Romance






好きだと告げて。
相手も、そうねと笑って。
手をとるように、口づける。
方程式の模範解答。「はじまりかた。」は、かくあるべし。
オンナノコは、こういうのが好きなんだ。








告げられる、酷く口惜しげに。
不愉快などではない、ただ、別に。うれしくもない。
新しい刀の切れ味。
一つの技を見切った手応え。
そういったものの方が、"うれしい"。
だから、告げていた。
同じほどの気持は返せないと。
それでもいいのだと言ってくる腕しか、とらなかった。





そこに、何があったのかなど。考えてみたことも無かった。









1. 見張台:セレナータ

あの日、どうしてそんな方向へ話が流れていったのか。
「きっかけ」の話。
夜半の見張台。
煙の流れていった方向だけ、いまもはっきりと目に残る。
そのことを問われるまでは、考えてみたことも無かった。



「おまえはさァ、」
やわらかに掠れる声。
「いまのその話から察するにダナ、」
ぽかりと。宵闇に白い煙の輪が浮かぶ。



「年上のレディかその筋のお姉サマとしか、さてはつきあってきてねーな?」
おれさまの見立てに間違いはねえ!と妙に爽やかに笑うのはサンジで。
肩を揺らして小さく笑う、俯き加減のしろい貌をさらりと髪が流れて隠す。



ふいとゾロは眉をしかめて黙り込む。
返答に窮したわけではない、ただ単に。「つきあう」の定義を求めただけだった。
元々、一所に長くなどは留まらなかった。数時間共に過ごして、肌に残った血の匂いが薄らいだ気が
した事がこのコックのいう「つきあう」なのか、止めはせず、別れ際ただ涙を隠し切れなかった女と
過ごした時間だけが「つきあう」に値するのか。それとも―――



そこまで自分の記憶の底を探ったとしてもこの、性根のどこか捻くれたサンジから「定義」の
出てくる確証でもあれば話は別だが。いつのまにか話の起承転結がすっかり様変わりする
男の論法にその保証などゼロだ。



一番、揉め事の少ない答えは。
「ああ、多分な」



「そうだと思ったゼ」
にんまりと。
何が嬉しいのかサンジは上機嫌に口角を引き上げてわらってみせた。
珍しい事もあるもんだなと。そんなことをゾロは思っていた。



「おまえはどうなんだよ、」
ゾロが口に出し。サンジがまたひらひらと手を夜空に向けて意味も無く振った。
「それはこんど気が向いたときにでも話してやらァ」



じゃあなと。
キレイに中身の片付けられた差し入れの皿を持ち、するすると。
その姿が消えていっても、つい、ゾロは考えてしまっていた。「意味」を。
つらりと自分の腕を見下ろす。



「なんも、持つ気はねえんだよ、おれは」
そんなことを、一人で口に出してみた。
ぽかりと下弦の月。照らす宵。






2. 独白:マドリガル

わるいかチクショウ。一目惚れだ。
おれはアタマの切り替えが早ェんだ、いつまでもぐたぐた悩まねえぞ。
あのとき。壮絶なクソアホが一斬をくらった瞬間に。みえる筈も無いのに
何故だか真っ赤な血色が眼に沁みるかと思った。



何でそんなことが惚れる原因になるのか。
おれは自分のアタマを疑ったがしょうがねえ。どうせ死ぬ覚悟だったからあんなアトサキ
考えナシのヤツにうっかり最後くらいいいかと惚れちまったのかもしれないし。ただそれは。
どうやらドーっと盛り上がってその場で消えてってくれるような惚れ方じゃなかったらしく。



ナミさんのムラで、消毒臭えつって包帯を剥がしかけて医者にブン殴られてわらったカオとか。
風が吹いて、ちょっと眼を細めていたりだとか。
酒のんで話してるときの、偶にみせる凄みのある眼だとか。
そのくせ変にガキくせえところとか。
そんなモノに一々おれは惚れなおしていた、律儀に。



