某N.ジョーダン監督に気分的には奉げてみたり。
イントロ扱い・…?おやまあ。









The Kin of Wolves






日に乾く岩に赤い花が咲いていると思った。奇妙な光景だな、と。

土埃がわずかに上がるような茶色をした道を歩み、近づけば岩に落ちていたモノは乾いてもなお赤いままな血痕で、

花などでは無かった。

男の眉が少しばかり引き上げられる。まだ新し血の匂いを嗅いだからだ。乾いた空気の底にひっそりと、強く残るそれ。

目線を投げる、岩の向こう側までも見えでもするかのように。彼は実際、ひどく目が利くと仲間内では言われてもいた。

そして微かな、わずかに空気を揺らがせるような低い唸りを彼の耳は聞いた。



「そこに誰かいるのか」

しん、と。午後の日差しのなか静寂が落ちる。

頭をゆっくりと巡らせれば、自分の髪のたてた音さえ聞こえそうだ、とふいに男は思った。



変わらずに道は静まり返っている。

音が無くなってしまえば、鼻腔をつく匂いは一層引き立つように思えた。ここまで静謐な気配は人とは思い難いけれども、

獣ならば息を潜めたりなどはせず、威嚇をしてくるのだろう。

近づくぞ、と一声を発し。

男は岩場へまた一歩近づいた。



その裏には人がいた。右手で左腹を抑え、乾いた土を赤黒く染め濡らし、地はまたその赤を含み乾いていっていた。

ここは外れの森であり人の暮らす街からは遠く離れ、刑場からはほど近い。とはいえ、処刑される者たちの着せられる

衣装をこの男は纏っていなかった。



「どうした、」

かける言葉は短い。

唇の間から搾り出すように、地に近い男は言葉を発した。

「罠に掛かった獲物を外していたなら、」

ぎらり、と。細められた目の奥に刹那何かが過ぎり、眼差しが交差した。硬度の高い、淡い鳶色とミドリの混色。

それがまた、男の姿を認め更に細められた。

「おまえのようなモノに撃たれた」

「−−−罠、」



「狩人共め、」

小さな呪詛の言葉が伏せる男から洩れる。

すい、と男がまた進むと、地に蹲るようだった者がその目線をまた跳ね上げた。

微細な動作の一つ一つ、痛みを内包して怒りを抑えている、まるで獣のようだな、と男はふと思う。



「おまえ、その血を止めなければ死ぬぞ」

「−−−死なない、」

指の間から沁み出す血色がまたじわりと広がっていった。



「仲間を悪し様に言わぬのなら、手を貸してやろう」


「バカを言うな」

男が低く呟いた。

「おまえが狩人だと……?笑わせるな。おまえはどうみても、精々街の子供と変わらない」

「明日には19になる、もう狩人の仲間も同然だ」

言いながら、”狩人”がその腕を男に向かって伸ばし、銃を己の傍らに下ろした。鳶色がかったミドリは、ひどく深い

ミドリにも陰になれば移ろうようだ、と思いながら。



常に持ち歩いている薬草を手で傷口に押し当てた。

低く男が呻くのを狩人はまた聞く、喉奥で転がるような音はどうしても四足の獣を連想させた。



「立てるか、」

「助けは不要だ」

「おれの仲間がおまえを撃ったと言った。ならば連れ戻る」

さほど苦労をせずに男を引き立たせ、言葉が短く追加される。間違いはどこかで正す必要がある、それに、と。

「もとより一人、おまえが死んだとしても、裏庭にでも埋めればことはすぐに済む」

狩人の言い様に男が初めて笑い、その薄い唇が奇妙に赤いように見えることに気付いた。口端まで捲り上げる

ような笑い方は―――

「おれが死ぬ……?」

「血を流しきれば死ぬだろうに」

いまならばな、と。引き摺るように足を踏み出した男が土に言葉を落としていたのを、狩人はやはり聞いた。



「おまえはどこの者だ」

半ば肩を貸しながら狩人が問いかけ。森、とだけ男が返した。



森、森の奥深くに在る”民”。

