Everything and Nothing




「ヒトの"誕生日"に何ケガしてやがるンだよ」
「うるっせぇな、てめえの生まれた日もわっからなぁい♪よーなヤツに言われたかねェよ、誰が好き好んでたかが―――」
く、とサンジが軽く咳き込み。慌ててチョッパーが駆け寄ってきた。




                                     1.
あと数時間で上陸予定の島に着く、と。朝食の席で航海士が機嫌よく全員に告げていた。
「ヒトの住んでいない島だけど、水はあるみたいだから」
ちょっとハメを外して騒いだって大したことにはならないわよね、とロビンに向かって付け足していた。
そうね、とロビンも微笑み。
「剣士さんのお祝いには調度良いんじゃないかしら」
そう言った瞬間、狙撃手がぐおうあ、と大げさに叫んでいた。
「ろ、ロビーン!そんなあっさりバラすなよう!」

「え〜んかいだよなあ!」
船長はうきうきとした様子で、ゾロをそれでもじいっと見てきた。
「ゾロー、めでてぇな!夜まで言うなって言われてたんだけどな!」
黙々と温かな朝食を口に運んでいたゾロは、「ア?」と至ってやる気のない返事を寄越した。
なにがだ、と関心皆無だ。
「―――たんじょうびだぞ……?」
船医が、まるっこい眼でゾロを見上げてくる。
「あぁ、誰の」
この男、本気で言っている。
「お宅サマのですよ」
サンジが薄ら笑いをわざと浮かべて片手をひらひらと振った。
「ふゥん」
ゾロは皿をきれいに平らげ、ご馳走サマ、と軽く手を合わせて席を立つ。

「まったく……毎度毎度、学習する気ゼロよね、あんた」
船内行事をけっこう楽しむタイプのナミが、ゾロの背中に向かって言い。
「そうか?一日一日結構、必死だぜ」
に、と振り返り軽く口端を引き上げて見せると、扉を抜けていった。

「―――あら、中々言うわね。剣士さん」
ロビンが。微笑ましい、という表情で声にし。
「なんか、いまのカッコよかったな……!」
チョッパーは、変に感慨に浸っていた。



                                      2.
「おら。必死な割には何ヒマぶっこいてンだよ」
こつ、と。
靴音がし、サンジの声が追いついた。
ゾロが眼差しを上げれば。
「おまえは大概愛想ナシなヤロウだな、」と。
サンジがおれァあきれましたぜ!な顔を作り上げて言っていた。
なにがだ、と面倒臭くて訊き返しもせずに、ゾロは無視を決め込んだ。
刀の手入れを終え、さて少し眠るかな、と気を緩めかけたちょうどそのタイミングを狙ったようにサンジがやってきて、
わからぬことを抜かしてくる。

「あらま。無視してくださる」
こつこつ。と靴先でサンジがデッキを叩いた。
「ぞろりん、きょうはお昼寝したらだめだよ」
一体その口調はてめぇこそ何者だ。それにその「ぞろりん」ってのは何処のどいつのことを指す。
「島に着くンだからさ、あと少しで」
面倒くさいからゾロはまだ心のうちを音にはしない。
「あ、ぞろろん、言ったハシからもうオネムネム?おれの美声は子守唄かよ、オラ」
大概なのはてめぇだろ、とゾロはまだ無視を貫く。
サンジがわざと暢気な調子でわらってのける。陽射しまでがのんびりと間が抜けたようにうららかだ。
「なぁ、手入れ終わったのか、」
やっとマトモな問いがなされる、が。
うっかり返事をしかけたなら、「ぞろたん」と言ってきやがったからゾロはまた聞かないことにする。

このコックは閑なハズがないのだから、さっさと何処かへ行かねぇか、と眺めれば。
唇に何時の間にか煙草を咥えている始末。
長居は、とはいってもサンジ基準であるが、確定なようだ。
「ぞーろー……、」
妙に間延びしてはいるが、やっとマトモな部類の名でサンジが呼んでいた。
蒼眼がまっすぐにゾロにあわせられている。
「おまえさ、毎日必死こいてンだろ?てめぇバッカだからどうせ立ち止まったら息できなくて死ぬとかさ、そんなんだろ?」
―――おれは一体どこの魚類だ、とゾロは思うが黙っている。

