God only knows





                                     --- Bird ---
空を銀のトリが滑った。ちかっ、と一度だけ眩しく光り。斜めに。板を滑り落ちるように。
見詰めていたスコープを視界から引き上げる。直に差し込んでくる陽射しに僅かに目を細め、透過性の布の隙間から這い出して岩の上に立った。砂交じりの乾いた熱風が吹き付けてくるのには構わずに、撃ち落したキカイのトリが滑空して行くのを眺める為に。
大人達は、この戦争は必ず自分達の勝利に終わると言う。サンジは、繰り返される理念に興味は無かった。ただ事象の輪の中心にいる祖父を尊敬し、後を付いて行っている。他の大人のことは知らない。
盲信かもしれない、そうも思う、けれど他に歩みたい道は無かった。『目的と手段とを履き違えるな、クソチビ』と祖父はいつだか言った、それでも迷う事はなかった。最初のトモダチが瓦礫に埋もれたとき、こどもでいるのは止めようと決め、祖父の下へと行った日から。

そして、新しく開発された「ブキ」と「自分」の相性が良かった。意のままに操れた。
開発者の言っていたことは右から左へと流したから、原理は知らない。自分と何かが「感応」するんだっけ、と他人事のように思うだけだ。そして何時の間にか、トリ撃ち(スナイパー)になっていた。
「ブキ」は身体の延長のようなものだ、と至極単純にサンジに説明し直してくれたその開発者の助手は、確か別の都市で市街戦に巻き込まれて死んだと聞いた。

風が崖下から巻き起こり、サンジは一瞬眼を細めた。ごう、と風量が突然高まる。そして岩山の頂近くに立つサンジの前に、突然。銀色のトリのハラが在った。そしてハラに穿たれた窓に張り付いている姿があった。窓に両手を押し当てる―――子ども。
ほんの一瞬の間、強化ガラス越しに目が合い。トリは大きく旋回すると地面に落ちていき。
吹き上がる空気に髪が舞い上がり、熱風にちりちりとサンジの頬が痛んだ。

「"かみさま"」
サンジが呟いた。

ガラス越しに自分と目の会った子どもが、口を動かしたとおりに真似たなら言葉が零れ落ちた。
「"かみさま―――"、」
時間が引き伸ばされる。
何度目かの爆音が遠く響いてきた。
墜落したトリは、もうただの火の塊りにしか見えなかった。

あのトリが民間機だなんて、聞いていなかった。
そこまで考えると、思考が止まった。

息を吐き、サンジは岩肌に残していた「ブキ」と布とを拾い上げ、野営地へ戻るのに岩陰に隠してあった「ウマ」のところまで岩山を半ばまで降りていき、それを引き出した。がりがりと鋼が岩肌に擦れて音をたてる。
砂と岩ばかり、の地面から空を見上げる。「ウマ」のモーター音がし地表から僅かに浮き上がるが、サンジがそのキィを捻り、止めた。

ウマに取り付けた通信機から、何かを告げてくる声が聴こえ。スイッチを切る。
報告―――?なんの報告をしろっていうんだ。あんた達の見ているレーダーにも、飛んでいるトリなんかいないことは写るだろうに。
また眼差しを、空に投げ上げた。ぽかりと、抜けるような蒼に白く浮いた月が3つ見える。
あのトリは、3つあるうちのどれから飛んできたんだろう。

襲撃に遭わずに祖父がまだ生きていたなら、あのトリを墜とせとやはり言ったのだろうか。
あのこどもは。
"神様"のところへ、行っているのだろうか。


そして、呟いていた。
「かみさま、もうおれは二度と、この左手でヒトを殺めません。だから、どうか―――」



だから、どうか―――




                                   --- Dawn ---
ふ、と。自然と浅い眠りから目覚めた。
自室のある棟も含めて、医療エリアは静まり返っている。明け方前だな、と時計ではなく窓外の色味から判断する。
めずらしいモン、見ちまった、とサンジが呟いた。そしてベッドに横になったまま腕を伸ばし、煙草を指先で手繰り寄せる。
元々眠りが浅いのだ、一度起きてしまったならもう眠れはしない。
諦めて適当に服を引っ掛け、ちょっとした気紛れを起こして物音一つしない廊下を歩き、庭へと出た。
さすがに、外気温は予想以上に冷たかった。

「さぁーみっ」
吐く息が白いのにサンジがひっそりと笑い。
「―――はン?」
目にしたものに、サンジが咥えたままの煙草を上下させた。夜中に、どこかの部隊が飛んでったか?と。
そんな緊急のミッションがあったかな、とちらりと思うが。
まぁ、自分が所属しているのは医療班であり、制服組連中の動向など把握しきっていなくても当然なのだが。

何機か明け方の空を行く「トリ」たちの姿に。
「夢見が悪ぃよ、」
サンジが呟く。
けれど、すぅと眼が細められていた。そのうちの1機の飛び方、いまはただの光点ようなソレがおかしかった。

「……忙しくなンのかね」
さほど感情も緊張感も感じられない口調で呟くとサンジが室内へ戻っていった。






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