I don't want to be a millionaire




9:50 am, Mar.24, 土曜日
「うーし。きょうは特にイイオトコだな」
ふふん、と自慢気に笑いながら言葉を続けた。とんとん、と指先で後ろアタマを小突いてから通り過ぎ。
「適度にチカラぬけてっけど、非常にいい具合に決まってンぜ」
さっすがおれさま、とかなんとか。上機嫌に。
「―――んン?」
そして目の前に差し出された「おれが作ったんだ心して飲みやがれ絞りたてオレンジジュース!」の入った
タンブラーを受け取り、話しかけられた方がカオをあげる。

「おまえはねぇ、なァんもわかってねーんだよ」 話す男の表情はその口調とはウラハラに柔らかい。
肩の辺りに差し込んできた陽光をとまらせて、薄い色の髪がもっと蜜に近い色になる。
「あのなぁ、おれは。一応売れっ子なんだぜ?うらこのデコ」
まだ半ば、いつでも隙あらば眠りに戻りこみそうな男の額に指先を押し当てる。
「そのおれがァ、てめえのこのヘンピな倉庫街まで通ってだな、てめえのために美味いモンつくって
こうして 起こしてやって!この幸せモノめが」
「―――ん、」
指先を掴まえ握りこみ、唇で触れる、掌に。 そのまま、自分の頬でその掌にもっと触れるようにすると
ようやくぱちりと目を開けた。 まミドリ、とよくこの手の持ち主がからかい半分に言う色が現れた。

「おまけに!てめえヒトのお初まで食いやがって」
「おれはむかしっから運が良いんだ」
ちらりとヒトの悪い笑みがミドリ眼をかすめる。
「おれは当たりくじかよ、ったくてめえは」
言いながらもう片方の手もするりと髪に差し入れ、かるく額をあわせるようにした。
「そんなモンよりずっと良い」
額を受け止めかるく笑い、背中に腕を回して抱きこんだ。

「おまえ、きょう。いまから仕事場でインタビューだろ遅れたらナミさんに殺されっぞ」
そうじゃなくても昨日ドタキャンしてンだからよ、と小声で付け足しそれでもイスに片膝を 預けるようにし。
「バイクで行く。間に合う」
「おれも仕事あンだよ……?」
言いながら耳元に唇で触れ、ピアスの並ぶ耳朶を軽く歯で挟み込む。
「じゃあ、クルマで行く。送る」
アイスブルーのニットの裾から直接手を差し入れ、抱きこんだ背中が僅かに跳ね上がったのにミドリ眼が
笑みを刻んだ。
「おまえさぁ、なんで言葉しゃべれなくな……」
忍び込んできた舌に饒舌な意識を丸ごと持っていかれた。


4: 50 pm, Mar.5, 月曜日
ショウの前の張り詰めた感じは好きだ。
抑えた緊張と、同じくらい高揚してくる気配。なにかが起こるかもしれないっていう期待と微かな苛立ち。
この場の空気だけで、デザイナーが上り調子なのか、絶頂なのかそれとも自分のクリエーションに
飽きはじめて いるのか感じ取れる程度にはおれも仕事をこなしてきた。事務所でも売れっ子だし、おれが
いないと困るって言う女優サンや雑誌も増えてはきてるけど。やっぱり、個人的におれはコレクションの
仕事が一番好きだな。 何人もで長い時間をかけて準備して作り上げて、1時間足らずで昇華しきって
消え去っていくそれこそ命懸けのお祭り騒ぎ。

