forest





とさり、と。
その姿は舳先から音も無く突き出た岩のひとつに降りると、そのままいくつか隆起した上をこともなげに歩いていき、やがて砂浜からみえなくなるさまを甲板からサンジは見ていた。
空は雲が二つ三つ浮かび、風も無く非常に穏やかで背中にあたる陽射しもほわりと温かい。

「気ィつけてなー」
完全に見えなくなった姿に向かって、煙と一緒に言ってみた。その口調がやはりどこかからかうように節を乗せているのはこれがサンジの癖だからだろう。あるいは、単なる無自覚の照れ隠しのようなもの。


「あーあ、ほんとに行っちゃった、」
声に振り向けば。
いいの?とナミが眼差しで付け足した。

「まぁ、ケモノだから森があれば帰ってみたくなるのはわからないでもないけど」
現におサルさんはとっくに先に行っちゃってるし、と。
くぅと眉を跳ね上げ、腰に手の甲を宛がってわざとにやりとしてみせるナミに、サンジが小さくわらった。
「まあ、確かに」
フフ、と今度は自然な笑みがグロスの光る唇に乗り、サンジも思いがけない視覚のおやつにまたにこりと笑みを刻んで見せた。

「それにね?ナミさん、」
「なあに?」
「もし夕方までに戻ってこなかったら、纏めてアレに迎えに行かせるから―――」
すい、とイキナリ投げ遣られた眼差しに、離れて甲板に立っていた哀れウソップが声にならない悲鳴を上げた。全身が、「たのむからおれに振るなよ!!」と叫んでいるのをちっとも笑っていない蒼目が問答無用で黙らせる。

「問題ないですよ」
がくう、と背後で打ち伏す者がいることはとうに承知である。
同時に小さなヒズメの音が響いたのできっと、ダイジョウブだおれも一緒にいくぞ、とがくがく震える膝で言われ、なんとも心強い支援でも受けているに違いないであろうことも。

「それにね?」
「なに?」
「まえ、店に来てた人から聞いた話なんだけどさ、」

サンジがにこりとまた微笑んだ。
聞いた話というのはこうで。大抵の街の外れには昔は深い森があって、気鬱になった住人は街を離れて森の奥まで歩いていき、気を取り直して戻っていった、という話。

「ひともケモノも森が好き、って?」
そう言うと、ふわりとナミが髪を揺らして笑い。
「ま、そういう解釈もあるかな、と」
そうサンジは返し、すい、とナミの立つ方向とは逆にまた紫煙を空気に溶け込ませていた。

「だってさ?ナミさん」
「なあに?」
「今朝、森へ出かけたのはあいつ等だけじゃないでしょう?」
「あら、そういえばそうよね」
「そう、麗しいロビンちゃん」

眼差しがあい、また笑みが交わされていた。
「じゃ、なにか手伝うことある?トクベツに付き合ってあげるわよ」
「うれしいな、アナタがいてくれさえすればそれだけで。ああ、だったらいっそのこと毎日が誕生日だったらいいのに―――!」
大げさに喜んでみせる相手をナミは軽くいなし。

にこりとまたサンジが上等な笑みを浮かべはしたけれども、ギャレイへと率先して向かうベアトップの背中を「かーわいいなあ、」と見つめて思っていたことはといえば。
あのバカは気鬱、とまではいかないまでも、どうせあまり良い気分じゃないことは確かなんだろう、ということで。
現に昨夜、真夜中を過ぎた頃に見つけたときは、またあのロクデモないものを呼び寄せる体質だかなんだか知らないが。波間を睨みつけて鯉口を切っていたから。どうせ、「なにか」が浮かぶか覗くかしてでもいやがったんだろう。思い返しながらサンジが煙草の灰を、とん、と風に乗せた。

「難儀なモンだねえ、あの似非霊媒師」

サンジが呟いた。からかい半分、けれど茶化してもいない口調ではあった。
だから、まあ。気分転換がしたいっていうならしたらいいさ、と。

ひら、とナミが振り向き。
軽く手招きするのに、「いまいきますからー」と明るく答えてみせ。一度だけ砂浜を振り返った。
「ああいうとこにも何かいたりすンのかね?」
に、と口元にはどこか底意地の悪そうな笑みが浮かんでいた。

「”クマさんに出会って”ンなよー?」
森を散歩するバカを想像して、くく、とまた笑うと。あっさりと思考を切り替えた。
なにしろ、夕方まではありそうでそう時間はないのであるし、かーわいいトクベツアシスタントが付いてくれるというのだから。手間隙は、むしろアシストが付かない方が早いことは十二分に承知でも、楽しさはまたカクベツ、と
サンジは機嫌が良かった。



が、実は、その同じ頃。
サンジ言うところの「誕生日似非霊媒師オトコ」は別のものに出会っておいたのである。






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