☆7☆

生まれて初めてサーカスを見るというゾロが。
小難しい顔をして、クマの玉乗りやら、空中ブランコやら、トラの火の輪潜りやら、曲芸やら、ナイフ投げやらを
見るのを横目に。
サンジはかなり楽しんで、演目を見通した。
ドラムロールやら、スポットライトの効果に、安心して気分を高揚させて。

ゾウの逆立ちとか、犬のコントとか、美しいお姉さんが口から火を噴くのを、自分でも子供みたいだ、なんて
思ってしまうくらいに、素直に楽しんで。
「自分がやるヤツならともかく。あーやって、動物に命令できるのは、すげぇな?」
途中で飽きて寝てしまうか、とか余計な心配をしていたサンジは、そんなゾロのコメントに思わず吹き出して。
「なンだよゾロ、オマエできンの?」
「まぁ、さすがにトレーニングは必要だろうけどよ。大体のことは、できるンじゃねェの?」

ゾロがイマイチわからない。
っていうか、コイツ、肉体に関することなら万能なのか?

サンジはじっとゾロを見る。
「なんだ?」
「んん?…オマエって、不思議なヤツだな、とか思って」
「…そう、か?」
複雑そうな顔をしたゾロに、サンジは慌てて手を振って、言葉を言い足す。
「や。別に、そこがオマエのすげェとこなんだけどな?なんつーの…んん〜…オマエって、何でもできンのな?」
「何でもは、出来ねェよ。むしろ、出来ねェことの方が、多いんじゃねぇの?」

苦笑交じりにゾロは呟いてから。
瞳を覗き込んだサンジの頭を、ポフポフと叩いて。
「じゃ、全部終わったことだし。ぼちぼち帰るか?」
「うん…あ、アソコで虎の仔触らせてくれるってサ!!行ってみようよ、ゾロ」
するり、とゾロの手を捕まえて。
自分でも甘えているな、と思う声で、サンジが誘う。
ゾロがサンジの手を握り返して、ふわんと笑った。
「…いいぜ」

ピエロが持っていた看板に沿って、テントを出て。
別のテントに案内されて。
子供がわんさか集まっている中、サンジも迷わず、虎の仔を見に行く。
「うわ〜…すっげぇ、カワイイ…」
うっとりと手を伸ばし、しゃがみ込んで黒い縞模様の黄色いフワフワを撫でるサンジを。
ゾロは一歩離れた場所から、その模様を見守る。

「…オマエ、撫でないの?」
満面の笑みを浮かべて、虎の仔の耳の裏を掻くサンジに。
「…オレはいい」
ゾロは小さく、首を振る。
「なんで?」
「…よくわかんねぇんだが。人間動物に関わらず、子供はみんなオレが手を出すと怯えンだよ」
「そんなこと、ないだろう?」
「…外で待ってるから。オマエ、気が済んだら、出て来い」
そう言って、ゾロはさっさとその場を離れる。
「チョッ、こら、ゾロっ!試してみなきゃ、わかんねーだろッ!!」
サンジがそう小さく叫ぶと。

「いやいや。そこの阿仁さんは、止めておいたほうがいい」
傍でその場を仕切っていた調教師が、漏れ聞いた会話に参加する。
「…なんで?」
サンジがキョトンとした眼差しを向けると。
初老の調教師は、サンジの手に虎を抱かせて。
「阿仁さんが恐いからさ」
「…でも、何もしてないじゃないか?」
子供のクセに、力強く大きな手を肩に感じながら。
サンジはフカフカの毛皮に、頬擦りをする。
「阿仁さんはな…そういうお人なのだろう?とても強い人だから、動物たちは、警戒するンだな。こいつらは、ほら、
ずっと育てているとはいえ、まだまだ野生種だからな。そういう気配に敏感なのだよ。そして、阿仁さんは、それを
キチンと存じ上げている」
「…オレには、やさしいよ?出合ったときから。…他の、いろんな人にも」

困惑の眼差しで、サンジが調教師を見上げると。
「…そうか」
ハハッと調教師は笑って。
「あの御仁には、そういう面もあるってコトだ。ああいう御仁は、喧嘩はなさらない。その代わり、いつだって戦うだろう?」
「…よくわかんねェ」
サンジが本音を漏らすと。
「…阿仁さんは、兄さんが思っているより、ずっと孤独だってことだ」

孤独?
ゾロが?

