事変、後。



もしや、とサンジは思った。
眠りからゆっくりと意識が浮き上がるときに、あまりに覚えの強烈にある“あったかさ”が頭のすぐ隣にあった。
「―――まさか、」
意識がことさらゆっくりと模られ始める。
心臓がばくばく言い出し、それと同時に指先が急速に冷えていった。
「もしや?いやまさか、またもしや、いやしかし」
最早、口走る言葉だけ聞いたなら軽い恐慌状態だ。
耳を澄ませば、最早眠りどころの話では無いが理性が急速に目覚めていくのはキケンだと本能的に警告を出してきているのが感じられる。
だからことさらゆっくりと、そろそろと慎重にサンジは意識を聴覚にあわせていき………

“すぴ、”と。
音がしていた、自分の頭の隣で。
すぴ、だ。平仮名だ。
そう、まるでそれはまっくろい、ほんの少し濡れてベルベットのような丸いハナから聞こえてくるのにパーフェクツ!な音だ。大層ぴったりで、うってつけだ、オートクチュールだ。かわいらしいくらいに間違いない音だ。むしろ、天使の奏でるメロディだ、いつもの愛想の欠片も無い寝息に比べたらって………はァあ?!とここでサンジの意識が一回、引っ繰り返った。
“す、ぴ。すぴ”とまた繰り返されるパーフェクツにかわいい寝息。繰り返される音、それだけで。
ふわふわの下の柔毛に覆われて満腹でぽんぽんのまっしろのお腹が膨らんだりへっこんだりしているさまが浮かぶ。
タンポポの綿毛のようなまっしろ、さわると柔らかくてあったかくて無条件に幸福感のシャワーが降り注ぐ。

大いに耳を澄ませていれば、むにむに、と口中でなにか甘ったれたような音がした。ヒトでいうなら、ちゅ、とでもいったバードキスのような口付けをされたような不意打ち。
「―――やべえ、」
とサンジの意識が告げた。
いますぐ目を覚まして確かめなきゃならねえ。つか、ぎゅーってしてえ、ぎゅうって……!と本能レベルで騒ぎ出したいのを押さえ込む。
(ちょっとまて、ちょっと待てちょっとまて。いますぐ目を開けて抱きしめてェなんてのは、クソ、やべえって。また鳴かれでもしたらおれはメロメロだ……!)

そのとき。寝言で聞こえたのだ。

「―――かうか、」

そして、頭皮がちくんっとした。4本の針先より細いちっさなツメが髪に潜り込み潜り抜け。ほわほわむにむにとした前足で押されて。きゅーーっと握り込んで―――
「……ぅわひゃっ!!」
サンジは後先も顧みず奇声と共に飛び起きて、その動きにつられてむにんと伸び上がったその、あったかいちっこい、まあるい、ふこふこしたイキモノを腕の中に抱いてしまっていた。
ぽこん、としたお腹をだして仰向けに自分の腕に何の不思議も覚えずに抱き上げられた小さなものは、まぁるい耳と真ん丸い顔とまっくろなハナをぴくりと動かし、何より素敵な黄色地に黒の縞模様もラブリーな、細こいヒゲもひょこひょこと動くデカイ手足とまんまる目を持ったイキモノは、サンジの顔を眠そうに金色の目で見上げていたが、まっかな口をぱかりと大きく開いて