「前だけさー、見てろな。ギラギラ眼ェ光らせて。おまえらはさ」
すう、と紫煙が細くたなびく。
「帰ってくる場所はサ、確保しといてやるからよ」
美味いモン付きで、とサンジがわらい、ゾロを覗き込むようにしてきた。
「―――な?オーケイ?」
「なンだよ、そりゃ」
「やー?せっかくてめぇの誕生日らしいし?必死こいてるなんておまえ、健気じゃねぇの。惚れた弱み倍増」
黙ってるつもりだったけど、ばらしてやる、と。サンジが眼を細めた。
「フン?」
「感謝しやがれ」
そう言って、サンジが得意げに微笑み。
ゾロがにやりと間近で翠を煌かせた。

噛み付くように短いキスを煙草を抜き去った後にすると、ゾロがさらりと言った。
「てめぇこそ、感謝しやがれ」
「なにが」
「先に惚れたのはおれだ」
さあ、と。サンジの頬が見る間に染まるのを、ゾロが見ていた。



                                      3.
島影が見えたのと、見張り台から敵襲を告げる落ち着き払ったロビンの声が届いたのは同時だった。
船のことは任せて、敵船に飛び込んで行くのは船長と剣士だ。
昼メシ前に襲って来ようなんざ、この海賊共も雑魚の割には度胸があるか、とちらりと思いがゾロの意識を霞める。
一暴れできることと、空きっ腹のプラスマイナスが混ぜ合わさっている「船長」はいつも以上にやることがエスカレートする傾向にある。
マスト2本で済むところを全部折られて、どこをどう漂う気なのか沈没寸前で敗走するガレオン船をもうクルーは何隻見たことか、おそらくロビンあたりに訊けば正確な数は出てくるだろう。

本気と実戦と稽古の微妙なバランスのままで粗方を片付け、ゾロが眼差しを投げる、自分たちの船の方へ。
ウソップらしい人影が両腕を振っていた。「向こう」も無事に片付いたようだ。
「おれは腹減ってンだよ、」
船長が珍しく不貞腐れたような声で誰かに話している。
「なんで肉積んでねェんだ、ばか」
どうやら相手は、伸したこの船の船長らしかった。
「"キャプテン"、」
ゾロが刀を鞘に戻す。
「戻るぞ」
「おう。」
帽子を軽く片手で抑えて、ルフィがわらった。

これもらってくからな、とルフィが誰にともなく言い、果たしてその腕に抱えた袋の中身はゾロの興味の対象外だ。
戻ったルフィがナミに小突かれたのならそれは金目のものではないし、眼が煌いたなら上陸の際に多少は分け前が上乗せされるだけのことだ。

「戻る」ときに決まって思うことがある。
そしてなにより、表立って口に出すことは自分も「船長」も無いけれど、こういうときに実感する。
誕生日にかこつけて本人から言われるまでもない、実際とっくに自覚済みだ。
後のことを気にせず前だけを見ていられることの「貴重さ」とやらを。何も憂慮を残さず、飛び出していける。
得難い存在だ、と認めているのだ。
―――特に、自分は。



                                       4.
だん、と。
2人分の体重を受けて甲板が威勢の良い音を立てた。まだ流されずに赤黒い流れが甲板に残る、ということはこちらでも多少の刃傷沙汰はあったのだろう。
船に戻れば、舳先の近くでナミにどやされているサンジがいた。ゾロがその方向へ視線を投げる。
二本足で立っているから怪我は上半身か、腕か。勝手に眼が探そうとする。
シャツの右半分が血塗れだ。
立ち姿のバランスがどこかぎこちなかった、やっちまったのは、腕か、背か、肩かだろう。

「ばかっ!ナンデ庇うのよっ」
ナミが怪我人に詰め寄り、本気で怒っている。
その顔がどこか青いままなのは、怒りよりはむしろ困惑と不安に拠るのだろう。
「ごめんよ、ナミさん」と。
口では言いながらも、サンジの表情は裏腹に、『これだけは譲れない』と言っている。
ナミは気丈な女だから、大人しく守られるのはイヤなのだろうが。
それを言うなら、あのバカは輪を掛けて気丈どころか頑固だ。結局はナミが呑むしかないだろう、そう思いながらゾロは周囲を見遣った。サンジのほかは皆、軽症らしい。

そして先の遣り取りになった。
それは体よくナミの怒りの矛先をサンジから逸らしてやることにもなるが、ゾロに他意は無い。
ヒトの生まれた日にケガしてンじゃねぇよ、と。さも傍若無人に言ってのける。
自分の誕生日だろうが誰かの命日だろうが、サンジが怪我をするのは面白くない。
ただ、認めてもいるのだから、呑むしかないのだろう、自分も。
背中を預けるに足る、と。
それに、他の場所へは戻る気が失せることも。