モゾモゾと動く、ライオンの子供が、冷たい鼻をサンジの首筋に押し当てた。
「…年寄りの戯言だ。忘れてくれ、兄さん」
そして、大きくて傷だらけの手を伸ばして。
ヒクンヒクンとサンジの匂いを嗅いでいた虎を、そうっと引き離した。
「ああ、パーティ・アイランドなんだから。そんな顔しなさんな、兄さん。悪いコト、言っちまった」
サンジが立ち上がると。
「楽しんでってくれ、兄さん。阿仁さんと一緒に」


孤独って、どういう意味なのだろう。

サンジは考える。

独りでいるっていうこと?
オレが一緒にいるのに、まだ独りなのか、ゾロは?

テントから出ると、すっかり日が落ちていて。
ゾロは設けられた照明の下で、軽業師の若いオトコと喋っていた。
「もういいのか?」
ゾロが目ざとくサンジを見つけ。
サンジはマジマジとゾロを見る。
「…どうした?」
「んん…」

ゾロの眼差しは、柔らかい。
このオトコの、ドコが恐いのだろう?

軽業師が、手を挙げて、離れていって。
「…噛まれたのか?」
「ん、いや?すっげぇモフモフで、暖かくて気持ちよかったぜ?」
「そうか。よかったじゃねェか」
「うん」

ポテポテと並んで歩き出して。
アコーディオンの音が、遠くから響いてくる。
周りを囲むように、騒音が溢れていて。
けれど。
この人に溢れた島の中で。
二人を知る者は、他に無く。

不意に寂しい気分になる。
華やかな雑音とは対照的に。
どこか、なにかに取り残されたように。
二人きり。

「なぁ、ゾロ…腹減ってる?」
「ン?そうでもねェな。なんでだ?」
「うん…」

ゾロを見上げて。
そこには、やっぱりやさしい眼差しがあって。

足を止めて。
「…あンな」
「あん?」

躊躇して。
けれど、どうしても、抑え切れなくて。

「…オマエが、欲しい」
ゾロだけに聴こえるように、思いを言葉に乗せた。



☆ 8☆

「…どうした、サンジ?急がなくても、いいんだぜ?」
トロリと蕩けた、翠の双眸が、サンジを映して。

「わかってる。ケド…」
視線を落として、石畳の道を見る。

ぽふ、と手が頭に乗せられて。
「…帰ろうぜ、サンジ」

やさしい声が、促して。

華やいだ雰囲気。
やさしい音楽。
なのに、寂しくて。

なんでこんなに、寂しいんだろう、オレ。

妙な焦燥感が、サンジの足を速める。
ゾロは何も問わず、サンジの傍にぴたりとついて歩いて。

ヒュルッと音がして。
ポンッと弾けた音がした。
一瞬、辺りが明るくなって。

わぁ、と人の声が上がる。
通りにいる殆どの人が、足を止めて夜空に咲く華を見上げる中。
不意に、手を取られて。
「…?」
見遣ると、次々と上がる花火を瞳に宿したゾロが、微笑んで。
握る手に、力が入れられた。
グイと引かれて。

