Sons of The Silent Age



--- Intro: Laboratory Child ---

「フツウのところに住みたい。」18の誕生日、研究所を出るときのリクエスト。
所長は大笑いして、私にまかしておきな!と俺の頭をその手でくしゃくしゃにして。
「マイ・チャイルド。さみしくなるよ、私も」と目元で笑った。

所長の手筈で準備されていた新しい居場所は、前世紀に建てられた古い建物で。さすがに好みをよくご存知、とその画像を見せられたとき小さく笑った。それでも、この場所を出て行く現実味はどうしてもおきなかった。
ずっと、ここで無事に成人するまでが俺の「仕事」で。DNAのデータをすべて遺伝子
プールに残して、
そのあとは。俺みたいな成功例は政府からの手厚い保護付きで、「リリース」される。自由に、放り出される。

「そのまま外界にいても退屈だろうからね。ここにでも通えばいいさ」
所長が最後の日に手渡してくれたのは。アカデミーの博士課程のプログラムと、IDカード。
「中世史が好きだったじゃないか」そう言って。
「おまえのコピーでも作っておけば良かったかね?」
所長の、女性にしては筋張った大きな手が何度か俺の髪をすべり。
「ドクター、それじゃあプロジェクトが違う。いままで、ありがとう」
その頬に軽くキスをして、さいごにわらってドアを抜けた。



--- Before it Comes ---

珍しく空気が湿っていると思ったら、雨だ。 
猫が姿を消してから、10日たつ。半年近く前、アカデミーからの帰りにユニバーシティ・アベニューからセカンド・アベニューまで、後をついてゆるやかな足取りで歩いていた黒猫。ロフトの重いドアを、開けた俺より先に当り前のようにすり抜けて、時代がかったリフトの前に長い尾を身体の横に巻き込み、きちんと座り込んだ。リフトの
中で、猫は俺を見上げた。その両眼が、エメラルド?いや、翡翠色だ、と気がついたのはその時だ、虹彩が
黄金のフレアに縁取られた。


それから、一緒に暮らしていた。行儀の良い猫で、ドアの前で外に出せと鳴いたりはせず、両足を揃えて座り
俺が気付くまでずっと待っていた。外から帰ってくるときも、入り口で見張っていて他の階の
住人と一緒に入ってくると、ドアを引っ掻いたりはせずにきちんとノックした。それがとても微かな音だったから、自然と夜は耳を澄ますようになった。

その礼儀正しい猫が、帰ってこない。
美しい猫だったから、どこへいったとしても愛情には困らないだろう。独りで猫を飼う男、というイメージもあまり
いただけないし、まぁいいかとも思うけど。ただ、あの光るようだった黒の毛並みときれいだった翡翠の両眼が
どこかの道端で雨に打たれて冷たくなっていたら、などと考えると落ち着かないし、
気も滅入る。

それで、今夜も自然と物音に敏感になっていた。
ことん、と。何かが扉に触れる音が、雨音にまぎれて微かに聞えたような。

ああ、戻ってきた、そう思って扉まで近づき、何の疑いもなく開けると。
そこには、翡翠の両眼。黄金の虹彩。同じ瞳の
―――男。

「悪ぃ、サンジ。ちょ・・・・匿ってく、」
男の上体が俺のほうに崩れてくるのと、リフトが昇ってくる音が聞えてきたのはほぼ同時で。
自分が何をしているのか思い付く間もなく俺はそいつを扉の内側に引き込み。扉に背を押し付けるようにして
息を殺していた。リフトの扉の開閉音が夜の中に響き、また遠ざかっていき。
ほっと息をついて、やっとこの
異常な事態に気が付いた。


「おい、おまえいったい、」
雨に濡れたその男の冷たい体が、ずるずると壁伝いに崩れ落ち。
自分の両手と半身が、血に濡れている事にも。
「う・・・わ、おまえ怪我―――」
そいつの前に回り込むと左肩から袈裟懸けに走る傷に、一瞬意識が飛びかけ。とりあえずバスタオルを
取りに戻り、止血の為に押し当て。

「まってろ、すぐ医者呼んでや―――」
思いがけず、強い力で手首を捕まれ、見上げた。

「・・・いい、」
「なに言ってる、いいから放せ」
「ほんとうに、サンジ。―――要らねぇから、」
「とにかく傷みせろ!」
「わり、・・・」
翡翠の目が数瞬、揺らぎ。ネジが巻き切れたみたいに上体が倒れ。