一通り仕事をし終わって。優秀なるアシスタント連中には休憩を取りに行かせたし、後は一旦ショウが
始まっちまえば戦争騒ぎになるフィッテングルームと一繋がりになったバックルームをつらん、と見回して
いまから始まる「フィエスタ」を考えて一人でにんまりしていた。きょうのは、これは。近年まれに見る、
スゲエいいテンションだ。スタッフの動きに無駄が無くてモデル連中も楽しくて仕様がナイってカオしてる。
そりゃ、そうだろうな。 このコレクション出るのにノー・ギャラで良いってあの超のつく売れっ子にしてクソアホ連中が言ってたくらいだから。上り調子の人間の持つチカラは周りまでハイにする。どうしても一緒に仕事をしたいヤツなんだ、って珍しく真剣な顔してあいつらがいつか言っていたことを思い出す。なあるほどね、と
現場に来てはじめて納得した。

「サーンジー?」
ああ、クソアホその1だ。満腹のネコみたいな笑い顔しやがって。衣装がナンバリングして掛けられてる
長いラックの向こう側からひょーんひょんやってくる。コイツともう一匹はおれがこの仕事はじめたすぐ
くらいの頃にたまたまヘアメイクやって。それからなんとなく付かず離れずの遊び友達。
「ぁあああドアホ!コーザせっかくおれが弄ったのにてめ髪なにしやがった!!」
「だぁからも一度頼みにきたんじゃん」
へらん、と笑みに崩れる砂色の髪したクソ馬鹿。こんなのがなんで売れてるんだ!ちょと顔と身体とカンが
良いだけの、ただのバカだぞただの!
「あーもーッ。そこ座れ!」
びしいっと長い鏡の前にずらりと並んだイスを指差す。
「さーんきゅ」
ちゅ。
ちゅ……?ヒトの頬にナニしやがったてめえくそ!

ごあん!とスプレー缶の底でイスに座ったヤツの後ろアタマをヒト殴りしてから直しに取り掛かり。
いってえ!とか言って鏡越しに薄いグレイの目がきらっきらでおれを見上げるようにしてわらってた。
「ンだよ……?」
「や、すげえ楽しみな、きょうのショウ」
「あー、だな」
おれも笑い返した。こいつが、スケジュール調整最優先でこのショウのブッキングさせていたのをおれは
こいつらの気の良いマネージャーから聞いていた。 「おう。でな?」 さらに目が笑みを含んでなくなりそう
になる。
「エースもな?も少ししたら来ると思うぜ」
「なんだって?!ヤツなにしたんだよ!」
仕上げにワックスをもう一度、揉みこんでいた手が思わず持ち上がり、いてえっとかなんとかコーザが喚き。
「いったーいでェす、メイクさぁん。大事に扱ってよう」
「やめろ薄気味悪ィってんだ!」

くすくすとスタッフがペストリーの乗ったトレイをウェイティングルームに運びながら小さく笑う。
「暇だから。ジャレてたらな、崩れちまったんだよー、悪い」
ちっとも「悪い」と思っていない顔でもう一匹のクソアホが至極のんびりやってきた。 もーろにラテン系の
色男面の癖してヒトをくったようなソバカスが「チャームポイントvv(本人談)」なバカその2。
「あンなあ、」
ほい終わり、とコーザの肩を軽く叩くとそのまま鏡に映ったエースに話しかけた。
「おまえら。あんまりジャレてっとあらぬ誤解うけてねえ?」
「オニイサン方から余計なモーションなくて逆にいいじゃん」
にい、とコーザが笑い。
「自衛自衛!なあ?」
とん、とエースがイスに座り。おれも直してくれよーって笑う。バカ・コンビのコンビネーションは板について
やがる。
「あー、でもな?一度?できっかなあって酔った勢いで試したンだけどよ、笑っちまってゼンゼンダメ
だったよなぁ!」
ぎゃははははとコーザが笑い。
「アレか!すげえわらったよなっ」
エースも大口あけて笑う。
「てめえら!ベースがヨレッからバカ笑いすんな!」
「でもよ、ジャンケンで下決めようとしたのが敗因かねぇ」エース。
「どうだろうねえ」コーザ。
「「なあー、サンジおまえどう思う?」」
にこにこにこと。バカ二人。
「あーーもーーーー……」
おれはエースの後ろに移った。


