Angels Don’t Cry






晴れの日は嫌いになった。

抜けるような蒼穹に風の抜けて行くような日は最悪だ。

思い出すから。



空気を孕み、帆のような音をたてて まっしろの布がひるがえったこと。

「テーブル・クロス」。

木の卓にひくソレを子供の遊ぶみたいに真剣に、それでも笑い声をたてながら

ひらめかせ

ふありと布が。卓を包み込んでいったこと。



逢うでもなく視線がぶつかると目が消えるくらい

くしゃ、と笑い顔をつくっていた。

黄金の王冠を被ったみたいにその髪が陽を光に返していた。



いつも聞こえていたのは笑い声と、波音

甲板を走るいくつもの軽い足音。




そんな、取り留めのないことを 思い出す。






雨の日が良い―――。









ソラとウミが溶け合うほどの快晴。絵にも描けないほどの俗っぽさで

夏雲が海の際から立ちあがる。

陽射しと

風と

ヒカリと。



サイアクだ。

あるはずも無いのに襟足の後ろあたりに空気がそよぐ気がする。



足音を消して近づいて。



毎日毎日毎日毎日、

飽きることもなく続けられていた剣の鍛錬とルーティーン。

やがて伝う汗が

不思議と「海」の味がした。



だから、伝わるところに舌でふれると、いつも。

ちょっと困ったような吃驚したような表情が返って来ていた。

ソレがおもしろくて

イトオシクテ

日常。



そんなことを思い出す。

最悪だ。



雨、降らねえかな―――。




雨の日には キスをしていた。

防水シートでオカシゲな屋根だけのテントをつくって夜中の見張り台で

わらいながら



木の下、とか。



何で、外にいたかったんだろうな、お互い。

もう一生分キスはした筈と思ったのにな。



タバコの量、増えただけでやんの。

夢の場所に居ンのに、なんで  意識が飛ぶかね、おれも。

馬鹿だな、どうしようもねえ大馬鹿

あのクソ剣豪も―――おれも。




手を、先に放したおれが馬鹿だったのか

それとも












終わらないものなど無いのだとおれはとっくに知っていた筈なのに

ずっと続くものなど無いのだと。

日常は、奇跡が続いているだけなのだと。

子供の頃に、自分の中に叩き込まれた想い。



「また、あした」という約束の奇跡。



おれは、知っていた筈だった。

終わりが、見えてくるまでおれはそのことを



忘れた振りをしていたのか。





ぱたり、と最初の一滴が葉にあたる音がした。

限界にまで高められた神経がその音を捕らえ、緩んだ。



喫うでもなくただ煙を雨音の中にくゆらせながら、

人の身体の7割は水分で要素は海水と近いのだとか、そんなことを言っていた。

あれは、いつだったか






わずか、意識の浮いた隙に切り込んできた男の剣の切っ先は微かとはいえ「最強」の

男の頬を掠めた。死の数瞬前、自分より随分と年長の男の口許にちらりと刷かれた笑みは。



自嘲か、満足感か。



そんなことを考えるのを ゾロはいつからか止めていた。




ぺろ、と舌先で口許まで流れ落ちてきていたソレを舐め取る。



「“海”と同じ味かよ、これが?」

小さく嘲う。







雨が、降り始めていた―――。





足元に、流れるのは。

拡がる朱を混ぜ込んだ水。ぱしゃり、と靴先でそれを跳ね散らし。

歩き始める。






お前は何処に向かうのだと 次は何を望むか、と

問いかけてきた



死の間際の声



死す事の方が容易いとはな、皮肉な事よ――――と笑っていた



ああ―――いまなら

いまのおれなら。

あんたの中に在ったその思いに  共鳴できる















--- Reflected Glory ---

「最強の座についた気分はどうだ?」

昏睡から覚めて3日目、もう普段通りに夜中の見張り台にいる姿にサンジは声をかけた。

刃が交される度、磁場が歪み重力が狂うようなあの時間は

ただそれを見守る事しか許されていなかった自分達にとっても

特別な意味を持つようになっていた。



最後の夢の成就。

夢の航路の果て。

新たな、一歩。



「―――薬臭ェ、」

げんなり、とした風に言うのにサンジが「アホか、」と返す。

「チョッパーがいなけりゃその大キズだ、時間差でてめえも死んでるぞ」

に、と意地の悪い笑みを浮かべる。

「最短記録更新だぜ、在位2分の王座なんてのは」

拳か剣で返されるかと思った反撃は、いつまでたってもやっては来ず。



「それでも良かった、」

代わりに、ひたりと。揺るがない眼差があてられる。

「その先を、考えたこともなかった、」

自分の内側を手で探るような低い声は

「俺はな、生まれて初めて。―――恐えと思ってる、いま」

思いも寄らなかった独白を告げ。



己が手を押さえ込むようにし、小さく嗤う。

それが、微かに震えているのを、サンジは信じられない思いで見ていた。



「バカヤロウが。慣れねェことするからだ。てめえ馬鹿なんだからよ、ロクデモねェこと考えんな」

怪我を慮ることもせず、精一杯抱き締める。

「ずっと突っ走てりゃ良いだろーが。何も変わんねェよ」

自分の背にやがて回された腕が抱きしめ返してくるのを痛いほどに感じていた。





そして

自分たちのついた嘘を



痛いほどに






「ずっと」なんてモノは有り得ないことに。







分かっていて罠に掛かった 痛みを承知でココロを繋いだ

苦痛と錯覚するほどの悦楽と 妄執と見分けの付かない愛着

抑制の効かない衝動

タマシイもココロも お互いの手のなか





共犯者だ、境目が無い






なのに







「おまえの居場所は、もうココじゃねえんだよな、」

サンジの言葉が、絶望的なまでの穏やかさで耳に届く。

「この、海に。おまえより強えヤツ、もういねえんだもんな」






引き裂いてみるか、身体を―――?
















