GO LET IT OUT



「なあ、ゾロ?俺たちって何だろうね」

「甘い」と称される、擦れ声の元を見直す。冗談だろうと思ったら、笑っていない眼がまっすぐ俺に向けられていた。
「仕事仲間っての?」
「そうなのかな」
傾けた首の線が、計算しつくされてカットされた麻のシャツの襟元からすんなりとのぞく。
「でも俺、頭のなかでお前に何度も抱かれてるけど」
「は・・・・?」
ふふん、と自慢気にトナリの男は小さく笑う。
「メンタル・ファック」
小声で付け足した。
「あ。やっぱり固まったなお前」
俺が悪かった勘弁してくれって言いたくなるくらい壮絶に艶っぽい眼が、笑みを含んで細められた。

                      ### 

「決めろ決めろ言うなっ。余計わかんなくなるだろッ」
「おお?逆キレだよ」
言って、ひっひっひーと、わざと唇を横に引き伸ばして嫌味ったらしい笑い声を作るのは、サンジ。
「けっこーな立場だよねまったくさぁ。いったい何日かけりゃ気がすむわけ、ン?」
そうとう理不尽なことほざきながらバネみたいに軽く横を歩いてるのは、二枚目飛び超えて薄気味
悪いくらい「麗しい」のが当り前の、きっと子供の頃から王様振りが板についてる男。



大学のゲートからちょっと離れて路駐して歩いてる俺達。講義にでる前、事務所にカオだしたら
にこにこと俺の事待ってたこいつがもれなく付いて来た。



「そんなの、まだたったの4日だろ」
「ゾォロ、4日もなんだよ、」

そのサンジが少し先に立って、立ち止まった。いいタイミングで風が吹いて、髪が顔をフォトジュニックに覆う。長身で、完璧、と言い切れる身体の均衡。こいつ一人造るのに神様は多分4ー5日かけてたんじゃないのか、って思うくらいだ。おい、そこの。視覚効果の計算してんじゃないだろな。

「俺のこと、好きか、嫌いか。どうして?」
簡単なことだろ?と続ける。
言葉に詰まる。そうだよ。理由は簡単なんだ。

俺はな、今までの人生当り前のようにキレイな女としか好きとか嫌いとか言ってきてねえんだよ。
平凡な恋愛遍歴だからな。だから、なんで即答できないのかが、わからないんだよ。これが問題
じゃなかったら、なんだってんだ?頭の中の言葉を整理して口を開きかけた俺を、少し首を傾けた
理不尽な男はわずかに眉を寄せて見てる。 


「わかんねえよ」

さんざん待たせといてやっと言った俺の返事にサンジは、はぁっ、と大仰にため息なんかついてみせる。そして、うつむいて、次の瞬間勢い良く顔をあげた。
「じゃ襲うぞ」
「やってみろ。ころすぞ」
にこぉとサンジはして、ばさばさと髪を押し退け横に走ってくるとえらく乱暴にヒトの腕を抱き込んだ。ひゅ、と風がおこる。
「冗談!」
「なっ・・・テメ4日も俺が・・・・・・」
「襲うってのは、じょうだんっ!」
すう、と顔を覗き込んでくる。
「でも、おまえ口説いてんのは本気」

写真やビルボードでよく見かけた「危ういまでの美貌」とかいうご大層な代物のアップ。目にはちっとも「冗談」の影もない、怖くなるほどの「真摯」。

「質問。なんで俺なわけ」
「さあ。一目惚れ?」
「クソ。オーディションなんか行くんじゃなかったぜ」
「でも契約もらえたろ」


こうなったことの起こりは。そもそも。16の時に父親が飛行機事故で亡くなってから、ずっと俺の保護者だった叔父のところに出かけたのが運の尽きだった。「鷹の眼」とも称されてた伝説のインベストメント・バンカーだか相場師だかしらねーけど。この30代で引退しちまったどこか一本イカレタ叔父の許可が出なきゃ、俺は自分の信託財産とやらを成人するまで自由に引き出せもしない、ときた。
そこそこの額だったのを、「鷹の眼」が片手間に運用したお陰で、相当額にまでなってるらしいけど。自由に使えなきゃイミねえ。それに、叔父貴の消費に関するわけわかんねえ信念にも、もう諦めにも似て慣れた。


