Who Feels Love?

---rollin’---
「おれのとこのコたちは上モノ揃い」
唇の端をワザと嫌みったらしくひきあげてみせても。
こいつは、自分の容姿を堕としめることに失敗している。


「エスコトート」だろうと「グルーピー」だろうと「バンドエイド」だろうとモデルだろうと呼び方
なんて
なんでも良い、とにかくライブあとのバカ騒ぎにキレイなオンナは欠かせないだろう、
っていうのが
理由で。コイツは「プッシャー」だ。特別に上等なオンナをいつも適当な時間に
適当な人数揃えて、
クラブやホテルのスイートや、もううんざりするほどの「パーティ」場所に
アレンジする。
「女衒」とも言ったっけ?ムカシの言い方は、たしか。本人の方がよっぽど
商品価値高そうだけどな。
いつもふらっと現れては、いつのまにか消えていた。
知らずに、眼に入ってくるようになっていた。


「抱くのは、もう、うんざりだな。飽きた。ハツモノばっか。商品検査してるみてぇ」
細く高く煙をその唇の間から上らせ。
「妙に慣れたオンナや巧すぎるのも、けっこう飽きるぜ?」
俺の言ったのに、そいつは小さくわらい。
よくいうぜ、と。どうせカオも覚えてないようなヤツがナマイキに。とかなんとか。


こいつと、そのとき初めて言葉を交わした。
名前も、しらなかった。



---livin’it up---
砂を食むユメをみた。
掌に砂をすくい上げ、それをまるで水のように顔に浴びた。砂を食む。


・・・・ヤバイ、と自分に警告を出す。
NYでの住処は、あいかわらずいつものGiraffeのスイート、気分の良い部屋のはずが。ダメだ。
となりで眠る背中のカーブも。だんだんと邪魔に思えてくる。


ざらざらとまだ砂の感触が喉に残り。


はやく起きて、出ていかねえかな。
起こすか?手っ取り早く。
肩に口づけてみる。キレイなオンナだけどな。別にそれだけだ。


いつから全部にうんざりし始めたんだろう。1,000人キャパのハコが完売してシャンパンシャワーを
盛大に振りまいて大笑いしていたのは。まだ、たった1年前の話だ。


なんだろう、乾いた膜が張り付いている気がする。なにもかもが、面倒くせえ。
ツアーは好きだったはずなんだけどな、本当は。毎日がチューンアウト寸前のメリイゴーランド。
音の中で煽られた客が叫び、意識が吹っ飛んで。混沌から確かになにかが一瞬、生まれ出る。
空気の熱と拡がりと一緒にそれはすぐに飲まれていくけれど。
たしかに感じ取れていたのに、このごろは、ダメだ。ワールドツアーの締め括りはNY5デイズなんて
悪い冗談にしか思えない。



「ゾ―ロ。いままで冷めまくってたツケがきてんだぜ、それってよ。」
エースがからかうように言ってきても。ただいつもみたいに軽く頭をはたいて終わりにした。
「恋の一つでもしてみろよ!」
ばぁっと大げさに両腕を広げて。わらってみせる。この声と。勝手に出てくるライムとリリック。
世界中で、多分5番目くらいには好かれてるんじゃないか、っていうくらいの笑い顔。
恋の数だけタトゥを入れたがるクセはどうにかした方が良いだろうけど。もう見える所に空きが無い。
「まーなぁ、昔っから歩いただけでオンナが附いてくるんじゃショウガナイか」
「ウルセエよ」
ヤツの座っていた椅子を軽く蹴り上げてバックステージを先に出たのは、昨日の話。



まだ眠るままのオンナを残してうざったい気分のままホテルを出て、ロウア―イーストまで

出かけることにした。


キューブガラスのパーティションの向こうから「ガキがきたか!」っていきなり声がした。
「そのガキ使ってガキから搾取してナニが面白いかねあんたは」
「は!」
とシャンクスは笑い。
「夢は売ってナンボなんだよ。てめえらみたいなクソガキ、俺じゃなけきゃあ誰が面倒みるよ?よし。
これから俺のこと“お頭”と呼べ。クソガキ」