--- Release me release me release me ---


降りる、とひとこと言い放った剣士に、誰も 誰一人反対を言いはしなかった。






何も変わらない朝。

いつもの通りに賑やかに朝食が終わり次の航路を目指してでもいるかのような。

慌しいなかにもどこか晴れやかな気配の中で、サンジを除く全員が甲板に出て近づいてくる

島影を眺めていた。






「おまえさァ、頑固だからもう言わねえけど。海賊王と世界最強の剣士はセットなんだぜぇー?」

ぶうう、と膨れているのは「海賊王」で。

「言ってんだろうがよ!」

ばし、とすかさずソレを突っ込むのは着実に自分の夢を叶えつつある「海の戦士」。

海賊王の寄港に島は祭りのような騒ぎになり。

近づいてくる埠頭の歓声に自分たちの声もままならない。



自分の足元を下から引かれる感覚に目をやれば、船医が自信たっぷりに差し出した手には。

「これ、万能薬だから。でもな、死んじまったら、効かないからな?言っとくけど」

「ああ、ありがとうな」

「うん。」

キツイ眼差が穏やかなものに変わり、そしてぐしゃぐしゃとキャップごと頭を引っ掻き回すような

大きな手の感触に。いくなよ、と言いかけ制する。

あの、コックも言っていない言葉を自分が口に出すわけにはいかない、と。



「ねえ、ゾロ」

ナミが真近でにやりと笑みを浮かべ。

「私たちもここに寄港するけど、あんた私たちに最後のご奉公しなさいよね?」

「なんだよ?最後までロクデモねェ魔女だなてめえは」

「急に荷物持ちがいなくなったら、サンジくん可哀相でしょ」

ぱし、とゾロの頭にくるくると巻いた紙を打ち付ける。



「あんたたち、ほんとに馬鹿ねェ」

その紙を手に取ったゾロにあわせられたナミの目に。ちらりと涙が浮かびかけ、

慌てて背を向け既にルフィが喚声をあげている舳先へと向かう。

その背に。



「ナミ、」

「なに?」

振り返らない。

「―――海図、か?」

「お餞別。あんたでも迷わないくらいの上物よ。失くしたら承知しないわよ?」



「きっと、ウチのコックさんも船降りちゃうもの。永久欠番2つなんて、トンデモナイ船だわ!」

急に視界がオレンジの色で埋まった。

ナミが、細い腕を肩にまわし。抱きつく、というよりはぶら下がるようにして



「ねえ、ほんとに。夢の航路だったね。」

そう、呟いた。

「目が覚めても。終わらないと思ってたのに」

「そうだな、けどよ」

ぽん、とその気丈な女の頭に手を下ろす。

「次のが、もう始まってるだろ」



柔らかな重みが離れ、頷いた。笑みと一緒に。

ひらひら、と手が振られる。一箇所を指して。



とうに片付けなど終わっているのに違いないのにいつまでたっても姿を現さないサンジを

迎えに、ゾロの足はラウンジへ向かう。












市街地と埠頭との間には道が何本か通じていた。

例によって、分かりきったルーティーン。食料の供給量は一度の往復で済むほどのヤワな物で

ある筈もなく。往復するたびに、別の道を面白がってサンジは選び、それは近道であったり逆に

街を迂回しているものであったり。必ずといって良いほど遠回りは船へと帰るときの道で。

その度に、てめえクソ重てェモン担いでるおれの身にもなってみろ!とゾロが変わらず声を荒げ。

