You, Me and the Waltz





イライラする。
  
ゾロはガシガシと頭を掻く。
目の前の、ほにゃ、とした笑顔をした男。
名前はサンジ。
遺伝子学的にどこの塩素がどうなったらこういう結果になるのか、なんて思わせるような、人を食ったくるり眉のオトコ。
ごめんねぇ、なんて笑いながら、タバコのフィルタを弄ぶ男。
  
「何がゴメンなんだよ」
  
ほにゃり、と笑うから。
ゾロはいつも、この男の本気がわからない。
だって、オマエをスキだから。
そう呟いてふにゃふにゃと笑う男の目が、一瞬哀しげで。
ゾロは小さな溜め息を吐く。
  
  
待ち合わせた小さなレストラン。
サンドウィッチとコーヒーの店。
向かいあって座る。
  
目の前を、タバコの煙がするすると踊っていく。
伸びきった先で、空気に溶けて逃げる。
この男の"罪ノ意識"も、そうやって拡散していくのだろうか。
何百倍に薄められても、変わらずそこにあるのに、気付かず。
  
そもそも、なんで外で待ち合わせたのだろう。
平日、水曜日の午後。
大学の授業は休みで。
土日はバイトで潰れるから、今日がたまの休み。
なのに。
  
イライラする。
別にコイツの呼び出しに応えて、わざわざ出てくることもないのに。
たまの休み。
本来なら、自室のアパートの畳に寝転がって昼寝。
そんな予定だったのに。
  
なんで、コイツと会ってるんだろう…。
  
  
 ***
  
電話がかかってきたのは、昨日夜遅く。
『ゾロ?…オレ。サンジ。明日の午後さ、晴れてたら、会わねぇ?』
「…なんだよ、その、晴れてたら、っての」
『ウン…だってサ、雨降ってたら、悪ィじゃん』
  
丁度、流れていたニュース番組では、天気予報をしていて。
午前、午後ともに降水確率0パーセント。
朗らかに笑顔を浮べた予報士が、弾んだ声で告げた。
「…いいぜ、じゃあ、晴れてたらな」
『ウン、ありがとう。じゃあ、晴れてたら。いつもの駅前のとこにあるカフェに、2時で』
「おぉ」
『…おやすみ、良い夢を』
「…おう」
  
  
結局何のために呼び出されたのか、解らない。
顔を合わせて、メシを食ったかと訊き。
まだだ、と答えたら、さっさと二人分のサンドウィッチをオーダーしていた。
それと、おかわり自由のホットコーヒーを。
  
  
この男との関係は、"微妙"、もしくは"不可解"で。
知り合ったのは、大学。
たまたま授業が一緒で、席が隣あわせだった。
それだけのこと。
  
元々ゾロは、愛想がいい人間ではないから。
特に親しい友人がいるわけでもない。
大学には勉強をするために通っているわけだし。
人間関係はバイト先でもドライなものを構築していたから、たまに呑みにいく相手には困らなかったし。
オンナがいれば、若いカラダは満足できるな、とは思うものの。
煩わしい、面倒くさい、付き合ってられない。
そんな理由から、ステディな関係を望んだことはない。
  
だから、ある授業で隣にいつも座る男が、組んだレポートの関係で泊まりに来たいと言っても、拒まなかったし。
それからなんだかんだ言って頻繁につるむようになっても、遠ざける必要を感ぜず。男が望むままに、付き合った。
断る理由がなかった。
  
だから、つい数日前。
つい飲みすぎて、帰れなくなった、と電話口で訴えた男を、一つ返事で泊めてやった。
まさか泣きそうな顔をしたオトコが、オマエがスキだと自分を押し倒すなんて夢にまで見ず。
  
オマエがスキで。
オマエがスキで。
どうにかなっちまいそうなんだ。
すげぇ、夜も眠れない。
寝ても覚めてもって表現あるだろ?あれって本当。マジで、オマエのことばっかり考えてる。
キスしてくれなくてもイイ。
やさしい態度もイラナイ。
そういう意味で、スキになってくれなくても…本当はなって欲しいけど、スキになってくれなくても構わない。
オマエは何もしなくてイイ。ただ、オレに抱かれてくれよ。
  
そう言いながら、ゾロの上に跨り。
しばらく相手していなかった股間のムスコにむしゃぶりついて。
あっけにとられているゾロとはウラハラに、反応のいいムスコを軽くイかせて。
何がどうなってるのか理解できないゾロの前で、オトコは日に焼けていない肌を曝して。
明らかに慣れていないソコで、ゾロを呑み込んでいった。
  