「かぁう、」

と元気よくかつ眠そうにゴアイサツした。

流星群が降った晩の、GM船上誕生日宴会前夜祭の翌日。
また、「かうかう」とサンジを見上げ、きちんとゴアイサツするイキモノが、舞い降りてしまった。


                                   1.
集合的無意識、というのはオソロシイもので。
おそらく、雨あられと降り注ぐ流れ星を見上げながらゾロを除くGM号の全員が、あのイキモノのことを思ってしまったに違いない。『星に願いを』掛けすぎちまったのである。
あの、ぴん、と長いヒゲがお昼寝のさなかにぴる、と動いた佇まいであるとか。
どう考えても不均衡に大きなまるんとした、毛皮に包まれていたふこふこの手足の“先”であるとか。その裏側にあったまっぴんくの肉球を突付いたときに湧き起こったなんともじんわりした愛情めいたものであるとか。
くるくー、と盛大に喉を鳴らしてイエローダイヤみたいな目が眠くてとろん、としていたことであるとか。
抱き上げたときに体中にひろがった無条件に幸福になってしまったイキモノのあったかさであるとか。
マストでツメ砥ぎをしたときにぴん、とたっていた長い尻尾であるとか。
サンジの足元でころりころりと転がって「かーう。」と鳴いたときの自慢気な様子であるとか。
『また――――みたい!!!』
とあのイキモノを願ってしまったのだ、おそらく。
『モト』が何であろうと、出口が違えば入り口が同じだって目を瞑る、そんな向かうところ敵なしの理屈で、ある朝ひょっこりと物凄いタイミング、ゾロの誕生日だ、に戻ってきたイキモノをクルーは受け入れるどころか熱烈大歓迎だった。
前回のときも、効果は二日ほどであったし、今回のイキモノの登場は飛び切りのオマケのようなものだ、と捕らえていた。もしかしたら12年に一度巡ってくる生まれ年の者の『祝い』なのであるから、その誕生日にもう一度『ギフト』が与えられるのかもしれない、と。
詳しいことはその島を離れてからしばらく経ってしまったジブンたちには知りようもないことなのだ、となんとも逞しくかつあっさりキッチリ、剣士が再びなんともかわいらしいイキモノに変成してしまった、という緊急事態を受け入れたのだった。

そんな、全員の無意識が願ってしまったこと。
前回の顛末も。そもそもが得たいの知れない理由とお神酒と呪い(まじない)で引き起こされたどちらかといえばのほほんとした事件であり、おまけにその絶大なる効果は二日ほどしか継続しなかったので、全員が全員、一応、サンジの片腕にぶら下げられて剣士の誕生日当日の、朝の食卓に登場したイキモノに、困った顔をして見せようと努力したが口元が引き歪んでいた。にかあ、と笑いたかったに違いない。チョッパーにいたっては、目元まで扇形になっている始末だった。
そうやってどうにかもっともらしい顔を作ってはいたが、ロビンは伝説を淡々と告げる間中、口元を抑え気味にしていた。そんなロビン曰く。
「そもそも、”虎月宮の年“の祝い、と島の神官は言っていたのでしょう?でも私たちはだれもあの島の暦のことを知らないわ。まだその”虎月宮“生まれを祝う年なのかもしれないわ」
「気温も、あの島の海域と似てるのよね、潮流も」
とナミが、ひく、と口元を引き攣らせながら言った。手をしっかりと組んで胸前に持ってきているのはなにもコックへのサービスというわけでもなく、そうしていなければすぐにでもしゃがみこんで“ちびちゃいイキモノ”の前に手を差し出してしまうのを抑えている、らしい。
「―――魚だがよ、」
これはサンジだった。
「あの辺りで獲れたのと同じの、実は昨日のディナーに出してたんだよ」
ふーっと煙をソラに返しつつも視線がついつい下へ戻ってしまうのをこれまた抑えている、らしい。なにしろ、「か、か。かーうか」とサンジの足元にぽんぽんのふわっふわの腹をだして、でんぐり返り状態で尻尾を体の下に巻き込んで丸い耳をぴるぴると動かしている“ご機嫌な”イキモノがいるのだ。
「――――――またかよ……、」
ウソップが眉を寄せようとしたがダメだった。そしてもう手はイキモノのために釣竿の先にボールの付いたおもちゃを後ろ手に制作していた。
くりん、と動き。転がったままだけれどもイキモノのまっきいろの目はウソップの背後に覗いた釣竿の先を見逃さなかった。
「くあ、」
と一言。そして、ころり、と転がり前足でサンジの足首に摑まり鳴いた。
「――――サンジ、」
これはチョッパーだった。
「“おかあさん”じゃねェぞ、おれァ」
以前、このちっこいイキモノは刷り込み方式で、サンジを親と認識していたのだ。
「や、そうじゃなくて。ゾロ、“おなかすいた”、って言ってるよ……」
「おれもハラ減ったぞー!メシだーーーっ!よしッ一緒に食うか、ちびッ!!」
船長が叫び。ごっとナミに拳で頭を殴りつけられていた。