サンジはけらけらと高笑いし。普段の行いがよっぽど悪ィんだぜてめえ、と。

まるで、明日にもそれが続いているかのように。



最後の荷物を船に積み終わり、街へと戻る道を歩いていてもそれは変わることはなく。

最後に残されていた道はやがて緩やかな坂道となり丘へと通じていた。

海を見おろすそれは柔らかな夏草に覆われ、午後遅い風が抜けていくような場所で。

その頂には随分と年月を重ねた樹が枝をはり、葉擦れの音をさせていた。



さわさわと風が抜け。

細い、いまにも草に隠されてしまいそうな道は、そこで分かれていた。






「道の分岐点で泣く男の話を知ってるか―――?」






隣りに立つ姿が言ってくるのを。ゾロはただ見つめた。





「選び取っても選び取っても、自分の進む先には必ず分かれ道があるんだと世界を呪う男の話、」

微かに、唇端が引き上げられる。




「てめえはさ。笑ってろよな?」





これほどまでの愛情が 自分の中に在ったのかと

ただ、溢れるような陽射しと晴れ渡る空の下で

触れまいと誓っていた細い身体を抱きしめるしか、自分の中で興った感情を納める術を知らなかった。











--- Feel Loved ---

あの日。

一緒に手放してしまったものは、何だったんだろう。

あの、笑みと一緒に。感じられた温かさに。

これは自分の望んでいた「高み」であるのか、ただの虚像であるのか

もう長いこと、どこかが麻痺してでもいるように。



笑い、走り、やたらと何かに夢中だったあの、

幻のような日は。

まるで与えられた恩恵であったのだと。そんなことを思う。



「泣きはしてねえけどよ、」

冴え渡る月に。妖刀が朱を吸い光を乗せる。一振りし、刀身からそれを飛散させ。

わらい方なんざ、忘れちまったよな、と。

その手にした鋼に話し掛けでもするように。



自分の中に在る記憶が辛うじて、繋ぎとめている。

感情を手放す事から。

古傷を抉って指先が震えだすほどの痛みを伴っても確かに残る

愛情の記憶





あんたが何故あの航路にいたのか、わかるよ

ここじゃあ、中が喰われちまうんだな

斬り続ける自分に



際限なく現れる自分の影に。





限界だ。












中途半端な首吊り。

まさにコレだな、とサンジは思う。

眩しすぎるほどの光に溢れた、夢のたどり着いた場所。






10年に1回は迎えに来るからな!」

「ばかっ!あんたナニ言ってるのよ!私がいるのにそんな手間取る訳ないでしょっ」

ばし。とナミの拳が炸裂し。

船から降りた日、ルフィは底が抜けるほどの笑顔で舳先から手を振りつづけていた。

仲間、と一緒に。



遠ざかるその船影が水平線に消えても、立ち尽くしていた。

自分のなかに、ぽかんと空いた穴は変わらずそこに在ったけれど。

丘の上のあの分かれ道。



もう一人の自分は、きっとまだあそこに立ったままで

振り返らない背の進んでいった先を いつまでもいつまでも眼で追っているんだろう。







分岐点で泣いてるのは、おれじゃねえか。







どれほど魚がいようが、食材があろうが。

ここはただの「海」でしかない。それを前にして何か仕出かそうっていう気概がなけりゃ、どこにいたって

変わらない。ここは、あくまでおれの「手段」だったんだ。「目的」じゃなかったんだ、と。



