WILDISTHEWIND


へびだ。
午後には人影の無い通りに、へびが死んでいる。人工的なミドリ色。
立ち止まった。
熱帯のへびだ。昔、まだうんと子供の頃、本で見たのと同じ。
逃げ出したのか、 捨てられたのか。轢かれてしまって、可哀そうに。

瀟酒な家の並ぶ通りに熱帯のへびがいる。
アカシアの木が揺れて、木蓮の咲いている、真中で。赤い花粉が、ミドリの上に散っている。 頭の横には茶のしみのついた花びらが落ちていた。
覗き込むと、その眼はおどろくほど澄んでいた。水晶よりもサファイアよりもガラス玉より。
冷たく澄んだ、碧の目。 自分の顔と流れる雲を、それは映した。眼球に結晶された小さな宇宙。 こんな眼を、蟻や虫に喰わせるわけにはいかない、と思った。どこかの家の女中に見つけられてごみ箱に放りこませるわけにもいかないし。
やれやれ、と思いながら腕に抱えていた刀を纏めて包んでいた白布を開いてそれをそっと包み、手にして、立った。残されたのは3本の刀。
「しょうがねぇな」
稽古着の帯を服のうえに重ねて巻き、そこに刀を差して。 幾重にも白布で包まれて、ヘビの目は水色になったかななんてバカげたことを考え、さてと思案する。
どうしよう。

白の包みを手に下げて、人気のない通りを見回す。

この辺りで適当な場所といえば、海を見下ろす、あの丘だ。 まだほんのガキだったころ、道場仲間とよく遊びに行った場所はいつも潮風が吹いていた記憶がある。

そこは、記憶にあった通りの場所で。すこし浮いた汗を風がさらっていく。
樹の下にちょうどよい具合に土が見えている場所があった。
歩くたびに鞘のあたる音が妙に耳に付く。普段ならこの程度の勾配などなんでもないのに、汗したのは初めて刀を身に帯びたからなのか。
自分のそんな考えを払うようにゾロは黒鞘で土を穿つ。 飛んだ土くれが頬にあたる。


「遠い道だけど、ゾロは目指すのかい?」
「約束したから」
「そうか。でもね、後ろには屍しか残らない、乾いた血で柄から手が離れない、そんな修羅の道だとキミは知って、言うの?」
「はい」
「そうか。わかったよ」


ある程度やわらかくなった地面を、掘る。ひんやりとした冷たさが指にあたる。 構わず掘り進み、自分の肘までの深さで止めた。
ふ、と息をつき。目に入ったのは黒く汚れた手。 爪の間まで土が入り込んで、一度や二度洗ったくらいでは落ちそうもない汚れ。
血だったら、砂で拭えば落ちるのに。
目指す道の途中で潰えたら、誰かが自分のことを弔ってくれるのだろうか。 そんなことを、考えた。いるわけねえか。
小さな笑い。
「上等だよ、」
誰にともなく言葉が口を突いて出た。
穴に白い布で包まれた死骸を降ろし。 手近に咲いていた黄色の花を折り、その上に置く。
その高台の、海を見下ろす場所にへびを埋め。 立ち上がり、そのまま家へは戻らなかった。 あの眼と同じ色をしていた海へでた。 ずいぶんと遠くに思える、あの日。

なんでこんなことを思いだしたんだろう、樹によりかかったまま思う。 ここからみる景色が、似てるからかな。 きらきらと陽の光をはね返す海と、高い蒼穹。 目を閉じても、瞼には透明度の高すぎる碧が消えない。
ああ、これは。 ヤツの目の色か。
いつも以上に眠りは穏やかに訪れ。それに抵抗する気など無かった。


「てめえは。暇さえありゃ寝っこけやがって。ちったあ起きやがれ、俺が戻ってきたってのに」
丘にゾロを残し街まで買いに戻ったスパイスの入った袋を、おいていったほかの荷物の脇に置く。
「てめえが、この間の味が好きだったって突然言いやがるから。ここまで来たのにわざわざ買いに戻ったんだからよ」
本人が起きていたなら決して口にしない言葉を乱暴に出しながら、片膝をつき、寝ている男の顔に煙を吹きかける。
ざああっと頭上の樹の葉が揺れる。 目を閉じた秀麗な貌に、木漏れ日が複雑な模様をおとす。

