心の何処かではいつも考えていた。


ただ漠然と。
ただ何となく。


素っ気無い部屋に寝転がって、ぼんやり考える。








この関係は、一体いつまで続くんだろうと。

































Count Down







































ガシャ、と機械音。

僅かに咎めるように視線を流せば、悪い、といった風に片手を上げた。

それでも、その生意気な瞳には、本気の色は感じられなくて。
ゾロは何となくほっとする。

そういえば、久しく会ってなかった。
半年振りか?多分そんなもんだったろう。


横で何やかんやとゾロには分からない機械を扱う影。
食い入るように画面を見詰めている。

変に青白い光が、整った顔を照らしていた。


「サンジ」


「…うるせぇ」

にべもなく返される。
作業してるときにこうやって名前を呼ばれる事を、こいつはひどく嫌う。

いいさ、分かっててやってるんだから。


セキュリティチェックだなんてのはゾロの範囲外だ。
だからこそ、こうしてサンジが此処に居るのだけれど。


「なぁ、もうブツは取ったんだからとっとと出ればいいじゃねぇか。」

作業の邪魔にならない範囲で、出来るだけ近寄ってゾロは呟く。
殆んど息だけで発音されているような声だ。

それに、サンジは僅かに視線を上げてゾロを見ただけだった。
青白い光を反射する目。

何も言わずに、再び画面を睨み始めたサンジに、ゾロはなおも言い募る。


「セキュリティはもう解除してるんだろ?今更何やるってんだ。」

覗き込むようにサンジの後ろへと移動した。


それにもサンジは構わない。

ただ頑なに前を向いていた。

長い前髪の無い、右側からだからこそ分かる。


サンジは確かに笑っている。



「…解除なんて、してねぇよ」

面白がるような声。





「……はぁ?」

たっぷり10秒。

ゾロは思わず声を上げた。


それに更に笑みを深くして、サンジは漸く視線を上げた。

「セキュリティは今も生きてる。騙す事は出来ても、解除は出来ねぇんだよ、コイツは。」

「どういうことだよ。」

「…あと五分でセキュリティシステムにエラーが起こる。
本来ならそれでシステムがバグって逃げれるハズなんだが、このシステムは特注でなぁ。」

にや、と口元が歪む。

「システムが正常に働かなくなったその瞬間から別の緊急システムが作動するんだ。
そんでそれがダメでも次、それもだめなら次…ってな風に半分無限に再生され続ける。」

「んだ、そりゃ!そんな厄介なとこなんて聞いてねぇぞ。」

ゾロが仕事を言い渡された時には何にも言われなかったのだ。
いつものように突然呼びつけられて。
仕事に関係無いようなバカ話に付き合わされて。
本題を言えといっても「まぁまぁ」とニヤニヤ笑いやがるんだ、あのオメデタイボスは。

今日だって大して変わりなかったはず。

「…だって言ってねぇもん。」

ボソ、とサンジが呟く。

「〜〜っ、で、どうすんだ。何時までも此処に居るわけにゃいかねぇだろ。」

やけに落ち着いているサンジに、ゾロは答えを促す。

何と言っても機械関係においてはサンジに全面的に任せてしまっている。
サンジが解決策を見つけてくれるのを待つより他に無いのだ。

サンジはまだのんびりと画面を見ている。

「…あと、四分、か。……ゾロ。」

普段は滅多に呼ばない名前。
画面に視線を縫いとめたまま、呼ばれる。

静かな声だ。

「おう、何だ。」

「……次のプログラムに移行するまで、ラグがあるんだよ。コイツには。
三分弱、といった所だけどな。それを利用するしか手は無い。」

「分かった。」

「それとな。」

未だにサンジはゾロを見ない。
きゅっと眉根を寄せたまま、画面を見つづけている。

そして、カチャカチャとキーボードを叩きながら、あまりに素っ気無く言い放たれた言葉。

「逃げるのは、お前一人だ。」



「……は、」

何を言われたのか、一瞬のうちに理解できずに言葉を途切らせたゾロを、
サンジはようやく顔を上げて見た。

「オレは、此処に残らなきゃならねぇ。」

「…何で。」

「さっき、三分弱と言ったがあれはオレが手を加えてギリギリ伸ばせる時間だ。
本来はバグが起こっても、ものの三十秒で回復するんだよ、コイツ。
で、だ。バグの移行時間を延ばす為にオレは必殺プログラムを入力しなきゃならねぇ。
その入力時間が三分。その間だけは、動きを止められるって寸法さ。」

