「まだ寝ないのか」

賑やかな夕食も終わり、出されたものは一切合切全て綺麗に食べ尽くされたテーブルを前に、

いつものキッチンと変わりない様子でゾロが陣取っていた。

「てめえこそ、片付けなら明日の朝って言ってたんじゃねえのかよ」

「どんな時でもな、食器を汚れたまま放っておくのは嫌いなんだよ」

コックとしての性分。

それが自分の誕生日であろうとなかろうと............... 。

聞き慣れた音を耳にしながら、ゾロは今夜の「最後の一本」をちびりちびりと嘗めるように飲んでいた。

 







 日付けは、まだ3月1日。

 「誕生日の当日くらい、ゆっくりしてもらいたいから」

 いつも。いつもみんなの為にキッチンで腕を振うコックさんへの今回のプレゼントは、「自由な時間」

 去年はちょうど、--- ナミが日付けをあわせていたのはいうまでもないが-- 停泊していた島でサンジの為に

プレゼントを用意できたが、ここではそうもいかない。だから、「時間」

 「料理をするな、なんてことはもう言わないわ。でもね、私達のためにってことじゃなく、サンジ君が自分の為に

その時間を使ってくれたらいいなって」

 「なら、パーティー料理は作らせていただけるんですね?」

 「駄目よ! だから一日早いけど、みんなでお料理作ってお祝させてもらうわ」

 ナミとの協定を組まれた結果が、このテーブルの皿だった。

 「皆で作る」という言葉通り、キッチンにはクルー全員が、-- 一名を除いて --集まり、ルフィはロビンの

ハナハナの実の能力で口をがっちり塞がれながら、チキンが焼けるのを監視している。

 それぞれがサンジのための料理作りに、彼には遠く及ばなくも専念していた。だが、しばらくして。

 「俺にも手伝わせてくださいよ」

 ナミのデッキチェアに寛いでいてと言われて押し込められていたサンジが苦笑まじりに申し出てきた。

 焦げたフライパンを前に、ウソップとチョッパーが嬉しそうな顔をしてしまえば、ナミもなにもいえなくなり。

 「おら、てめえらでデコレーションしてくれんだろ?」

 ふわっふわのスポンジケーキを平皿に取り出しながら、サンジがにっと笑った。

 「まっかせろ〜!」

 「うわぁ〜、すっげえふわふわだぁ〜」

 「お前が丸まったときみてえじゃん」

 「なんだと〜! ウソップ!! トナカイを馬鹿にするな〜!」

 「おら、騒いでねえで、冷めるまでクリーム泡立てんの手伝え!」

 「おお〜!!」

 あっちこっちに飛ばしながら泡立てたクリームを、「絶対味見はしない」という約束をさせられながら、

3人は楽しそうに塗りたくった。

 「サンジ君、果物はあたしに用意させてくれる?」

 「ナミさぁんv 光栄ですvv」

 「できあがったら呼ぶから、後は外で待っててくれる?」

 「なら、ワインくらいは俺に選ばせてくださいね」

 そう言ってキッチンを出て、我関せずの顔で寝ている剣士を一度見送ってから、のんびりとまだ空欄のある

レシピノートを広げながら、煙草を吹かしていたのは数時間前の話。

 