去年はあっけなく、大学の入学祝いとか言って12万ドル以上のバカ高ぇクルマをよこし(JAGUAR XKRコンバーティブル・・・、)たかだか、ってほどでもねえけど軽く事故ってぷっ壊れたカメラと機材を揃え直すのに、「男が生涯を懸けようとするものは己が手で掴んでみよ」とかわけわかんねー理由で。目の前で電話をかけ始める。

「うむ。くれはか?・・・・そう、例の不肖の甥だが。・・・・・ああ、よろしく頼む」
眼は俺を見据えて。余計な事は一切言うな、と語っており。
「では。ロロノア。勝ち取って来い」
ぴし、と差し出された名刺には。カリフォルニアでも屈指の、モデルエージェンシーの名前があった。


で。えらく若作りの社長のとこに面接にいかされ。雑用でもすんのかと思ってたら、「イイね!」の一言で。某高級メゾンの専属モデルオーディションにたかがバイトが、事務所にどやされたからってどうにか出かけてったところが、他の蹴落として、既に同じ事務所で名前の売れてるコイツと組むのに素人の俺だけが受かってしまったのは5日前。

はー。ため息だってでましょうさ。そうじゃなくてもらしくもないプレッシャーなんぞ、殊勝に感じてるってのに。そもそも俺はぶっ壊れたカメラ代稼ぎで、そこの事務所にいるんだぜ?俺は第一撮る方になりてえんだってのに。おまけに行きさえしなけりゃ、コレに会わずにすんだんだ。恨むぞ社長。

「やっぱりおまえみたいのがいっぱいいるのかよ?」
「あ?」
「だからてめえみたいなトボケタやつ」
バカ野郎。全部まで言わせんな。こっちに言い寄ってこない限り俺は友好的な人間なんだからな、この街で育った所為で。

「ああ、一応ねぇ、まぁ、うん。そこら辺よりは多分」
こいつ。眼がわらってる。
サンジの眼は一瞬驚くほど、碧い。何だか、記憶の底がざわついて、落ち着かなくなる眼の色だ。
「んん?おまえ心配してんの?」
「誰が!」
「それならだいじょうぶ、」
妙に自信満々な笑顔が却って不安だ。
「おまえもう俺と付き合ってるって、けっこう周り知ってるから平気だよ?多分誰も寄ってこないってへーきへーき。俺から盗ろうなんて度胸のあるヤツいないって、な?」

的中。

「みんな驚いてたけどな」
「それはてめえがあまりにバカだからだよ・・・!」
「ハズレ。相手がおまえだからさ」
「なんだよソレ」
「だっておまえ女じゃないだろ」
「みてわかんねーか?」
すたすた歩いてどこの教室に行こうってんだか、もう自分でも忘れたよ。とにかくこんなやつと立ち話なんかしてたら目立ってしょうがナイっての。

 「だからだよ。俺も少しは驚いてんだぜ?」
ちょっと待て。
俺は止まった。

「でも、好きってことに変わりはないからさ。やっぱりもういいけど」
ポケットに手を突っ込んだまま、少し屈みこむようにしてこっちを見てる。
「サンジ。仕事仲間、ってオプションは有りか?」
俺も、まだたった一回だけど一緒に仕事してみて、これがなぜあちこちから評価されてるのか分かった気がした。その場に現れただけで、空気を変えるヤツ。もっとコイツのことを知ってみたいと思ってた。いきなり好きだ、とかやられる前までは。それも、契約済んだ後で。
「うん、俺もそれについては考えてみたんだけど。多分、駄目だよ。友達には欲情しないだろ。
あ、こら、おもいっきり退くな」

言ってまた、顔に落ちかかった髪をうざったそうに、掻き上げた。

「なんだよ?てめえだって好きな女にキスしたいとか抱きしめたいとか思うだろ?」
「ちょっと待て。俺のこと、抱きしめたいとか思うわけか?終わってるぞてめえ」
「いーや、」
「じゃあ問題ねえだろ」
安堵の吐息。
「俺さ、おまえにすっげ、ヨクジョウすんだけど逆なんだよなぁ。まいるね」
「は?」