いまになって、わかるな。

時間をこの自分が持て余すなど、前代未聞だ。おまけにここは――――

夢にまでみた場所なのに。



一人になってみて、初めてわかる。

あの頃。

当たり前のように受け取っていた熱が。得がたいものであったこと。

バカみたいだ。




おれの中に在った「生き甲斐」ってのは、どうやら料理だけじゃないらしい。

ソレで、誰かを生かしておきたかったらしいなんてな。

笑える。



チクショウ。ここで飛び込んでクソ魚共のエサになんぞおれはなってやらねェぞ。







サンジは深く呼吸する。

「見つけりゃ、良いんだろ。要は」

あのクソ剣豪をよ、と。










--- Caress ---

夏草の揺れる緩やかな坂道を、草いきれでむせかえるようななか、登る。最後に目にしたのと、

何も変わらない景色。市街地から、埠頭へと続く道。



季節が一巡りし、戻ってきてみればこの島はつい先日まで寄港していたという海賊王の話で

持ちきりだった。この島はあの海賊王のお気に入りの港なんだと、誇らしげに住民が話していた。

それを聞くともなく耳にしながら、自分の周囲に常に在った血の匂いが、少しは薄らいだような

気がした。口許に微かに笑みの影がよぎったことまでは、ゾロは気が付かなかったけれども。






風が、自分の両脇を擦り抜けていく。

この丘の頂きで、自分の選んだ道を。もう一度選びなおそうと思う。

できることなら。

その先は、あの海へと 繋がっていて欲しいと

祈りにも似て、願う。









ここまで、戻っては来た。

でも、その先は?わかんねえな。あのクソ方向音痴の行く先なんか、お手上げかもナ。

フン、と小さく笑ってサンジはタバコに火を点ける。



けど、なんての?良い気分だ。



さわさわと風が前髪をすり抜け、頭上の梢を打ち鳴らす。

どこまでも遠く、眼下に広がる夏の野原。

記憶の底がざわついて、締め付けられるような色彩。



ま、どうにかなるだろ。



唇に笑みを乗せたまま、樹の陰に足を投げ出して座る。

幹に寄りかかり、頭上に拡がる翠に目を細め。

渡る風にやがて眼を閉じる。










初夏、丘の上。

樹の陰にすわり「なにか」の来るのを待っていよう。しばらくは、そんなことを夢想していたって

罪にはならないだろ、せめて埠頭からここまで来るのに浮いた汗がひくくらいまでは。



静かに、眼を閉じて待っていよう。

風、気持良いな――――。









丘の頂き。

甘ったるい幻かと思った。

樹の陰、目を閉じているおまえ。睫が影をつくり、それが細かく揺れているようで。

在り得ない、そんなことを思った。何かを、待ってでもいるように静かに、眼を閉じている姿。



頼むから、その頬に触れるまで眼を開けないでくれ

消えてしまわないように















海の色がすべて溶け込んだかのようなその瞳は

不意に落ちてきた影に開かれ








融けた














# # #

ちょっと重ために仕上がってしまいましたでしょうか…。再会は果たしたです、どうにか。
ゆん様、こんな人たちですが奉げさせていただきます。これは、再チャレンジか??ううむ。
上等すぎるリクでしのに―――。
書けてない、です。