街の住人が声を潜めて「いない」と言い張るモノたち。



「”あの”森の遥か奥か」

禁足地となっている刑場の更に深く。生い茂る森の位置を狩人が眼差しで示した。

「ああ、おまえも物好きなことだ、」

男が唇を引き伸ばした。血に濡れた革の長靴が重たげに地を擦る音をたてた。

「森に禁忌は感じない。棄てられていたらしいからな、街の外れに」

「ヒトの赤ん坊は一人では死ぬぞ」

「育ての親はもう死んだ。狩人だった」





あそこだ、と。

狩人の左腕が古びた一軒の家を指した。



「床に寝かせ湯を沸かし、傷を洗い鉛を取り出す。おまえはまだ若いからな。死にはしないだろう」

おれの親と違って、と狩人が静かに言い。男はまた低く笑った。

「おまえは面白い男だ」

「―――サンジ、だ。森の男、墓に刻む名を教えておけ。万が一の為に」

「ゾロ、だ」



これを、と狩人が肩を密かに揺らした男を床へ座らせてから、水差しに活けてあった枝から小さな実をもぎ取り

寄越してき。男は手を出さずにいた。

「痛みが少しは和らぐ」

噛んでおけ、と付け足し。竈に火がくべられた。水の入った広口の容器がその上に据えられ、ゆっくりと沸き立って

いっていた。



「不要だ」

「−−−痛むぞ」

「知っている」

血を吸い込み重くなった生地を小刀で切り裂きながら狩人が小さく笑みの欠片をゆっくりと過ぎらせていった。

生地を裂くのも、獣の皮を剥がすのも同じほど澱みなく行なう所作のままで。



「傷には触れさせても、眠りはしないか?」

森の獣と変わらない、と思いながら。

狩人は自分の育ての親が、森で拾った獣の仔を育てては返していた様を思い出していた。



「ならば好きにしろ、ただ。ゾロ、ヒトの生まれた日に死んでくれるなよ」

傷を拭いながら狩人が言い。

男が引き伸ばした唇の間から覗く歯の白さと、唇の赤の対比に。それが男の浮かべた笑みであると理解するのと

同時に、森の獣の唸りを思った。威嚇、喉奥からの低い音と捲れた唇から覗く牙。



「元よりおれは死なない、と言っている」

そう、低い音が言葉を綴る。

狩人の翳した手の陰で、鳶色が消え。夕暮れ時の湖面の上、その黄金色のなかにぽとりと浮かぶ鬼火のような

ミドリに変わり。



「なるほど、その眼は異形のモノだ」

森の民に近づいてはいけない、古くからの言い伝えを狩人は思い起こした。

「ならばどうする、」

竈に据えた容器が震えるような音を立て、水が沸き立ったことを知らせてき。

「さぁ、な。明日になれば考える」

言い残して立ち上がった。湯が沸いたようだ、と。



「−−−おまえ、」

呼びかけられ、振り向いた。

「おれの獲物が知りたいか……?狩人」

「いや、」

小刀の熱い湯に浸しながら狩人は小さく首を横に振った。

「おれの仲間は牧師と森の奥へ出かけた。子供たちが何人か帰って来ない」

男の目がまたわずかに細められた。

けれどおれには縁のないことだ、と。狩人がわずかに言葉に節を付けたように、男の耳には聞こえた。



「あぁ、おまえ。抑えていろと言ったのに。血が止まらないじゃないか」

小刀を熱湯から引き出し、狩人が微かに首を傾けた。さらりと金の髪が半顔を流れる。そして唇は言葉を綴っていった。

「何故と問われれば、おれの性分だな、傷ついたモノをみると連れ帰る」

「獣共を屠る、その同じ手でか」

「そうだよ、ゾロ」



すう、と狩人の姿がまた男の傍らに戻り。白い布を差し出した。

「これを。耐えると言うのなら口に」

薄く笑みを浮かべ、ひどくゆっくりと男が口を開き、布を牙に挟み込んだ。

ひたり、と。そのミドリを狩人の蒼から逸らすことなく。





















これで終わりなんですの…
続きは、続きは……あるのか?????