屈辱と、快楽と、困惑。
グルグルと周り続ける思考とは対照的に、快感に理性は弾けて。
馬乗りになってゾロを貪るオトコを、穿った。
泣きながら嬌声を上げるオトコに、口付けて。
  
禁忌とか、罪悪感とか、背徳心とか。
すべてを放り出して。
オトコが齎す快楽に溺れた。
あっさりと、陥落。
白旗を振って、降伏。
快楽に勝てるオトコなんて、そうそういないだろう。
  
  
  
* **
  
深夜の訪問者に、レイプされた。
そう表現できるかもしれない。
  
けれど。
慣れない感覚に。
多すぎた快楽に。
涙の筋をいくつか残したまま、意識を手放したサンジを放り出す事もできず。
なにやら湧き上がった罪悪感でもって、とりあえずオトコの、二人分の精子に塗れた身体を抱えて、風呂にいれてやり。
ぐちゃぐちゃになったシーツを洗濯機に放り込んで、溜め息を吐きながら朝を待った。
  
朝目覚めたオトコは、ゴメンネ世話かけさせちまって。
そう言って、ふにゃりと笑って。
それから、ゾロがバイトに出て行っている間に、部屋から去っていった。
  
その後に、会う事はなく。
連絡があったのは、昨日の電話で。
  
そして今、目の前にオトコが座っている。
相変わらず、ふにゃとした笑顔を浮べたままで。
  
  
「オマエは」
「なんで、会ってくれンの、ゾロ?」
なにが望みだ、と続ける前に、オトコが口を開いて。
ゾロは言葉を失う。
  
お変わり自由のコーヒーは、もう7杯目で。
さすがにウェイターはいい顔をしない。
  
「…電話した時。そのまま切られてもしょうがないって思った」
タバコの先に溜まった灰を落として。
サンジが視線を落とす。
「二度と会うもんか、って言われても。しょーがないって、思った」
ゾロを見上げて。
「飲みすぎて帰れなくなった、なんてウソだったの。あの日、オマエ、気付いてたダロ?」
  
確かに、オトコからはアルコールの匂いはしなかったし。
どちらかといえば、何時の間にか嗅ぎ慣れていたオゥ・ド・トワレの匂いしかしなかった。
そう、何時の間に嗅ぎ慣れていたのだろう…。
  
サンジは、短くなったタバコを灰皿でもみ消して。
「…出よっか」
小さく呟いて、促した。
サイフを出したゾロに、いいよ奢るから、と言って。
  
まだ熱い屋外。
学校帰りの小中学生が、ダラダラと歩いていく。
すぐに出てきたサンジと肩を並べて。
宛てもなく歩く。
  
「どこ向かうんだ?」
「さぁ?」
くすん、と笑ったサンジは、ゾロを見上げ。
「今どこに行くのかも。これからどこに行くのかも。オレとオマエがどこに行くのかも。さっぱり解んねぇ」
力無い声で呟いた。
  
サンジと知り合ったのは、去年の経済理論の講座。
初めて会った時から、明るく、自信たっぷりで、とても愛想の良いオトコだという認識があった。
サンジを置いてバイトに出てから、そんなことばかり、考えていた。
だから、今みたいに自信のないサンジは、らしくない、と思う。
  
流されて、抱いて。
初めてそのオトコの瞳が、澄んだ濃いブルーをしていることに気付いた。
泣き濡れたその声が、自信に裏打ちされているわけではなく、不安を含んでいることも。
抱いた日の朝、逃げるように置いてでてしまったけれど。
本当は一日、気になって。
サンジのことが、気になって。
仕事なんかに、手がつかなったこと。
 
だから。
ほだされたわけじゃない。
惚れたわけじゃない。
同情を抱いたわけではない。
だけど。 
  
  
* **
 
プラプラと歩いて、駅までの道のり。
交わす言葉は見つからず。
定期で二人揃って、電車に乗って。
  
適度に込み合った車内。
電車が揺れるたびに、揺れるサンジの身体。
  
もしかしたら、このオトコは。
あの日以来、寝ていないのかもしれない。
  
そう思い至って、横を見ると。
さっきは脳が認識しなかった隈が見て取れた。
少しやつれた頬。
  
たくさん、悩んだのだろう。
…そうでなくては、困るが。
  
  
ガタン、と揺れてふらついたサンジに、腕を伸ばすことは躊躇われて。
半身で支えた。
無意識のうちに。
  
悪ィ、そうサンジは呟いて。
  
  
いつのまにか、ゾロが住んでいる町の駅に着いた。
促して、連れ立って歩いて。
このオトコが住んでいる場所について、何も知らないということに急に思い当たって。
なぜか愕然とする自分がいた。
  