5:08 pm, Mar. 5
「おらバカ共。こんど崩しやがったら始まって次戻ってくるまで直せねぇぞ」
わあかってるって、と笑いながらアホ2匹は立ち上がりモデル連中の控え室に戻っていき。
おれもちょっと最後のタバコ休憩にでも戦争前にしてくるかとバックルームを出かけたら、
いきなりドアが開いた。 鏡に映ったのは。

遅れてきやがったのかクソモデルが?! ドアの横に立ったまま、妙に精悍、つか、物騒なケモノじみた
風情のヤツがヒトのこと睨みつけるみたいにしてくる。
「おまえ、こんな時間に何してるんだ?」
男のほうから届いたのは、低いくせに良い具合に掠れて響く声だった。
「はぁ?!それはおれのセリフだろうが!てめえなあ―――あーもう、いいからはやくこっち来い!」
おれの方からまだぼーっと扉の横にいた奴の傍まで行って襟元をひっつかむとイスに突き落として
座らせた。
「おら、おまえ!出は何番目なんだよ、下手したら間にあわねえぞ?」
ウォータースプレイをカオに吹き付けると一旦コットンで手早くふき取りながら。手にとった化粧水を遅刻
モデルの顔に叩き込んだ。
「っぷ!なにしやが……」
「うるせえ、時間ねえんだよアホが!」
「だから、」
「おまえねえ、自己管理ちゃんとしてる?肌もちょいとダウン気味だぜ仮にもプロだろ?」
妙に触り具合の良い髪に一応額に当たらないようにピン突き刺しながら。
「だからヒトの話をてめえは、」

「こんなところにいたの!」
これは。この天使の如き甘い声は。
「ナミ!」
「ナミさん!おつかれさまッ」
おれたちは同時にドアの横に舞い降りた天使に呼びかけていた。
ん……?なんでこの遅刻オトコがエンジェルを呼び捨て? ナミさんは、ここのブランドのPR・マーケティングセクションのGM(ジェネラル・マネージャー)で。おれをきょうのコレクションに使うって決めてくれたのも彼女だし、この、デザイナーの正体すらゼンゼン知られていないブランドを若手の中でも注目度ナンバーワンに仕立て上げたヤリ手。なのに、壮絶にキュートでナイスバディで色っぽい。ああクソ。このみすたーえっくすなデザイナーめ。ウワサ通りにナミさんの恋人だとしたらめちゃくちゃ果報者じゃねえかよ。

「ゾロッ!あんたいったいココでなにしてるのよ!!あっちじゃあみんなあんたのこと探してるのに!」
きいいっとナミさんが静かな怒りのオーラを立ち昇らせる。
「え……??ゾロ?てめえ、ロロノア・ゾロッ?」
おれは鏡のなかの遅刻モデルを指差した。 おう、とぶすくれた様子のみすたあえっくす、もとい「若手
ナンバーワンデザイナー」が答えた。
「さきに言えよ!」両手あげて万歳なおれと。
「てめえが言わせなかったんだろうがよ!」椅子を蹴り、がああっと立ち上がったヤツと。
ハナサキのくっつくような距離で睨み合い。ムカツクことにヤツのが数センチ視線が上だった。

「いいからいらっしゃい!」
ぐあん、と飛び上がったナミさんがヤツのアタマに鉄拳を落とし。着ていたTシャツの襟元を引っ張りまくる
ようにして扉から出て行った。
「サンジ君!あなたにも後から話きくからね!」と言い残して。
はあい、と手を振って答えたけど。
ちょっと待て。おれはナミさんに怒られるようなことはなあんも、してねえぞ。
―――あ。アイツ、アタマにピン着けっ放し。
「ナミさあん!」
おれまで扉の外にダッシュした。