イタズラに笑う顔。
子供みたいに、声を上げて。
ゾロが走り出した。
手を繋いだまま。

「ちょっ、ゾロッ!!早ェ!!」
「バーカ。本気出せば、早くねェだろ?」
「つか!サンダルなのに、なんで足速いンだよ、オマエ?」
「そんなん、関係ねェよ」

ククッとゾロが喉で笑う声が、響いて。
寂しい気持ちは、奥底に沈み落ちていき。
走り出した身体から生じる熱に、気分が浮き始める。

人の間を縫うように走り抜けて。
早く早く。
誰にも見咎められることはなく。

手から伝わる熱。
指先が伝える力強さ。

もっとゾロが欲しい。
もっと近くで寄り添いたい。
もっと熱を感じ取りたい。
もっと強く抱きしめられたい。

この気持ちはなんだろう?
どうしてこんなに焦れるのだろう?
どうしてこんなにゾロを求めるのだろう?
あんなに何度も、ゾロに抱かれたのに?

島の外れに来て、人がいなくなって。
それでも、バカみたいに言葉もなく走り続け。
シンとした木々の間を縫って、住宅地のように並んで立つカラフルなコテージ。
一軒一軒を分けるように、木と石垣が、設けられていて。

見慣れた門の前で、ようやく二人は足を止めて。
黒い鉄のゲートを開けて、ちいさなコテージの中に入る。
二人の仮の宿。

波音だけが、少しくぐもって聴こえてくる。
仄かに照らされた、部屋の中。
荒い息のまま、二人でダイニングに戻ると。

でっかいクマのぬいぐるみと、黒い犬のぬいぐるみが。
オカエリナサイ、とでも言うように、アタリマエのようにソファに鎮座ましていて。

ゾロと顔を見合わせて。
思わず、二人で吹き出した。

黒い犬のぬいぐるみの上に、毛の長いオレンジの猫の、小さなぬいぐるみ。
まるで、赤い髪のオーナーみたいで。

「あの主人、知ってンのかなぁ、シャンクス?」
「さァな。偶然だろ?」

他にも、黒いドラゴンが浮き出た白い蝋燭が1対、髑髏の灰皿が1個、ステンドガラスの写真立てや、
ボトルシップなどが、宝箱の中に詰め込まれていて。

「…貰いすぎじゃねェの?」
「んん、でも送ってくれたのは、主人だしなぁ…」
二人で顔を見合わせた。
そして、ゆっくりと息を吐いて。

「なんか、幸せ、オレら?」
「だな」

静かに微笑みを交わした。
ゾロがゆっくりと手を伸ばして、髪を撫で。

「…風呂、入るか。髪が堅いぞ」
「…一人で?」
サンジが思わず零した一言に。
ゾロはグシャグシャと頭をかき回して。
「バーカ。何誘ってやがる。すぐのぼせるクセしやがって」
「ええ?それって、オマエが手を出すからじゃんか!」
思わず噛み付いたサンジに、ゾロが同じように噛み付き返して。

「アホか。ンなの、出すに決まってンじゃねーか!」
「なんでだよ?一緒に入ればいいだけじゃねェか!!」
「てめェなぁ!…わかった。んじゃあ、今日はオレからは手ェ出さないからな!」
「なんだよ、それッ!?」

なんだか話が違う方向に進んでる気がする。

けれど、ゾロは子供のように笑って。
「少しは考えやがれ、バーカ」
からかう様に言い放った。



 ☆9☆

少し広いバスルームの中。
妙な沈黙が満ちていた。

内風呂の湯船に、天然の温泉から引かれた湯を張っている間。
交代でシャワーを使って、髪に入った砂を落として。
サンジが二度、シャンプーをしている間に、ゾロはさっさと髪も身体も洗い終え。
半分くらいしか溜まっていない湯に浸かって、ゾロはジッとサンジを見ていた。

妙な視線に、サンジがゾロを見遣っても。
ゾロは、にこりと笑うだけで。
「なンでこっち見てンだよ?」
サンジが八つ当たり半分に言っても。
「他に見て楽しいモンねェし」
やはりにっこり笑顔で返される。

コンディショナーで、塩で痛んだ髪をケアしている間も。
ホイップクリームみたいに立った泡で身体を洗っている間も。

ゾロの視線は、ゆっくりとサンジの身体を辿っていた。

クソッ、居心地悪ィ。

サンジはチッと舌打ちする。

なんだか視姦されてるみてェじゃねェか…ッ!!!

