「なあ、ナミ。」
くる、とルフィが振り向いた。

街に上陸中のため、プリントのTシャツにワークパンツという変装の船長はその覇気と強すぎる眼の光を除けば、この街のごく普通の少年に見えなくもなかった。
「なあに」
「サンジって、すげー優しいヤツだよな」
「そうね。サンジくんは、みんなにほんとうに優しいよね」

二人は、教会の中にいた。街中でお供に飽きたルフィが突然例のごとく「ねる!」宣言をやらかしたのでとにかく目の前にあったこの建物に入ったのがだいたい40分前。
特に眼をひく金の十字架があるわけでもなく、ルフィの眠る間ナミはただ周りの宗教画やステンドグラスを眺めていたのだけれど。起きた途端に、これ。
「でもさぁ。おれ達みんなに優しいけど、ゾロにだけ、あんな顔するんだよな」
そう言うルフィの眼差しは正面右横に向けられており。そこにあったのは、聖母子像。 腕の中の幼子をみつめる、どこまでも包みこむような慈愛に満ちた、それでもどこか 憂いをおびた眼差し。

「ずりーよなァ。ゾロばっかり」
真剣に言っているらしいのに、ナミは笑いだしたいような、胸の痛いような気持になる。
この少年は、どこまでも鋭く見抜き、その実なんにもわかっていないのだ。

「あのねえ、ルフィ」
「うん」
「あれはね、自分の命よりなによりも大事な生命をみている目なの。それが失くなれば、魂が死んでしまうくらい大事なものを守ろうとする顔なの。その生命が今日あるだけで、幸せになれる人の顔なの。いつか失うかもしれないものでも、それこそ全身全霊で愛そうと決めた顔なのよ。そしてね、そう思える相手は一人だけなの。サンジくんにとっては、 それはあんたじゃない、ってだけ」
「うーん」
「欲張らないの、もう。私たちは仲間としてたっくさん愛情もらってるでしょう!」
「いや、でも、ゾロは強ェぞ」
なんで心配すんだ、と続ける。
「うん。強いわよ。でもね、バカみたいに強いあんたやゾロよりまだまだ強いヤツはきっといるのよ。わくわくするんでしょ、それを考えると」
「ああ!はやくあってみてぇ!」
「だから。今日在るだけでも、その人を見るだけでも愛しいの。明日、なにが起こるかわからないもの」

「ああ、だからか」
「なに?」
「ゾロがな、自分はもっと強くなるって、前に言ったんだ。哀しい顔、させたくなかったんだな」
そっか、と納得した風のルフィにナミも笑いかける。
「おれもお前にさせてるのか?」
「え?」
「かなしい思いとか、させてんのか?」
とっさのことに、ナミは答えが返せなくなる。首を横に振るのがせいいっぱいで。

「ルフィは、」
「おう」
「哀しいとか、泣きてぇとか嬉しいとか、ぜんぶ私にみせてくれるから」
「うん」
「私はね、かなしくなんてない。嬉しいだけ。一緒にいられて」
「そっか!!」

太陽のようにまっすぐに。その激しすぎる感情もぶつけてきて。だから自分はずっとそばにいる。

「わかった。大丈夫だ、おれ達もっと強くなるから。な?」
「うん」

差しだされた手を握る。そのまま教会の外に向けて歩きだし。でもなんでゾロかなー、とまだ言うルフィにナミが軽くその頭を叩き。 街のざわめきが二人を迎える。

「やっぱ、空はこうじゃないとなっ!」
高く抜ける蒼穹。
笑う少年の顔に、その声に驚いて飛び立った鳥の陰が通り。

自分のなかに、琥珀に閉じ込められたようにきっと残る瞬間に
なぜだか
泣き出したくなった。





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おしまい。ちょっとは毒消しになりましたでしょうか?
さて、船長はどこまでわかってるんでしょう。きっと、なんもわかってないです。核心つくわりにはね。
無自覚にレンアイする確信犯みたいなヒトですね、今回の船長。あらら。