それが閉じられた今になって、こいつが俺の名前を呼んでいたことに気づいた。

すっかり血を吸い込んだシャツの残骸を取り去って、生乾きになりかけていた血を拭いとってみればたしかに。傷は半ば組織が結合し始めているようで。思いがけず重さを感じさせないそいつのことをリビングまで引きずるようにして運び、ソファに寝かせ。眠りつづけるその横に椅子を寄せ、一体なにが起こっているのか理解しようとするけれど。

なんで自分が冷やした布をこいつの首もとにあててやっているのかとか。
黄金色の虹彩のこととか。一瞬ミドリかと見まがう抜けるような白金の髪色の事であるとか。あり得ないような
治癒の速さであるとか。研究所でもこれだけの速度で自己修復をするDNAなんて作られて
いなかった、とか。
なんでこいつのことをあの猫だと一瞬でも思い込んだのか、とか。考えているうちに、意識が揺れてきた。



--- Aqua de Beber ---

「よお、」と。
ソファに頭を預けるようにして眠っていた俺が目を開けたら。
ま近の翡翠の両眼が笑みを含んで細められた。

瞬間跳ね起き。
「おまえっ」
そいつも上体を起こし。
「ゆうべは、世話になった。ありがとう、」
そう言って、軽く両腕を伸ばして「伸び」をし。また、その姿が重なった。
動きにあわせて被せていたブランケットがするりと肩から滑り。覗いた傷口はもう開いてはいなかった。
「もっと早く戻るつもりだった。わるい、」
「おまえ、何―――」
「俺だよ、あの猫。おまえの血、なめて。変成が解けた」

なにいってやがるふざけるのも大概にしろと叫ぶ自分と、ああ、やっぱりと思う自分との間で身動きが取れず。ただ馬鹿みたいにソファから起きだして床に足をつけるそいつを見ていた。言われて思い出す。
確かに10日前だった。割ったグラスの端で指を切って。猫がざらついた舌でそれを舐め取り―――そうして、
出て行った。


変成、血、そのキイワードで記憶が揺り起こされる。研究所に連れてこられた子供。
オリジナルに近いDNAをコピーしたが為に、突然変異を起こしてしまったヒトでもない、オリジナルでもない
「ハイブリッド」。元になった遺伝子はたしか―――


「ヴァンパイア・・・・?」
返事のかわりに、やつは、わざと唇を引き上げるようにして笑って見せた。そこには、異様に鋭い
犬歯。
「普段はこれ、カモフラージュしてるけどな。そうだよ」
「じゃあ、おまえ。ハイブリッドなのか?」
「オイ。そこいらのコピーと同じにするなよ。俺はオリジナルだぜ?」
「でも、おまえたち絶滅種だろ、だって」
狩り尽くされたはずだ、と。言ってしまってから、後悔した。

ヒトの永遠の憧れは、たった一つで。永遠の命と若さ。ただそれは、どんなにDNAのコピーを繰り返しても、
その一点だけは必ず裏切られていた。若干の老化の遅れが螺旋に記録されるだけだった。

憧れは簡単に憎しみにすり変わる。「ジェノサイド」あるいは「魔女狩り」。この種が絶えたといわれてから
もう80年近く経っているはずで。

ほぼ、な。もう俺のとこの一族だけだな、と。ヤツは呟いた。そして。
「でも、おまえもオリジナルだな・・・・?」

“丈夫な子が良いですか、天使のような美しさ、あるいは、跳びぬけた身体能力。頭脳。その他その他。あなたのお望みのままのべビイをどうぞ。受精卵にすこし細工をするだけですし。” もうずっと、それが主流で。

「おまえの血、おまえの螺旋は細工されていなかった。奇跡じゃないのか、それって」
「あー、まあ、俺は生まれたこと自体が実験だからな要するに」
最優良な遺伝子同士を人為的に組み合わせたらどうなるか、ってヤツ。と、教えてやった。
「ああ、おまえラボラトリー・チャイルドか」
「そ、」
ふうん、と妙に納得した風にうなずき。言いやがったのは。
「箱入りだから、ヴァージンだったのか」
「はぁっ??」
「処女以外の血、飲むと。変成しちまうんだよ」
逆もまた然り、そういって、に、と唇の端を引き上げた。
「それは関係ねえクソボケが!誰がヤローなんぞにヤられるかっ!!」