明るい場所で、視線に曝されるのは、別にイイ。
熱の篭った視線を受け止めるのも、ゾロが相手なら、構わない。
けれど。

ぞくぞくぞく。

覚えのある感覚が、不意に背筋を駆け上る。
立ち上る蒸気を通り抜けて、翠の瞳が辿る先。
なぜか、皮膚が反応する。

クソッ、視線って、こんなに感じンのか…ッ?

「ゾロッ」
「…なンだ?」
「目ェ、閉じてろよ」
「…なんで?」
「…気になるからッ!」
「ふーん…?今更なのになぁ?」
「いいからッ!!」

ゾロが喉でククッと笑って。
「わかったわかった」
そしてスッと瞳を閉じた。

視線に苛まれることはなくなったけれども。

…なンか、落ち着かねェ。

ゾロを見遣りながら、気の済むまで身体を洗って。
泡を洗い流してから、湯船に近づく。

眼下に、少し日に焼けて色が濃くなったゾロがいる。
サンジの焦燥感なんか、ちっとも気にしていない風に、お湯の中でのったりと寛いでいる。

がっしりとした胸板。
これでどうやって滑らかな音を出すのだろう、と、訝しがりたくなるような、腕。
キレイに割れた腹筋。
小さめの臍。
その下は、組まれた足の影になっていて。

なぜだか、ゾロの身体に触れたくなって、そぉっと手を伸ばした瞬間。
「こぉら。てめェだけ、なに見てンだよ?」
ククッと笑う声がして、伸ばした手を、大きな手に捉まれた。

ゾロの顔を見遣ると、まだ瞼は閉じられたままで。
「…なンでわかんの?」
「バカか、オマエ。さっき、オマエ、見られて恥ずかしかったンだろ?」
「ちげェよ。そっちじゃねェよ。なンで腕、掴めるンだよ?」
「さァ?なんでだろうな?」
ゾロは更にクックと笑って。
「突っ立ってないで、早く入れよ。冷えるぞ?」
組んでいた足を解いて、サンジが入る場所を空ける。
そして、サンジは軽く腕を引かれて、湯船に入る。

「少しは分かったか?手を出したいって気持ち」
向かい合うように浸かって。
手を伸ばして、流れ出る湯を止める。
その動作のまま、ゾロの腕に手を伸ばす。
触れて。

「んで?オレはそろそろ、目を開けてもいいのか?」
へろり、と笑うゾロに。

悔しいから、このまんま閉じてろ、と言うか。
そんなモン、言わなくても解れよ、と言うか。
一瞬逡巡して。

「サンジ?」
からかい声のゾロに。
「…意地悪」
ボソッと呟く。
ゾロは余裕綽々で肩を竦めて。
「…今更、だろ?」
「………そーいうこと、自分で言うかフツウ?」
「さぁな?較べようにも、他は知らねェな」

口の端が持ち上がって、不敵な笑み。
その様子に、サーカスで調教師が言ったコトバを思い出す。

コイツが、孤独?
天上天下唯我独尊ってカンジはすっけどよ…。
孤独って、どういう意味だ?
おっさん、意味が解ンねーよ…。

タプンと音を立てて。
半ば泳ぐように、ゾロに近づく。
手を伸ばし、頬に触れて。

不意に、ふわり、とゾロの瞼が持ち上がって。
思いもかけず、柔らかい眼差しに、射抜かれる。
眉が、どうした、とでも言うように、跳ね上げられて。

「なぁ…オマエ、寂しい?」

本音が。
思わずぽろりと、口から零れ出た。




 ☆10☆

「寂しい?なんで?」
ゾロが目を少し見開いて。
マジマジとサンジの目を覗きこむ。

「オマエって、孤独?」
サンジは、更に問いを口にした。

「…孤独と寂しいってのは、別物だろう?」
苦笑するように、ゾロが笑みを零して。
「なんで今ごろ、そんなコト気にするんだ、オマエは?」
浴槽の淵に、腕を預けて。
頬杖をついて、サンジを見る。
サンジは、ポリポリとこめかみを掻いて。

