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当日編・第二部
Continuer? - Le midi
１０時過ぎ。
とりあえずみんなで上陸し、入島手続きをとって。
勝手気まま、てんでバラバラに散らばりそうな全員を呼び集めて、ナミさんが言った。
「せっかくこういう場所に来たんだから、それなりにしたいじゃない？そこで、ワタシがイロイロ考えたから、みんなはそれを実行してね。ゾロはこれから来るガイドさんについてって、アルテスってお店に行ってきて。店員さんにイロイロ頼んであるから、指示に従ってね。帰りは零時ごろにパラダイス・ホテルのバンクェット・ルームに来れば、お昼にありつけるから。支払いは気にしないでいいわ。離島するときに一括で払うから」
ゾロがムスッとした顔で、「なんでオレが…」と呟いている。
「サンジくんは、ファルツァーね。きっと気に入るわ。ウソップはルフィを連れて、ガリヴァルダに。ウソップ、よろしくね！」
「よっしゃ！オレさまに任せとけ!!」
「わかった!!」
「ワタシは、イダルゴにいるから、なにかあったらそこにね！それじゃ、一時にはホテルに来てるコト！遅れてきたら、お昼ごはんはないもんだと思って！それじゃ、散開！」
「「ラジャ!!」」
嬉々として飛び出していく三人。
彼らの背中を見送りながら、オレはとりあえず、タバコを一服。
「…オイ。なんなんだ、あのオンナ？」
むっつりとした顔で、ゾロが聞いてくる。
「いいオンナ？」
「あほう。ありゃー魔女だ」
（…ああ、コイツも気付いてンのか…）
「でも、楽しそうだぜ？」
「ああ、まーな…ち、遊ばれてやるか」
フゥ、と溜め息を吐き。
「ウチの女王さまに逆らうと、後が怖ェからな」
「あは、王女サマ、だろ？」
「いんや、ありゃークイーンだ」
やってきたガイドに名前を確かめられ。不機嫌そうに頷く。
おどおどビクビクしたガイドに、ジロッと一瞥をくれてから、オレに向かってヒラヒラと手を振った。
「んじゃ、後でな。…お互い、苦労するな」
「バーカ。オレはナミさんのためなら、どんな苦労だって厭わないぜ？」
「ってことは、苦労だって認めてンだな。あーあ、何されンだかなー…」
にやり、と物騒に微笑まれ。
警察官を案内するタレコミ屋並の卑屈な態度のガイドに連れられて、ゾロは大通りに向かっていく。
ゾロが通ると、適度に賑わった道でも簡単に空くから不思議だ。
こみ上げるままに、笑って。
緑の頭が人ごみに消えるのを見送って。
タバコを近くの灰皿に押し込んで、懐中時計を確かめる。
「さーてと。オレサマも行くかな…って、ファルツァーってどこだ???」
キョロキョロと見回すと、美人のお姉さんが情報案内所にいて。
（おお！ココの制服、なかなかイけてるな…うん！美人だ!カノジョに案内してもらおっと！）
逸るキモチを抑えて、デスクに近づく。
どうやら、楽しい一日になりそうだ。
この島は、エーデン一族が経営する、リゾート・アイランドだ。
断崖絶壁の孤島で、一箇所だけに港がある。
ただし、島内では海軍も海賊もその肩書きを外される。
トラブルを起こす客は、それがどんな人物であれ、島から追い出されるだけだ。
捕り物なんてのもご法度。親の敵に出会っても、島内にいる間はトラブルを起こせない。
そのかわり、どんな犯罪者もゆったり寛げる。
そうした理念の基に管理された施設で、徹底した「リゾート」の場所なのだそうだ。
この島で犯罪を起こそうという人間は、この島を存続させたい者たちによって狩られる。
そういう一種秘密の倶楽部のような胡散臭さが、ここにはあるが。
島自体は３時間ほどで一周できてしまうサイズだ。
ただし、街は巨大な一つの城のような造りになっており、港から真っ直ぐに一本の大通りがあって、島の中心に聳え立つパラダイス・ホテルに向かって伸びている。