朝食がほんわかとした雰囲気のなかで滞りなく終了し。
牛乳もらったイキモノのなかではただ単に「昨日」が「今日」に繋がっただけなのだろう。
その証拠に、ナミともロビンともチョッパーともウソップともルフィとも、サンジにも、まったくなんの警戒もなくとてとてと向かって走ってき、としんとぶつかり、膝にツメを生地に立ててよじ登り、肩に乗りかかり、をしていた。
初めてみた相手にとる態度ではない。だから余計にクルー全員がメロメロだった。この小さな丸い頭のなかに記憶が詰まっているのだ、自分たちの。

「すごいわ、このこかわいすぎる、」
とナミが言っていた。イメージの切り離し大成功である。
平素の態度と正反対の要素が強調されてしまうマジナイであるのだから、普段の無愛想剣士はむしろいまはナミとロビンの『天使ちゃん』なのだ。すっかり二人の頭のなかでは剣士とイキモノは切り離されている。それはGM号の船長筆頭に、オトコメンヴァーにとっても同じことらしかった。


                                   2.
いや、だがしかし、とサンジは考えた。
誕生日の前祝い、と称して予想外に巨大だった食材(魚だった)を使って何皿も仕上げ、なんだか気候も良いし機嫌も良いし甲板でそのままディーナーだな、などと思いたって全員で騒ぎ。
夜半、起こったのは尋常では無い数の例の流星群騒ぎだった。ソラ一面から海に向かって天上にある全部の星が落っこちてくるかと思えるほどの星に。まァ、みんなして願っちゃったとはいえ。
当の本人はその間の、イキモノにころっとなっちまってた頃の記憶は無いのだから願うはずもない。おそらく、そのときは酒が美味い、とか。コックの髪がキラキラしてンな、とか。そのあたりのことを考えていたのだろう。宴会明けに酔っ払ってご機嫌なサンジを腕に抱いて、すっかり気分良く眠れたことは、何もわざわざ無意識に星に願ったことではないのだろう。

足元でじゃれつかれて落ち着かない、とはいえテーブルに四足のイキモノを乗せるわけにはいかない。であるから、手乗り文鳥ならぬ肩乗り子トラを伴ったサンジはキッチンに、正確にはシンク前にいた。
クルー連中に出す予定の飲み物用にしゅんしゅんと薬缶は音を立て湯気を上げており。イキモノは「――――くー…、」と興味深気にその湯気を見て、喉奥で音を立てていた。そしてときどきコウフンしてしまうのか、ほってりした前足の針より細い半透明なツメが肉球の先から現われて、サンジのシャツに軽く引っ掛かっていた。
「あァ、落ちんなよ」
「かう、」
お返事は良い。が、元気よい返事をした弾みでずるりと後ろ足を滑らせてしまい、必死にシャツにしがみついていた。
「こーら、ちびこいの、今日が何の日だかおまえわかってんのかー?」
のんびりとしたサンジの声に、イキモノは尻尾をゆらゆらと揺らした。
キッチンの丸窓の外には、ロビン以外のクルーがみんな揃っていたのだが、そのことをサンジは知らない。
「おまえが生まれた日なんだぜ?」
「くぁ。」
サンジの顔を向けたすぐ側で、イキモノは欠伸をし。その真っ赤な口がぱかりと開いたのにサンジがわらった。尖った小さなキバもよく見える。
「あらま、おまえ。ちびこいのも我関せずかよ」
くう、と。キバ先を指でおさえられても、イキモノは。やんわりと口を一回閉じて、ちっとも痛みのない程度の甘えた噛み方を披露して見せた。


                               3.
「しかし、」
とサンジは半ば下準備が完了し、あとは仕上げを待つばかりの「本日の宴会」用の食材を眺めた。そしてサンジの忙しなく動く間、ちっこいイキモノは素を髣髴とさせる根性を見せて肩乗りをあくまで続行していたが。
サンジが首を僅かに傾けたのには別のわけがあった。このイキモノが食べられるものは牛乳と生肉、珍妙なことに少しばかりの生クリームだ。最後の一つはどうにもこのイキモノの素からかけ離れている気はして仕方ないが。
ナミがアフタヌーンティーに供されたスコーンについていたクリームを掬ってイキモノのまっくろのハナサキに差し出したとき、まっかな口からこれまた濃いピンクのでっかい舌先が覗いてそれを舐め取っていき、ナミが顔をくしゃくしゃにして笑っていたことを思い出す。あの表情は、『もうかわいくてかわいくてどうしようもない』、というものに間違いなかった。