たのむ、サンジ。その口、開くな。
「抱かれてみてえ、っつーか。うん。すごく」

「契約、来シーズンまであるんだぜ?」
気を取り直して俺は言った。
だから?という顔のサンジ。
「おまえとの仕事は面白そうだけどな」
これは、本音。
「ほんとうに?うれしいよ。ありがとう、」
キレイな顔が笑う。
端正な横顔は続けた。
「ほら、尊敬から始まるアイもあるし?」
「死んでろ」

「で。どこまでついてくんだよ」
「んー?」
すれ違う人並みが珍獣でもいるみてえにざわざわ言ってる。ああーうぜえ。いつも以上にうぜえのは絶対こいつの所為に決まってる。
「だって俺もここの学生だぜ?」
「マジ?」
「うん。」
ほら、と学生証を出して。まいったか!って言って笑った。
「俺、こんどから毎日学校来よー。おまえ、俺の専属ショーファーな」
「フザケンナ」

「明後日、10時から撮影入ってるから。迎えに来いよ?」
「誰がだ!!」
ひらひらと手を振る背中に思わず怒鳴り返す、が。既にヤツの家を知っている事実に自身で愕然とした。


2回目の撮影日。
「ああら。仲良しさん。」
メイクスタッフのナミが、一緒に現場入りした俺たちをみて、にいいっと猫笑いをした。

「うわ。えらい不健康だな」
鏡に映ったサンジの顔にぎょっとする。いくらモノクロの撮影だからって、普段より白めの肌が目立つようにされて、髪は生乾きで乱れ気味。おまけに唇にだけ、うっすら色がついてて、こりゃいかん、てくらいの不健康野郎。

「ゾロ!あなたが文句言わないの。イメージ通りの出来なんだから。完璧。そんな意見は即却下」
ナミが即答。
「そそられるねー、これ」
「でしょう!」
満面の笑みのナミ。
「おまけにゾロの方を、ワタシの腕で!ちょっとアンニュイ入ったイイ男に作ってるんだから、完璧だと思わない?キアイ入っちゃうわよ、今日の撮影、ビルボードと一面広告用でしょ?」
どう?って仕上がり聞いたら“皮膚呼吸ができねえ”っていうようなヤツをよ!?
けらけらとナミは屈託ない。サンジも鏡越しに俺の方見てにやにやしてやがる。

「ナミさんの仕事はいつも完璧!なんだけど。もうちょっとこの唇、腫れた感じにできないかな?端の方とか、できればちょっと切れたようなニュアンス付けて。色は、欝血した感じですごくいいからさ」
ちょっと首を傾けるナミに、サンジはウィンク。
「キツめの情事の直後っぽく」
ぱああっとナミの顔に光りが射した。
「あなたってば天才よ!」
愕然!!としてる俺の声無き叫びはあっさり無視された。


緊張と、どこか抑えた高揚感みたいなものが、あたりを支配していた。 
古びたスツールと、人の出ていったクラブ、がセッティングだった。ざわめきの余韻が微かに響いてくるような、静けさ。無駄のない動きのスタッフと、隅の方で抑えた声で話し込んでる関係者。

あああ。普通たかだか2回目の撮影で、一面広告用なんて大事な(んだろ?)撮りするもんなのか?高速走ってて自分のツラでもビルボードでみたら俺は事故起こすぞ。
サンジはつらつら考え込んでる俺をちらっとみて、緊張してんのか?と言ってきた。

「まあな、」
頭にやろうとした手を、サンジに軽く抑えられる。
「アホ。ナミさんが怒り狂うぞ?」
眼には笑いがちらりと掠め。
いいこと教えてやる、と唇が形作った。

「話しを造るんだよ、俺達がイメージを喚起させなきゃいけない。俺はこのスツールに座る、だけど座るだけじゃない。何枚かのショットで、ストーリーを作り上げなきゃいけないんだ、おまえとね。イメージして、入り込め」
例えばどうとでもこのシチュエーションはとれるだろ、とサンジは言った。すとん、とスツールに身体を落とし、俺の方を仰ぎみるようにした。

