Another Day Goes By




Another Day Goes By


パチン、と火を落とし。
「なぁなぁなぁなぁ、」
嬉々、とした様子の「アホコック」がレードル片手に振り返った。
その後ろ側にいた剣士の周りにナントカ注意報の記号が飛び交い。
そろり、と抜け出そうとしたのを。
がっ、と。フードを掴まれた。
ぐえ、とかあんまり美しくない音声が美声でもれる。

(ちッくしょーこれ着ろってうるさかったのはこのタメかッ!)
デッドストック物のアーミーの放出品。濃いカーキの一見どうでもいいフード付きパーカは
“着るヤツが着たらすっげーイイんだ”(お見立てサンジ、心の語り)の通り、非常に彼に
似合っておいでではあるのですが。カヨウニ、後ろから掴まれると凶器にも成り果てる。

「つーかさァ!」
「いや聞いてねえし」
既にすっかりペースに巻き込まれかけ剣士の最後の抵抗。
「こーっち向けってばよ」
「てめえが手ェ放しやがれこのクソアホが!」
ぱ、とフリーハンド。
殺気付きで振り返るものの。
しかし。

ライトグレーX白のボーダーのカットソーの袖を肘まで捲り上げ、サンドベージュのスウェードの
パンツに黒エプロンを細ッい腰にひっかけたこのクソコックはラブリーである。
おかげ様で戦意半減、のゾロ。

「あのな。おれとかプレゼントにもらったらすっげうれしくねー?」
「―――ハ?」
あまりのことに戦意どころか怒りまでマイナス。

「だからよぉー、」
レードルを高らかに差し上げ。
「うれしくねー?」
語尾までおまけに上がる。

あー、と。これはいったい。
どうしたことでしょう。もしもし、そこのうすらキンパツの兄さんや。
ぐるぐるとゾロの思考が螺旋に。

だれか、おれを助けろ。許す。

とてもじゃないが最強を目指す男の発言とは思えません。
ところが。資材調達に立ち寄ったこの港町、他のクルーが船にいるはずも無く。
波さえ穏やかな海上には、知らない間に留守番役になった寝太郎サマと、仕込みする、と
居残り志願をした料理人のみ。

何かと茶々を入れにくるナミも、メシメシわめくキャプテンも、遠慮がちにラウンジを覗く
チョッパーすらもいないときた。

何かを企んでいる時のこのサンジの機嫌のよさを。ゾロは重々承知。
如何に対処すべきか。剣士殿は考えようとするも。

「今日は何の日でしょう」
こんどは。ずぼ、とフードを思い切りミドリ頭に押し付け被せて顔の半分近くまで降ろしにかかる。
「おおー凶悪ヅラ!ただの売人だァ!!」
「タイガイにしろよ?」
ゾロ、既に諦めの境地に到達か。

そもそも、曜日の概念すら所持しているかどうか怪しい(フザケンなと本人は怒るだろうが)ヤツに
真剣に答えなど出てくる事を期待なんぞハナからしてはいないけれども。身に染み付いた職業柄、
そういうモノに敏感な自分がちょっと悔しくもアリ。サンジはもう一度、問い掛ける。

今日は何の日だ、と

この、言葉足らずに。
気が利かなくて日常のやりとりすら面倒くさがるヤツが
埋め合わせとばかりに雄弁なのは
くちびる、
うで、
眼、
舌、
体温。

そして。
いちばん、ほしいことさえ気づかないときに。
とつぜん。
自分のなかに静かに降り積もるような、いくつかの言葉を。
奥深くに大事にしまいこんで、
時折
思い出したように、息を詰まらせる単語の羅列
そういうものを自分に与えてくる。

自分だってそのうちの幾つかは似たような並びでムカシは飽きるほど
唇にのぼらせてきていたけれど。
ひらひらとそれは。相手の内に仕舞われること無く、宙に消えていっていたんだと
いまは、わかる。

なんか、クヤシイよな。そうは思うのだけれど。
(うわ、ダメだな、イカレてる)結局そう自覚するだけ。

この前しか見ていない不器用な男は。
何をするもの真剣勝負で。
だから自分が出遅れたことが余計シャクにさわるから。
思い出させてやる。

確かそんな動機付けで。
自分は機嫌よく、今日までここ1週間を過ごしていたことを
この目の前で困り果てたように突っ立てるヤツは、絶対気づいてない。

「わかんねえか?」
「お手上げだよ、」
わるいな、と。あっさり素直な返事が返ってくる。
この素直さは思考の放棄とも取れますが。そんなことを一々気にして詮索していたら
この人間とは付き合えないのはサンジも既に学習済み。

「おい。それってこのおれサマからの贈答品もけっこうです、ってことかヨ?」
「さあ、」
「さあ、じゃねェだろてめェは、このドアホ」

さて、とゾロはゾロで目の前のこの喜怒哀楽の激しすぎる人間を理解しようとし。
口調や態度とは裏腹にどうやら機嫌は良いらしいと、読み取る。
さすがの洞察力、はたまた野生のカンか。

手を伸ばし、陽に透けてさっきから光を跳ね返して、顔の動く度にまるで音でもたてて
流れるようなそれに、そうっと触れる。
手に馴染むその感触に、自分が微かに笑みを浮かべている事を、触れている本人は自覚なし。
まあだから、余計性質が悪いともいえるけれど。
効果はテキメン。