だから殊更。
わざとハナに皺のひとつでも寄せて、憎まれ口だか減らず口だかを怪我人に叩く。
サンジの蒼が、一瞬光りを乗せてから、にぃっと笑みに崩れた。
威勢良く飛び出してくる雑言は変わらず、けれど途中で咳き込み。
狙撃手の腕に包帯を巻き終えかけたチョッパーがその包帯ごと走って来ようとし、ウソップがそれに引かれて甲板に倒れていた。
「嫌な咳」だったらしい、サンジがしたのは。


そして船医は問答無用で怪我人をキッチンに連れて行き、治療の後、診断の結果を下していた。
「全治2日」
「ア?」
「2日」
不満げなサンジにチョッパーが繰り返す。
「ちょうどログが溜まるのも明後日ね、」
ナミが告げる。

内臓に異常も無く、骨も軽いヒビだけだったらしいが。
「斬る」タイプの刀ではなくて「力でぶった切る」タイプの剣だったようだ、相手の得物は。
だから、サンジの肩は「骨までざっくり切られ」ずに済んだらしい。もちろん、ヒト離れした反射神経の賜物でもあるのだが。
見舞いに覗いた全員の前で、チョッパーがだから宣言していたのだ。
「全治2日、だけどムリしたらダメだ」
「―――の、バカ」
ゾロが口中で呟いたことを、聞かなかったことにしてサンジはそっぽを向いた。

「不幸中の幸いね、じゃあ私たちは島で自活するから、」
ナミが言った。
「サンジくん、その間休養して」
「ナミさん??」
「へ?」
これはウソップだった。
「コックさんがたくさん下ごしらえをしてくれたものがあるから、飢えずには済むわね」
ふふ、とロビンはサンジに笑いかける。
実際、「本日の宴会」用にかなりな量の料理が敵襲より以前に、最後の仕上げを待つばかりになってはいた。
「今日はキャンプで、宴会はサンジが直ってからだな!うしっ!」
ルフィの一言で大体の予定は決まった。



                                      5.
まぁ、コイツが息をしてるってことが「神」だか「世界」だかからの「今日の恩恵」だとでもいうのなら、遠慮なくアリガタク
受け取らせてもらう、そう考え。
神などに何の価値も見出さないゾロは、何のかんのと眠り込む直前まで文句を言っていたサンジの寝顔を見下ろす。
ソファに寝かされているそれ。
その鍋でソースを温めるなだの、グリルは右側を使えだの、わあわあとタイヘンだった。
けれどいまは。
すぅ、と微かな寝息が聞こえる。
食後、少し熱を出したようだったので、チョッパーの残した薬を飲ませたならやっと眠った。
静まり返ってしまえば、船のどこかから木の軋む音もする。
周囲から、日常を送る音が無くなる。

今ごろは、少し離れた浜辺で残りのやつ等はキャンプでも張っているのだろう。
あるいはもうとっくに宴会前祝を仕出かし、ロビンを抜かした全員が潰れたか。
怪我人を屋外に連れ出すよりは船に残しておこうと決め、「2日間の世話人」を決める厳正なるくじ引きだかナミの陰謀だか、あるいは「プレゼント」のつもりでもあったのか、当然のように「あたりくじ」を引いたゾロに向かってナミは小さく片目を瞑ってみせた。
結果、ゾロが残ることになったのはもう数時間近く遡る頃に決定されていた。

「フン、」
ハンモックから薄手のブランケットを手繰り寄せ、ソファにもたれかかるようにして床に座る。
「何かあったら呼べよ、」と。
眠っている怪我人に静かに声をかけ、かるく眼を閉じる。
後で、ソファのスプリングが僅かに音をたて、ン?とゾロが思えば肩に、とさりと他人の重みが加わった。
寝返りを打ったはずみに、軽く曲げた片膝がゾロの肩あたりに預けられている。
実に無防備に、眠っている。

「ほぉ?おれァ足枕か。上等だな、コラ」
呟くが、声に怒気は一切含まれていない。
片腕を、上体を僅かに捻るようにし背後へと伸ばし。
眠っているサンジの身体を、あやすように何度か軽く触れていた。

こういう一日一日だからこそ、おれは必死こいてンだよ、と。
朝になったなら、こいつにばらしてやろうか―――?
そんなことを思いながら。


そして、また眼を閉ざした。
「ばかげた思いつき」に、ゾロの口元には微かな笑みの欠片が乗っていた。








Happy Birth Day .