しばらく喉の奥で笑いを噛み殺していたかと思ったら。
でな、といきなりヤツは本題に入りやがった。
俺としては、ちょっとしたごたごたがあって。しばらくここに匿って欲しいんだが、と言ってきた。
「サンジ。もう一度、拾いなおせ」
驚くほど柔らかく微笑まれ、言葉につまる。ヴァンパイアっていうより悪魔だなコイツは。どっちかっていうと。
翡翠の瞳がまっすぐにみつめてくる。


「“猫”、おまえ名前なんていうんだ?」
「ゾロ、」
ヤツは片眉を引き上げた。
「で、ゾロ。餌は。いままで通りミルクとチキンと海老でも食うのか」言って返すと。
血は普段は採らないから問題無い、と答えてきた。
「そのかわり、ちょっとばかりおまえから精気もらうから。」
勝手に決めてるだろ、おい。
「ソファで寝ろよ、」
「了解」
に。とクセのある笑みを浮かべ。黄金色の虹彩が、すう、と狭まった。


結局、猫を飼いなおしたのとあまり変化はなかった。太陽を浴びたからといって、ヤツは灰になったりは
しなかった。ただ、無性に昼間は眠いんだといって、変成していたときと同じように日当たりの良いソファで、
眠ってばかりいた。なんでヴァンパイアのくせに太陽が平気なんだと一度尋ねたら。深刻になって然るべき
話題が、あっさりと告げられた。

「だから、俺の一族だけ生き延びたんだ」
いくら不死者でも昼間、仮死状態の時に首落されたら死ぬんだよ、と。

それに結局は、変成していたときも大人しくソファに寝ていたのは最初の4−5日だけで、あとは勝手に
ベッドの端を自分の寝場所に確定してしまっていたのだけれど。変成が解けても案の定元の寝場所に戻って
きた。フザケンナと蹴り出そうとしても、足の届かない端まで移って小さく欠伸なんかして身体を伸ばし。
ドクターなんでこんなでけえベッド置くんだよ、と俺は見当違いな恨み言をいうハメになった。


ただ、決定的に違っていたのは、「猫」には餌をやっていたのに俺がいまじゃあ「餌」になってることで。
それもいつもイキナリだから、不意をつかれて
ヤツの手が首すじをつつみこむようにするときには、意識が浮きかける。普段は冷たい手が、このときだけは
俺の体温に溶けて。たまにからかうように指先が耳もとをかすめ、項から髪に差し入れるようにしてくる。

「・・・・っう、」
シャツの胸元を握り締める自分の手がわずかに跳ね上がりかけて、膝裏から背の中心を抜けて神経の束が
悲鳴をあげる。ヤツの手の触れている箇所から波立たされた感覚が宙へと抜け。

「・・・・ふ、」
ながく息をつく俺の耳もとで、
「ごちそーさん」
かるく笑いの気配の混ざった声が落ちてきた。

「・・・・なんとかなんねえの、これ―――」
どうにか声をだし。
「ん?」
「てめえの食事、ヤラしすぎ」
「量採れねえからな、質で勝負」
にやりと笑って寄越し。
「クソボケ、」
そう言い返すのが精一杯だった。

それでも、ヤツがいる部屋は居心地が良くて。いつまでいるつもりなんだよ、と尋ねる事はしなくなった。
変成する前の住処はこの街の何処かにあるらしいことや、ヤツの習性のようなものはだんだんにわかった
けれど。あの雨の夜にどうしてあんな大怪我をしていたのかとか、そもそも何で後を付いてきたんだとか、
どうして変成なんて間抜けな事態になったのか、とか。そのかわり尋ねられないギモンばかりが増えていき。
ヤツと行動するのにも慣れ初めてきたころ。

最初は、ただの気の所為かと思った。アカデミーへ向う途中、背後から、痛いとさえ感じるような視線を
投げつけられた気がしたから。それでもそれを一度ではなく、何回か続けて感じ、ふいと足を止めた俺に
ゾロが振り返り。