8:50 pm, Mar. 5
コレクションは、大成功だった。
美術館の中庭に突然現れた真っ黒の150メートル四方のキューブが、コレクション会場だったおかげで、
こちとらスタッフは入り組んだバックルームやフィッテングルームに苦労させられたけど。
1ミリ程度の厚さで水が流れていくスクリーンの前で。モデル達は心底自由にこいつのクリエーションを
身体の一部みたいに羽織って、ランウェイを走り抜けたり軽い足取りで通り過ぎたりしていた。 着替えに
戻ってくる連中の顔はどれも手直しをいれる必要がないくらい、天然にたのしいって言っていて。乱れて
しまった髪が逆に良かったりした。元々女性モデルがほぼゼロのメンズのコレクションだから、っていうのも
あったのかもしれないけど。衣装に合わせてルージュの塗り替えとかしなくて良かったし。緊張感と時に吹き
込む弛緩した空気が良い具合に混ぜ合わさった戦場だったんだ。
ショウの最後に、いままで絶対人前に姿を出さなかったヤツがひょっこり、ランウェイに出て行ったときは
プレスもゲストもきっとこれがデザイナーとは気が付かなかったのか、妙な沈黙が会場におちて。
その後は拍手が鳴り止まなかった。それを舞台の裾から見ていたナミさんは天使より愛らしい笑顔を浮かべ
ていて。モデル連中を最後に ランウェイに送り出すチェックをしながら、ああ、ゾロってヤツはほんとに運が
良いな、とおれは思っていた。


11:02 pm, Mar. 5
アフターパーティでさんざんバカ・コンビと飲んで適当に騒いで。ようやくひと収まりつき、ご多聞に洩れず
この美術館の大回廊もちろんノンスモーキング。だから外まででかけ、でかいガラス製の彫刻の横、青の
グラデーションに光を変える噴水まで歩いていき、タバコに火を点けた。だれが何といってもこれが一番
リラックスできるんだからおれはぜったいにこれやめねえぞ、などと勝手に一人で決意を固め。煙を薄く
長く押し出した。

きょうのは。おもしろい仕事だった。 ナミさんが次のコレクションの先行予約を入れてきても、スケジュールを見もしないで快諾する程度には。はは、 おれもアイツラのこと言えねえや。でも、おもしろかったな。
だから今日の主役に一言、おつかれさんと言ってしまったらココを抜けようと思っていたのに、当の本人が
いつまでたっても会場内のどこにもいなかったから、おれも帰るに帰れなかった。たしか、最初はあのアホみたいに悪目立ちのする男はナミさんの横にいたはずなのだけれど。

まあ、ガキじゃあるまいしバックルームでイタシテマス、なんてことはねーだろ、とつい自分の思いつきに
わらい。

そのとき。

「わるい。会場どこだ、」
印象に残りすぎる声がした。水の幕の向こう側から。
「なにやってんだオマエ?!」
幕の反対から近づいてきて、声をかけたのがおれだとわかるとちょっとカオを顰めやがった。
「ああ、ちょっとな」とだけ返し。
「なンだよ、会場まで戻れなくなったって?」
「いや、パーティじゃないんだ」
「……え?」
ハコの方、とヤツが言った。


11:10 pm, Mar. 5
灯かりの落とされたキューブの中は。つい何時間前までのざわめきや興奮の名残があった。
非常灯だけが、うすく頼りない光を投げていた。帰って良いと言われたが、ココからパーティ会場まで
どうせまた迷うだろうと返せば、不承不承、事実を認めた。 入り口からランウェイをじっと、横に立った
ヤツはみていた。
「なに、きょうの感動のおさらいしてんのか?」
「ちがう、」
ふい、と目があわされた。
「あそこから見る景色はどんなだろうと思ったんだ」
しばらく扉に寄りかかったまま、なぜだかおれたちは話をしていた。好みのオムレツの硬さからきょうの
コレクションの出来まで。何回か、意見があってわらった。微妙なズレは突き詰めたくなる程度には結構
おもしろかった。コイツはみた目より中々、実は自分に対して手厳しいヤツなのだなとそんなことを思った。
まあ、じゃなきゃあ誰もデザイナーなんて因果な稼業できやしないか。