いつだったか。
ちょっとした、戦闘ともいえねえようないざこざの後にヤツの言ったことは
ひどく中に残っている。



おまえは。どんなにキツイ状況になっても、闘うってことを面白がる気持があるんだな、と。



夜中。
見張台で地味に祝杯を揚げていたときに言われた。
普段の憎まれ口とは声の調子が明らかに違うから、おれも黙っていた。



おまえの強さは、「生きる」ことを軸にして生まれるモンなんだろうと思うよ、と。
そう言って、少しばかり奇妙なカオをした。



「―――おまえのは。人を"守る"力になるんだな、」



夜中に。空の高みの真ん中で。
世界中から取り残されたように静かな宵にそう言った。



そのときおれは気が付いた。
おまえがクソ強ェのは「死ぬ」ことを中心に据えた強さで、それを厭わないバカだからだ。
てめえはてめえの好きなようにしか動かねえで。結果としてそれが「守る」ことになっているだけだと。



「おまえの強さは」
そう言って、何を思ったかおまえのアホみてえにデカイ手がおれの頭に降りてきたとき。
おれはもう少しで「てめえがすきだ、」って言っちまうところだった。



けどな。
おれは決めてンだよ。
あのなァ、おれはてめえに惚れさせてやる。



つーかな、気付かせてやる
おれがとっくに気付いてることを。おまえ、たぶんおれに惚れてると思うぜ?
なにしろ、このおれがてめえに惚れてンだから。



だから。
おまえがゴクフツウのイロコイに縁がナイことが、おれはうれしいんだよ。
正攻法でいけるだろうが。



おら。そこのクソアホ。
いいかげん、てめえも気付きやがれ。






3. 歌の木:カンタンテ

みてしまったのだ。
自分に向けられていた笑みを
おだやかな。
在り得ないような、唇のつくりあげる曲線。



偶然、何の気なしに振り向いたら、せつな
そのままの表情をしていた。



すぐに普段通りの「憎々しげなツラ」に戻ってしまったのであるが。
剣技を見切る視力は、それをあっさりと捉まえてしまった。
いや、「捕まえられた」のか。



直ぐに浮かぶ皮肉気なソレも誤魔化しきれないほどに。
その直ちに施された不愉快そうな表情があまりにイタについていたから、
気のせいだと思い込もうとしたのだが。どうやらしっかりと自分の中に断わりも無く
焼き付けられてしまったらしい、と。気が付いた。



それ以来、視線を感じ眼をやると必ずといっていいほど、サンジの姿があり。
明らかに、ほんの半秒ほど前にはこちらに向けられていただろうその眼差はもう違う方向を追い。
今度は自分が、もう逢わせられることのない眼差の先をしばらく見遣ることになる。
自分は一体何をしているんだと、溜め息の一つでも出てくるまで。
やがて向けられる背を見送るサンジの浮かべる表情までは、ゾロは見ることはなかったのだけれど。
それを見たならば、ナミの他にもこの船には「魔物」が居るとゾロは言い出すに違いない。






「ちょっとそこのゾロ。あんたってば挙動不審」
自慢の足を惜しげも無く晒したナミがヒールの先で肩をつついてくる。



船首の辺りで、例の如くルフィやウソップが賑やかに何やらを釣り上げたとかなんとか。
ぎゃぎゃあと笑いさざめき。これ喰えるのかとか、いやそのまえにそれは魚かとか。
そうやって騒いでいる現場に偶々、汗をシャワーで洗い流して出てきたゾロが出くわした。
「ちょっと待てよ、こいつ魚のくせによヒレが……」
何かを言いかけていたサンジの目線がふと扉を閉めたゾロとぶつかり。
そのまま、ほほえんだ。



呼ばれてすぐに目線は泳ぎ、笑みを乗せたままで何やらまたバカ話が始まる。
その賑やかな声を、確かに自分を呼ぶ連中の声をそのまま残して船尾にやって来ていた。
自分が眼を戻した先に、いつも数瞬前まであっただろう、それ。
自分がやっと捕まえたと思っても。他のクルー達は当たり前のようにあいつのわらい顔など、
そういえばいくらでも眼にしているのだろうと。そう思い当たれば、ひどく不愉快になった。



……フユカイ?
自分の感情の底にあるもの。些細な、それでも抜けない苛草の刺のようにわだかまる。
しまっておけばいい、自分にそんな感情は不要だと眼を閉じたのとほぼ同時に、先の
ナミの声。



「失敬なオンナだなてめえは」
その足首を掴んで。勢いをつけて放り出す。
けらけらと笑い。すらりとゾロの前にナミはその半身を折り覗き込んでくる。
「あんた。さいきんサンジくんのことばっかりみてるのに。なあに、恋でもしちゃったの?」
あーあ、サンジくんってばこんなのに好かれちゃってかぁーわいそう、とか言い。
「……ナミ。黙れ」
低い声。
「あらやだ。恋する男のくせに不機嫌なんて、最低」
「うるせえ。それに、先に見てくるのはヤツの方だぞ」
あんたってバカねえ、とナミは言葉を空に乗せ。
あんたの方がその倍見返してるのに。そう言うと、靴音も高くいなくなる。