それを取り囲むように、島を一周するもう一つの大通りがあって、その道を挟んで様々な店が建ち並んでいるらしい。
ほとんどの店が２４時間開いており、島民、というか従業員たちは、その店か、もしくは専用集合団地に住んでいると聞いた。
週に２回は、豪華客船が周航の途中で寄るらしいが、その他は自給自足だそうで、島の反対側には、広大な農地が広がっているらしい。
ちなみに、すっかりオレの虜になってしまったガイドの女の子によると、アルテス、ファルツァー、ガリヴァルディ、イダルゴは、それぞれこの島を代表する高級ブティックらしい。
（…コレがナミさんのプレゼントなのかな???でも、全員っていうのはヘンだよなぁ）
ファルツァーに入ると、上品な態度の店員が寄ってきて、そこでガイドのお嬢さんとはお別れした。
ここは紳士専門のスーツの店で、下品でなくカジュアルなカンジのスーツを取り揃えている、ということだった。
押し付けがましくなく、喧しくない説明をされながら、服を選び、試着。
鏡に映った自分をきっちり確認し、靴もついでに新調した。
ウエストを少し詰めてもらっている間に、アクセサリを眺める。
「なぁ、この辺で、紳士モンの冬服売ってるトコねぇかな？」
「それでしたら、３軒隣のコンラッド・ヘンケルがよろしゅうございますが？」
「そか。ちっと行ってくるわ…もう少し、時間かかるんだろ？」
「はい。お帰りお待ちしております」
くっきり４５度に腰を折る店員を残し、３軒隣へ。
「ふーん…あの店員、よく解ってるじゃねぇか」
入って、品物を見ていると。どうやら時間を潰しにやってきたらしいナミさんに声をかけられた。
「なぁに？コレにするの？プレゼント？」
「うん。あんま、使わなさそうだけどさ…なんか、似合いそうじゃないですか？」
「…そうねぇ。…あ、いいコト考えちゃった。ねぇサンジくん、これ、ホテルに送ってもらおうよ？とりあえず、アタシの部屋に。後で取りにくればいいじゃない。アタシのものも、結構嵩張るから、そうしようと思ってたんだ」
「ナミさんは、何を買われたんですか？」
「んー冬のコート。２階にレディス物置いてあるのよ。まぁ、とりあえず、みんなの分もね、買って置こうと思って。いつどんな気象状況に置かれるかわからないじゃない？」
（さすがナミさん…用意がいいなぁ…うっとり）
「あ、サンジくんはコレね」
ぴっと指で指し示された先には…。
「え？コレですか？」
「うん。そう、コレ。カッコイイよね！フフフ♪」
（何か企んでンのかなぁ？…やっぱり…ナミさんには黒い尻尾がある…？）
「ナミさんは、やっぱり気付いてるの…？」
（オレとゾロが…付き合ってるってコトを…）
飲み込んだ言葉をきちんと理解しているのか、
「そりゃーもー。ゾロがあんな顔で笑うようになったの、サンジくんが来てからだし？」
フフフ、と優しく笑いながら、ナミさんは続ける。
「ゾロはやさしい、サンジくん？」
すごく自然なことのように訊かれ。
「バカですけどね…やさしいです」
なんの衒いも躊躇いも無く、すんなり答えてしまった。
「いいわね。ね、サンジくん。ゾロへのプレゼントのことなんだけど…」
コショコショと耳打ちされて、その提案に思わず赤くなってしまった。
「〜ッ!!ナミさん!?何考えてるんですか!?」
「あら？ワタシは最初からそうさせようと思ってたのよ？やだな、サンジくん。赤くなってるわよ？」
「だって、だって、ナミさん〜!!」
「こういうこと考えるワタシなんか、キライ？」
にこり、と笑いかけられて…ああ、やっぱりナミさんには逆らえない…。
「いいえ、もちろん大好きです！ナミさんはどんなナミさんでも魅力的です!!」
「そう？ありがとう。じゃ、そういうコトで。６時くらいに、荷物を取りに来てよ。ね？」
「はい…」
『ありゃー魔女だ』なんてゾロの言葉が甦り…
（オマエが正しいのかも…）