「俺の顔、いまはメイクでいかにも情事のすぐ後にみえる。じゃ、その相手は?ここにいない女か、
男か、それともおまえなのか。俺はジゴロなのか、男娼なのか、それとも恋人と過ごしたのか。
なぜ俺がここにいて、おまえが側にいる?おまえが俺を抱いたのか、ムリに身体を開かせたのか、それとも誰かに抱かれるのをただ見ていたのか。俺はおまえの敵なのか、愛しているのか、憎んでいるのか。おまえは俺を許しているのか、焦がれているのか」


すいと立ち上がり、俺の後ろにまわった。

「おまえの立つ位置でも、意味がどんどん増えてくる。ましておまえの表情しだいで、ストーリーなんていくらでも造れる。その瞬間、入り込めよ。ただの媒体になればいい自分の身体なんて。写真家の望んだ以上の世界をつくればいいだけだ」
「でも、」
「任せろって。ムリにでも堕としてやる」
ジャケットで覆い隠すようにして、唇を合わせられ、薄く血の味がひろがるほど強く噛まれた。
唇が離れたとき、破滅に向かう男の顔をしたサンジが小さく笑った。俺じゃない、誰かに。
その時、シャッターとフラッシュが俺の世界に入ってきた。

「お疲れ!」
フォトグラファーの声が遠くで聞こえた。 
すごいよ、とか口々に興奮気味の声がする。メゾンのプレスも側まで来ていて、俺のこと抱きしめるようにしてた。サンジの頬にもキスして、なにか話してるのがみえる。

あの、碧に引きずられていた。暗がりに閃いた火花の、碧。それを追い、振り払われ、当惑し、拒み、渇望し、堕ちた。絶望と高みと・・・・・・。

「上出来だな」
はりのある声で現実に戻された。サンジだった。
「疲れたか?」
笑み。他でもない、サンジの。
「ハードワークなんだな、実は」
俺はスツールに座ってた。
「スタッフ連中カンドーしてたぜ、おまえにして良かったって言って」
くしゃくしゃと金の髪に手を差し入れる。
「俺も久しぶりにまじめに仕事した」
言って軽くのびをするように身体を伸ばし、ところでフォトグラファーの声聞こえたか、と言った。
「よく、覚えてねえ」

返事するまで、そのことに気が付かなかった。サンジはにーっこりして手招きした。
「あ?」
「いーから。さっさと顔おとしてメシ喰いにいこーぜ」
言うとサンジはじれったそうに俺を引っ張って立たせた。
いつまでも入り込んでるとほんとに押し倒すぞ、と言って。
「やれるモンならやってみろ。返り討ちにしてくれる」
「バッカ。それがネライなんじゃん」
けらけらと笑うのはいつもの、ちょっとばかり飛びぬけて容姿の良いだけの、俺のよくしってるヤツだった。


2回目の撮影以来、突然、日常が慌しくなった。
講義、課題、ペーパーとなんとかクリアして空き時間を調整して「バイト」にあてる。相当、俺の本業の方に皺寄せくってんな。それでも一旦受けちまったもんは貫徹しないと、とか妙に義理堅い所が自分の首を絞めてるのは、わかってるさ。第一、学期末の課題がこの時期に一枚も撮れてねえってのは、相当マズイ。それでも、今日も撮影が入ってた。


着替えの最中、
「見とれんなよ?」
「誰が」
不敵に笑って勢いよくばさっと上着脱いだサンジの胸のあたりから、何かがこぼれ落ちた。
「バカなんか落ちたぞ」
鹿革の滑らかなケースを拾い上げて渡しかけ、なんとなく眼を落とした先でほんの一瞬だけ子供の、全開の笑い顔にぶつかった。すぐに、伸びてきたサンジの手で覆われてしまったけれど。
「おまえ、なんでその写真持ってんだ?」
サンジは俺の問いに曖昧な笑みを返した。
「ん?」

何気なく、俺の手からIDケースを取り上げると、そのままするっと魚がすり抜けるみたいに裸の
背は俺の視界からいなくなる。

「知り合いにもらった」
言い残して。その写真は、親父が昔撮ったヤツでどこにも発表してないプライベートなものだった、はずだ。なんでサンジのところにそんなものがあるのか。おまけに、なぜ持ち歩いてるのか。
なんて、お手上げだ。わかんね。