前回、この珍妙なまじないが発動してしまったときに、何かに降参してしまっていたナミはいまやこのイキモノに「めろめろになってしまう」ことを取り繕うことを放棄しているように見える。まあ、お砂糖みたいな甘い笑顔のナミさんvを拝めるのはジブンにとっても大層ハッピーなことだから構わないといえば構わないが。
『どうせ、戻ったら覚えてないんだもの』
とナミは実は開き直っている。イキモノとその素を完全に切り離して考えることに成功したらしい。それに、イキモノの目が金色めいたカナリヤイエローであることも一役かっているらしかった。ミドリ目のままであったなら、素の方をどこか彷彿とさせるのかもしれないが、この「ちびっこいの」の目はサンジが思うに、あのミドリ眼の縁のほうの、あるいは寧ろ虹彩の色味、金色がかったハシバミ色、これを最大限に「かわいく見える色」にアレンジしたものに思える。
あの島の神官が言うには、このマジナイは確か、「最大限に他者からの好意を注がれる」ように誕生月を司るイキモノの幼生期の姿形にヒトを化けさせてしまうのならば。カワイイと決まっているのだ、すべてのパーツがおそろしいまでに細部に至るまで。
ロビンが、「いらっしゃいな、」と手指の先を動かせば一瞬サンジを見上げてから(どうやらやはりイキモノの認識ではサンジは保護者らしかった)、足がもつれて転びそうな勢いで走っていき止ることが上手く出来ずにロビンの足元にぶつかっていたり、であるとか。
『ま、あわてんぼうね』
と足元からイキモノを拾い上げ、ロビンは幸せそうに微笑んでいた。
とにかく、動作の一々がレディの心をわしづかみであったのだ、このイキモノは。

そんな具合であるから。
チョッパーは専属通訳となり側を離れないし(けれど、サンジの膝にイキモノが果敢によじ登り眠ったりしたときは離れていた)、ウソップ工房は猫おもちゃ製造工場に様変わりしたし、船長は、うはーっとなにしろ大喜びだった。「たかいたかい」をしてやったりしていた。ただ、布袋にイキモノを入れて頭上はるかに雲を抜けそうに高くぶん回したときは、ナミから蹴り殺されそうになっていたが。
ただ、無事に地上、もとい船上にもどったイキモノが『くーぅか!』と目をキラキラとさせて“おかあさん”なサンジになにやら報告めいて足元に飛びつき、腰近くまで生地にツメを立ててのぼり、尻尾が相当機嫌よく左右に振られていたので、よしとされていたが。
『おう!』
とうぜんだ!とそうわらったルフィは殴られて鼻血がでていた。


「しかし、生肉かねやっぱ」
サンジが独り言を呟く間にも、くん、とイキモノがまるっこい頭を耳元に擦り付けてくる。
「ナンダヨ」
応えるサンジの声は自覚ナシにめっぽうあまい。
こーん、とまた頭を擦り付けるようにぶつけられ。
「ハイよ、」
サンジがひとさし指でイキモノの目の間を撫でてやれば、ぐーるぐるごろごろとちびこいイキモノが喉を鳴らし始める。
レイゾウコを開き。肉の塊りから少しばかり食べられるように切り分けてやり。その動作の間中も。、肩甲骨の下あたりで揺れる尻尾の先があたる。
「ハラ減ったかー?」
「かーう」
「ちっと待ってろ」
「くぁ」
きゅ、きゅと時折、前足の動くのにあわせてツメがちくんと引っ掛かり、サンジがわらった。そして、その様子を丸窓の外から偶然覗き見た幸運なるクルーたちは、うっかりシアワセになっていた。料理を作る人間と、その側に居る小動物(?)。そういうのにめっぽう弱いらしい。

