Wish You Were Here



指の間で砂粒が盛り上がるのがわかる。

一歩、一歩意識して歩いているから。
波の表面は、風に翻っていた青い布みたいだ。それに、いつだったかふざけて宝石箱の中身を
ぶちまけたシーツみたいだ。あのときと同じくらい、いろんな色が煌めいてる。

自分が望みを果たそうとするならば。
そのときは、きっと一人きりなのだろうと


最初にここにたどり着いたときも、あのバカは甲板に残っていた。
祝う言葉などちっとも欲しくは無かったけれど。


あいつが呼びに来るまでおまえたちも降りるな、と。
今日は魚のグリルが食いたい、というのと全く同じ口調でヤツがぺろりと口に出した。
すい、と視線がいくつかおれに集まって、またバカに戻って行った。

「じゃあ、待ってる」
明るく通る声が、決定を下した。

ドウモアリガトウ、そんなことを言ったような気がする。


一人で降り立って
砂浜でクツを脱いだ。感情のうねりは、そんなに起きるほうじゃない。自分に関しては。
ここがそうだ、と実感しても。感情の指針が振り切れたのか、涙ばかりがでてきた。
毛布みたいだ、そんなことを思っていた。この青は、目の前で揺れているのは。子供の頃に
包まって眠っていたのと同じ青。ああ、キラキラしてるのがちがうか、と。

砂浜を歩いて、波音を聞いて。
風にもたれかかった。
この瞬間、おれは幸福なんだろう。


そして、
おまえがいまここにいればいいのに


それだけを思った。


暖かさを移す砂に頭を預けて、蒼穹を見上げてみた。
完璧な青。

丸い、半円。青のドームの下で。
風が抜けて、波音が穏やかだった。

この瞬間、おれはひどく幸福だったのに
おまえがここにいればいいのに、そんなことを思っていた。


だからおれは意趣返しをしようと思いついたんだ。
おまえたちを呼びに戻る前に。
その思いつきでおれは、心の底から幸福になれた。嬉しくなった。
歓喜したのだろうと思う。

望みに向かおうとするとき、ヒトは結局一人でしかないのかもしれないけれど。
生まれたときもひとり、そんなことは判ってはいても。
死ぬ時は、不運に見舞われさえしなければ穏やかな生の終わりならば
誰かが手を握ってくれるだろう。

そんな終わり方のできる人間の方が少ないと、おまえはいつだったか笑ったけれど。
まぁ、そうなんだろうけど。こんな物騒なコースを選んでいる自分達にそんな穏やかな
最後の時間なんて、この奇跡を見つけられるのと同じだけ馬鹿げた確率なのかもしれない。


あの日、あの最初に一人で砂浜に降りたとき
おれはきちんと自分のなかで不可侵な場所を作った。小さなヨリドコロ。
サークレッド・プレイス。


なあ、おまえはあそこで何を見つけた?そう、いつだったかおまえが言ってきたとき。
望みを手に入れればおまえにも見せてやるよ、と。おれがこの言葉を返したのは当然のことだろう?


一人で向かった至高は、何の味がしただろう?
おまえ、言葉足らずだもんなぁ、聞いてもムダか。


足音を砂が飲み込む。おれも振り向かない。
変わらない、目印だけを探す。あの岩場を越えた先、丘へと続く緩やかな斜面に小さな
石組みが―――ほら、あった。

おれはね、コレを。
作っていたんだよ。バカみたいにこの場所について一等最初に。


おまえが、敗れたら。肉の欠片でも指の骨でもなんでもいい、
ここに連れて帰ってやろうと思ってさ。

バカだねぇ、なに考えていたんだか。
おれさ、おまえの墓作ってたんだぜ―――?


「―――いるだろう、ここに」


うん。
おまえの向かうものの先に、形が欲しかったのかもしれない。

「縁起でもねェことするな」

ああ、この声は。
後ろから聞こえてくるこれは。きっと、苦笑を浮かべているに違いない。

最初にここに着いたとき、おまえたちが一緒に祝ってくれていたら思いつかなかったさ、こんなこと。

「じゃあ、おれは。まだ生きているし、コレは無用なモノだな」

腕が、石組みに向かって伸ばされた。

カラカラと。
かんたんにそれは砂浜に更地を戻し。
おれの中の、不可侵な場所は。
いつだってそこに入り込んできていたヤツがあっけなく取り去っちまった。


「あーあ、おれからのプレゼントだったのに」

「なあ、サンジ?どうせ祝うなら別のモノにしてくれよ」

「おまえが死んじまったらさ、ここでずーっと一緒にいてやろうとか思ってたのによ」

「そいつは……アリガタイが。おれは、ご覧の通り生きているんだけどな」

「じゃあ、ゾロ。おまえの人生に指針となる言葉をくれてやる」
頬を滑る指先に、ゆっくりと意識をあわせる。
ああ、なんだ言ってみろ、と。わずかに距離を縮めたヤツが。くそう、反則だおまえその声と、
……そんな表情しやがって。


「ジンセイヲムダニスゴスナ。」



―――あ、わらうなよ、おまえ。
そんなヒマがあったら、さっさとキスしてこい。



おれはおまえがここにいて、このうえもなく幸福なんだからよ。








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久々にお話を仕上げてみたら!甘いのか散文なのかあああ、これは。
プレゼント、と聞いてラブラブコメディにいかず、こんな話しか浮かばない私をお許しください。