なんて、こっそり溜め息を吐いた。
（なんか…妙に疲れた…）
零時半。
あれからナミさんと別れて、店に戻り。
サイズを合わせてもらったスーツに着替えてから、店を出て。
通りですれ違う、かわいらしい女の子タチに手を振る気力さえ無いまま、ぼんやりとパラダイス・ホテルに戻る。
まだ少し時間が早かったので、ラウンジでタバコを吸っていると、見覚えのある二人が、見違える格好でやってきた。
「昼間向けじゃないよなぁ？」
「そうか？なんか、動きづらいぞ？首苦しいし…」
「おまえなぁ、折角ネクタイやめて、ストラップにしたんだからよ？ありがたく着とけよ？」
ルフィとウソップの掛け合い漫才が、妙に浮いていて。
「あ!!サンジ!!」
「おお！サンジ！おまえは白いスーツなのか。その黒シャツ、やっぱシルクだよな？ネクタイはコールド・グレーで、しかもナニ？ダイヤのタイピン？…パナマハット被ってりゃ、立派なマフィアの跡取だな、おまえ!!」
うんうん一人頷きながら、ウソップは一人納得している。
「バーカ、こんなカッコイイマフィアの跡取がいるか!!」
なんて、小突き返して。
そんなウソップの出立ちは、髪をポニーテールに結わき、茶色の生地に白いラインの入った黒ストライプの上下のスーツ、同じく黒いシャツ（ただし綿みたいだ）にダーク・オレンジのネクタイを、サラリと小粋に決めていた。ウソップも、結構カッコイイやつなのだ。
「んで？ルフィのコーディネータ、オマエ？」
「ああ、どーだ？結構イケてねェ？」
ルフィは紫がかった濃い赤のスーツ上下に、濃いグレーの綿シャツ、ネクタイの変わりに黒のストラップが襟元に付いているものを着ていた。キラリと光るゴールドの金具が全体を引き締めていて、やんちゃな王子様の様だ。いつもはバサバサの髪の毛が、ムースで後ろに梳かされていて、全体的にワイルドなイメージが付きまとう。
ただし本人は、そろそろ1時になろうかという時間からか、食べ物の匂いにしきりに誘惑されていて、てんで落ち着きが無い。それはまるで…
「七五三にきた、小学生…？」
ガクッとウソップが項垂れた。
「…そうだよな。いくらカッコよく決めてやっても、本人アレじゃあなぁ」
それでも…上質なオトコを見慣れているオンナたちの熱い視線が、彼らに注目しているのを感じ取っている。
（でも、ヤツらは気付かないんだろうーなァ）
「あ!!ナミだ!!」
一生懸命匂いを嗅いでいたルフィが、クルッとドアの方に向き直った。
そして、忠犬よろしく、駆け寄っていった。途端、ナミさんに群がっていたオトコたちが引いた。
ウソップがヒューッと短く口笛を吹いた。
「ナミって、センスいいよなぁ!!」
ナミさんは、黒地に濃い赤のドラゴンの刺繍が入った、ノースリーヴでロングのチャイナドレスを着ていた。
もちろん、靴はハイヒール。髪もアップにしていて、後れ毛が少し解れた項がセクシィだ。細い腕にまとわりつく、少し大きめの金のブレスレットが、印象的で…。
「ナミさん…」
ああ、目からハートが零れ落ちそう。
（ナミさんて、ナミさんて…!!）
「どうかしら？」
「素晴らしいですナミさん！すっかり虜になりました!!」
思わず、手をとって口付け。
（ナミさんて…なんか、すごい惹きつけるよなァ…）
ふいと視線を感じて頭を上げると、ルフィがじーっとオレを見ていた。
（…ルフィって、単純だけど、イマイチ表情読みきれねェんだよなァ）
そんなルフィに気付いているのかいないのか。ナミさんはシャープに微笑んで、周りを見回した。
「フフ。…あら、肝心のゾロがいないのね？まぁ、主役だから、少しくらい遅くても許してやりましょう」
そして、改めてルフィに向き直って。
大輪の華が綻ぶ様に、それはそれはやさしく微笑んだ。
「カッコいいじゃない、ルフィ」
（あー…やっぱ、ナミさんて、ルフィ好きだよなァ）
優しく大らかな気持ちで恋をする彼女だから。
