Yes I Love You



「……おまえは一体全体なにをしくさりやがってくださってンだ―――?」
ぽとん、と。
サンジの垂れ下がった髪の先と、次いで顎から雫が甲板に落ちていった。
まァ怒るのも仕方ねェか、とゾロは肩をすくめた。が、それがまたいけなかった。フツフツと“海にイキナリ突き落とされた”サンジの怒りをこれまた速やかに引き上げてしまったらしい。
大目に見てもその態度は反省の欠片も見えてこないシロモノに写ったのだからそれもまあ、“仕方ない”。
サンジにしてみれば夕食の片付けも終え、明日の仕込みもこれまた上出来に終えて、さぁてちっとばかりゆっくりできるな、と機嫌よくキッチンから出てきたなら、まるっきり、いってみれば自分を待ってでもいたようなゾロの姿をドア脇に見つけてなんだか無性に意味も無く少しばかり嬉しくなり。
「よ、」と声を掛けようとしたならば振り向いたゾロが腕を伸ばしてき。---お?もしかしてここで抱きつこうってか?!とポーカーフェイスで覆いつつも内心では“このバカゾロが!こっぱずかしいぜえ!”とまたどこか参ったことにくすぐったいような気分に瞬間でもなっちまっていたならば、イキナリ。

「―――おれじゃなきゃ死んでンぞ、おら」

や、ウソップでもかなりの確率で生き残るだろうが、ともかく。
このバカヂカラの剣士が、とーーーーんと海へと警戒心ゼロだったところをサンジを突き飛ばしたわけだ。そりゃ、とぉっぽおおおおん、と頭から海面へマッ逆さまだ。
『ざけんな、おらァ!!!』
とすぐに降ろされたロープに掴まって全身濡れネズミでタバコもライターもマッチもびっしゃびしゃで、そのくせ頭からは湯気が沸き立つ勢いで上に上ってきたのだ。

ゾロの眼が、悪ィ、とでも言っているように一瞬あわせられ。それから自分の左肩上あたりをじぃっと見るのにサンジが“ありゃーーー”と内心で唸ったのだ。というのもこの似非霊媒師な剣士は“見えないはずのもの”を“視”やがる。おまけにモノノケだのヨーカイだのユーレイだのに、とてもとてもアイサレテいるのだ。

「ナンダヨ」
だから、敢えて訊く。この流離いの似非霊能者に言わせれば自分は“見えない”までも“感じ取る”タイプの人間らしく。確かに思い込みも烈しいかもしれないが実際。あぁあのあたりに何かいやがンな、と思えば、寝ているものとばかり思っていた剣士が薄く眼を開けて、一方向を見詰めていることの、まぁ結構日常的にあったりするのだ。
「―――もういねェよ」
これが返答でございます、だ。まったくどこのミドリ王子だおまえは!とサンジが天を一瞬仰いだ。
「あ、そう、……で済むかボケエ!!!」
とはいえ憎まれ口に、ゾロはまたひょい、と肩をすくめてみせていた。
「ナンデスカ、その態度は、ア?」
「や……?」
また剣士の視線は大層剣呑な光で炯々とし始めたサンジのそれをあっさり通り越すと、頭の天辺から腕の先あたりまで移ろって行き、それからまたまっすぐにサンジにあわせられた。

「キレイなもんだ」

そして、にか、と笑う。

「―――う?」
だからこいつは性質が悪ぃんだよッ、とサンジが内心で歯噛みする。
本人の意図しているのだかしていなのかとうに曖昧なゾロの言葉使いにサンジがぐるぐると唸り。タバコを本能的にポケットの中で弄りつつも、それは濡れていて使いものにならない。
おまけにこの海域は春というよりはむしろ夏島に近いものらしい温かさで、濡れたままでいても多少シオでべとつくくらいでそれほど大したダメージにはならない、ときた。

このあたりで沈んだ船があったんだろうな、とゾロはいたってのんびりと言いながらちらりと海面へ視線を投げていた。
ちっと、キラキラしたもんが見えたから寄ってきた、って風なことを言ってたぜ、と。ゾロが左肩あたりを指差した。
「悪ィもんじゃねェが、……ちょっとな」
と要はいつもと同じ口調で言うのでついつい、「フン、」とサンジもいつものように納得し。沈んだ船に少しばかり思いを馳せてから、小さく息をついた。

「―――あー、クソ。風呂行ってくらぁ」
そう言い残し歩き始めたなら。
「オイ、」
声がかかる。
「……ンだよ一緒に入るとか言うなよ?面倒くせえ」
「アホ」
追いついたゾロの掌が、濡れて重たい色味になったキイロにあてられる。

「ちょっとしたジャマが入っちまったが、」
「―――アン?」
「おれのカンだともう言っていいはずだな、」
「だからナンだよ、おまえが藻の国の住人だってことか?だったらシンパイすんなよ、おれたち全員とっくに知ってっから」
ありゃ?こりゃもしかしてひょっとして??と躊躇し始めるスキを見せず、とサンジが軽口を並べ立て始めたなら。
ぴったりと、体がくっついてた。なにに、ってゾロに。
片腕に背中を抱き締められ、おまけにぽんぽん、と掌が静かに背中の真ん中で柔らかく弾んでいた。

「とりあえず、いちばん始めに言っちまわねェと気が済まねぇよ」
そう眼を覗き込むようにして言われ、うわ、とサンジが呟いていた。
けれどもその呟きには構わずに、少しだけあの仏頂面似非霊媒師は目元で笑うと。

「また一年。生き延びてくれてアリガトウよ」

声がして、いっしょくたに抱き込まれ。
「ほっかほかになったとこで、抱えて寝る」
ひどく嬉しそうに“バカ”が宣言めいて言うのに、
「アホかおまえ」
サンジは返し。
やぁーー。参った、惚れてんなあ、チクショー!と。誕生日早々、海に突き落とされたことはすっかりチャラにしてやることにしたのだった。
「おれが寛大な海の料理人であることに感謝しやがれ」
「へいへい」
抱き込まれんのも悪くねえと思っちまうのは、まいったねえ、と。サンジがまた苦笑し。

「うし、ゾロ。じゃ、いっしょ風呂はいっか?」

そんなことを上機嫌に言ってしまうあたりが、俗に言うお誕生日マジックなのか。日常なのかはもうどうでもいいことに違いないのだ。































――――Yes I Love You---------