WORD ON A WING




サンジの機嫌が悪い。
いつにはじまったものでもない。気が付いたら、そうなっていた。


「なあ、あいつどうしたんだよ?」
ウソップがぼそぼそと言っている。
ナミが、私に聞かないでョ、最近暑いから嫌なんじゃないの、と返しているけれど。

自分のそばで意識的になんだか無意識なんだか知らないがヤツの話題を上らせんな、と。
ゾロは後部デッキで目を閉じたなりに不機嫌になる。


とりあえず、することはしているけど。
ソレとコレは別、というのも充分にあり得る話だ。いたって健全なオトコなんだし。
相変わらず身体の相性はまったく問題ない、というか逆にお互いに慣れてきた所為もあって、これまで以上に上々というタチの悪さ。

気持だけが、ばらばらで。

 あーめんどくせえ、そんな風にも考えてみる。

けれど、自分にだけその不機嫌が如実に向けられている気がする。ということは多分、自分に原因があるのか?
ナミに対してわらいかけた後に、フイに笑顔が無くなってこっちを睨んでいたりとか。
「さあー食えっ」とテーブルに皿を並べ終わった後、シンクの方へ向いた時に肩の辺りが怒っていたり、とか。

一度、なにがそんなに気に食わないんだと尋ねたら。
それこそ、本気の蹴りが返ってきた。

なんで、連中は気づかねえんだ?
明らかにサンジのやつ、怒ってるだろ。
けれど。
何に対してなのか、と逆に問われたら自分はなにも返せない。

多分俺に、なんだろうな。

あれだけ喜怒哀楽の激しそうなヤツなのに、実際に生の感情は自分にしかぶつけてこない。それがマイナスの方向であることも多々あるけれど。それでも、あれだけプライドの高いヤツが正面きって向ってくるんだから、よしとする自分というのも、サンジにしてみれば「てめえ一人でクソオトナぶりやがってフザケンナコノクソヤロウ」とでも言うんだろう。

「別に余裕かましてるわけじゃねえんだけどな」

誰だって、好きな相手の不機嫌な顔よりは笑ってる顔の方がみたいに決まってる。
自分だって例外じゃない。抱きしめたときに耳元で聞こえる少し押し殺したようなわらい声であるとか。自分の名を呼ぶ時のあまく掠れ気味になる声であるとか。
しばらく聞いていない。

カラダばっかりよくても、意味ねぇし、と。
自分も相当、この不機嫌によりダメージを受けていることをゾロもやっと自覚した。

自覚してしまえば、後は行動あるのみで。
現にいまだって閉じられたキッチンの扉の方から、ぴりぴりした気配が伝わってきている。
また、一人で怒ってやがる。
近寄ったらどうせエライ目にあうんだろうけど、放っておいたらきっと目もあてられないことになる。そんな確信がある。

「なあーゾロ」
目を開けると、マッ逆さまのルフィの顔。太陽を背に。
「・・・なんだよ」
「最近さぁ、サンジのデザートな。ちょっと辛くないかぁ?」
「さあな。俺は食わねェから。どうせおまえの気のせいだろ?」
立ち上がる。
「そっかなー」
「そうだって。それ、ヤツにはいうなよ」
一応念を押し、扉へと向う。

離れたところで考えていても何もはじまらない、との結論に達したゾロは溜め息混じりに思う。わからないならわからないなりに、傍でみてりゃあなんとかなるかもしんねえし、と。


「何か、番犬みたいだな最近のゾロって」
ウソップのこの感想は正鵠を得ていた。

寝てばかりいるのは変わりなくても、それは外ではなくて、サンジが何かと仕事めいたことを
しているラウンジでだったりする。つかずはなれず、というか。

特に会話らしいものをしているわけでもなく。かといって、気詰まりな沈黙があるわけでもなく。でもけっして、穏やか、という風でもない。別の方向を向いていても、背中で相手の事を気に
してでもいるような、微妙な空気。

「まだいつもみたいに派手にやりあってくれてた方が良かったんじゃない?」
とナミ。
「そんなことないぞ!デザートは元にもどった!!」
「あんた何わかんないこと言ってんのよ!」
ナミに向ってルフィはただにこにことしているだけで。
3人はキッチンを覗いていたのだ。

と、いきなり扉が勢いよく開き。

「「おお!ゾロ!」」
「なにやってんだ、てめえら?」
「あら。ジャマしちゃ悪いと思ってたんじゃないの」
そういうナミに向って、ゾロは珍しく溜め息を一つつくと、すたすたと歩いていってしまう。

ナミさん!お茶にしましょう!とサンジが中から賑やかに言うけれど。
ちょっと目の縁に朱が差しているのを、ナミが見逃すはずはなかった。

そうして、お茶の時間が終わる頃に、またふらっとラウンジにゾロがあらわれ。
微かに眉を寄せてゾロの方を見はするけれど黙ったまま、サンジはタバコに火を点ける。
ゾロも黙って、ソファに身体を長く伸ばし。やがて目を閉じてしまう。
寝てばっかで、まんま、イヌだな。こいつ。
そんなことを考えながら、タバコを咥えたままの自分の唇が微かに引き上げられているのを本人は気づかない。結局夕食の支度の時間までそこに座ったままになり、サンジは小さく舌打ちした。

「バカみてぇじゃん。俺」
そう呟かれた声を、眠っているゾロが聞き取れるハズもなく。
ハァ、と大きな吐息が一つ、紫煙に紛れてもらされた。
 



明日の仕込をサンジは終え。テーブルに座ったままのゾロに振り向く。

「俺の、残ってるか?」
「ああ、」
ゾロは小振りなグラスにパスティスを注ぎ。前に押しやるようにする。
タン、と軽く音をたてて空のグラスがテーブルに戻されたのとほぼ同時に。
強い酒を一気に煽ったサンジが、横に距離をおいて座っていた。