「、クソ」

瞬間、ゾロの周りの温度が冷え切った。ゆら、となにか得体の知れない物が立ち昇るようで。
「・・・なんだ?」
俺の声に
雑踏の一点を睨みつけるようだったのが、急にヒトのことを引き寄せると。
「ちょっとしたごたごたがある、って俺が言ったの、覚えてるか?」
「ああ」
「サンジ、」
翡翠の双眸がわずかに細められ。
「状況が変わった。しばらく戻れねえけど、待ってろ」
抱き込まれた、と思ったら。うなじ近くに唇と尖った歯先を感じ
立ってなどいられなくなった
「・・・ゾ、ロ―――?」
「身内の確執、ってやつだ。だから、俺がいない間は。おまえ絶対、外に出るなよ。いいな?」
何度もそう念を押し。半分、惚けたままの俺はそのまま車に押し込まれていた。



血を、飲まれていた。



--- Gravity ---

ゾロがいきなりいなくなって10日はどこへも外出しなかった。けれど、13日目にどうしてもアカデミーまで
でかける必要がでてきた。ドクターから、久しぶりに学都に戻ってきたから会えないかい、と連絡が入り。
「坊や、元気そうだね」
そう言って顔をくしゃくしゃにして笑うのを、1年振りに目にして。自分がどんなにこの人を好きだったか、
思い出した。

リフトの鉄の扉を開けて、ドアへと向いかけ、その脇に静かに立つ姿に足が止まる。

「・・・・ゾロ?」
すい、と壁から背を離し。開け放たれた非常階段への扉から差し込む光でシルエットになった姿は僅かに
首を傾けるようにする。そしていきなり非常階段から7階分の距離を、肩に担ぎ上げれ地上に向って跳躍
されたら誰だって、動揺する。


そのまま大通りの方に半ば引きずられるようにして連れ出され
「おい、おまえ一体なに―――」

頭上で空気の切り裂かれる音がした。なに、
目の前の背中が振り向いたのと、後ろに見えたロフトのすべての窓から炎が噴きだし一瞬送れて
爆発音が届いたのはほぼ同時だった。噴き出す炎と降りかかるガラス、鳴り響くクラクションの音が

すべて消失して   ヤツの面影を濃く残す男は尖った犬歯を見せつけるようにして
うっすらと嘲った。


「あんた、誰だ」

一歩、後ずさろうとしたら、両脇から腕が伸びてきて拘束された。ちくしょ、いつのまに、
「自分を屠る者の名を知りたいか?」
顔を覗き込んでくる。
「おれは、奴がキライなんだよ、もうずっと永い間。やっと、弱みをみつけた」
「・・・な、に言って」
「おまえだよ、」
イキナリ顎を掴まれる。
「やっと、みつけた」
首筋に、針が突きたてられるのを、やけにはっきりと感じ取った。


明らかに目的をもって与えられたダメージは無駄が無い。倒れこんだところを上着を引き剥がされた。
抵抗したらまた確実に、ちょうど意識が半分浮く程度に殴られて引き破かれたうえに後ろ手に縛り上げられて、ご丁寧に低い位置で鉄柱に括り付けられた。随分と長い間、身体の自由がある程度戻ってくるまでは何も
起こる気配は無かった。石の床に座らされたままどうにか周りを見回してみても、わかるのは長いこと使われていない倉庫らしいということくらいで。随分と高いところに窓があり、薄闇が落ちてきていた。こんな場所は
いくらでもある。見当なんて、全然つかなかった。


ぼんやりと、自分はこんなとこで死んじまうのかな、と他人事のように思っていた。
多分、無事には帰れないだろうな、とも。

あれほど家から出るなっていわれてたのに、アイツ、怒るだろうなぁ、と。

再び扉の開けられる音が聞えてくるまでは。


「あんた、誰だよ」
近づいてくる影に言った。
「おまえなどに告げる気はないよ、」
肩に靴先が押し当てられそう言って寄越した奴は。
「奴はここに来るさ、その時には多分おまえは死体になってるけどね、持たないだろうよ」
す、と長刀が目の前に突き出された。ぎらり、と鋼が薄闇の中でも重く光を照り返し。
「これはね、奴がもう随分と昔に使っていた物だ。これで、おまえの命を少しずつ絶ってやろう」
肩口に切っ先が押し当てられ、肌にじわり、と切り込んでくるのを。唇を噛みしめて耐えた。