（…かーわいーんだよなァー…）
思わず、心が温かくなる。なんだか、微笑ましくて。
ふいにホテルのラウンジ全体がざわめき始めて。
「…あ、来たわ」
なんてナミさんの一声で、ふいと振り向いた視線の先には。
ワイン色のシルクシャツに、黒い十字架の刺繍が入ったサファイア・ブルーのネクタイを緩く締め、黒いスーツをワイルドに着崩したゾロがいた。最近少し長くなった緑髪は、オールバックに撫でられて…見慣れた筈の金のピアスが、妙に挑発的に煌いていた。
「ふーん…ゾロもやるじゃない」
ナミさんの満足そうな声すら、遠く響いて…。
「うわ。凶悪だな、ゾロ」
「ああ？何が？」
ウソップのコメントに、グッと眉根を寄せて、訊き返す。
「オマエ、フェロモン垂れ流しまくり」
「あー？…そりゃーオマエらだろ？」
すっかり『ご主人様に愛想振り撒くペット』と化したガイドにチップを渡し。
「世話ンなったな」 と、低く呟いて。
（…ニャロゥめ!!オトコまでオとしやがって!!しかも気付いていやがらねェ!!!）
周りを見回すと、老いも若きも男も女も、すっかりゾロにイかれてて…。
（…クソッ、面白くねェ!!）
「おぅ、ルフィ！待たせたな、行こうぜ？腹減っただろ？」
オレの中で渦巻く焦燥感にはちっとも気付かず、きっちりマイペースでその場を仕切る。
「ゾロ…なんか、すっげー…んー…ジゴロ？」
珍しくウンウン唸って考えた割には、解りやすい例えに、ゾロがニヤリ、と笑った。
その途端。
ゾクゾクゾクゾク。
（ん？な、なんだ…？）
周りを見回すと、トロンと蕩けた人々が、じっとゾロを見ていて…。
耳障りでない音量で演奏していたカルテットすら、音が乱れて…。
ムカムカムカ。
（ちくしょう、あのオトコはオレんだ!!）
タバコのフィルタを、思わず噛み締め…。
「ばーか。そーゆーオマエは七五三か？…ほら、行くぜ？」
ウソップが、オレの隣で囁いた。
「オレ、フェロモン垂れ流してンの、オマエだけかと思ってたけど…ゾロって、問答無用で振り向かせるよなぁ…」
そして、ナミさんが寄ってきて。
「…やっぱりゾロって、着飾れば化けるわよね…普段モノグサなトドなだけに、ギャップに驚かされるというか」
フゥ、と溜め息を吐き。
「ナミ！ウソップ！サンジ！オレ先に行くぜ！」
ルフィが大声で叫び。
その場を支配していた、妙な呪縛がパンと弾けた。
再び、ざわめきが戻り始め…。
「あーあ…あんなカンジで大通り戻ってきたのよねェ…放っておいたら、いったいどうなるかしら？」
ナミさんが呟いて。
「しょうがないなァ、もー…さ、行きましょ、ウソップ。あれが勝手にバンクェット・ルームに飛び込んだら、テーブルマナーもなしに、全部お腹に納めちゃうわよ」
「おー。んじゃ、行きますか、お姫様」
「あはは。そーゆーのはカヤちゃんにとっときなさいよ」
「いや、練習」
「…アタシ練習台なの？…まーいいわ」
そうして、ナミさんとウソップは歩いていき。
オレは釈然としないまま、取り残された。
不意に横から、大きな手が伸びてきて。
噛み締めていたタバコを、持っていかれた。
「オラ。何突っ立ってンだ？行くぞ？」
ゾロが手近の灰皿にソレを押し込んで。
「まーったく、ナミの遊びには参るよなぁ…」
スイ、と手が背中を緩く押して。
「けど、まぁ、いいか」
「なにが!?」
「ああ？何焦ってんだ、オマエ？」
「…なんでもねェ」
フン、と鼻を鳴らしたオレに。
くすッと笑いを零して。
「ヘンなヤツ。…せっかく、オマエ、アレなんだからさ。笑えよ」
（…は？）
「…アレってなんだよ？」
見返したオレに。
緑の瞳がその獰猛な光りをスゥと和らげ。
「キレイだぜ？」
オレだけに聴こえるように、それは小さく囁いて。
（…はぁ!!?）
呆気に取らえれているオレを置いて、ゾロがのったりと先に歩いていく。
数秒置いて、何を言われたか理解して。