テーブルに脚を投げ上げて、にや、と笑う。
「アホか!」


精肉工場だったのをそのままぶち抜きにしてだだっ広い事務所に改装しレーベルと自分のオフィスに
さっさとしちまったここは、コイツのNYでの仕事場。最初に会った時はよくこれに社会生活が出来るもん
だと思っていたけれど。ただ単に誰も手がつけられないから放し飼い状態になっているだけだったって
ことが今になってわかる。現に、自分のとこのスタッフからもその点は諦められている。



今でこそミリオン、ダブルミリオンなんて出してるやつらを、見つけ出してきてプロデュースするとさっさと
世界の半分を渡し。これからってときにたまたま俺たちのライブを観にきたコイツは連中をこれまたいさぎ
よく手放して、フリーになったと思ったら。おまえらの方がおもしれえっつって自分達の好きなようにしか
やってこなかった俺たちの手に残りの世界の半分を掴ませて。「野望だ!世界征服!」とか横で笑って
言いやがった。



「好きにギター弾いて、好きなように音楽やってのしあがって、くそガキが堅気の生涯年収何倍稼いだ?
何が不満だよ、オラ。スランプなんてのはあと2−3年苦労してからなるモンだぜ」

ゴン、と拳でヒトのこと殴ってきやがる。
それでも、さっきから電話が一回もならないのは。秘書に全部切らせているからだろう。ケイタイは何故か
水槽に沈んでるし。それも
3個。


「不満、ききてぇ―――?」
「いいや。ガキのわがまま聞くほどヒマじゃねえ」
しっしっ、とか手、振りやがって。
「ほら、リハにでも行って来い」
「ききてぇ?“オカシラ”。」


「うん。なんだ?」
たのむ。勝手に椅子に座らせんな。
「あのゴツいセキュリティが、気にきにくわねえ。なんでバックステージにまであんなに付けるんだ?」
「あきらめろ。おまえらもうレコード会社の“資産”なんだから。何なら元大統領護衛官のイイオンナでも
つけてやろうか?」

「―――エースがよろこぶだけだ、ヤメロ」
けらけらとシャンクスは笑い始め。
「ヤツなら楽屋ではじめかねねえーな、たしかに!さすがにオマエ付き合いが長いだけあるな!」
ひとしきり笑って、次は、ときいて来た。
「休みくれ」
「・・・・どれ位?」
「このツアー終わったら。レコーディング始まるまで」


なんとなく、今朝の夢の話をしていた。

「このままだと、俺は曲もかけねえから」
珍しくマジメな顔してヒトの話を聴いていた。
「オーケー小僧」
シャンクスはがさがさとヒトの頭をしっちゃかめっちゃかにして。
「おまえがそんなの言ってくるの、初めてだもんな。いいぜ。で、リハ何時からなんだ?」
「へえ。あんた、来るのか」
「まあな。明日が初日だろ」
「ああ」
立ち上がった。


「せいぜいガキども泣かして来い」
そういって、にっ、とし。
「了解、オカシラ」
すっげえうれしそうに、ガキみたいに笑う声が背中にぶつかった。
「きょう、デラーノのペントハウス!10時には来いよっ」
その声にひらひらと手を振った。
そして、ちら、と。あのプッシャーのことが頭をかすめた。また、ヤツも姿をみせるんだろうか、と。



---rollin’---
白で統一されたインテリアのペントハウスに。夜半近くに顔を出したら、囲まれた。
適当にあしらって、つら、と見回し。赤頭と黒頭をみつける。エースはすぐに視線に気づくとぶんぶん
手を振り。苦笑するしかなくなる。



