
その普段は物騒な眼元が笑みに崩れ。黒髪の男はふと、件の「おもしれえこと」の被害にあうであろう
二人に少しばかり同情した。
「それより。あんた、次の人質見繕っといた方が良いんじゃないのか?」
からかうような口調が混ざり。
ふと上げた目線の先、人の輪の中心にいた件の女王様が朱唇を引き上げたのを映した。
「相変わらず美人だな」
「お。じゃあおまえが人質になるか?」
「・・・・・・遠慮しとく」



バンケットを抜け出す。スイートでもとるか、と何でもない風に言ってくる相手の掌にサンジがするりと
カードキイを滑り込ませる。「連れ」は帰っちまったんだから勝手に使おうぜ、といって首元に噛み付く
ようなキスをした。噛み痕に舌を這わせる、そして小さくわらった。そのまま腰ごとゾロに抱き込まれ、
扉の内側、エレベーターの壁に縫いとめられる。ゾロの左手のキイがカードリーダーに読み取られ箱が
浮上を始めた。



「クソ、てめ……どこさわってやが、ん、あ」
耳元で小さく笑う吐息。
「おまえ、判りやすいな」
「あ、てめ、今のセリフ・・・憶えときやが」



ティン、と。
扉が開いた。








体力、知力、技巧、芸術点から騙し技、才能に天分までか?何しろ引き出す方も引き出される方も
「プロ」の面子を守るため最初こそはどっちがどっちを「とって喰う」かのテイではあったものの。
最後はワケがわからずめろめろで。声なんぞぜってえ出すもんかとか、泣かせてやるだの、
速攻で出させてないし達かせてハラァ抱えて大笑いしてやろうだのなんだかんだ諸々の思惑は
すっかり彼方へ飛び去り。悦楽に蕩けてしまった。最後はうっかり抱き合って眠り込んでしまうほどに。








「信じらんねえ、生涯サイアクの日だ、」
「マジかよ、男抱いちまった……」
「……てめえ、どうでもいいからはやくおれから退けクソロバ」
「……てめえこそ、その足解け」
「「……………………。」」
上質なベッドのスプリングが良い具合に揺れる。沈黙。さて、何の記憶が反芻されているのやら。
「「………最悪だ」」



うううううーと喉の奥で不機嫌極まりない猫の如くうなる金髪頭はリネンを頭のてっぺんまで引き上げ、
半身を起こしたゾロの背の中心あたりに蹴りを入れた。なにしやがるとかとんでもねえクソガキだぜとか
いいつつも、口調とはかけ離れた穏やかさでちょうど頭の辺りをリネンの上から軽く叩くようにすると、
ゾロはベッドから起き出し。やがてサンジにの耳にも、バスルームからの水音が微かに聞こえてきた。
リネンから顔を出したサンジは、はあっと大きく息をついた。そして自分も起き上がりかけ、端麗な顔が
顰められた、思い切り。








「おい、そこのミドリ」
「そんなヤツはここにはいねえ」
「おい、そこの体力だけ男」
「いねえよ、そんなヤツは」
「そこのヒモッ!!」
「いっとくがな、そんなんじゃねえぞ」
「そこのタラシ!!」
「……仕様がねえな。なんだよ?」
最大限の譲歩で、簡単に服を着終えたゾロが振り向く。
くっしゃくしゃになったリネンの比較的キレイな方に「しどけなく」横になったままのサンジが顔だけを
向けている。



「てめえみてえなケモノに蹂躙されちまった可哀相なおれは足がたたねえ。拠ってバスルームまで
ご丁重にお連れしやがれ」
「……あのなぁ、」
「気持悪ィんだよカラダ、つーかとくにおれのオミアシが。てめえので。てめえが加減知らずだわ
アホだわなのはもうよおっく判ったがゴムが無くなるまでスルかねフツウ??手持ち使い切ったら
やめねえか??アァ??それともてめえはアホだから"Ride Safe!"ってコトバ知らねえのか?
まあなぁ、てめえも一応あんな特上レディ相手の"プロ"みてえだから?オカシゲなモンは持ってねえ
だろうがよそれにしてもおれ、たぁしか、マジで"いやだ"って言わなかったか??さいしょ。ア??
どうなんだよオラ。聞いてやがるか、このなかだ―――」
「わぁかったから黙りやがれ!」



「フン。わかりゃあいいんだ」
にやりと。勝ち誇ったように生意気なツラ晒して笑い。はい、と両手を差し出してきやがるのを。
ああ、ちくしょう。いま、一瞬、ちらっと。「かわいい」って思っちまった。そんなバカな。
ゾロの思考はフルスピードで回転を始める。いってやりたいことは山ほどある気もするが、たしかに
自分の非もあるおかげで思考だけが突っ走る。
おれの記憶の文脈とあの前後の流れからだと、あ、もう止めよう無くなったし。とおれが思ったのを
てめえが妙に勘付きやがって「(やめるのは、)いやだ」って泣いて言ってやがったくせに、まあよくも
あれだけワケワカンネエ破綻し尽くした理論武装してきやがるかね。クソアホだ、こいつは。どうして
素直に連れて行け、って言えねえんだ。言われなくてもそれくらいはしてやるよ、おれだってちったァ
てめえの誘いに乗っちまったこと反省してるんだからな、クソ。



「お仕事だと思え。それともてめえはアフターケアもしねえようなつまンねえヒモなのか」
「んなわけあるか、アホガキ」
「わっはっは。光栄に思いやがれ」
「バカいってんじゃねえよ」
するりと。抱き上げた。
尖ったハナサキがゾロの鎖骨だかのあたりに当たったようで、ふにゃとかうにゃとかとぼけた声がした。



バスタブに降ろし。
シャワーの湯を出す。
かるく縺れておちかかるような髪を指で梳き上げ。こめかみのあたりに唇をおとした。
カラダの冷たくならないように、肩の辺りに湯のあたるよう手でシャワーヘッドを持ち。
空いた手でもういちど頬の線を撫でた。ひくん、と肩の揺れるのが伝わり。
唇を耳元にもゾロは押し当て。それから微かに上気したようなカオを覗き込んだ。
「自分で出来るか?」



途端に、ものの数秒で肩の辺りまで真っ赤になった「クソガキ」に思わずゾロが笑いかける。
「ばっ、ばっかやろうあたりまえだ!!」
さらさらと。指にいつまでも絹の感触の残るような金色の小さいアタマを最後にぐしゃぐしゃに引っ掻き
回してバスルームを出た。背中に、罵詈雑言が聞こえてきてたけども。ついでに冷水と。ゾロはただ
笑っていた。おもしれえ、あのガキ、と。










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