（…つまり、アイツは周りのコトなんか、これっぽっちも見えてねェ、理解してねェってことだよなぁ!!）
そしてそれは、つまり…。
一気に顔に血が上って…。
「クックックックック…あー…アホだ…」
顔を手で隠して、笑う。
顔から火が出そうだ。
（かー…しょーがねェな、ゾロは。やっぱアイツ、天然のタラシだよなぁ）
くすくす笑っていたら、
「おい、アホコック。笑ってないでさっさと来い」
クルリと振り向いたゾロに呼ばれて。
「…オレを置いていくとはいい度胸だ、クソ剣士！待ちやがれ」
思わず大声で叫ぶ。
「あー待っててやってンだろが？早くしろよ、ほら」
ポケットに手を入れて立っている様は、チンピラさながらのガラの悪さで。
それでも、どうにか自分を取り戻したであろう客たちの視線は、未だ一点に注がれているのを知っているから。
ゾロを軽く膝で押して。
「ばーか…」
「ンだよ？」
「なんでもねェよ」
軽口を応酬しながら、ナミさんたちが待っている場所へ向かう。
ラウンジの先で、ルフィが大きく手を振っていた。
二時半。
盛大に食べ物をハラにつぎ込んで。 （ちなみに、味はオレの舌でも納得できる出来栄えだった）
最後の最後にホテルのパティシエがバースデーケーキを持ってきたときに、ゾロは初めて今日がオノレの誕生日であることに気付いた。
「…ゾロ、おまえ…」
哀れみに溢れる眼差しでゾロを見たウソップに。
「別に、ハタチになったからって、どーってことねェだろ？」
妙に照れたように、ゾロがブツブツ呟いた。
「まーな、それを言っちゃあ、お終いだけどよ、おまえ」
「というわけで、オレさまからのプレゼントだ！コレやる!!」
ルフィが、バースデーケーキを口に運び入れながら、何かの包みをゾロに渡した。
「…開けていいのか？」
「どふおもふ、だび？」
「それはやめておいたほうがいいわ、ゾロ。後にしたほうが…」
ナミさんが、ルフィの視線を受けて、代わりに答えた。
「ふん？…怪しいモンじゃねェよな？」
「それはどうだか…」
視線を泳がすナミさんを、訝しげに見詰め。
「まーいーか…ルフィ、ありがとな」
「おぅ!!」
ケーキのクリームが付いた顔をにかっとさせた。
（あーあーあー…汚れるんじゃねーの、スーツ？）
「あーもールフィ！ゆっくり食べなさいってば。顔にクリームいっぱい付けて！ちゃんと舐めちゃいなさいよ」
「うん」
ぺろっとよく伸びる舌が、口の周りを拭っていった。
（はぁぁ…いつ見ても、見慣れねェ…）
小さく溜め息を吐くオレを余所に。
「それで！これはオレ様からのプレゼントだ！」
ウソップがポケットから小さな包みを取り出し。
ゾロが手を伸ばしてソレを受け取った。
ガサガサと不器用な手で包み紙を破り。
「お？ピアスか！これ、金細工？すげェな」
３個の金の小さなリングのピアス。
ゾロがさっそく付け替える。
「おまえって、結構不器用なのに、ピアスとかは器用に付け替えるよな」
「まーな…結構長いからな、イイカゲン」
いつものピアスをポケットに放り込み。
「…イイか？」
「おお！ますますジゴロだ!!」
笑ったウソップにデコピンを見舞って。
「…サンクス」
「イエイエ」
そして、ナミがカギをゾロに投げる。
「アタシのプレゼントはソレ。第二陣もセットアップしてあるから。部屋にいれば解るわ」
「おー…よくわからんが、貰っておく」
「…お礼は？」
ナミさんが、頬をトントンと指で叩いて。
ゾロは小さく肩を竦め、テーブルの上に器用に身を乗り出して。さらり、とそこに口付けした。
その仕種が、妙に慣れていて。
（くそッ、天然タラシめ!!）
思わず、心の中で毒づく。
「フフフ。どういたしまして」
一瞬、ナミの黒い尻尾が揺れたのが見れた…気がした。
ふとルフィと視線が合い。
にしし、と笑われた。
（あー…なんだかなぁ）
よくわからん、コイツら、なんて思い。
「あ、ちなみに。オレのは後で、だ」