放っておいてテラスの方へ向ったら、いた。細身の黒のスーツ。タバコを咥えて風にでもあたっている
風だった。薄闇の中、その皙い横顔がオレンジの小さな火に浮かび。なんとなく、ヤツがそろそろ
消える気でいるのが伝わってきた。



だから、気まぐれで近づいてみたんだ、退屈しのぎに。ここにいる人間の中で、こいつが一番
面白そうだった。



「ああ、あんたか。よお、」
そう言って、前に立った俺にかすかに笑って見せた。
「おまえ、プッシャーだろ」
ヤツは片眉を引き上げる。
「じゃあついでに教えてやる。俺は一流だぜ?顧客満足度9割強」
「調度良い。ディール、作ってくれよ」
へえ?とでもいう風に唇が三日月の形を模り。
「いいぜ。でも、フィーはあんたの相手に渡してやってくれ。俺はあとからコミッションもらうから。
で?リクエストはなんだ?」



「おまえの持ち駒で、ハジメテのっていないか?」
「どこのオヤジだよてめえ?!」
「だから、飽きたんだよ、」
あーあ、と前に一度交わした話を思い出した風にヤツはうなずき。
「おまえさぁ。ちらっと声かけたら腐るほど素人サンが付いてくるだろうが、それこそ」
「それはうざってえ。ファンとはヤラねえ主義」
ちょっと待ってろ、そう言うと。ケイタイ片手にテラスの端のほうへ移り。
吹き抜ける風に金の髪が暗い中でも流れるのが見える。しばらくたってもどってきたヤツは
軽く肩をすくめて見せた。


「ワルイな、ダメだわ。マジ、いねえ。俺くらいだ、そんなの」

ガーデンテーブルに置いてあったシャンパングラスを空にし、じゃあな、といなくなろうとする。
「じゃあ、てめえでもいいぜ」
「はぁ?フザケンナ。俺は身体なんざ売らねぇよ」
「てことはハジメテだろ。ちょうどいいんじゃねえ?」
「てめえ・・・」
「勘違いするなよ?俺は来るものは拒まずなんだよ」
「―――ムチャクチャな面倒くさがりだな」
別に否定もしなかった。一通り、抱く相手は大体の種類のを試してみていたし。気まぐれと退屈しのぎ。
ただ、きまって次の日はえらく面倒くさくなってうんざりすることの繰り返しで、自分でもバカだとは
わかってはいる。


そろそろからかうのも止めようかと思ったとき、カードテーブルが目に入ってきた。ああ、コイツのこと
賭けるのも面白いかもしれない。

「じゃあ、ディールの変わりに賭けだ、」
「あ?なに言ってんだ」
「おまえは自分を賭けろよ。勝ったら俺はおまえの言値で買う。おまえが勝てば1万ドル」


「で、どうする。逃げるか?」にやりと笑って見せたら。
「―――ンだと?カードで俺に勝とうって?オーケー、勝負しようぜ、」
皮肉めいた光りがアイスブルーの瞳をかすめて通り。
「フン。クソ上等じゃねーか、」
よほど腕前に自信があるのか、ヤツはかるくわらってみせた。
「まあ、俺の勝ちだな」
結果は。
「嘘だろ、」とそう言った目の前のヤツが呟くはめになっていた。


「俺は、高ェぞ?」
「幾らでも。こいよ」
カードをテーブルに放り投げ口許にタバコを持っていこうとしていた手首を、捕まえる。
その細いのに知らずに笑みでも浮かんでたのか、薄青の氷のような色の目がキツイ光をやどし。


おもしろそうだ、と。俺はめずらしく真剣にそう思っていた。


そのまま、ドアの方へと半ば引きずるようにして向い。
「おい!あいつあんな大物お持ち帰りかよ」と言ったシャンクスが口笛を吹いていた事は、俺は
後々になるまで知らなかった。