「へえ?命乞いは無しか・・・。見かけによらず気の強い」
刃先はいったん離れ、また、喉もとに鋼の触れる感触。少し、男の眼が細められた。
「ああ、でも震えている―――やはり怖いんだろう?」
精いっぱい、睨み付けるしかできなかった。
「なるほど。美しい色だ。寵愛するはずだな、おまえを」

くすくすとヤツの面影がわらった。後ろの壁に刃先が突き立てらた。刀身がノドに押し当てられ、
声が出せなくなった。そして手が、降りてきて。膝をわる。吐き気がした。
「やめ―――」
「動くな、」耳元で声が囁く。
「頚動脈が切れる」
指が、足の内側に滑り込んできた。
「――― ッく、」
右手が柄にかけられ、熱い糸が首に押し当てられた気がした。

「言うことを聞いた方がいい。奴に合う前に、死んでしまうから。そんなのは嫌だろう?」
刃はすぐに鋼の冷たさを取り戻し、肌に切り込んできた。また、冷たい指が肩をたどる。
「泣いているのか―――?可哀相に」
俺を映してる、ガラスじみた瞳。冷たい整った貌。肩から、首筋へとまた遡り。
「―――ッ、」
塩からい水が、唇に落ちてくる。ちくしょ、涙だ。
ゆっくりと、舌が唇を割った。絡み取られ、息が詰まるほど長く、強く吸われた。地獄みたいな永遠。
唇が離され、やけに生々しく奴の唇が濡れて僅かな光りを映した。

「血の味がした―――」
急に顎を掴まれ口を噛み合わせられ 息が、できずに。
「―――っう、」
上向かされた首筋にやけにはっきりと、血の伝う流れを感じていた。
やっと解放され激しく息を吸う俺を見て、また小さく笑った。
「他人の体にまだ慣れていないんだな。抱かれてはいないのか?」
「ヤツは、あんたと違って正気だからね、」
「強がりを言って―――」

顔に長く落ちかかった髪を、指先がぬぐった。触れられる度に体の底から悪寒が湧く。優しいともいえる
ような笑みが目の前に。

「計画は、変更だ。すぐに殺すのは止めにしよう。そうだな、おまえの身体が悦ぶごとに、少しづつ
切り裂こうか、」

「狂ってる、」
・・・っくしょ、声が震えてやがる。
眼を閉じるしかなかった。そのままでいたらきっと、涙を流したと思うから。

「恐がらなくていい、」
手が、内ももを上がっていく。体を動かすことさえできなかった。
「おまえの精はうまいよ、血はもっと甘美だろうな」
声と一緒に手が動くのを、やけにはっきりと意識した。
傷口を唇でなぞられ舌先で広げられたとき、詰めていた息がもれた。血の流れに沿って肩先まで降りてくる。
「そう、声、だせよ」
絹のほどける音がして、閉じていた瞼に布がきつく押し当てられた。
耳慣れない言葉と、重い扉の閉じられる音が、ただ響き。

腰骨をたどる舌のおとす熱と、顔に、唇に触れてくる指に
嗚咽がこぼれ
無理矢理に身体の奥に溜め込まれていく感覚と

ちいさく嘲う息と、膝を捕まれる感触に
喉が鳴りかけ

一瞬でも早い終わりを願い それが何を意味していようとも
ただ、ひとことでも告げたかったといまになって
わかる

刃が、壁から抜かれるのを  感じた
とき


「雑魚が。以前と一緒と思うな。変成して2ヶ月以上経ってんだ、おまえらが相手にできるか」
    ―――聞えた。

どこかで、重い扉の無理矢理に開かれる音

静かな、足音が。

「そいつを。放せ」
喉にあてられていた刃先が瞬間、僅かに跳ねた。全細胞の触感は首筋に、全神経は聴覚に反応する。

「放せって、いってるんだよ・・・」
肩を掴んでいる手が、小さく震えた。

ゆっくりとそれが離れていき
叫び声が聞えた  耳慣れない言語

「おまえも大概あきらめの悪い奴だな、」
知己にでもかけるような反って柔らかな口調。
「おまえの従者なんぞ、とっくに死んでる」
ひやりとした空気が動く。蛇の泳ぐ水面のようにそれは流れ。