突然静まり返った自分の周りに、波音だけが残り。
ゾロは眉をひそめる。
やがて船首から届く一層賑やかになった騒ぎから、目を閉じて意識を逸らす。
「ああナミさん!どこへ行ってらしたんですか、お茶にします?」
蕩けだしそうな微笑を浮かべているに違いない声。



おれは、べつに、アンナカオがみたいわけじゃねえ。そうだろ?
眼を開けた。空に。白い椿のような太陽が引っかかっていた。
眼を閉じた。太陽なんか睨んでいる場合ではない。



夕食はヒレが4箇所あったという、午後にルフィが釣り上げた得体の知れない魚だった。
どうだ、と聞かれ。味は上等、とゾロが言うと。にんまりと。最近良く目にするようになった笑みが
ちらりとサンジを掠めた。開口一番、「よし。毒見終了。てめら食っていいぜ」「よっしゃああ!」
立ち上がり、特別に美々しく盛り付けられた白磁をナミの前へ置き。召し上がれ、と言っていた。
「……てめえ、」
「お。ゾロ。ご苦労」
にこりと。されてしまえば。腹立ち紛れにゾロは魚に専念する。



ただ。その魚の副作用はこのコックにだけ出たようだと、ゾロは夜中の見張り台で嘆息した。
常のように始まった夜半のカンタンな酒と肴とバカ話。普段ならまだ正気な程度の酒量の筈が。
目の前にはすっかり出来上がったニンゲンが鎮座していた。本日の話題は、「順番。」
「てめえ、いっつもお姉サマ方から告られてばっかでサイアクだな男としてよぉ」
「そんなの、考えたこともねえよ」
「アホ。女性は、優位に立たせてやらなきゃなんねえだろ、弱いんだから」
だから。まず最初にアイの告白は、おれがする。セオリーだセオリー。
酔っ払いは、そんなことを言っていた。
ああチクショウてめえなんぞに泣かされちまったお姉サマ方をおれはお慰めしてさしあげてえぜ、とか
ソラノ彼方を見遣るバカ。
「……なにいってやがる。あいつらほど強えもんはねえぞ」



「おれはいつも玉砕覚悟だ!つーか玉砕したことなんざねェがな!」
「……分かりやすいな」
聞いちゃあいねえ、と溜め息をつくゾロに、
「バカでもわかんだろ?」
不意に顔が近づき、ふにゃんと気の抜けそうなわらい顔。
「だって、わかってほしいじゃねえ?」
自分の肩口に、触れる金の髪。



そのまま酔いつぶれてブッタオッレタ身体を持ち上げて。
部屋まで連れて行くときに
その軽さと、腕への収まり具合に愕然とした。
胸元に、額を摺りつけるようにされたこと。
つい、抱きしめてしまったら寝ぼけた腕がまわされたこと。
実も蓋もないほどの動悸と、自分の苦笑。
酔っ払いのふにゃけた微笑。
空には月。
腕のなかには―――――








わらったカオがみたくなる。
わらったカオをみる。
もっとみたくなる。
別の顔がみたくなる。
みる。
誰にもみせたくなくなる。
そして。
自分に向けられるものと、周りに向けられるそれの見分けがつくほどに相手の表情に精通して
しまった自分が存在する。驚くべきことに。おれは……そんなに暇だったのか。とゾロは更に
追い討ちを掛けられる。航海中の、まるっきりくだらないまでに馬鹿馬鹿しい自分の昨今の行動は。
要約するとかくの如し。約してしまうと相当単純だと、そう思うのは当事者外のこと。



船が島に着き、喚声を上げて船長は寄港令を発し、言われなくても全員その気で。
まずは食材の下見ダナと、ひらひらと手を振ってサンジが街へ向かい。画材を片手に
画家モドキはいそいそと船を降り丘を目指し。冒険だ!と叫ぶ船長の頭をナミがかるく
殴って静かにさせ、ああおれが残ってるよ、とゾロが告げた。