無言のまま、歩いて。
辿り着いた、ゾロのアパートの前。
ドアのカギを開けると、サンジは入ることを一瞬ためらい。
それから、何かを決心したように、中に足を踏み入れた。
  
キッチンの椅子を示して、座るようにジェスチャー。
ゾロも向かい側に腰を下ろして。
  
「…なんでイキナリ、オレに抱かれたんだ?」
いつまでも沈黙のままじゃ、埒が明かない。
だから、ゾロが先に口を開いた。
 
「イキナリ、だと思ったか?」
「あァ」
 
一瞬の沈黙を挟んで。
 
「…いきなり、じゃなかったんだ、オレの中では。…オマエには、悟られないようにしてたから、イキナリに感じたかも知れねェけど」
「…いつから?」
問うと、サンジは少し笑って。
「さぁ、いつからなんだろうな…。ほんと、気付いたら、オマエのことしか考えられなくなってた」
  
ホント、今までオンナノコしか、見てこなかったのに。
オマエの姿が、オレの視線を奪ってった。
そう呟いて。
  
差し込む西日の中で。
瞬いたサンジの青い瞳が、金色に縁取られているのを、知った。
  
「抱きたいとか、抱かれたいとか。そういう次元じゃなくて。ただ…オマエのことだけで、頭がいっぱいになってた。メチャクチャ、戸惑ったんだぜ…?」
  
頻繁に訪れるようになったコイツのために前に買った灰皿を差し出すと、サンジはアリガトウ、と呟いて。
けれど、取り出したタバコに火を点けることはなく、一本を弄ぶ。
長い、白い指で。
  
「この衝動を、なかったことにしようとか。オマエはこの世に存在しないんだとか…色々頑張ったけど…全部、ダメだった。オマエを無かったことには、できなかった。きっとオマエは」
オレが消えても、気にしなかっただろうけど。
  
ポツンと呟いて。
ほとり、とテーブルに落ちた雫に、サンジが泣いていることに気付いた。
ゾロには、否定する言葉は持ち合わせていなかったから。
仕方なく、また視線をテーブルに落とした。
  
「ゴメンな、オマエを襲っちまって。本当は…死ぬまで、抱えていくつもりだったんだ。オマエを困らすようなことは、したくなかった。けど…もう、いっぱいになっちまって。隠すにも、埋めるにも、オマエへの気持ちがいっぱいになりすぎちまって…どうしようも、なくなっちまった」
零れた涙はそのままに、サンジはそうっと笑って。
やはり、視線を落とした。
  
  
  
* **
  
「オレの気持ちとかは…考えなかったのか?」
ゾロの問いかけに、サンジは視線を跳ね上げて。
「そんなワケねぇじゃん。すっげぇ考えたよ。けど…けど、確かに。オレはオレのことだけでいっぱいになっちまった。だから、今、すげぇ怖ェよ…」
そう言って、サンジは溜め息を吐いて。
「オレ、オマエばっか見てきたから。オマエが大体考えてそうなことは、大体わかった。オマエの行動、予測できた。ストーカー呼ばわりされても、否定できねぇ」
  
けど、もうわかんねぇ。
オマエがどうするか、どうしたいか、わかんねぇ。
  
サンジはそう呟いて。
「怖いから、見れない」
涙をぽたりと零した。
「…何、言われても。何、されても。オレは…」
  
やっとで搾り出した声。
涙に塗れて、痛みが滲んだ声。
  
そんな声は、聴きたくない。
コイツの泣き顔なんて、見たくない。
慰める言葉なんて、もっていないから。
気休めのための言葉なんて、もっていないから。
  
だけど。
  
昼間、カフェで見たサンジの顔を思い出す。
あの、何を考えているのかわからない、にやけ顔より。
今の方が、コイツのことを理解できる。
  
イライラした理由。
イライラしていた理由。
  
それは、自分が。
コイツのことを、何一つ知らなかったということ。
何一つ、知ろうとしなかったこと。
半年も、一緒に過ごしてきたのに。
何もわからないまま、自分はこの人間を、失おうとしていたなんて。
 