ホテルへ戻る車の中でも。広いバックシートの左右から全然別の方角を窓から眺め。
お互いに口を開かなかった。ヤツの方からライターの着火音と、かすかに漂うウィードの甘ったるい
匂いが密に上るだけで。やがて細く巻かれたそれが差し出されてきたのに眼をやると、窓から差し
込む極彩色の光を背に僅かに目を細めるようにして、唇の端を引き上げて見せた。猫だな、不意に

そう思った



「名前、なんていうんだ?」
「あ?そんなのどうでもいいだろ。あんたの好きなように呼べ、」
ジャケットをソファに軽く投げ。
「ああ、でもな。キョウダイとかハハオヤの名前ってのは、ナシな。すげーヒクから」
にやりと笑う。


「オマエのが、知りたいんだよ」
「イヤだね」
言い切る。ボタンを外そうとしていた手を引いて口づけた。
「なにしやが―――っ」
身体を離した途端に、思いがけず小さく叫ぶようなその声は。


「俺は、別に男娼を買ったつもりはねえんだよ。“ハジメテ”の奴とやってみてえってだけ」
「いっそクソがつくくらい傲慢な野郎だなオマエ」
拳できつく唇を拭うようにし、睨みつけてくる。
この眼が、融けるところを見てえな、と。そう思った。


「悪ィな。なにしろ世界の半分手に入れちまったガキなもんで」
1日だけだぜ、そんなモン」
「ああ、俺も1日で充分だったんだ」
ふ、とヤツの眼の光りが薄れ。
「・・・・・しょうがねえな、」と呟いた。


「名前、おしえろ」
引き込み、僅かに下にある目線のヤツをまじかにみつめる。オンナと違い、細いけれど身体に
あたる線のすっきりした感覚が気に入った。
あきらめたみたいに小さく吐息と一緒に。聞えてきた。
「ふぅん。俺は、」
「クソ・ロロノアだ」
また、嫌味な笑い方しやがって。テメエそれ、似合ってねえぞ。ちっとも。


「ゾロ、だよ」
瞼に、唇を落とした。腕のなかの身体にわずかに。テンションが走る。肩が、ちいさく跳ねそうになった
のを感じ取る。まるでそれを隠そうとするかのように。

「お手並み拝見といこうぜ?」
からかうように言ってくるけれど。今度は俺が、黙るハメになった。
一瞬でも速くコイツの中に入りたいという欲求と、一瞬でも永くコイツのことをイイヨウに煽り高みに
引き上げていたいというノゾミと。身動きがとれなくなった。



――――なんだ?これは。



さらさらと髪を滑り耳元に口づけてくるヤツの唇の熱に。


「―――ゾロ。抱け、」


思いがけずあまやかな声に。


オボレてみることにした。飛び込んでみなけりゃ、はじまらねえから。



「いくらだ?」
「スターティング・プライスか?1万ドル」



---groove on---
「―――クソ、無茶しやがって、」
バスルームから出てきてそのまま着替えかけていた俺に向って声が届く。
そう毒づいてくる滑らかな背といわず肩といわず無数に散らされているちいさなアザ。
「うごけねえ」
枕の中にうつ伏せに上体を預けて半ばヤケにでもなったみたいに睨み付けてくる。
開け放した窓からの陽に透けて淡い紗のような長い前髪が半顔を覆い、まだ微かにもつれる
ようなのはオレが、さんざん、引っ掻き回したからだろう。


「ちょうどいい。俺が戻るまでそのまま待ってろよ」
「ふざけやが、」
声が掠れ言葉がとぎれる。水、そう言ってそのまま顔を伏せ。
身体の動くのにあわせて、肩甲骨が浮かび。歯を立ててみたくなった誘惑に抗えなかったことを
思い出した。その証拠が幾つか残っていた。