頬と、ふこふこと柔らかな温かい毛皮が首もとにあたって、そりゃ当然、気持ちが良い。なにしろ天然ファーだ。そして気持ち良いだけじゃなくそれの乗っかる肩から拡がるのは、なんだろうとサンジが思い。
そしてすぐに。妙に、じじわじわと心臓の裏側まであったかいものと幸福感が拡がっていくのがわかる。
「こら、ちび。おまえそれ何の波動だ、そりゃ」
と茶化すが、サンジはうっかりしみじみとしたのだった。
ちっこいイキモノの伝えてくるものの強さが、この素のソレとまったく大差ないものであったから。
「―――あーあ、バカかよおまえ」
そう呟き。きゅう、とサンジはふかふかの柔らかなハラに顔を埋めれば、じたじたとイキモノが面白がって両手足を動かし。またサンジはふうっと息を柔らかくハナサキを頬をくすぐってくる毛皮ごとハラに吹き込んでみれば、イキモノが丸い目をさらに真ん丸くして見詰めてくるのに、目だけでサンジがわらった。
「おい、なあこらちびっこ、」
掌に背中を沿わせるようにして仰向けにイキモノを抱き上げ、目のあう高さまでその顔を持ってくると、まっきいろのまん丸目をじっと見詰めサンジがにっこりとした。

「おれもおまえが好きだよ」
ゆらん、とイキモノの長い尻尾が左右に揺れた。
ごくごく小さく、イキモノが口をあけているから何か鳴くのかと思えば、またすぐに閉じられてしまい、息を小さく吐いただけのような音だけがした。
「なんだよソレ。内緒話か?」
サンジがまた笑い。
「かう、」
とイキモノはこんどこそ自慢気に小さくしっかりと鳴いた。そっとそのイキモノを降ろしてやってから、シンクに乗せてあった煙草を取り唇に挟み込んでから、深く煙を吸い込み。
寧ろおれがプレゼント貰ってんな、と何となくくすぐったい思いつきに片頬で笑みをつくると、投げた視線のちょうど向こうに窓外の丸くくりぬかれたソラはまた澄んで青いままなのが見えた。

「ほら、おまえも遊んで来い。まだ夕食には早……」
ふい、とサンジの言葉は途切れた。
クツの上。足の甲にアゴを乗せて前足も添えるようにしたそのちいさいイキモノがぺたりと腹ばいになり眠り込んでいたのだ。
「―――これじゃおれが動けねェっての、」
困ったね、と独りごちるサンジは、それでも口元がわらっていた。
く、と爪先を僅かに上向けるようにしたなら、むう、と口中で眠り込んだままのイキモノが生意気にも唸るようにし、ますますサンジは笑みを押さえ込んだ。
くいくい、と足先を動かせば、イキモノの顔も即席枕の動きにあわせて右に左に動き、少しばかりむくれたように「……かっ、」と短くそれでも眠りながら肉食獣の子らしく鳴いたりなどし。
「なんだよ、その辺りはあんまり素と変わらねぇじゃねえか、」
サンジがまたひとしきり、笑っていたがそれでもイキモノを起こさないようにボリュームは絞り気味だった。

「なんとなく、カンだけどよ、こいつ、今日はずっとこのまんまじゃねぇかな」
と、サンジは、午後のお茶の時間を待ちかねてキッチンに集まってきたクルーに言っていた。
もちろん、お昼寝の終わったイキモノはサンジの肩にこんどは安住の地を見出そうとツメでぶら下がっていたが。
フフ、とロビンが微笑んだ。
「このままの姿の方が、確かに受け取る愛情はストレートですものね、」と。
「生肉ぱーてぃーだッ!!!!」
そうどかんと宣言した船長は、コックと航海士の両方から顔をぺったんこにされた。右と左から見事な張り手をくらったのだ。
「……せめて焼肉にしてくれよ、」
と尤もなことを呟いた狙撃手に、
「野菜もとらないとダメだぞ!!!」
と熱心な船医が飛び上がって注意喚起をしていた。