先週までの自分なら、多分。
サンジがいなくなったとしても。
最近アイツの顔見ないな、なんて冷めた一言で、終わっていたかもしれない。
  
だけど、もう。
コイツのことを、知りたいと思っている自分がいる。
コイツが本当はどんな顔で笑うのか、知りたがってる自分がいる。
泣いた瞳ではなく、心から穏やかに笑う青い瞳に。
…映してもらいたい自分がいる。
  
今はもう、無かったことにはできない。
コイツの存在を。
コイツの気持ちを。
コイツの想いを。
  
だから。
  
   
  
 ***
  
ゆっくりと手を伸ばして、サンジの頬に触れた。
びくり、とサンジの肩が揺れて、小さく息を呑む音が聴こえた。
顔を覆っていた手を退かさせて。
ブルー・アイズに自分が映し出されているのを見て、どこかで小さく安堵した。
涙を、指で拭って。
  
「オレは…まだ、わかんねぇ。自分の気持ちが」
ゆっくりと切り出す。
言葉を飾るなんて、そんな器用なこと。ゾロにはできないから、本心をありのまま。
「はっきり言っちまえば、オマエとしたのが、久し振りのセックスだったし。だから、オマエのカラダに溺れたのか、オマエの気持ちに溺れたのか、まだわかんねぇ。…けど。オレはオマエに同情してるワケじゃねぇ」
小さく溜め息を吐いて、手を放したが。
サンジの視線は、ゾロを捕らえたまま、離れない。
その青が、自分だけを見ていることが、妙に嬉しくて。
ゾロは視線を和らげた。
  
「オレは、オマエも知っての通り。趣味一辺倒のバカヤロウだから。はっきり言って、人間関係なんかどうでもいいと思ってたし。そっちの知り合いにさえ認められてたら、他になにもいらねぇって割り切ってた。肉欲の処理だって、テキトウに解消させてくれるオンナがいれば、本当はどうだっていい。濃い人間関係は、邪魔になる、ウゼぇって、本当は考えてた」
一つ息を吐いて。
また、続ける。
サンジは、じいっとゾロを見ている。
視線を…感じる。
「だから。今もって、自分がオマエをどう思ってるか、明確に言うことは、まだできねぇケド。…少なくとも、今は。オマエがこのまンま、いなくなっちまったら、…後悔する。絶対に、オマエを探し回る。それだけは、言える」
  
ここまで長く喋ったのは、講義のプレゼン以来だな、と考え、自分で自分を少し笑って。
もう一度、サンジの頬に手を伸ばし、涙の後を辿って。
赤く色付いた唇を、撫でた。
それを思う様、貪りたいと願った自分に気付いた。
サンジの真剣な眼差しを、見返して。
  
「オマエを嫌いじゃない。オマエを嫌ったことはない。オマエを嫌いになってない。オマエを嫌わない。オマエを、オマエと同じ意味でスキなのかどうか、わかんねぇけど。オマエを抱いたことは、イヤじゃなかった。なんでいきなりこうなるんだってムカついたけど。オマエを抱いたこと自体は、ちっともイヤじゃなかった」
薄く開いた唇の間に、親指を浅く差し込んで。
 
「オマエをあの時、流されて抱いたことは、後悔した。もっと、オマエのことを、ちゃんと見てればよかったって思った。オマエのことを知らなかった自分を悔やんだ。すっげぇイライラした」
  
ふう、と息がサンジの口から漏れて。
瞬きをした瞬間に、涙が一つぶ零れた。
落ちてきたソレが、顎を伝って薄い髭の中に消えるのを見届ける。
  
「オレは今、オマエのことを知りたいと思ってる。さっき、オマエが住んでる場所すら知らない自分にムカついた。オレ、オマエの笑った顔が見たいって思ってる。ワケわかんねーふにゃり顔じゃなくて、マジで楽しんでる顔。んで、正直なハナシ。オマエを抱きたいと思ってる。あんな、嵐みたいなヤツじゃなく。オレが、オマエを善がらせて。喘がせて。キモチヨクテタマンネェって顔、させたいと思ってる。死ぬほど、気持ちヨくさせてぇって、思ってる。これが恋とか愛とか。そういう気持ちって、したことねぇから、わかんねぇけど。オマエに触れたいって思ってる。…こんな答えじゃ、ダメか?」
  