「なんで、ここんとこずっといるんだよ、」
「べつに」
「“べつに”、じゃねェだろーが」
「じゃあ、なんとなく、だ」
「テメエ、ケンカ売ってんのか?」
「そんなのが、したいんじゃねえよ」
ゾロはまた、空のグラスに透明な酒を注ぎ足す。

「俺はな、怒ってンだぜ?」
サンジは睨みつけるようなキツイ視線を投げて寄越し。
「ああ。そうらしいな」
あっさりと返されて、心底意外そうな表情を浮かべる相手にゾロはあきれた風に言う。
「あのなぁ、いくらなんでも俺もそこまでバカじゃねェぞ?」
「気がついてたって?」
「あたりまえだろ、」

「理由までは知らねェけど。てめえが俺に腹立ててるのくらい、わかるさ」
「そうか」
「謝らねェからな」
「・・・ア?」

突然の相手の言葉に、口許に持っていきかけていたグラスが途中で止まる。
その手からグラスを取り上げるとゾロは水を加え。サンジの前に置きなおす。
透明な液体が、ゆらゆらと乳白色に変わっていくのをサンジはみていた。

羽根が、ひろがっていくようだと。

ふ、と目をあげると。翡翠のミドリとぶつかった。

「理由はなんだよ?」
「なんのだよ?」
「だから。てめえが何をそこまで怒ってるのかわかんねえから、みてたんだよ」
「へえ・・・?で、何かハッケンでもしやがったか?」
わざと、相手の嫌う口調で返してみても。


「わからねェよ。だから謝りようもねェだろーが」
ただ、真摯な視線が返ってくるだけで。


ふわふわと空を漂う羽根のような、ことばは。捕まえようとすると手からすり抜けていき
頬をかすめて、ひろげた掌のうえにひとりでに降りてくる。


ちがう、と。


先に目を逸らせてそう呟いたのはサンジの方で。


「そんなんじゃ、ねぇよ」
「じゃあ、何だ」
「わかんねぇ?」
「ああ」
そんなのあたりまえだ、とでもいうように。

「そーゆートコだよ。俺がクソムカツイテンのは。いっつもいっつも。何か、俺ばっかてめえのこと好きみたいで、ハラタツ。俺ばっかり、すきだすきだ言ってる気がする」

「てめえは。言葉が足りねえんだよ。わかってはいるけど、別に何も言わなくても伝わってはくるけど。てめえ、無駄にキスとかうまいし、」
ふい、と横を向く。
「けどさ、たまには。ちゃんと言え」


「おまえが、しゃべりすぎるからだ」
黙ってみつめていたゾロが口を開く。

「ンだと?」

「俺は、あんまりそういうのはトクイじゃねえから」
それでも無理矢理に言葉を捕まえようとしているのは伝わってくるから。
サンジは出しかけた罵詈雑言の切っ先を引っ込める。

「たしかに、足りないかもしれないな」
少し苛ついた風にその低い声が響くのは、慣れないことをしようとしているから。

けどな。サンジ。俺にはてめえが何考えてるのかさっぱりわからねえよ。
わからねえと傍にはいれねェのかよ?大事だってことだけじゃ、ダメなのか?」

「・・・ゾロ?」

腕をのばし、問い掛ける細い身体を引き寄せるようにする。

「俺には。なんでてめえがずっと怒ってんのかわからなかったし、どうしたらいいかなんてもっとわからねえ。まいったな、言葉が欲しかっただけなのか?」
「欲しかったんだよ。人間、いっつもすきだすきだばっか言ってると不安になるんだ」

「―――不安?」
「つーか。クソムカツク」

「あのなぁ、」
ゾロが心中複雑そうな表情で自分をみているのをサンジは真近で目にするけれど。
「てめえ普段からヒトのこと馬鹿だの脳がサメ並だの本能だけだの言ってやがるよな」
「ホントのことじゃねーか」
に、と瞳を細めて、それでもサンジは意地の悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「そんなのが、惚れてもいねぇヤツのこと抱きてぇと思うわけねーだろ」
「ソレとコレとは話がべつ・・・」

「じゃねぇんだよ。本能と欲求が直結してっからな。それくらい、わかれ」

金糸を指に滑らせ、耳元に口づけるついでに言葉を送り込み。


「俺が抱きてえと思うのも。みていたいのも。てめえぐらいなんだからよ」


腕のなかの身体から、すうと力のぬけていくのを感じる。
肩口に預けられたひたいが自分に強く押し当てられるのを。
そして、一番ききたかったあまやかなわらい声と、そのあいまのささやき。


じょうでき。やれば出来んじゃん、と。聞こえた。


抱きしめる。
柄にも無く、安堵の気持と愛情と、とりとめのない想いが自分に降り積もるようで。
捕らえどころの無いことばでしか、つたえられない想いもあるのだと。




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はい。ゾロ、考えてます、いっぱいいっぱいです。彼なりに、「躍起になって」はいるらしんですが。
あんまり、伝わってきませんねぇ(涙)。言葉足らずなオトコですので。こんなこともあるかしら、と。
Kikaruさま、素敵リクありがとうございました。調理しきれてないのはワタクシの腕が拙い所為です!

でもね、きっとサンジはちらっと「シアワセ気分」味わってるのでは、と。なんか、初々しい?(バカッ)

彼に免じて許してやってくださいませ。よろしければ、奉げさせていただきますっ。




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