 「おぎゃ!!!」







 けして子供の声ではない声で、そう叫び声が上がった。何だ、と確かめる間もなくロビンがサンジの方に歩いて

来るのが見えた。なんだ? と思っているとどかっという音とともに不機嫌そうな足音がキッチンに吸い込まれていった。

 その間、甲板の上で白い手に関節技をかけられている剣士が見悶えている姿を見たものはいない。

 「サ〜ンジ〜〜!!!」

 元気な船長の声に、小さな手帳をポケットに入れて立ち上がる。

 キッチンのドア。開けた途端出迎えてくれたのはクラッカーの賑やかな音と、

 「うあっち〜〜!!!」

 腕に一抱えありそうな特大クラッカーを慌てて踏んずけているウソップの姿。

 「何やってんのよあんた!!」

 「うあ〜〜!! か、火事だ〜〜!!!」

 「俺様特製巨大クラッカーだぜ!」

 「火、ついて面白そうだなそれ〜、俺んときにもしてくれよ!」

 「む〜ん、火薬の量が多すぎた」

 「あははは、」

 「ったく、飯にしようぜ」

 そんな仲間を小さく笑いながら、サンジはにっこりと見つめていた。

 「サンジ君、お誕生日おめでとう! っていっても、一日早いけど。これ、誕生部プレゼント!」

 そう言って、寄港していないのだから去年のようなとっておきはあるはずもなく。

 今年、サンジが手にしたものはナミからのとっておきという絵葉書一枚。バラティエに、と一言コメントを貰った。

 ウソップからは特製レードル。対ルフィ用に開発されたというそれは、普通のおたまよりも頑丈にできていて、

「殴りやすい」ということらしいが効果の次第ははてさて。

 チョッパーにはあかぎれ用のクリームを。原料が少ないからほんの少しなんだけど....と真っ赤になりながら。

 ルフィには「なにもいらねえからたまにはつまみ食いするな」という約束手形。一回の有効。キッチンにさっそく飾られた。

 ロビンからは「お手伝い用」にあの腕をレンタル、といわれたが、丁重にお断りした。

 「なんだ、楽しいぞ、あれ?」

 けっこうお気に入りにしているルフィに、レディにそんなことさせられるか! と一蹴した。

 ゾロからは、「おめでとさん」の一言。ナミが「肩たたき券とか禁酒とかないの?」

と文句を言ったが肩を竦めただけだった。

 「ありがとうございます、ナミさん、ロビンちゃん、クソ野郎共もな!」

 満面の笑みに、それぞれが同じように笑みを零した。

 「ケーキ! ケーキにしようぜ!!!」

 出された真っ白な、あちこちがぼこぼこしているケーキには、綺麗に剥かれたみかんといちごがトッピングされていた。

 「ハッピーバースデーサンジ!!!」





 こんな風に、みんなから祝われるのは悪くない。




 無礼講の言葉に、みなが0時を待たずして部屋に引き上げた。

 「最初の、おめでとう.......むにゃ」

 と船長の寝言に笑いながら、サンジ自身が彼等をハンモッグに送り届けた。

 美容の大敵だからと、ナミとロビンも部屋にせき立て、取り残された剣士とともにキッチンに残った。

 彼が、その「最初のおめでとう」をいうつもりでここにいるわけではないことは百も承知だった。

 だから気にすることもなく、話し掛けることもせず、サンジは淡々と食器を片付ける作業を続けた。

 ふいに、背後に気配を感じて、-- 確かめる必要もなく、それはゾロなのだが -- にょきっと伸びて来た手が、

サンジが洗い上げて積み上げている皿を掴み、拭き上げ始めた。

 くすり、と笑った気配がゾロに届いたかどうか。

 無言のまま、なにかの儀式のようにそれらを片付け、ほぼからっぽになっていた食器棚にそれらが納まると、

ゾロはまたすとんと椅子に腰掛けた。ここには時計が置かれていない。今が何時なのかわからないが、

もうすぐ、0時を回る頃だろう。

 吸い付くした煙草を消して、サンジはすっかり火の気の落ちたキッチンに立ち、役目を終えたばかりのフライパンを

取り出して熱し始めた。





 「まだ、 なんか作るのか?」

 「.......... まぁな」

 最後の残りをすべて飲み干してしまい、手持ちぶたさなまま、ゾロは背中を見つめた。立ち上がろうか、迷って、

結局腰を降ろしたまま、頬杖をついてじっと見ていた。


サンジがこうして自分のためだけに背中を向けていることはいままでも何度もあった。

 誕生日を迎える今日であれ、それを感慨深いものと受け止めているわけでもなかった。