「ほら。もらえ」
まじかで、笑みを含む藍玉の色。
だってよ、キョウってな、と続ける。
「ああ」
答える方も、指のあいだを金糸の流れるのを楽しんでいるかのように戯れており。


「てめえがいきなりキスしてきた日。クソ怪我人がよ」


どこにいても潮風の吹き抜けるようだったナミの村。
思い出す。バカ騒ぎの夜。
ずいぶんと遠くのことのようにも、数週間前にも思えるような時間の曖昧さ。
いまと、さきのことだけをいつも見ているような自分達のトンデモナイ日常の中でも。
曖昧なのは時間の感覚だけで
記憶は、いつまでたっても自分の中で新しいままなのを

こいつは、きっと知らねェんだろうな、ゾロは思う。

ふい、と手がとまり。
金糸が名残惜しげにさらりとその指をつたう。

「マが差した。運の尽きだな、あれが」
「バカいえ。天使が見えたんじゃねーの?」
に。とサンジが意地悪くわらってよこす。

「あれにはおれも、びびった」
「それァこっちのセリフだよ。てめえがしてきたんじゃん」
「眼、あっちまって逸らせねェし、」
言ってゾロが小さく笑い出し。それは、ほんの限られた人間だけが目にするような笑みで。
「まったく、どうかしてたな。おれは」

「それをテメーが言うか」
サンジの腕もかるく相手の肩にあずけられ。
額をあわせてお互いにのぞきこみ。

笑みの形のままかるく唇を重ねる。

「あー、そうだ。いっそのことリボンでもかけるか?」
「死ね。てめえ」
即答に。
くくくっと。怒り出しもせずに楽しげなサンジの笑い声があがる。
「でもよ、」
「そういや、」
間に僅かな距離を残したままで、ほぼ同時に声が重なる。

さら、と何でもない風に背を流れるようで、カラダの癖をしらんかおして覚えこんでいる手が
自分の体温を1℃づつ上げていくのに流されかけるから。サンジはわざと平気な風を装い。
「ナンダヨ?」
唇の端に笑みを乗せてみせるけれど。
こいつの目にまっすぐ見つめられると。ダメなのはわかってる。うっかり見惚れちまうんだよな、
あー、アホだな。おれ。そんなことを思う。

ゾロはといえば。
ギリギリまでクソ生意気な相手が、自分に堕ちてくる刹那いつもひどく渇きを覚え。
淡く融ける瞳の色に、ついうっかり、溺れてみたくなる。ほんとに運の尽きだと思う、
けれども。それでも捕まえたかったんだよな、と。そんなことを思う。

「死にかけてるのに一目惚れなんかすんのな」
そう言って金色の頭をもう一度引き寄せ小さくわらう。
「アァ?ダレがだよ、オラ」
チンピラの語彙があまやかな声に乗り。

こんな風に日を重ねていくのだろうと思う。

「おれだな」
「上等、」
そう言って自分をみつめてくる海の色が。微笑を含んで揺蕩うようで。

「じゃ、遠慮なく、」
イタダキマス。
けらけらと肩口でわらうのを、どうやって黙らせてやろうかと思案し。普段は隠されている
目許に唇で触れ。

ふと。ほんの微かな紫煙の残り香りが違うことに気づく。
それでも記憶にひっかかるこの、僅かに甘いような香りはたしか。

「偶然な、前に喫ってたのと同じのが手に入ったんだよ」
耳元で声がする。
「ガラム、か」
「へえ?覚えてたか」
「あのとき。唇があまい、つったら。てめェがタバコの所為だ、って言ったからな。なんとなく覚えてた」
「・・・・・・同じ味がするぜ?」

自分に抱きついてきていた腕に力が込められるのを感じ。
いま、自分がここに在ることの意味をつかみかけたような気がした。そんな瞬間が訪れている。
それを伝えたいと、願った。だから、腕の中の細い身体を抱きしめ返す。鼓動を感じ。
生命を感じ。出来る限り時間をかけて、ゆっくりと、力を緩める。

「おまけに。苦手分野も省いてやってるんだからな」
回されていた腕をつかまえるとその手にサンジはかるくキスをおとし。
上目遣い。触れたままの唇が三日月の形をなぞる。
「―――ボタン、か」
返事の変わりに誰かさんのマネで片眉を引き上げてみせる。
そうとう、この間のゾロの不手際が実は堪えていたらしい。

「すっげえ気ィ使ってやってんだぜ?このおれが!」
あーもうどうするよてめえ?とかまた際限なく照れ隠しの軽口が流れ出てきかけ。
そろそろ本気で黙らせようとゾロは決心する。

だから耳元に唇を寄せ、ささやく。
キョウ、にふさわしい言葉。





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ただただ、いちゃいちゃしてるだけの、お話。ある意味、裸足で逃げますね。速攻で。初キス記念。どかん。
あーもう、勝手にやってくれよ!みたいな。あてられますなー(おおばか)。奉げさせていただいていいですか?
ヒナタさま、ナギさま??


そして、ヒナタさまからのイラスト、ございます。こちらからどうぞー。 GO AND SEE !!