そんなことをおれがぼんやり考えていたら、すい、とヤツはランウェイまで進んでいった。早朝の撤収を
前に、椅子や何かは片付けてはあったけれど、暗い中でもまるで構いもせずにまっすぐに。そして、片足を下ろしたままでそこに座り込んだ。おれも、しばらくバカみたいにそんな様子をみていたけれど、近づいて
いった。
かつりと、硬いもののあたる音がヤツの手元からおこり。眼をやれば、ランウェイにフルートグラスを置いていた。そして、小振りなシャンパンのボトルを取り出すとそれに注ぎ。気泡の跳ねる音さえ聞こえるかと思った。無音のなか。そのグラスにヤツの眼はずっと注がれていた。

「なんだ、それ」
「我流のミソギみたいなモンだ」
そう言って、薄く笑みを口もとに上らせた。 そして。おれなりの約束の果たし方だよ、と小さく続けた。
グラスを挟んで座るようにしていたおれと、ヤツの眼差しがあった。
「おれの妹はモデルだったんだけどな、事故って死んじまった。飛行機ごと、パア、だ。ロケ先から
無理してセスナ飛ばさせて。おれのデビュー見に来るって言ってさ」
「―――ショウは?」
「したさ。それ以来の、癖だなこれはまあ一種の」
くしゃりと目元をさせて、ヤツはわらってみせた。
「ヒトを、付き合わせたのは初めてだけどな」
眼を、そらすことなんか出来なかった。

月曜日に出逢って、キスをした。


Mar.6, 火曜日に恋をして
Mar.7, 水曜日に部屋まで行き
Mar.8, 木曜日には一緒に眠って
Mar.9, 金曜日に、おれには聖域がなくなっちまった
Mar.10, 土曜日には、ゆうべ見つけられなかったものをたくさん発見し
Mar.11, 日曜日には、それが大いに気に入ったことが証明された、お互いに。

好きになったきっかけなんてわからない。一目惚れか?ピンのついたままの間抜け面だったかも
しれないし、ゆったりした声だったかもしれない。

Mar.12, 月曜日には上機嫌で撮影にでかけ
Mar.13, 火曜日も幸福、Mar.14水曜、Mar.15木曜、Mar.16金曜と以下同文。
Mar.17土曜、Mar.18日曜と泊りがけのロケにでかけた。
声だけ聞いても十分シアワセだとは。おれにもヤキが回ったな、と少しばかり口惜しくなった。ケイタイを
片手に打ち上げ会場のレストランへ戻れば。おれがいないと困るっていうモデル上がりの人気女優サンが
にこにこと自分の隣の席を指差した。
「御疲れ様、ロビン」
「きょうも綺麗にしてくれてありがとう」
「あなたはいつだって綺麗だったよ」
ふふ、とわらって頬に唇で返礼された。
コイビト?とおれの手元を覗き込むと悪戯気に濃紺の瞳が煌めいて。ほんとうに、このヒトは綺麗だなと
実感する。そうだよ、と答えて。頬にキスして目元を覗き込んでわらった。

「あのね、ずっと。私、あなたを見るたびに誰かに似てるって思っていたのだけど」
「うん、なに?」
「こんど会ってすぐに思い出せたの。あなた、私の昔の友達に似てたのね」
「むかし、ってじゃあ、モデル?おれのあったことないひと?」
「ええ。もういないから」
「引退、しちゃったんだ?」
「違うの。死んじゃったのよ、まだまだこれからだったのに」
私、妹みたいにそのこのこと可愛がっていたの、だからアナタも好きなのかしら?
そう言って女優の顔じゃない、素の笑顔を向けてきてくれたけれど。
冗談めかしたその告白に、おれの手が少し震えた。


Mar.19, 月曜日、
10代で死んじまったモデルはそう少なくはないけれどいて、けれど飛行機事故で死んでしまったのは過去3年でたったの一人。オマケに、事務所は。あのバカ・コンビと同じだった。