顎を持ち上げ、上向かせ口づける。含みきれなかった水が顎を伝い首筋まで流れ。

唇が浮いてもまだ舌先が触れているような口接けにそれは変わり。


息継ぎの小さな吐息にさえ自分の耳が悦んでいるのがわかる。それに音を乗せたくて髪に

手を差し入れもう一度深く重ねた。
―――やっぱり、いい声だ。
お互いに、まだ目、閉じないでいるのもどうかとも思うけど。ときおり、アイスブルーに霞むように
劣情が抜ける。身じろぐようにして、唇を浮かせようとする。


「・・・も、やめ―――」
唇がそれ以上言葉を紡ぐまえに、舌でかるく触れて黙らせる。
やめる―――?モッタイねえだろ。
抱くことにばかり確かに上等なオマエが。
キスに初心だなんて、オモシレエ。
昨夜よりは、少しは慣れたみたいだけどな。


まあいいや、出かけるのは少し遅らせよう。

「・・・・マジかよ―――?」
そう小さく言ったヤツも、軽く仰向けにまた上体を倒されても喉の奥で笑って。
つられてこっちまで笑いだすことになり、最後には二人してバカみたいにわらってた。
ある意味、わかりやすかった。お互い、案外快楽に弱い。相手から引き出せるものが気に入ったこと。


抱いた次の日も、面倒くささなどゼロで。「サンジ」が熱に浮かされたみたいになったところで
昨日の契約を、延長させた。こっちにいる間はつきあえ、って内容に。



--- SHAKERMAKER -----
「それ、誰がしたんだ?」
サンジが熱のひいた身体を起こして訊いてきた。その視線の先には俺の右肩。ちょうど肩の上半分
から上腕の3分の1くらいまで、細密に描いたのは年寄りの彫師で。入れていた途中の未完モノ。
墨色と、青とブルーグレイと思い尽く限りの青の濃淡で彩られているのは。他の色を乗せる前にじいさんが
年で参っちまったから。ぱっと見た目は異様に細かい抽象デザインにみえるらしい。

何とかいう昔の絵師の下絵の、ドラゴン。詳しくは知らねえけど。気に入っていたから、それ以来なにも
もう入れてなかった。

「龍だろ。オリエンタルな絵だな」
「ああ、これ入れたのチャイニーズのじいさんだ」


ふうん、というと、ヤツはいきなり肩に、線に沿わせるように舌を這わせ。唇で触れ。

「これと、眼があうんだぜ、おまえとやってるとき。エライ趣味したじいさんだな」
唇に薄く笑みをのせ。
「てめえはどうでも良いけど、俺、てめえの右肩けっこう好きだぜ?」
てめえにはもったいないよな、そう言ってこんどは自分からかるく唇を重ね、ふんわりとわらってみせる。


「やるわけにはいかねえな」

「フン。じゃあさ。あと2日だけ、これ、オレのな」


まるでガキみたいに。

次の日曜までこの本借りとく、とでもいうような気軽さで言うからうっかり、約束しちまった。
いいぜ好きにしろよ、と言って。何でもないつもりだった。

俺の腕をみたエースが。ぎゃあ、と小さくうめくまでは。


バックステージでいつものように、俺は適当に時間を潰して。あいかわらずセキュリティはゴツイし

他のメンバーは律儀にインタビューに答えたりなんぞし。エースは背中のあいたところに
「いまのお気に入り」にタトゥを入れさせてる、ツアー最終日のざわついたそんな中で。


「ゾロ、」とうめいた。
「―――あ?」
肩、おい。うわ、とかわけわかんねえぞ。言葉しゃべれ、言葉。
「それ、ハガタか?や、キスマークだな?」
うああ、と。


たしかに、さっきも抱いたけど。そん時に多分、つけられたんだろう。気にもしなかった。

それがどうかしたかよ。
「なんだよ、うるせえな」
「おまえ、それ」
だれにも触らせなかったろ、と。


言われて初めて思いあたった。
そういえば、そんな気も―――する。
「まえ、パーティのとき。取り巻きがふざけてキスしたらてめえ速攻でそのコのことキッタだろ
結構いい具合だったのに」
「ああ、そんなこともあったな」