  
  
* **
  
沈黙の後、サンジが口を開いて。
けれど、言葉を形にすることができなかったのか、何も言わず。
ゆっくりと目を閉じて、ゾロの手に手を伸ばして、包み込んで。
瞼を押し上げた。
現れたブルー・アイズ。
涙に潤んで、雨後の空のように澄んでいた。
そこに、自分の影が映るのが、なぜか嬉しくて。
  
「サンジ?」
  
ダメじゃない、そうサンジは呟いて。
「ダメじゃないよ、ゾロ。けど…オレ、オマエに嫌われるってばっかり思ってたから。チョット…信じらんねぇ」
自分の頬に押し当てたゾロの掌に、ゆっくりと頬を押し付けて。
「けど…あったかいし。これ、オマエの手だし…。ウソじゃない、よな?」
「ああ。ウソじゃねぇ」
「…うぁ。どーしよう…オレ、オマエに振られることばっか、考えてたから…」
どうしていいか、わかんねぇ。
そう、震える声が、呟いて。
  
なんだか、サンジが可愛くなって。
オトコだということは、ちゃんと認識しているけれど。
サンジが、酷く可愛く思えて。
 
「なぁ、サンジ。キス、していいか?」
キスしてくれなくてもいい、と呟いた唇だったけれど。
今も、あの日も。
確かに、魅了されていた。
あの日は、辛そうに喘ぐサンジを宥めるために口付けたけれど。
今は、コイツを、味わいたいと思っている。
 
サンジはぱちくり、と瞬いて。
それから、泣きそうに顔を歪めて。
「いいの?」
そう呟いた。
 
なんで泣きそうになるんだよ、そう言いたかったけれど。
それよりも先に、口付けたくて。
立ち上がって、サンジの側に立つ。
 
 
金色の髪。
軟らかで、サラサラ。
耳元で聴くには、きっといい音。
 
くるりとした眉。
舐めてみたくなった。
けれど。
それは後にとって置こう。
 
高めの鼻。
すこし硬そうで。
いつか摘んでやる、と心に決めた。
 
真剣に見返す目は、もう陰になって、色は見えないけれど。
もう覚えた、海の色。
現実の海に溺れるのはまだイヤだけど。
このブルーになら、いいか、なんて思う。
 
そして、唇。
下に薄く金色の髭が生えているけれど。
それすらも美味しそうで。
サンジの手に掴まれていた手を、頤にかける。
軟らかな、髭の感触。
心が疼いて。
 
驚かせないように、そうっと唇を合わせて啄んだ。
思ったより柔らかく、記憶にあるソレより、すこし冷たい。
いままでどこに潜んでいたのか、急に餓えを覚えて。
二度、三度、啄んでから。
そうっと舌を差し込んだ。
熱いサンジの舌に当たって、すこし引いて。
それから、一度てろりと舐めて、味わう。
湧き上がってくるのは、ニコチンとコーヒーにフレーヴァされた甘さ。
嫌悪感は、どこにもなく。
 
何度か舌先でノックして。
おずおずと差し出されたサンジの舌を、ゆっくりと絡めとった。
吸い付いて、甘く噛んで。
 
 
湧き上がってきた甘さに。
コイツに溺れてもいい気になった。
コイツに捕らわれても、後悔しないと思った。
背徳感、嫌悪感、罪悪感、どれもなく。
 
躊躇いがちに伸ばされた腕に。
不意に愛しさを覚え。
空いていた腕を伸ばして、この男を初めて腕に抱いた。
しっかりと抱きついてきた熱に。
 
この先、コイツに恋するだろう。
そんな気がした。
 
まだぎこちない口付け。
いつかはしっとりと馴染んで、そうすることがアタリマエになる日が来るだろう。
そして、それはそう遠くないことのような予感がして。
 
名残惜しいけれど、深くなり過ぎないうちに、口付けを解いた。
もっと、と強請るサンジの唇を、バードキスで宥めて。
間近で開かれたブルー。
もう日が落ちた室内では見えないけれど。
きっとこいつの頬は、ピンクに染まっているんだろう。
 
  
浮かんだ笑みを、そのまま口元に刻んで。
サンジ、と愛しくなりつつある名前を呼んだ。
 
オレと付き合ってください、と。
正式に申し入れるために。


堪能していただけましたでしょうか。
武藤れむ的世界を。
読めるシアワセ、ありがとうだーりん。

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