さぁて、どう切り出したものかなぁ…?

「…呆れないで、聴けよ?」
サンジは小さく、溜め息を吐いて。
「調教師のおっさんが。動物がオマエを恐がるのは、オマエが強いからだって言ってて。ンで、オマエが強いのは、
ジツはオマエが孤独だからって言ってた」
「ははぁ…オマエ、そんなクダらねェことに、捕らわれちまってたのか?」
ゾロが、面白がるように方眉を跳ね上げて。

笑い事じゃねェよ、と文句を言おうとしたサンジは。
しかしそれでも尚やさしいゾロの眼差しに、気付いてしまった。
なんだか言葉に詰まってしまって、大理石の壁の模様に視線をずらして。

「で、オマエは、そう言われて、なにがイヤだったンだよ?ン?」
こっちを向けよ、っていう口調で、ゾロが訊き。
サンジはツ、と視線をゾロの目に戻す。

「…なぁ。オレとオマエの関係ってなに?」
「はぁ!?なんじゃそりゃ!?」
今度こそゾロは目を真ん丸くして。
「裸で風呂に一緒に入る関係って言ったら!そんなに多くはねェだろうッ!?」
「だよな?はっきり口にしちまえば、コイビトだよなぁ!?」
ゾロにつられて大きくなった自分の声が、風呂場中に響いて。
その微妙なエコーに、サンジは妙に照れてしまう。

うわああ、コイビトだよ、コイビト!!なんて、内心叫んでみたり。

「だよなぁ、じゃねーよ、バーカ。いきなり、何を言い出すんだよオマエは!」
ぶすくれた顔で、横を向いたゾロが頭を掻いて。
「ああ、いや、別に疑問に思ったわけじゃねェんだ!!」
ああ、照れている場合じゃなかった、とサンジは慌てて手を振る。
「たださ?オレとオマエは…ほら…コ、イビト同士だし?」
ゾロの視線だけが、サンジに向いて。
「だったらさ…オマエが、もし今孤独だって言うんなら、納得いかねェって、思って…」
窄まる声と共に、視線を落としたサンジの頭上で、ゾロは大きな溜め息を吐き。
「あのなぁ…オレは。オマエと出合った時には、既に強かっただろ?」

…それって、自分で言うことか?

そんなツッコミが頭に浮かんだものの。
確かにゾロは、サンジの知る誰よりも強かったし。
今ここでそんなツッコミを入れたら、さすがのゾロも、決定的に臍を曲げてしまいそうな気がして。
とりあえず、サンジはこくんと頷いてみせる。

「だったら。もしオレが孤独だとしても。それは過去の話だろう?」

…………今。なんかとてつもなくスゲぇこと。サラリと言いやがらなかったか、コイツ???

サンジがゾロを見上げて。
「ったく。オマエのこの耳は。一体今まで何を聴いてきたンだろうな?」
ぴ、とサンジの耳が引っ張られて。
「オマエが好きだって。オマエを愛してるって。オレは一体、何回言ったンだろうな?」