けれど頭の中は、それどころじゃなかった。今日の最終日が終われば、俺はNYを離れる。
ゆえに契約は、終結。だから、出てくる前にヤツに話していた。一緒に来て欲しいと。
最初は冗談めかして話を終わらせようとしていたヤツと、半分口論に近くなり。それでも最後に
微かに笑みをのせたヤツの唇にキスを落として出てきてはいたけれど。


ずっと、アラート・サインは鳴りっ放しだった。


ふうん、とかエースは言って。

「やー、てめえもやっとこれでヒトナミだな。俺もうれしーぜ?」
にい。と後ろのコイビトに笑いかけ。
「ゾロが誰かに惚れやがッタぜーぇ」
「だったらどうだってんだよ」
「言う事きいてやるぜ?ナンデモ」
「じゃあ、俺はアンコールには付き合わねえからな、いいか?」
「おおー。いいぜ??」
「「よくねえだろぉおおっ???」」と残りのメンバーがわめくのを俺たちは無視した。


空けておいたリザーブ・シートは当然のごとく埋まらず、アンコールを公約通り放り捨ててただ予想を

確かめるためだけにホテルに戻り。そこもまた、当然の如くカラ。灰皿に何本か残る吸殻だけが、
ヤツの存在を証明していた。


「あの、バカ―――」
いや、俺がバカか、と一人でアタマをとっ散らかしてタクシーに飛び乗った。

バックステージから走り出た俺に向って、「てめえはツメがあまいんだよ」と言ってのけたシャンクスの
からかうようだった声が耳に残り。



---stand by me---
肌があう、という言い方があるのは知っていた。確かに、と納得するしかない。
実際、最初は冷たいさらりとした肌触りや、それが徐々に体温に融けていくことであるとか、腕に
収まる感じや声、アンバランス具合も。ベッドの相手としては文句のつけようがないくらい確かに
「顧客満足度」は最高得点を叩き出してる。とっくに。それだけだったら素直に「客」になっていれば
いいのかもしれない。


だから、余計に始末が悪い。いまさらコイツの中身も、というよりむしろ中身の方が性にあっている
なんて事態に気が付いたりしたら。3日も一緒に過ごせば、大抵のことは見えてくる。


3日目の朝、ハドソン・カフェでメシでも食おうって話になり何となく外を歩いていた。秋になりかけの
それでもまだ少しばかり強さの残る日差しが、久しぶりに気分が良かった。
「おまえ、顔隠したりとかしないのか?」
「ああ、まあな。いまさらだろ」
「フン、そりゃそうか、おまえクソ目立つからなもともと」
「ちんけなキャップ被るハメになるくらいなら俺ぁ死ぬぞ」
けらけらと横でサンジはわらい。それでも、すい、と自分のサングラスを外すと、ほら、と渡してきた。
「なんだ?」
「いや、だけどさ。いくらなんでも目くらい隠しとけ」
そう言って、ふつうに笑った。明るい日差しの下で改めてみれば。アイスブルーと思っていた瞳は
もっと薄い、澄んだ色をしていた。だから思わず手をかざし、影を作った。


「いい。おまえがしてろ」
こいつの素直に驚いたような顔なんて、初めて見た。そうして、気が付いた。
もっと、見てみたいと。みつけていきたいと、自分が思っていたことに。「初めて」を。


遅めの朝食を取り、会場入りするまでの時間をゆっくりと一緒に過ごした。
メトロポリタン美術館なんて、ガキのころに授業で何度か行って以来、足を向けたことなどなかった
けれど。1階のエジプト美術のウィングに慣れた足取りで進むヤツの横について行き。出たのは。
ガラスに囲まれた高い天上の広い空間に。エジプトの神殿がそのまま移築されていた。