「だからって何でお前が残る必要がある!そんなのは自動的にやってくれんだろう。」

ぐ、と華奢な腕を掴む。

焦燥。


「あと二分…声がでけぇよ、テメェ。」

それでも腕は掴ませたまま、サンジはじっとゾロを見る。






なんてこった。
コイツはもう決めちまったのか?

だからこんなに静かで、何かを待っているように。


「このプログラムは、オレの頭の中にだけ、入ってる。だからオレが直接打ち込むしかねぇ。」

「……っ」

「入るのは簡単でも出るのは難しい…そういうわけだ。お前、逃げろ。
―――あと、一分。」


サンジの視線はまた画面に戻る。





お前は、俺が去ったあと何が起こるのか知ってるのか?
分かってて言ってるのか?

多分、もう、二度と。

会えなくなる。



此処は確かどっかの大きな組織の親玉の屋敷だったはず。

そんな奴に捕らえられたら最後。

絶対生きてなんて帰れない。





「………」








手触りの良い髪も、生意気な瞳も。

五月蝿い減らず口も、殺人的な足技も。

滑らかな白い肌も、力を込めても折れない身体も。



全てを、無くすのか。俺は。












「――――あと、三十秒。」











感情の無い声で、サンジは言って。

ゆっくりと顔を上げた。



「………逃げろ。」



その瞳が。

いつもは、色々な表情を如実に伝えるはずの蒼い目が。

今日に限って何も、何も言わない。







「……っ」

食いしばった歯から、堪えきれない息が漏れた。

挑みかかるように、ゾロはサンジを見据えた。




「――――十秒。」




お前は、こんなんじゃねぇだろ。




「――――九。」




こんな所で、終わって良い奴じゃねぇだろ。




「――――八。」




今までだって、馬鹿みたいに笑ってきたじゃねぇか。




「――――七。」




それを此処で、諦めるなんてできるかよ。




「――――六。」





「サンジ」





睨みつけた先で、あいつが笑った。



目元を緩めて、口元が弧を描く。




「――――五。」




ふわり、と整った顔が近づいた。

少し下から見上げるように間近で、その唇がカウントを刻む。























驚いて目を見張るゾロに構わず、サンジは軽く唇で触れた。



「――――四。」




浮かべられた笑みが、強烈にゾロの心臓を打った。

この、生意気で思うようにならなくて気分屋で体だけは正直でひどく気になる存在が。


今、目の前から消えるなんて。



金輪際、傍に現れなくなるなんて。



「――――三。」





耐えられるものか。





「――――二。」





耐えられるわけ無い。





「―――――…一。」






「お前は、俺と一緒に行くんだ…!!」





『騒ぎを起こさずに任務を遂行しろ』

そんな指令なんてクソくらえ。

大事なもんを、無くすか生かすかの瀬戸際にそんな事構ってられるか!