ここは、海を望む丘の上で。
柔らかな緑の草が風に揺れ、樹もあって。葉擦れの音もしている。 あの岩だけだった場所とは違う。 それでも、高いところから海をみおろすような場所にいると、足元に病気の猫みたいな不安が擦り寄ってくる。
「ザマぁねえ、」
小さく呟き煙草を地面に押し当てた。 投げ出された両足の間に膝をつき、ゆっくりと顔を近付ける。 蹴らなきゃ起きないとわかってはいても、音を立てないように慎重に。 唇の熱が伝わる距離まで近づく。

なぁ、眼ェあけろよ。 俺、おまえの眼、好きだぜ?どこまでも続く原っぱみたいでさ。 金の風が吹いて、空の高いところから音楽が聞こえてくるような気がする。 おまえにキスされるたび、新しく生まれ変わるみたいな気がするんだ。

そっと唇に自分の唇を押し当て。離れる。
ぱか、と音がしそうに。唐突に翡翠の両目が開いた。
「お?珍しい。起きたか?」
からかい混じりの口調。
「おまえに、呼ばれた気がした」
答える声は真剣で。サンジは言葉に詰まる。 まじかにみつめる瞳に迷いや躊躇いはカケラさえなく。 どこまでも強い光をおびて。 纏わり付いていた不安が溶けてゆく。

この男は、自分の心に不意に銃口を向ける。 俺はいつもそれに撃ち抜かれて。 素直になる。 おれの息をしている理由は―――。

「おまえが好きだよ」

抱き留められた胸は温かで。 背後の海には未来へと向かう仲間と、船が待っている。 そして、どこか暖かい風が流れるなか、自分が戻る直前まで思いだしていたというゾロの話を聞いた。
へびを弔って、故郷を後にした日の話。
「ふん。わかった。そのヘビはおまえのショウネンジダイの象徴なわけだな」
「どこの薮医者だてめえは」
「しっかし!初恋の相手がヘビとはなぁ!驚きだぜ!」
「ちがうだろーが」
その時の決意が痛いほどわかるからわざと軽口を叩く自分を、きっと こいつはわかってるんだと、サンジは思う。 回された腕はいやになるくらい優しい。
「そろそろ、いくか?」
「ああ」
答えと一緒に、手がサンジの髪に滑らされた。


さわさわと足元の草が鳴るなか、細い道を海岸へと降りていく。 遠く、近く潮騒が耳に流れ込んでくる。
隣を歩く男に、ふと、問いかけてみたいと思った。 あの日、15の頃、自分が一歩を踏み出す前によぎった躊躇い。

「なあ。おれが死んだらおまえが弔ってくれるか?」
「あァ?!するかボケ!てめぇが死んだらなァ、」
「ああ。せいぜい花火でもあげるってか?」
「おれも生きてねぇよ。フザケンナ」
まっすぐに自分を見つめ、当たり前のように口をついて出る言葉は。 こいつの言葉は、おれを切裂く。冷たい碧が胸を灼く。 おまえが要るって言えば、命でもやるよ。

「そうか。じゃあ当分死ぬわけにはいかねえな」
「おう。せいぜい努力しやがれってんだ、」
そう言って、細められる碧。

海に出て、正解だった。 修羅の道だろうと。業が深かろうと。 絶対に負けちゃいけねえ理由が自分の中で大きくなる。
もし、側にいるだけでも血で汚れるというなら。俺が返り血をすべて浴びる。
だから。

「横で見ててやるからよ。その、野望への道ってヤツ」


おまえが、生命そのもの。




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おっと。ゾロ、弱っち?なんか、どうも拙宅のサンジ兄さん気質的にはたまにがんがん
タチっぽいような気がします。ああ、いつものことか?!がががん。
ええ、はいゾロサンですとも!それしか書けないもーん。
胸張りつつ、さよーならぁ。