 年を一つとったからといって、なにかがその瞬間に変わるわけではない。時間や日付けにあまり執着しない自分は、

己の誕生日でさえめでたいとも思わなかった。

 年をとることが、喜ばしいことだともあまり思わない。

 大人になったからといって強くなるわけではないのだと、自分は良く知っていた。

 なら、この男はどうなのだろう。

 毎回、甲斐甲斐しく誰かのための誕生日を率先して祝っているこの男は。







 じゅ、と香ばしい香りが漂い、勢い良く跳ねていたフライパンの中の音が途切れた。

 しまわれたばかりのカトラリーからフォークが一本と、白い皿が出された。

 ことり、と珍しく自分に対して給仕する仕種で出されたもの。

 それから、ワインラックに歩いていって新たに一本。サンジは瓶を取り出した。

 「今夜の分の酒は終いなんじゃねえのか?」

 「.......... これは今日の分だ。おら、黙って喰えよ」

  わざわざ。自分の為に新たなグラスが取り出され、-- それは一つだけだった -- 

赤のフルボディが注がれる。

 「................. 」

 無言のまま、ゾロはフォークを持った。

 



 これはなんだろう?





 出された皿の上には、ちょこんと乗せられた魚なのか、肉なのか、ゾロには判別できかねるもの。

 それをフォークで一刺し、と思ったが、半分に割ってその片方を口に運んだ。

 サンジはそれを横目で興味なさ気に見つめている。

 奥歯で咀嚼し、表面の香ばしさと中のしっとりとした食感に「ふーん」と感想が漏れる。それから、

溢れ出て来る汁の旨味とどんなスパイスなのか見当もつかない味が広がって、素直に旨いと感じた。

グラスを手にして、ワインを流す。

 「お、」

 こくりと飲み干してから、間抜けな声が上がってしまった。

 その声を聞いたサンジが、してやったりの顔でこちらを見ている。

 「うめえだろ?」

 唇の端を持ち上げた、ガキみたいな顔で。

 「一緒にってとこが、ミソなんだ」

 へへ、と嬉しげに笑う顔をみて、ゾロも素直に「ああ旨い」と言葉にして贈ってやった。

 ぽかん、と一瞬瞬きを繰り返しながらサンジはゾロを見た。それから。照れたように、くしゃりと髪をかき混ぜて、

「当たり前だろうが」とぶっきらぼうに呟く。



 ヒネクレモノめ。




 そんな思いは黙ったまま、残り半分をフォークに差して、それをサンジに差し出した。

 「てめえも食えよ、旨いぜ?」

 「................. 阿呆か」

 呆れた声で返され、けれど口元は綺麗な弧を描いていて、「あ」と口を開けてきたサンジの舌の上に、それをそっと置いてやった。

 フォークの先をサンジの唇が挟み、それを静かにゾロは引き抜く。

 唇を閉じる瞬間、瞼がそっと半分落とされた。そんな仕種までこまごまと見ている自分に少々呆れながら、グラスを差し出してやる。

 これは重いワインがあってより旨さが増すものらしい。初めて出された料理だ。

 「旨いだろ?」

 さも自分が作ったかのように告げてきたゾロに、サンジは苦笑しながら頷く。






 「なんていう料理なんだ?」

 珍しくそんなことをゾロが聞いてきた。

 問われて、答えに窮する。

 「まだ、名前は付けてねえんだよな」

 見た目はそれほど華やかな彩りがあるわけではなく、乳白色の表面にこんがりとしたキツネ色の焦げ目が乗っている、

スパイスの微妙な調整と食材本来の味で生み出されたの一枚のプレートの料理。

 グランドラインで初めて見たスパイスで作った、自分の最新作。

 「てめえ、名前つけてみろよ」

 冗談で言ってみた言葉に、剣士は眉間に皺を寄せた。

 この無骨な、ファッションセンスさえ怪しい男にネーミングをつけるなど土台無理なことだろう。

 無くなってしまった料理の香りだけをとどめた皿を挟んで二人。一つのグラスを交互に飲みながら沈黙を続けた。

 ま、ゆっくり考えようと自分の中でケリをつけて残り僅かのグラスを回しながら飲み干そうとした時。

 「3月2日」

 ぼそりと呟かれた言葉に、は? と額にハテナを張り付けたのはコックの方だった。

 「今日、初披露なんだろ? だから『3月2日』」






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