構えた銃創で、近くの大きな窓ガラスを叩き割る。

けたたましい音が静まりかえった廊下に鳴響く。



驚いて、目を丸くするサンジを、ゾロは軽々と抱え上げた。

幾度と無く抱いた体だ。
しっくりと手に馴染む。


窓枠にがっと足をかけた。


「歯ァ、食いしばれっ!!」


言うが早いか、勢いをつけて叩き割った窓から身を躍らせた。



「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ」


「テメエ、口閉じてろ!!」



此処は三階。

飛び降りてただで済む高さではない。



………常人ならば。




「おりゃあっ!!」

気合の入りまくった掛け声と共に土煙を上げて着地。


すっくと立ちあがるその姿に、怪我というものは見当たらない。


「お、お前…信じられねぇ…っ!飛び降りるか!?普通!!!」

腕の中でショックから立ち直ったサンジが喚く。

それをぎゅっと抱き締めて、ゾロは走り出した。

「俺は!てめぇが俺に一人で逃げろって言った事のほうが信じられねぇよ。」


腕の中の重みを、心底快いと思いながらゾロはただ走る。


「…てめぇは、俺の相棒だ!これからもずっと!
こんなところで、一人で。…残してたまるか!!!」


サンジが、一瞬黙る。


「……オレが、大事か?」


「当たり前だろ!」


「……オレと、ずっと?」


「嫌だって言っても離さねぇっ!」


「………そうか…」



その、僅かに嬉しそうな声音に、ゾロはまじまじとサンジの顔を見下ろした。


と。


にっこりと笑った顔にばったり遭遇する。





「え」





無言で、でもにやけつつ、サンジはケータイを取り出す。
慣れた動作で番号を押し、当てた耳から聞こえるのはコール音。

幾らもコールしないうちに、その音は途切れる。


「お。ざぁんねんだったな、オレの勝ちだぜ。シャンクス。」



「は?」




ちょっとまて。

電話?あの、イカレボスに電話???





更に二言三言とサンジが話す言葉は、ゾロには届かない。

必死に頭を整理する。




つーか。
もう30秒は余裕で経ってるはずだぞ。
追っ手はどうした。
あんなに簡単にガラス割れて良いのか?
普通防弾とかしてるだろ。



え。



ええ?






「おい、ゾロ!見ろよ!」


やけに嬉しそうなサンジの声に、反射的にゾロはその指差す方向を見た。

そこは、さっきまでいた屋敷だ。



ふいに、その後ろからなにやら煌びやかな光がもれ出てきた。



「!?」


その光は、虚空で大きく文字を描いた。







『HAPPY BIRTHDAY!ZORO!!』








そして更に。







『HAPPY MARRIAGE!!』








「………はぁ!?」





呆気に取られるゾロに更に追い討ちをかけるように、馬鹿かと思うほどの大音量。


オメデタボスの声。




『おおーいゾロッ!誕生日おめでとうー!
そんなお前におれからのプレゼントだ!これからも今の気持ちを大切に、サンジを大切にするんだぞー!』


思わず腕の中を見ると、満面の笑み。


「お前が、オレを選んだなら。賭けはオレの勝ちってな、なってたんだよ。」


ぐ、と回した腕に力が篭る。

首筋を引き寄せられる。


「オレを選んでくれた事。マジで嬉しいんだぜ?ゾロ。」



間近で、瞳が潤んだ。




屋敷の方からは未だにバカボスが講釈垂れてたが、ゾロはそれを綺麗に無視した。

瞳に映るのは、腕の中の存在だけ。




「……じゃあこの任務……」

「そ。偽モノ。シャンクスが仕組んだんだぜ。
でもあのセキュリティは本物。何てったってオレが作ったんだもんな。」

「……どおりで根性悪い仕上がりになってるはずだな。」

「うるせー完璧といいやがれ!」

「………んでこの、フロッピーは。」

かっぱらってきた目的のブツ。

シャツのポケットに入ってるはずの。


にこり、とサンジが笑った。



「ハネムーンの代金。」









ゾロは思わず天を仰いだ。









騙されてたってのか。
しかも誕生日に。
でもサンジが手に入った。
それで良いのか?
いやむしろそれがプレゼントって訳か?

あの馬鹿シャンクスの考えそうなことだ、全く!






ちょいちょいっと服を引っ張られて、ゾロは視線をおろした。

腕の中にはやっぱり満面の笑顔のサンジ。



「はっぴばーすでーゾーロッ!」



「……ああ、ありがとな。」



がっくりと脱力しながらも。




ゾロは、差し出された唇にキスをした。




















































END.


打って変わってこちらはクールに。
無条件にハッピーエンディングvv







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