「サンジ!」
わかってて、呼んだ。当然、返事は無かった。かわりに、スタッフが入ってきて、にこ、とした。
「これ。撮影始まったら抜き出して、好きに使って。小道具だから」
はい、とガラムの小箱とライターを手渡された。
「いまさら?」
「甘ァい。クラシックを狙うの」


そんなこんなで立ち位置が決まり、じゃあ、ってとき。

「たぁしぎぃぃっ!!」
「ごめんなさいっ!!」
ああ、トラブルだ。
サンジが隣で心配そうに呟いた。
でかい体躯とはウラハラにシャープな写真をとるスモーカーは、ここのメゾンのお気に入りのフォトグラファーで。たしかに、センスも良い。だが、しかし。アシスタントが強烈にとろくせえ。
「今日は外撮りだっていっただろうがぁぁッ」
「すみませんっっ」

撮影につきそってたプレスの女が早足でやってきた。
「ごめんなさい、ちょっと休憩してて?」

「りょうかい、」
そう言って、サンジはくるりと周りを見回し。
あ、あっちいかねえ?
指差された先は、良い具合に一本木の生えてる、なだらかな斜面。


「なんか、この仕事、待ってばっかじゃねえか?」
「まあなぁ、もう俺は慣れたけどな」
木に寄りかかるようにしてサンジが言った。
「俺ほんとチビのころからこの仕事してて、クソ生意気なカオだけのガキのくせして、いっぱしのプロ気取りだったんだよ」
草原の明るいミドリが、サンジの後ろに波を作る。
「おまけにいいかげんな気持ちでカメラの前にいても、誰も何も言いやしないし、たかだか12のガキに大人が振り回されて、もう増長しちゃってどうしようもない暴君。母親は俺のこと旦那サンより大事にするしな」

サンジが撮影用の服だってことを忘れてポケットに手をやりかけて、あ、と気付いた風だ。
「ほら。2、3本なら平気だろ」
小道具のガラムを箱ごと渡す。わざとくしゃくしゃに潰してポケットに入れてあったから、中身の保証はしかねるけど。
「サーンキュ」
一瞬、尖った指先が手を掠めてった。
「あ、火もってる?」
今度は俺が放ってある上着やなんかのポケットをがさがさやる番だった。お。あった。
「ほらあった・・・」
振り向いたら、サンジがあまりに素直な子供並の驚き顔してたんで、こっちの方が驚いた。

「なんだ?」
「べつに?」
片眉上げて、もう、いつものサンジ。
「まぁ、それでいつもみたいにスタジオ行ったらスタッフに混ざってやたらカッコイイのがいたんだよ。で、ちぇ今日は俺アイツの小道具か、とか思ってたら、その男がカメラマンだったわけ」
「それって」
「そ。おまえの親父」
サンジがいい音させてガラムに火を着ける。

「撮影の時さ、容赦しねーのそれが。真剣に殺してやろうかと思った。でも、そのうち面白くなってきた。対等なんだよ、真剣勝負で。今まで自分がただ子供扱いされてただけだってこともわかってきてさ。撮影終わるころにはもう、完璧に尊敬してたね何しろガキだから。それから、時間ができたらしょっちゅう仕事の邪魔しにスタジオまで遊びに行ってた」

て、ことは。親父が認められたきっかけのあの写真。
「おまえがあの写真のモデルだったのか?でも名前が」
「ラストネーム変わったしね、それにあれは芸名だし」
サンジはただ、にこ、としただけだった。背景の碧と空に挟まれて、俺でも思わず切り抜いてしまっておきたくなるような、笑い顔。

たしかにこういう素の笑顔には、あのポートレートの面影がどこか残っているような気もするけど。
親父が初めてドイツで賞をとった作品は、いきなり現代美術館のパーマネントコレクションになった。いまでもそこのポストカードのなかで一番良く売れてるって、聞いたことがある。一連の、少年のポートレート8枚。それがきっかけで、あのヒトは一時代つくって、いきなり死んじまったけど。