Dendorパビリオン。ここが、一番好きなんだ」
そう言って、ほんとうに、うれしそうに振り向いたから。


窓辺に添って低い石の張り出しがあり、そこにずっと居た。一面のガラスから差す光が赤茶けた石に
あたり、影を時間に沿って変え。神殿を取り囲む水のせせらぎが石の床に響き。
明るい光のなかで、ずいぶんとたくさんの話をした。


そして、しん、と静まり返った自分のアタマのなかのどこかで。俺は答えを勝手に出していた。

最悪の始め方しちまったけど。それでも。
連れて行く、と。他の誰でもない、自分は多分コイツが好きなんだろうと。



---the one---
5番街はラッシュアワーで。タクシーを降りて歩道を駆け上る。あいつがいるとしたら、多分。
チケットカウンターに着いた時には閉館時間の2分前で。ゲートを抜け、石の床に高く音が響き。
まっすぐに出口へと流れる人波とは逆に進む。祈るような気持で。


神殿のパビリオンに。

いた。
薄闇に静まり返った紀元前の神殿をみつめ。
夜に融けたようなガラスにもたれかかり、静かにたたずんでいるような姿。
かつん、と響く靴音に。ゆっくりと顔を上げ。


「なにしに来た、」
「決まってる。おまえのこと、とっ捕まえにだよ」
近づく。
「何で、逃げたりしたんだ」
「俺は、」
まっすぐにみつめてくる瞳は、固い光を宿していて。それでも十分見惚れるほどの。
「食べ飽きた頃に無くなってるキャンディでも、おまえの勝手にできるおもちゃでもねえんだよ。
そんなこともわかんねえのかよ。いい加減にしろよ?てめえ」



「そんな金で買えるモン俺が欲しがるわけねーだろ、アホか」
ゆっくりと手を伸ばし。細い首筋に手をあてる。
「今度逃げたら。鎖で繋ぐぞ」
肌の質感を少しばかり指先で堪能してから、浮かせる。


「来ねえのか?」
アイスブルーの瞳が。
融けた。俺の目の前で。
そしてそれは、アクアマリンに変わり。南の、海の色だ。



いつまでも記憶に残るような、あの色。



つれていってやるよ、近いうち。
言葉にださずに。俺はそう考えるだけで。いままでの殻がさらさらと体の横を流れるのを感じた。

音も。戻ってきた。


ほらな。

やっぱりおまえはロリポップなんかじゃなくて。ましてやすぐに無くなるフェイクでもなくて。
3月の雨みたいな。夏の終わりの日の。
俺の、ひどく好きだったモノの総てで。いつもそうであってくれと。



ねがう。



ヒトを抱きしめながらこんなことを言うのは生まれて初めてで。
腕の中のものがイトシイなんてな。
急に強張ってしまった身体を。
羽根を抱くようにそっと抱きしめる。抱き合う事だけで想いが伝わるのなら腕の中で
軋むほどきつく抱いただろう、きっと。


例え入り口を間違えたって、手遅れになる前に俺が見つけた出口はたった一つで。

その先にあるもの。


「来いよ。」命令する。けれどそれはほんとうは懇願だ。
口づけて、誓うか?
おまえはきっとわらうだろう。
くだらねえっつって。


それとも、怒るか?
オレが。
おまえのこと。一生オレのだけにするって言ったら。なあ?





# # #
うん、ツアー終わっててよかたね、ゾロ。ってちがうか。「プリティ・ウーマンな」お題にちらりとでも近寄れてたらいいなぁ。Kaomeさま、奉げさせていただきます。お待たせしたワリには、うううう。私は勝手にリンプとかあのあたりの曲聴いてこれ、ばーっと書いておりました。また長くなってしまいましたが。なのになぜか、ダイジェスト版みたいですね・・・・くぁあああ。



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