うわ、オレ、今死ぬかもしれない。

心臓が、ドキドキ跳ねている。
ゾロに、好きだ、とか。愛してるとか。言われるのは、確かに初めてじゃないけれど。

こんなにすんなりと告げられたのは、初めてかもしれない。

「まあ良くも悪くも、前のオレは。確かに孤独だったと言えると思うけどな?生きることとは、独りだと知ることだって
言われれば、まぁ、それはそうかも知れねェと思うけどよ。孤独かって訊かれたら、オレは違うって言うぜ?」
ぐい、と引き寄せられて。
「今は、オマエと知り合えたから。オマエと愛し合うことが、できているから。孤独じゃねェって、断言するぜ?」

………うわわわわわ。

顔に血が上って。
身体から力が抜けて。
そのまま、ゾロの肩口に凭れかかった。

「ったく。テメェはロクなこと言い出さねェな。知らないオッサンとオレの言葉と。どっちを信用するってンだよ」
ボソリとゾロが呟き。
「終いにゃグレるぞ?」
心にもない言葉で、脅しをかけてくる。

「…オマエを信用してないってワケじゃねェけど…」
「けど、なんだよ?」
「オマエが孤独かも知れねェって思ったら…寂しくなっちって」

不意に声が詰まって。
不覚にも、涙が出そうになる。
ゾロが耳元で溜め息を吐いて。
「…なンでオマエが、寂しいんだよ?」
少し声を和らげて言った。

「…オマエが、好きだから。孤独でいることは、寂しいから」
大きなゾロの手が、塗れたサンジの髪を撫でて。
「オレはオマエに。幸せでいて欲しいから。…できれば、オレが傍にいることで、オマエが幸せになって欲しいから」
ぎゅう、と抱きしめられて。
「…ばーか。オレは幸せだっての」
やさしく、あやす様な低い声。
「オマエと一緒にいる時。自分でも笑っちまうくらい、蕩けた顔してるだろ、オレ」

なんでこんなこと、自分でバラさなきゃいけねェかな、オレも。
そうゾロが呟いて。
「言葉が信用できねェってンなら。バカ面曝してるオレを信じろよ」
「…………」

その言葉に、なんて応えたらいいものやら、困ってしまって。
「…悪ィことした、と思うなら。ゴメンナサイ、言いな」
ったく。愛され慣れてるクセに。肝心のトコで解っちゃいやがらねェ。
そう、ゾロは呟いて。

「…ゴメン、ゾロ」
首に齧りついて。
素直に、言葉を紡ぐ。
「惑わされちまって…ゴメンなさい」
「ったく」

ポンポンと、大きな手がサンジの背中を叩いて。
「ほら。もう出るぞ。のぼせるだろ?」
呆れ気味の声が、言った。
「うん…あンな、ゾロ」
「ああ?まだ何かあんのか?」
ゾロが腕を解いて、サンジの顔を覗き込んだ。
「あンな…オレ。オマエとこーやって一緒にいられて。すげェ幸せなんだ」

ゾロの目が、少し見張られて。
それから、ゆっくりと甘く蕩けた。

「だったら。もう、惑わされンなよ?」
そして、額にチョン、とキスを落とされた。



 ☆11☆

風呂上り。
サーヴィスで置いてあるバスローブを着込んで。
ほんのりとやさしく照らされたリヴィングから、ぼんやりとソファに座って海を見ていると。
ゾロがキッチンから、ミネラルウォータを持ってきて。
グラスを差し出された。

「…酒じゃないって、珍しいな?」
サンジがグラスを受け取りながら言うと。
「まぁ、風呂上りだしな」
ゾロも同じように、水を飲みながら言った。
「それこそ、ビールなんじゃねェの?」
「ビールは、まぁ水代わりに飲んでるけどよ。けど、曲りなりにも、アルコールだろ?後で喉が乾くからな」
「ふーん」

そういえば。一緒に住んでるとは言え、一緒に風呂に入るのは、久し振りだしなぁ。しかも、そのまんま、エッチに
雪崩れ込んでないなんて、初めてじゃねぇの?

