12.
パステルカラーと観葉植物の緑で柔らかに彩られた産婦人科の待合室に周囲から半ば浮き上がって、それでも
僅かな笑みを乗せて大人しくパステルピンクのベンチシートに若い男が座っていた。
他のその場にいた誰もが、彼を何とはなしに見詰めてしまうのは仕方の無いことだったのかもしれない。
ひどく幸福そうな笑みに彩られた眼差しをその男は診察室のドアへあてていたので。

すぃ、と。
突然、自分の隣にヒトの座る気配にコーザが眼をあげれば、そこにいたのは。
「ドク、」
ハロウ、と。白衣の長身の男に向かってひょい、と右手を軽く上げて見せた。

「神経外科のドクタがこんなとこで何なさってるンです?」
「ミセス・ビビの診察にはオマエも来ると見越しての訪問だが?」
「―――ハン?」
「オマエの奥方の主治医は、」
「あー、そうか。あンたのガールフレンドでしたよね、たしか」
にこお、と。
灰色の眼が笑みにくしゃりと細められた。
特にそれには答えずに、す、と神経外科医はただ肩を竦めて見せた。恋人との関係を清算したことは誰彼となく
ふれて回る気はないらしい。

「で、ご用件は?わざわざ別棟からヒトの顔みに来ただけなんてことは無いでしょう?」
に、と心当たりの無くも無いコーザが唇を引き上げた。
「あぁ、そうだな。ほかでもないオマエのパートナーのことだが―――」
「おー!そうくると思った!」
「察しが良いな、」
しれ、とベックマンが過保護な外科医曰く「あンのクソガキャッ」の片割れを見遣った。

「オマエ、」
仄暗い銀灰に見詰められ、コーザがまた少し眉を引き上げた。表情を言葉にすれば「はぁーい?」とでもいう気楽さ。
それを受けてベックマンが声を僅かに低めた。『催眠療法向きナ声だねェ、そりゃまたなあ!』と例の外科医からは
散々からかわれる口調ではある。

「冬眠明けで手負い、おまけに子育て中のサーベルタイガーと暮らしたことは?」
「ひゃ、ナイナイ。おれの好みは谷間のシラユリ」
ひらひら、とコーザがハナサキで手を閃かせた。そして、アップタウンの自然史博物館で昔見た模型を思い出し
ていた。
「サーベルタイガー?冬眠するんだ?」
「知らん」
イメージだ、とあっさりベックマンが切り返し。

「おれは毎晩ソレにコーヒーを飲ませるハメに陥っている。何とか善処させろ」
はは!と声に出さずに口だけを大きくあけてコーザが笑い。
「ケータリング、"オニーサン"にバレちまった?」
そんなことを言っていた。
「バレるも何も。あの天真爛漫かつ頑固なオトウトは、よりによってオニーサンにメニュウの相談をもちかけたらしいぜ」
神経外科医が悩まし気に溜め息などを吐いてみせた。
「わはー!」
仲が良いンだねえ、とコーザがますます笑い。
「お蔭でおれは睡眠不足だ」
額に突いた指の隙間から、じろりと睨みつけられるものの、多少のことでは動じないのはこの片割れでもあった。

「んー?でもさ。ゾロのメディカル・リーブは明日で終わるぜ?ケイタリングも自然消滅すると思うけどね」
「―――その礼をする、とかゾロが言ってるんだろう?それを聞いてまた手負いのトラが怒り狂っててな」
「わ、そこまで話ばれてンのかよ」
ひゃはは、とあっけらかんとコーザが笑い。
「ERでオマエラの仲間が死ぬ日も近いだろうぜ」
すい、と座った時と同様の滑らかな動きでベックマンが立ち上がる。口端には面白がってでもいるような笑みが
ちらりと貼り付けられ。
「ううわ、ゾロじゃないのか!誰彼かまわずか?」
怒ってンなぁ、そりゃあ、と。ますますコーザが物騒な話に目元をくしゃくしゃにさせて笑っていた。

「シンパイならダブルデエトすれば良いじゃないか、っておれ、ER覗いて言って来ようかァ?ゾロの代理で、
ほらメッセンジャー?」
に、とコーザが機嫌良くベックマンに言えば。
「へヴィな右ストレート喰らいたけりゃな、推奨するぜ」
ひら、と神経外科医が指先で軌跡を描き、ふむ、と芝居めいて頷いた。
「あぁ、いっそそうしてくれるか?トラの気が少しは紛れるかもしれん」
「ご冗談を!」
にかり、とコーザが灰色眼を煌めかせた。
「それは保護官の役目でしょうが」
「”ご冗談を!”アレは野生でその上、」
「「王様。」」
重なった声に小さく笑い。ひら、とまたベックマンが長い指先で空を切ると、言い残し、今度こそ待合室を後にした。





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