「お前。一族間での殺しはタブーだぞ、」
嘲るような声は一瞬言葉をなくし   軽く、息を呑む音が
「―――それは。まさか、黒刀か・・・・・?頭首が?」
「ああ。残念だったな。死ねよ。頭首からも承諾済みだ、」
鋼が、固い床を擦る音が長く、甲高く続き 近づき
「なぁ、ブラム・・・・?伴侶に手を掛けるのも、最大の禁忌じゃなかったか―――?」

「眼、閉じてろ」
最後のセンテンスは、俺にむけて、だった。

鋼が虚空を切り裂く音と、波動が

波  かと    半身に降り被る生暖かな飛沫
死にかけたネコのような吐息が
鋼が突きたてられたのか、壁が振動する。

「テメエでも首半分落されたら、死ぬか?」
静かな声だけが、きこえた。

そして

眼を覆っていた布を外されても。拭うように頬を撫でてくるヤツのひんやりした手を感じても。
柔らかな布ごと抱き込まれるようにされても
眼を閉じたまま、精一杯の、ちからで。きつく首に腕をまわして
ただもう馬鹿みたいに なんどもなんども
名前だけを、呼んでいた
耳元で風のきれる音を聞いたような
名前だけを、呼んでいた。



--- Say You Love Me ---

さあああ、っと柔らかくあたる温水の感覚に、どうにか知覚が戻ってきた。
どこだ、ここ――― この手、
「・・・・・ゾ、ロ?」
「ああ、」
乾いた音をたてて水が止められ。
タオルが差し出されてきた。
その手を。きつく、捕まえて。頬におしあてるようにした。
「、おい」
笑いを含んだような声が、おりてくるけれど。

放さなかった。
「―――放せ。いま、おまえに触れたら。餓えてるからな、喰い殺しちまうかもしれねえぞ?」
「いい、から。ゾロ、飢えてるなら、」
手首に、手首のうら、手のひらにくちづけて、指先にまで舌を這わせた。
そのまま口に含もうとしたら
髪に荒く手を差し入れられ上向かされた
俺は多分、わらったんだと思う  その眼に確かな渇望をみつけて。



つめ  指先

指のはら

ゆび

手のひら 

手  

握りこむ手

そういった全部に一々かんじる
「・・・・ア、アァ、あッ」

きれぎれに口から洩れる声に呼応して
押し付けられる熱に 身体が震え
かすめる息にさえ 身体は融ける

かたく押さえ込まれて 舌でくちびるを辿られて声も出せずに
惹き起こされた淫みを身体の揺れるのに任せてすこしでも放とうとするのに
動く事さえ叶わずに 手が 総てが それをさせずに
内から沸きあがるすべてが“吸い取られていく”

淫売並みに 鳴いて ねだって
おまえに触れさせろ、と どうにかなりそうな頭で
きれぎれに

ゆるされず

内で蠢くゆびさきとゆび
吐精させられる
ゆっくりと胸を下肢を 這う舌と
ときおり立てられる歯に
・・・・喰われてるんだ―――



すとん、と納得した
膝裏に口づけられて なにも考えられなくなった




もう何度目になるのかわからない
蕩けきった最奥をまた内から刺激されて身体がはねあがる
「・・・・も、やだ・・・―――う、あっ・・アッ、」
生ぬるい空気はいくら吸い込んでも、もう喘ぐ声しか出てこさせずに
響いてくる音に羞恥などとうに焼き切れて

「悪ぃ、俺も加減がきかねえ、」
耳もとに落とし込まれた声だけで、身体がまた反応しかける。
「言っただろう・・・・?」
「―――や・・・ぁ、たすけ・・・・」
流す涙さえ唇で掬いとられて、痛みさえ伴う甘さに足元から追い上げられ

「ゾ、ロ・・・ッ、」
聞き入れられずに
目尻を伝うのは自分の体温にまで高められたかのような、溢れてくる

「乾いてたんだよ」
耳朶を唇ではさみこまれる。
そのあいだも止まない内からの淫みに身体が限界をうったえても。
口づけられてまた高みへとさらわれる

最奥の一層押し開かれたのを感じたのと 首もとに強く歯を立てられたのと同じに
「・・・・・ッアアッ――」
達したのにそれは終わらなくて 足先から首もとまで尖ったなにかが身体の中心を遡り
「―――ひ、あッ・・アッ・・」
悦楽の波の頂点にひきあげられたままで
このまま、死ぬのかと思った。