いまでも憶えてる。誕生日の、明け方。いきなりケイタイが鳴って。
楽しそうな笑い声が、空港のアナウンスに紛れて届いてきたこと。プレゼント持って帰るから
楽しみにしてろよっと言って、切れた。俺は、結局あのヒトが何を持って帰るつもりだったのか、
知らない。それ以来、ケイタイも持ってない。


「でもさ、要はおまえが風邪ひいてたからだよ。夏休みでスタジオに遊びにいったら、どうしても欲しい写真があって。『これほしいよっ』『だめだね』『くださいっ』『やァだよ』『どうしても!』『しゃあない、じゃあ来いっ』ていきなりさらわれて山篭りだぜ」
その様子が目に浮かぶ。笑った俺を、サンジの目も笑いかけで、見ていた。

「その条件が、俺の子供の代わりモデルやれ。驚いたよ。子供がいるなんて知らなかったし、俺と年が一緒っていうしさ」
「学生の時に生まれたからな、」
「そうだってな、篭ってる時にいろいろ聞いたよ。山の中で星とかほんとにキレイで、なんか今思ってもすっげえいい夏休みだった。シャンクスに会ってなかったら、俺今ごろ消えてたと思う」
思いがけず、視線を空に投げて柔らかな微笑を作るサンジを目にして少し、神経がささくれだった。親父に?いままで俺が独占してたカオのはずだから?サンジが俺に笑みの残る目を戻した。

「俺のギャラ代わりだった写真って、おまえがさっき見たヤツなんだよ」
     え?
「スタジオで初めて写真見たときからおまえに約7年、片想いしてんの」

頭のなかが、ゼリーみたいだ。言葉が膜を抜けてゆっくり、潜り込んでくる。
「モデルが誰なのか聞いてなかったし。ぜってー振られないって自信つけてから聞こうと思っててさ。結局、タイミングずらして、あのひとはあんな事になっちまうし。だから、オーディション会場でおまえのレジュメみたとき、奇跡かと思った」

突然の風に頭の上の樹がざああっと鳴る。その音を全身で感じるみたいにサンジは一瞬、目を閉じた。魔法が解けたみたいに、息をはいた。俺は、今までずっと息を詰めていたことに、やっと気がついた。サンジの目が逸らされたから。

何か言え、言わないと、目が開けられる前に。サンジの目が、また俺を映す前に。
「オッケー、撮影開始ィ。はーい集まってくださいーい」
スタッフの声が響いた。
「なあ、」
口をついて言葉が勝手に出てきた。
「おまえ、いつ休みとれる?」


機材やフィルムを積み込んで。
ナパヴァレーまで、オープントップにしたXKRを走らせていた。
思い切りアクセル踏んずけて、サンジは上機嫌に笑い。
「ギャラの代わりに運転させやがれ」宣言を早朝しでかしたのだ。
ムチャクチャ早起きさせるわこの俺をモデルにしようだわずーずーしい事この上ないがしょうがねえ、との前言つきで。

まさに、スカイブルーの空がどこまでも高く。
収穫期前の、ブドウ畑に続く斜面。乾いた土の色が、蒼に映えてる。こことか、良さそうだな。
車を道端に停めさせた。



「で。どうしたら良いでしょう」
サンジは軽く腕を組んで立ち。
「なんでも」
「おまえねぇ、」
「好きにしてていい。おまえつかまえて悪ィけど」
ヤツの片眉が上げられる。
人がメインじゃなくて、パーツとして欲しいから、とそれでも説明すると
「あ、そう」
拍子抜けするくらいあっさりと、笑みまで浮かべて寄越した。

カメラを前にサンジは好き勝手なことを喋りながら適当に動いていた。

モンゴルの「獣葬」のこと。遺体を牛の引く車に載せて平原をどこまでも進ませ、やがて牛を狙って狼がやってくる。彼らの守り神である狼が牛と死者を地に戻す。
そんな話を聞きながら、イメージが浮かんできた。どこまでも続く原野と、車。
離れたところからファインダーを覗いていることを、忘れた。

ライティング、フラッシュ、カメラのことさえ忘れて。


すい、と視界からサンジが消えたと思ったら、農家の子供が忘れたのか、真っ白い、補虫網が視界をよぎった。空に映える。

 子供みたいに笑って。風を作って空を流す。

高い空、流れる雲、そして雲を掬おうとするかのように風にながれる補虫網とその柄を握っている空と同じ色のシャツを着た、優雅な造作の腕。

追って、近づいてきて、
イノセント、という言葉が浮かぶ。人生の喜びを切り取ったような瞬間。

そのまま、まっすぐに走ってきて。
う、わ
なんだっ??

