Ruinous Blue






グリーンマネーはイリマセン。あります。キレイなのも、汚いのも、たくさんあります。
もうイリマセン。うん、ありがとう。だから、いらねえってば。
ゼニアのスーツを着た弁護士サン。わざわざ、東海岸からこれだけのためにいらしたんですか。
オツカレサマです。まあ、あんたの大層高額な時間給はおれのチチオヤが払うんでしょうから。
ええ、ありがとう。お引取りください。おれ、ご覧の通り忙しいし。財産分与のサイン?なに、
おれはそれを受け取る義務があるわけ、あー、ウチのじいさんのか。めんどくせえなぁ。
はいはい、じゃあサインはどこにすりゃあいいんですか。うわ、そんなにあるの……ああだから、するってば。
ほい。オツカレサマ、気を付けて良い旅を。あー、そうだ、あのヒトによろしく。うん、さようなら。
あは、ごめんねレイディ、待たせて。お詫びは存分にするからさ?

ぱたりと閉ざしたドアの外で、弁護士は表情を変えずに書類をきちんとまとめ、鞄にとさりと戻し
ドアの内側から漏れ出した女の嬌声に軽く肩を竦めた。噂通りの手におえないご子息らしい。
まあ自分はただの弁護士で、ソーシャルワーカーでもカウンセラーでもない。ベッドの上といわず
サイドテーブルといわず明らかに粉やパイプや錠剤が取り散らかされていたことは管轄外である。
万が一検挙でもされた時には呼び出されもするのだろうが。まあ、それはその時のことだ。ちらりと腕に
眼を落とし、飛行場への時間を計算した。いまから戻れば夕食は向こうで取れるな、と思いながら。

そのまま部屋を抜け、アパートメントの石張りの廊下でエレベータの到着を待っていた。
1層に1宅、多くても2宅の居住スペースに2機のエレベータというのは、まあ無難な線かと退屈しのぎに
乗降率の計算を勝手に脳が始めかけたとき、箱の到着を告げる軽い音が響いた。扉が開き、他に乗客が
いるとは思えなかったため近くに立ち過ぎていたのかそれが開くと同時に降りてきた男と半ばぶつかりかけた。

「すまない、」
サングラス越し、それだけを告げると廊下の突き当たりへと男は進んでいく。クライアントの子息の部屋へと。
おや?いまの男は……。
かちりかちりと弁護士の誇る冷敏な頭脳が、照会システムより的確にすべてのデータを洗い直し始める。
ああ、あれは。ドラッグロードの何番目かの息子だ。ミクスド・ブラッドの好見本のような骨格だったから
よく覚えている。アジアとヨーロッパと、ラテンアメリカ。現在は父親は無事に引退、メインビジネスを確か
長子と引き継いでいたはずだ、あの男は。

ふい、と箱の中で眉が顰められた。クライアントはこの交友関係を知っていて黙認しているということなの
だろうか。ああいう立場の人間がガードもつけずに直接にやってくる、ということは。やれやれ、面倒な報告を
するはめになったな、と弁護士は小さく溜め息をついた。
「全て、必要事項の記入はしていただいておりますので後の手続きはこちらでいたします。ああ、サー。
もうひとつ。ご子息は、ドラッグロードと愛人関係にあられます」
ひとまずこの報告はやめておこう、ドアマンに押し開けられた扉を光の中へと抜けながら弁護士は思っていた。
クライアントは、先日心臓の検査を終えたばかりだ。



ドアが開くのが先だったか、声の届くのが早かったか。「入るぞ、」と耳の底にいつまでも潜むようなそれが。
「カンシンだな、」
ドアに背中向けてないじゃないか、と。
ヘッドボードに背中を預けたまま、女の肩越しに目線だけを声の主にサンジは投げて返した。
「オマエもスル?」

「時間がねえよ」
微かにわらいを含んだ声で返された。
からかっているのか、半ば本気なのか掴み損ねるいつものそれ。

ゆっくりと扉からベッドへと近づき、腕を伸ばしてくる。女を通り越し、まっすぐに自分に向けて。
目元に触れられた。

「3分待つ。仕度しろ、ディールだ」
「あと5分」
半ばその目を細めてくるのを、じっと見返していたなら。
するりと体の上にあった女の腕の下に男が手を差し入れ
「いま、」
自分の上から抱き上げるとベッドの広い端にそのまま柔らかく落とした。
「すぐ、だ」
唇を歪めるようにして「わらう」。
唸る獣みたいなわらい方だといつも自分が思うその表情。

ぽかりと、柔らかな重みが失せた身体はバカみたいに空虚だ、そんなことをサンジは思い。
はああ、と大げさな溜め息を俯いて吐いてみせる。
その間にも、指先が何度か自分の髪を滑るのを感じた。
「おい。このまま包んで連れて行くか?」
トンデモナイ言葉に顔を上げれば、光でも跳ね返しそうな翠とぶつかった。そして続けられる。
「世の中じゃ、どうやらオレはオマエの情夫らしいからな?別にこのままでも構わねえけど」
「ゾロッ!」
言い咎めるような呼びかけに、男が軽く肩を竦めてみせた。

ああ、3分経ったな。早くしないと下からガードが来ちまうぜ?
そんなことを窓辺から通りを見下ろし言っている相手に悪態を盛大に吐きながらも、女などとうに
いなくなってしまったベッドを降りクローゼットへと駆け込んだ。
「クソ、シャワーくらい浴びさせろ!」
「アタマがクリアなら良いさ。問題ない」

シャツを羽織ながらサンジが小さく舌打ちした。
「……ソレは女のだよ」
「わかってる」
不意に声が真後ろからした。ふわりと。本当に突然、首元に吐息を感じ肩が跳ね上がりかけるのを
サンジはかろうじて抑え。
「なんだ、オマエのニオイしかしねえじゃねえか」
にかりと。大層ヒトの悪い笑みがゾロの口もとに浮かび。はやくしろ、ともう一度繰り返した。










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