牙の皮フに差し入れられる音を、抵抗を続けた血管の弾ける音が聞こえた気がした。
そうして、肌を陽に焼きすぎたような、血管をガラスの粒が通り抜ける痺れ。
血の流れが遡って、太陽に吸い込まれていく。手が、もう麻痺して動かない。
身体がカラカラで喉が焼け付く。閉じているはずの目に見えるのは砂丘、蜃気楼、吹き付ける熱の風、
ゆらゆらと立ち上がる人影、手招きしてる―――。

ブラックアウト寸前に

「大丈夫だ。ただ、感じていろ」
耳と、身体に馴染んだ低い声が直接、響いてくる。


まだ、生きてる―――?
このまま死んだほうがラクだと思うくらい必死になって
あたまを、肩を抱きこむようにするけれど、何も見えずに


どくん、と大きく脈打って


ああ、ゾロ・・・?



唇に 舌さきに おちてきたのは―――血
理解しようとする前に 身体が統べてを放棄した






・・・・・・いきてる。


見慣れない象牙色の天井をみあげて、まず思ったこと。
のろのろとクロゼットから適当に服を取り出して、広い室内のどこにもヤツの姿がないのを妙に納得した。

ベッドでも思ったことだけれど。
シャワーを浴びにいったバスルームで、まざまざと残る情交の跡に我ながら失笑する。
「はじめてだってのに、キツすぎ・・・」

それでもそのほかの事は、もう現実味もなくてぼんやりと曖昧になっている。
そうして、鏡にうつる首もとの噛跡に改めて、正体を知る。
あとはもう、熱い湯が身体を流れるのに任せていた。思考停止が、調度良い。

どうにか服をきて、バスルームの鏡にそのまま額を預けるようにしていた。
後ろの方でやがてドアが静かに開けられるのをぼんやりと感じ。
ああ、もどってきたんだな、そんなことを考えた。
そうしたら
次の瞬間には。



とさり、と。ソファに座らされていた。

「な・・・」
卓上に置かれていたものに声が途切れる。柄の方を俺に向けて、それはゆっくりと差し出され。
目を上げると、そこにはどこまでも硬質な光を湛えた眸。
それは俺から逸らされることはなくて。 
瞬きさえ、するのをわすれた。



指先が俺の輪郭をたどり。
痛みにでも耐えているように、わずかに眉が寄せられ。聞こえたものは。


「俺が。手前ェ勝手に、おまえを伴侶に選んだ。解かれたければ」
―――俺を滅ぼせ


ゆっくりと発せられた言葉がきちんと俺の中で意味を持つまで、ずいぶんと時間がかかり。
問い返そうにも、もう瞳は、静かに閉じられていた。
刃物の柄には、極細画のような彫りが刻まれ、相当に時代を経てきたものだと容易にわかる。
それでも、鋼の放つ光はそれが装飾などではないことを充分に物語り。


開げられた合わせ目からのぞく、微かに残る左肩からの傷跡。
近づき、静かに上下する胸元に手を添え


微かな鼓動を唇で確かめた。


「どうして、そうなる、」
ゆるやかに開かれた双眸を真近にみつめる。
「・・・連れて行け。」

様々な彩がその黄金に縁取られた翡翠の眸に浮かび、流れ。
そうして
僅かに細められる
それはまぎれもないない、おまえのわらい方で。
了承の、しるし。







####

よっしゃ色っぽい話!!と果敢に?お題に挑戦してはみたのですが。だって吸血鬼モノなんて、エロティック♪。
うひゃああ・・・・無謀でした。色っぽさ、ぜんぜん足りないィ!!あああ我に艶物の才能なし!マチガエマシタ。
玉砕して果てました。空まわりぃーううう。Umiさま、せっかくオイシイのいただいたのに・・・・こんなんです。もうね、いっぱいいっぱいです――。奉げさせていただきます。機会があれば、また勉強して出直しますです。とりえは、長さだけ?
取り柄じゃないってそんなのバカモノーッ(冷汗)。




for more information about this series