                                 4.
本ものの誕生日祝い、が宴もたけなわなままに盛り上がったままお開きとなり。
ちっこいイキモノは生肉を食べて口の周りが赤く汚れていても、ナミに殴られることもなく、むしろ汚れを紙ナプキンで綺麗に拭われたりなどし。ゆらゆらと長い尻尾を揺らして、宴会の間中ご機嫌であるらしかった。
そして皿洗い手伝い担当となったウソップとチョッパーもお役目ご苦労、とサンジから宣言されて引き上げていき。オトコ部屋に戻る途中、はてさて果たしてあのみかん畑に用意した、タオルを畳んで作った簡易マットレスの上に熟睡状態で残してきたイキモノは本当に朝にはいつもの剣士に戻っているのであろうか、といくばくかのドキドキを感じでいたのだ。とはいえ、前回のときも何となくではあるが実情を一番把握していたサンジが『あン?ダイジョウブだ』と言うのだから安心だな、と思いなおしていた。
医学者であるチョッパーは、あのイキモノからヒトへと戻るときの様子は一体どんなんだろう?と純粋に医学的興味で思ったものだからウソップにそう問いかければ、狼男の伝説を聞かされ、変成の間を見届けるなんてことは絶対に止そう、と心に固く誓っていた。
「でもさあ?」
とチョッパーがくりんと丸い真っ黒な目でウソップを見上げた。
「あのちっこいのにゾロのシャツ被せたとき、サンジわらってたなあ……!」
「そりゃおまえヨ……」
「よ?」
「なななななんでもねえよ!!さああああ、寝るかーっ」
続きかけた言葉をウソップがごきゅっと飲み込んだ。
『ヨメの勤め』、聴いたならサンジに海の彼方まで蹴り飛ばされる、複雑骨折確定で。


                             □ ■ □ ■ □


「…………ア?」
どうも、慣れた感のある姿勢でなぜジブンがみかん畑で目覚めたのか、ゾロが首を傾けた。静まり返った夜の海が四方に広がり、空には星が瞬き。一昨日みた流星群の記憶がちかりと意識を掠めた。
「お、やぁっと起きたぜ。もうすぐ陽がのぼっちまうっての」
ひょい、とサンジが水を片手に登ってき、差し出された水をゾロが受け取った。
そういや、なんでおれは真っ裸でここで寝てたんだ?と思い返すが、どうにも記憶があやふやだ。とはいえ、脱ぎ散らかしたらしい服をまた着込む。そしてくいーっと水を飲み干した。
珍妙な顔をしていたのだろう、サンジがにやりと笑みを刻んでそのまま隣に座った。
「おまえがいきなりシャツ脱ぎ始めたから上に追い払ったんだよ」
ストレートに疑問の答えが出てきた。
「少し寝る、とか言い出しやがってさ」
とサンジがわらった。おまえ寝るとき脱ぐよな、そういや、陸だと、と。
「そうか?」
「そうだよ、つか何おまえ自覚ねェか」
けらけら、とサンジがまたわらった。

「―――あー……なんか、悪かったな、」
良く覚えてねェんだよ、とゾロが片手を頭に突っ込みながら言っていた。
「まぁなあ、すげえ宴会してやったのによ、酒も大盤振る舞いだったんだぞ。けど、ま。そこまでおまえが飲んでたとはなァ、おれらも気付かなかった」
にか、とサンジが笑う。
あの、黄色と黒の縞々の。とんでもなく最大限にかわいらしかったイキモノに関しては、みんながそれぞれの胸内にしまい込んでおくことにしたのだ。だから、素はいっさいなにが起こったかは知らないのだ。ある意味、これもまたサプライズ・パーティではあったのかもしれない。
「けどサ、」
「―――ア?」
「むしろ、おれらの方が余計たのしかったかもなァ、おまえ結構バカ言ってたし」
「マジか?」
ゾロがぎゅ、と眉根を寄せ気味にした。
「あぁ、マジだぜ」
不意に細長い指先が目の前に翳され、ゾロが瞬きすれば。
そのまま、額に指先が潜り込み髪を少しだけかき混ぜ。とん、と額に唇が触れてくるのに、そのまま僅かに笑みを目元に乗せるようにする。なぜだか、とても良く知った感覚であったのだ。
「けどさ、」
額をあわせるようにしたままでサンジが言葉を継いだ。
「あぁ」
「おまえ、根っこの部分一緒なのな」
なにがだよ、と言おうかとも思ったが、それは取りやめにし。どこか幸福そうなままの風情のサンジの背中に片腕をまわした。
「ふゥん」
と代わりに応えるだけにすれば。
「そ、おまえおれのことすっげェすきなのな」
サンジがそんなことを言うものだから。
アタリマエだ、と片腕から両腕に変更して背中を抱きしめるようにし、かぷりと首筋に軽く犬歯を立てた。








FIN