飛び込まれて、いきなりのことにバランスを崩し。
それでも無意識にカメラはガードしているあたりが。

ま近で、
空の碧が。


「すきだよ。ずっと好きだった」
「てめえ、逃げようがないじゃないか」
間に残されたわずかな空気がその熱を伝えきれるほど、唇が近づいていた。
「そうかもな。おまえが俺を嫌いじゃないならね」
「手、はなせ」
「なあ、本気でそうすると思って言ってる?」
さらさらと髪が俺の顔の横を滑り落ちていった。
「ゾロ。言葉はさ、かったるい。キスさせて」
「冗談じゃねえぞ」

なんで、とでも言いたそうな、顔。
「強情だなぁ」
「だからって、どうなる。ハッピーエンドってわけか?」
「あたりまえじゃん。愛する二人はしあわせになろう?あのひとも喜ぶぜ?」
「頼むからバカなことばっかり言うなよ」

何秒か、サンジの目が伏せられ
「なぁ、泣くなよ」
そして言う。
「誰が泣いてんだオオボケ。ほら、どけ」
「おまえだろ?」
サンジの手が、目尻に添えられた。そのまま、倒れこんだ。俺の顔の横の方に。
体が、半身重なったままで。ふわ、と風がおこり、トワレの香りが続いた。気持ちが波打つ。
ああ、もう。俺死にたいかも。なん何だよ、こいつは。
「放っておいてくれ、て顔するな。ゾロ、泣きたいのはこっちの方だよ、」
耳の横で声がする。
「四つ辻で悪魔に魂売ってもいいくらいおまえのことがすきなのに。あーつれない」

5分くらい、そうしていた。
「はいはい、わかったから。撮影続けるぞ?」


午前中の光が欲しかった俺は、午後は勝手に計画されていたワインセラーの試飲に付き合わされた。そうとうほろ酔い具合になったヤツは、帰りの運転は出来たモンじゃなくて。勝手にOASISのCDをセットして夜の空に音を乗せ。降ろされたままのルーフから、流れてく灯りをみてた。

めずらしく黙ったままのサンジが隣にいても、居心地の悪さなどゼロで。


ずっと、あたまの中で、あの一瞬のイメージが消えなかった。
空と、補虫網を流れる風と、優雅な曲線で伸びた腕、そして青のマテリアル。


夜明けに、仕上がった写真をみて、暗室で俺は今日のあることを誰かに感謝した。


今学期はこれで無事終了できそうだ、ってだけじゃなく。俺がずっと切り取りたいと思っていた
瞬間をそれは焼き付けていたから。

追加ギャラとして、それをサンジにもやったとき、ヤツはほんとうに、うれしそうにわらった。



ああ、あのとき現像しといて良かったと、俺はつくづく思う羽目になった。

例のメゾンのショップリニューアルのオープニングパーティだの主催チャリティパーティだのクラブでのシークレットパーティだのになぜだか俺まで引き出され。学期末のこのくそ忙しい最中にバカ車は不調に陥りこれは絶対てめえが運転したせいだ、ふざけんなてめえが酷使してっからだろうが!とか何故かサンジと大口論を道のど真ん中でやるハメになり。最後はあんまり馬鹿馬鹿しいんで笑ってたけど。サンジは相変わらずで、そんな怒涛のような2週間が過ぎていた。

そして15日目、
課題を教授室に無事届け。よって前期がどうにか終わり。
森みたいに木の茂る校内を、風が通り抜け。気分が良かった。

のは夢か幻。
門まで近づく内に、ただならぬ気配が漂ってきた。ざわついた、浮き立ったような気配。
ヤツがいるだけで、周りが勝手にテンション高くなるからな。
普通の、バカばっかり言ってる、ただの―――。