そう言ったオレに。ゾロが眉を片方跳ね上げて、ニヤリと笑った。
どきどきどき。
（な、なんか、感づかれてる…？）
「あー…部屋で寝てるから、いつでも来い」
そう言われて。
「ええ？おまえ、ここで遊ばねェの？」
ウソップが素っ頓狂な声を上げた。
「カジノとかバーだろ？買い物っつっても、粗方見てきたけどよ、どうもオレのシュミじゃねェんだよな、ココ。温泉には行くかな、とか思ってンだけどよ。今日、あんま寝てねェから、とりあえず部屋で寝る」
そして、クワァと欠伸を一つ。
「こーゆー服は、どうも落ち着かねェしな」
「ああ、でも、ディナーするなら、スーツ着てなさいよ？」
「なんでだよ？」
「ここ、そういう決まりなのよ」
「…フ。あんま、リゾートって雰囲気じゃねェよな」
「デイナーだから、よ」
「まーいーや。ハラ減ったら、ルームサーヴィスでも頼む」
ガシガシと頭を掻いて、立ち上がった。
「いろいろありがとうな。んじゃあ…明日夕方出発か？また明日な」
満足した肉食獣よろしく、のったりとした足取りでさっさと出て行くゾロに４人残されて。
「…マジで張り合い甲斐の無いヤローだな」
「まぁ、しょうがないわよ。毎晩夜１１時から朝５時までの見張りでしょ？眠いのよ」
ウソップの言葉に、ナミが肩をすくめ。
「まぁ、楽しめたから、いいとするわ」
「…ナミって、ゾロで遊ぶのスキだよなぁ」
ルフィがしきりに関心して言った。
「そんなことないわよ？ワタシはみんなで遊ぶのがスキなのよ」
「「「……」」」
三人三様、沈黙で答えた。
「こほん…まぁ、えっと、この後なんだけど。好きに過ごしていいわ。ただし、ルフィとウソップは同室だから、カギの管理はウソップがして。５時からマジック・ショーがホールであるから、ワタシ見に行くけど、どうする？」
「オレも行く！！」
「あ、じゃあオレも」
「じゃあ、４時半に、ラウンジで会いましょ。勝手に着替えちゃダメよ？」
「わかった！じゃ、オレ、テキトーに行ってくる！」
「ハイハイ。いってらっしゃい」
「オレは買い物だな。また後でな、ナミ」
「買いすぎないようにね」
ナミさんはヒラヒラと手を振って、二人をにこやかに見送って。
そして、獲物を見つけたネコの顔で、オレを振り返った。
「フフフ。まだ少し早いかしら？でも、いいわよね、ベツに。例のアレする用意はイイ？」
「…マジでやるんですか、ナミさん？」
「やるわよ？だって、サンジくん、悔しくない？昼のアレ」
二人分のコーヒーを通りがかりのギャルソンに頼んだナミさんは、頬杖をついて言った。
「ナミさんは…予想してたんですか？」
「…ゾロの化けっぷりのコト？…そうね、まぁオトコマエは上がるかなぁ、と思ってはいたけど。ウソップじゃないけど、あそこまで凶悪なフェロモン出すなんてね。少し、びっくりしちゃった」
チェストのポケットからタバコを取り出したら、ナミさんが灰皿を手元に置いてくれた。
「アレをのさばらしておいたら、エモノはとっかえひっかえ、ヤり放題ね」
（うわ…いてェ）
「というわけで。さっさと釘付けにしちゃいなさい」
（うわ…マイッタ…）
置かれたコーヒーを一口飲んで。
咥えていたタバコに火を点けて、一息。
「…ナミさんって、イイ性格の持ち主なんですね」
「まぁ、それなりに、ね」 さらり、と応えられて。
「…マイッタなぁ…」
思わず、天を仰ぐ。
「さ、覚悟はいいかしら？やるわよ、サンジくん」
ナミさんの一言に。
気分は、死刑を宣告された受刑者のようだ。
迷って、迷って。
オレは他にどうしようもなく。
長い沈黙の後、こう答えるしか、なかった。
「…ハイ」
（あーあ…オレって…）
ヤな予感はしてたんだよなぁ…なんで見切れなかったかなァ。
そんな思いが、心を過ぎっていった。
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