「酒、呑み足りないのか?」
ゾロの言葉を聴きながら、水を飲み干して。グラスをフロアに置いてから、ゾロを見上げる。
「んん?…まぁ、オマエほどじゃないと思うけどな」
手を伸ばして、ゾロが着ているローブのシルクに触れる。

帰り道に感じた、妙な焦燥感や飢餓感は、きっちりとどこかに消え去っていて。
それでも、なんだかゾロに触り足りない気がする。

「ゾロ…座れば?」
「あー…そうだな」
手にしていたグラスとボトルを、ソファの隣のミニテーブルに置いて。
重量があるのに、音もなくストンと座ったゾロを見る。

初めてゾロと目が合った時から。
濃い翠の瞳に、捕らわれた。
精悍、というより、野性的な顔。
都会で、ジャズピアノなんて弾いているクセに、滲み出るケモノくささ。
それは、殆ど物音を立てない、身のこなしから感じ取れるものだったり。
リラックスしている時すら、見せることのない隙の無さだったり。
聴きなれない音に、時折煌く眼光の鋭さだったり。

サンジを抱きしめる時。
快楽に揺れる瞳に映る、酷く切なそうなゾロの顔。
柔らかく微笑む双眸の向こうに、ちらつく痛みの影。

「サンジ?」
ゾロが振り向いて。
頬に手を伸ばす。
ゾロが苦笑するように、笑みを刻んで。
けれど。

ああ…コイツがケモノくさいのは。
意思を宿した深緑の瞳が。
迷いに揺れる事の無い、真っ直ぐな目で。
強い目で、いつも見返すからなのかもしれない。

孤独っていうのは。
一人でいることではなくて。
もしかしたら、独りで立つことを知っているっていうことなのかもしれない。

サンジはくすんと笑って。
あーあ。オレも拘るよなぁ…なんて、内心溜め息を吐く。

「こら。なァに考えてやがる」
ゾロの手が伸ばされて。
額をツンと突かれた。
からかうような、やさしい眼差し。

バカみたいに蕩けた面曝してるっていうんなら。
お互い様だよなぁ、ゾロ?

「なァ、ゾロ」
「あン?」
「オマエを触って、イイ?」
「…今更、訊くか、オマエ」
ゾロが苦笑して。
「…いいぜ?」
低く、響く声。
ゴキゲンな、ケモノのような。

立ち上がって、ゾロの前に立つ。
手を伸ばして、頬に触れる。
顔全体を触れて。
面白がるような瞳が、じっとサンジを見詰める。

太めの首を撫で下ろし。
シルクのバスローブの間に、手を滑らす。
「…脱がしてイイ?」
「…お好きなように」
何故か低く潜めた声を交わし。
バスローブの結い目を解く。

ゾロの肩から、それを滑り落とさせて。
その仕種のまま、肩に触れる。

硬く発達した筋肉。
あちらこちらにうっすらと残る、治した傷の跡。
胸の筋肉に、手を滑らせて。

ゾロの肌は、日に焼けた影響で、いつもよりほんのりと熱い。
そしていつでも、サラリとした感触だ。

その下にある筋肉は、硬すぎない強度を持っていて。
ゾロは多分、専門的なトレーニングを受けて、こういう筋肉を作ったのだろうと、サンジは思う。
ただ形を作るためのウェイト・トレーニングではなく、多分、実践的な武道を習得しているのだろう、しなやかで
柔軟な筋肉。どっしりとして見えるのに、柔らかい体。

溜め息を吐いて、腹筋の溝をなぞる。
チョコレートバーのように割れているけれども、カチカチではなく、がっしりとした筋肉だ。
一体これらを維持するのに、どんなトレーニングをやっているのだろう、このオトコは?

その下で立ち上がっているものを、チラリと見て。
楽しむようにサンジを見ている瞳と視線を絡ませあう。
ゾロがに、と口の端を吊り上げて。

そのなんともいえないケモノっぽさに。
サンジは一瞬で、のぼせた。






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