ちら、と鈍くシルバーグレイの反射が視界のスミに。
まさか、な。あんなバカ車ヤツと一緒にあったら最悪に嫌味だぞ?!
・・・予感的中。
なんで、てめえがディーラーに預けてたクルマ転がしてここにきてんだよ!
大学の校門の横に。XKRが横付け。

「なにしてんだ、」
「あー、なんかさ。事務所からならまだわかるんだけど。他のおまえ関係の連絡とかも全部俺のケイタイの方に来んだよ最近。なんで?」
・・・・・・あのクソバカ中年が。やりやがったな。
例のメゾンのビルボード広告が初めて出た日に入っていた叔父貴からのメールを俺は思い出していた。『ロロノア。良い伴侶をみつけたな。誇りに思うぞ
。』
気ィ狂ってんぞ、あれは。

「ディーラーから電話入って。オーバーホール終わったから取りに来てくれっていうから。」
この!俺がなんで使いっぱなんだよ、ちくしょう理不尽だぜ、とかぶつぶつ言ってる。
「あのなぁ、」

「あと。非常にグット・ニュース。」
伝えてやろうと思ってさ。
くわえ煙草のままで、ふわ、とわらった。ひらひらと動くすんなりした指が、プリントアウトされた紙と、エア・チケットを挟んでいた。

「いくらおまえでも、『ヴォーグ・イタリア』くらい知ってるよな?」
「ああ」
「おまえの写真みて。編集長がすぐに来いって言ってる。」
「なんで俺の―――」

あ。まさか。
こいつに、あの妙に気に入った空の写真を、「ギャラ」として一枚渡していたことを突然思い出す。
あのときの笑い顔の方ばかり印象が強くて、忘れてた。


「おまえは詩人の魂を持ってる、っていってるぜこのひと。イタリアの女性はロマンティックだな、まったく!」
ざああっと風が吹いて。ユーカリの葉の香りを運んでくる。金の髪が流れて。
「違約金は、まあ、」
ちら、とXKRをみ、ヤツは唇のハシを引き上げた。おまえの叔父貴がなんとかするだろ、と続け。
「だから。メゾンとの契約なんざ、ブチ切れ。写真、本業にするんだろおまえ?チャンスだ。おっかねえババア社長には、俺も一緒に謝りにいくし」

まったくこいつは・・・・。
黙り込んでる俺に、どした?とでも言う表情で半歩、こっちへ近づいて。
どこまで俺のこと追い込めば気が済むんだ?

紙とチケットを持ったままの手首ごと掴んで、雑に引き寄せる。とん、と細い身体が倒れこんでくる。

「あ、ぶね。アホ煙草・・・」

ま近でみつめても、こいつの碧は。スパークする火花の、あの色で。
とっくにイカレテタのかな、俺は。

「なんで、チケットが一枚なんだよ」
あいてる方の手で、長い前髪を梳きあげた。表れる一対のブルー。
「ゾ、ロ?」
「おまえも、来い」
煙草を取り上げ、代わりに唇をおとした。

「俺イタリア語できねえし」
頭を抱き込むようにして言った。カオ、あわせられなかったから。
「マカセロ。」
小さく笑う声が耳元でした。


そして。
俺は気が付いた。
ゲートの真ン前で大観衆を前にエライラブシーンを展開してたことに。



しばらく、イタリアにでも逃げてた方がよさそうだった。



####

ながいっつーの!!mokaさま、長いです。短くまとめられませんでした。なんか止まんなくなりました!
大学生ってリクは、ほんの背景程度・・・・。あとはお好きに、なんてオヤサシイ言葉を真に受けてこんな具合に
なりましたです。場所はサンフランか?北カリフォルニアですね。うひゃあああ。楽しかったけど。
みなさまはいかがでしたでしょうか。ゾロがまたまたフェイク・ヴァージョン??サンジはそれっぽいでしょ?え?違う?
ゾロといえば、彼の撮ってる写真は、ファッションフォトグラファーのティム・ウォーカー氏の作品を参考にいたしました。本当に、ウォーカー氏の写真は詩のように美しいです。




back