船を降りるナミにどうかしたのかと歌うように言われた。
「あんた、なに?妙に機嫌良さそうじゃない急に。変なモノでも食べたの」
にんまりと笑って手を振りながら、ナミは言いたいことだけを言うとルフィの先に降りていった
埠頭へと楽しげに向かった。



魔女の見立ては当たっているのかもしれない。
たしかに、どうかしている、と思うから。
自分から捕まえにいこうなどと思うとは。



あれだけ無制限に愛情を振りまいているヤツが、果たして自分に向けられるそれにはどんな
反応を返すのだろうかと。例え「優位」に立たれてもそれがみられるなら充分面白ェだろ、と。
ゾロは観念する。



男には諦めも肝心だ、と言ったとか言わないとか。
何はともあれ、気分が良いのでよしとする。



日が暮れる頃には、街からあのアホも戻ってくるだろうから。






4. 夕暮れ:ロマンセ


「やあっと、言いやがったか。」
満面の笑み、とはこれのことだ、とゾロは思う。勝ち誇ったような、すこし照れたような。



おれは何に負けたんだ?かけひきにか?
―――――こいつにか?
いや負けはしていないだろう、勝負じゃねえし。ああ、けどな、惚れたら負けとか言うよな。
じゃあおれの負けか?つーか、引き分けか。や、待てよ……
頭のなかで妙に饒舌なゾロの思考が導き出した結論は。



これからの自分たちの日常は。
勝ったり負けたり引き分けたりと、随分と忙しくなりそうだ、ということ。
悪くねえな、と。微かな笑みが唇にまどろみ。
そのまま、眼を戻す。



穏やかな空の色だ、何てことはない、何十回も見てきた夕刻の赤。
なのに、まったく違って見えるのは、どうしたモンかな、と。
サンジは胸中で吐息をつく。眼を逢わせたままで。



その特別な赤を背景にしたゾロは、ただ軽く肩をすくめてみせて
ひどく静かに、浮かべていた笑みをサンジの唇に移した。
サンジは、翠の眼のなかに、自分の姿を映し見ていた。



「よし。じゃあまずは手始めに、飽きるまでキスしてみような」
あっけらかんとした口調でそれでも言ってくる。
ゾロは思う。
偶に、コイツは天性のバカなんだと思うのはこんなときだ。
言う事と、浮かべる表情がどうしてこうもバラバラなんだか。



「あきねえよ、」
薄く朱を刷いた顔が、自分をみているのをゾロは意識する。
「おれは。剣には飽きねえ」
「……ん?」



「わからなけりゃ、別にいいさ」
そう言い終えてゾロは歩きだす。



残されてサンジは言葉をもう一度反芻し。
―――あ。剣って



言外の意味に不意に思い当たる。
おれが。あいつのなかで、剣と同等ってことか―――
それって



「……バッ―――」
頬に血が上るのがわかる。



てめえはっ恥ずかしいこと言ってんじゃねえぞっ
思わず怒鳴り返す。



船の帆が赤い。ブラッド・オレンジに漬け込んだくらい、赤い。夕陽で。
背中目掛けて追いつき、蹴りでもかましてやろうとしたら身体を抜かれ勢い余って
引き込まれていた。
「う、わ」
とさりと。半身がぶつかる。重なる。鼓動までも。



「ンン?てめえ、カオ赤いじゃんかヨ?」
それでも真近のカオを見やり、に。と笑って言ってやる。
自分のことは棚上げだ。どうせ、これだけ周り中が赤けりゃあ何がなんだかわかんねえ。
とはサンジの弁。
「ア?陽の所為だ、」
むしろおれは青ざめてるんだ、とはゾロの弁。先に自分の口が勝手に紡ぎ出した言葉に。
「てめえこそ、ユデダコみてえに真っ赤じゃねえか」
「ンだとこの腐れアホウが!どこにこんなナイスバディのタコがいンだよ、おら言ってみ?」
「……痩せすぎ」
ぼそりと。呟かれた言葉に柳眉がつり上がりかけるが。



おちてきた唇に、文句を引っ込める。
テキーラサンライズのような朝焼けだか夕焼けの中でするキスは、オレンジの味がするとかしないとか。
こんどこそ確めてみようじゃねえか、と。











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シーリアスに始まり微バカに終わる……?なんともはや。
これは……果たして「かけひき」といえるのか。もっとオトナのレンアイ風に書かねば
ならなかったのかとも思いますが。こうなりました。あお様、よろしければお収めくださいませvv