Mar.20, 火曜日、 気の良いマネージャーは、にこにこと笑顔を貼り付けたおれの。「ちょっとしたリサーチ」のコトバを信じたのか諦めたのか、かなり分厚いレジュメをカフェのテーブルに置いて行った。 そのこは、おれみたいだった。 正確にいえば、おれの妹みたい、だ。 足をスカートから長く放り出しソファに寝そべるのは。半ば眼を伏せてうっとりとわらいかけるようなのは。 イモウトだ、と言ったなら100人が100人とも、そうか、と言いそうだった。


Mar.21, 水曜日、
おれは非常に複雑な嗜好を持つヘンタイに惚れちまってコイビトになっちまったのかい、と思い。 いや、コイビトと思っているのはおれだけかもしれない、と愕然とした。


Mar.22, 木曜日、
疑問を口に出した。
酷く吃驚したカオをヤツは作り。それから表情が全て消え去った、秒速で。
……気付きやがったか、自分の嗜好を。
おれも、身体の中が溶けそうなくらいゼツボウ的な痛みに襲いかかられた。
そのまま、

そのまま。
ゴーカンごっこみたいになって。や、ごっこじゃねえけど。おれは本気で抵抗したし。
喚くわ、暴れるわ、叫ぶわ、―――泣くわで。
おれはエライことになり。なのにヤツの手に身体は勝手に悦んで。

「ほらな、」と。ゾロが言った。

おれはすきなヤツにゴーカンされるって事態にものの見事に打ちのめされて、床に押し付けられて
コノヨノオワリを一身に背負っていたが。

「てめえがアホなこと言いやがるから勃たねぇ」
妙に自慢気に間抜けな声がした。
泣き過ぎて腫れちまった瞼は厚くて熱くて。どうにかそれを押し開けて

ひどく間抜けなモノを眼にした。
「コンバンハ、ロロノアくん」
一礼。そんな感じだ。

「おまえが。似てるなんて言いやがるからだ、クソ」
だんだんと、ヤツがお怒りオーラを発し始め。

「ごめん、」
とおれはツブレタ喉で声にだした。

「もういい。寝る」
ヤツは。おれを一気に床から抱き上げるとベッドに放り出して、自分も中にもぐりこむ。
ゴーカンもどきとはいえ、おれは図らずも身体だけはタッシテいたが。この、トッパツオトコは哀れだ。
ああ、なんてやさしいおれ。普段、サービス業だとこういうときまでやさしくなれるのか。それともこいつの
背中が拗ねた大イヌみたいだからか。

ゴメン、ともう一度言い。
トッパツ性キノウショウガイの除去に努めたが。ショウガイはそう簡単にどかせられないから障害というらしかった。 もういちど、ゴメンと言った。
ヤツも、おれの倍くらいにわるいとか、わるかったとか、ごめんなとか。自分の言葉足らずを陳謝していた。 ごめんなさいなら1グロスはたまっただろう。


Mar.23, 金曜日、
おれは仕事を休み
ヤツはインタビューをすっぽかし
シアワセな気分で改めて抱き合った。わらいあって、愛撫しているんだかくすぐっているんだかわからない
くらいに たのしいオモイをした。すげえ、気持ちよかった。


11:00 am, Apr. 1, 日曜日
よしわかった、みなまで言うな。
ブライドメイドとベストマンはおれたちがやってやるぜと宣言したバカ・コンビに。 シザリアンサラダをカオ
めがけてぶちまけたら。
てめえなんてもったいねえことしやがると。
ゾロと連中、3人分の声が降ってきた。
倉庫街を肴に眺めながらの。「荒涼アウトドア・ブランチ」とかいうわけわからねえ命名(コーザだ、)の席で。 あああ、もう。なんつうか。わらうしかねえ。 たしかに、指輪はもらったけどな。










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