―――エピローグ―――

すう、と。
静かにドアが閉じられ、鮮やかな残像を残してまるでブラッドハウンドが躍動していくように……「狩り」に生来の身軽さとはまた別次元の、悪魔めいた軽やかさで走り抜けていった姿をヒトならぬ眼だけが捉えることが出来、スカッドが、一瞬言葉を無くしていた。
ジェイクの纏う空気の色が、とても明るく煌いて、それでいて硬質であることに変わりはなかったけれども。

どこか、いつも肩を強張らせているような存在の重さを問い続けていたような重たさは、すっかりと溶け出し、まるでその名残さえも見当たらなかった、どこにも。
煌いたブルーは、“生きている”ことを享受し、新しい世界に挑んでいた。

ジェイ、と呟き。
自然と、内から湧き起こる漣に耐え切れなくなり、スカッドが笑い始めた。
ジェイ、あんた、とんでもねぇ、と。
在るがままの生を受け止め、その力に臆することもなく。狩る者であり続けることに何の躊躇いもなく。
その言葉は自信に満ちて、どこか軽やかだったことにもいまになってスカッドが気付いた。

「おれ、あんたがすげえすきなんだ、」
何度も思い返したことを唇に上らせる。
「どうしようもねぇな、ジェイ。もっと魅力的になっちまいやがってあんた一体どうしたいんだよ、」
おれ、あんたナシじゃもう生きてけねえじゃん、と軽口めいてスカッドがわらう。

幾つもの暗い存在、同族を、主を屠られ怒りに震えているモノたち、それが近づいてくるのも判る。
そして、誰に教わることもなく、ジェイクが大広間を突っ切った小部屋から二振りの古い太刀をちらりと検分し、軽く掌に載せてその重量とバランスを、まるでハナウタでも謳いだしかねない風情で試していることも。

おれの「美しいこども」は同族にとって「最も忌まわしいハンタァ」で。
ハーフデーモンであったのに、今では………
「ナイトウォーカー……?」
ベッドに浅く腰掛けながら、スカッドが首を傾げた。
いや、多分………銀の銃弾に触れることが出来たということは―――

「―――きっと、“ディ・ウォーカー”だ、」
くくっと笑ったまま、スカッドがベッドにそのまま勢い良く背中を預けた。
エルダーの誰かから聞いた、遠い昔に在ったという存在。陽を畏れなかったそのモノはハーフ・ヴァンパイアだったというけれども。
ふわり、と。まだ残るジェイクの香りに包まれスカッドは喉を鳴らせるならばいまだな、と思い至りまた笑みを深くした。

ミナウ、あんたの「こどもたち」は確かにすげぇ「罠」だよ。
そう、何の悲憤も交えずにさらりと意識する。
摂理など関係ない、とうに。
自分はジェイと在る、それだけが重要なことで。
ヒトの世の安寧は、天使が見守ればいい。
下界の悪魔は上に遊びにくるなら、ジェイクに追い返されて。
おれたちの同族は―――エルダーの異端のこどもたちを憎むだろう。
それでも………

「おれは、ジェイだけをあいしてる」

それだけがアタリマエのことで。
同じだけの想いも、返されていることを“知って”いる。

キン、と眼の奥が痛んだ。
それと同時に、叫び声が長く響く。
あぁ、到着だ、“ブラッド・パック”の、と。スカッドが僅かに身体をベッドから起こした。
力試しがしたくて仕方ないような、それでいて怜悧に研ぎ澄まされたジェイクの気配も伝わってくる。

おれもお腹すいたよ、ジェイ、と。
甘ったれた独り言を洩らし、スカッドがまた小さく笑うとベッドに大人しく横になった。

なぁ、早く戻ってこい?
だって、あんたさっきおれとシたのが一番気持ちよかった、なんて言ったけどさ。
すぐにそんな感想、あっさり吹き飛ばしてやるから。





FIN*