6.
さて一方王子様は。
ふわふわ笑顔でお客様から、ああああかわいいいってばああ、と声無き叫びを山ほど採集はしてはいても、内心、「え?」であったのだ。どうやらこの箱入りサマ、セルフイメージとしては「かっこいい」筈、と思い込んでおりまして。まぁ、顔立ちはたいそうマトマッテおりますし、オーナのお仲間のモデル事務所のビジン社長などからは事あるごとに「契約しない?」と蜜も滴る声で誘いを受けるほどに実際はキレイな顔立ちではあられますが、いかんせん!
もう、風情や表情が豊か過ぎて何をみてもしてもおもしろ楽しいらしく、ヘンブンリィ・ブルウがキラキラなのですからどうみたって「かわいい」のであります。なにしろあのイカレギャルソンがうっかり微笑みかけるくらいなのだから。

そして「かぁわいい」「にぎやかな」お客様方からオーダを取りつつ(そのあたりは前からカフェに遊びに来るたびにギャルソン共の働きぶりは見ていたので学習済み)、そつなくレモンのスライスが浮かんだミネラルウォータをお客様のテーブルにセットしてあげたりなどしながらも、実はかなり心臓がばくばくいっていたのだ。

「やっぱり、オーナの言うとおり“覚えてない”方が気楽だったかも―――」
これがおーじ様の胸のうちであったりした。なんだか一々比べてしまって却って動機が早くなるわ(何と、なんて野暮は言ってはイケマセン、出会いに決まっております)、妙に声がひっくり返りそうになるわで、かなり自分は挙動不審なんじゃないのか?と大魔法使いサマは「バイト」開始2時間足らずにして銀色のトレイを片手にがっくりとカウンタに突っ伏してしまいたくなる誘惑にかられておりました。
しかしそこはさすがおーじ様だけあって、そんな内心の動揺は微塵も気取らせない立居振舞はご立派か。

でも―――、とカウンタ側で少しばかり思考が流れており。
あの。宮殿のどんなエメラルドより真翠の眼が。初対面でもちかりと笑みを弾いたことにもうすこしで心臓が止まるかと思ってしまったりであるとか。
“あっち”で最初に出会ったときに浮かべたのとソレが「同じ」種類のもので。あまつさえそれはゾロの上機嫌な部類の笑みだ、といまの自分は知っているので尚更、硬直しそうになったりであるとか。
さっきは生まれて初めて『チップ』とやらを貰って思わず素で嬉しくなり。やはりゾロに大自慢で報告してしまってから、これはいつもの手伝いとは違ってたんだと思い出す始末で。けれど、ヨカッタナ、と笑みで返されたのだ。そしてまた脳に酸素が足りなくなりかけた。『まるで初恋のやり直しだねェ!』とオーナ様あたりが聞いちゃったら必ずやおーじ様はアタマごと抱きしめられてしまうだろう。

そ、そっか、第一印象は悪くないンだな、ヨカッタ。などと。
もはや頓珍漢を通り越したような感想までお持ちなのはこの大魔法使いサマであり、これでも真剣でらっしゃるのだ。『万年極甘新婚がなァに抜かしちゃってンだア?!』といつものエースなどが聞こうものなら腹抱えてゾロの頭を片手でぽかすか相当量殴ること確実なことを思っていたりもするし。

そんな大魔法使いサマは、はあっと溜め息を思わず零し、それから深呼吸を試み。さっきから敢えて無言で、例のお仲間のビジン社長のテーブルでなにやら談笑中のオーナがかるーくウィンクを寄越してくれるのに、大丈夫!とばかりに笑みを返してからカウンタの側を離れようとし。また、レーザービーム並みの翠目と視線が衝突しちゃったのである。
なん?とばかりにおーじ様が僅かに首を傾けちゃったりし。イカレギャルソンの方も器用に片眉だけ引き上げると、口パクで『シゴトシロ』とそれでも不機嫌とは程遠い表情で言ってきており。
解からない振りしてたらしばらくこっちみてっかな、などと、たいそーカワイラシイことなどこっそりおーじ様が思ってしまったことは―――秘密である。


7.
視界の端にちらちらと光の帯が入り込んでくる―――ゾロはちいさく舌打ちなどしてみる。それを耳ざとく聞きとめたお客様でもあり女友達の一人がくすくすとわらった。
「やぁねえ、寝不足?」
「―――や?」
にーっこり、と営業スマイルで返し。その肩の後ろでエースが、にぃい、と唇を吊り上げて人差し指を横振りしてみせたことは、さすが勘付き。通り過ぎ様、前髪を引っ張ってみたりなどはしたのだが。
光の帯の正体は、『甥』であることは誤魔化しようが無い、己相手に誤魔化そうなどしてもそもそも不毛である。しつこくしつこく意識の底をノックしてくるモノがあるのだ。

「なあ?」
だから、一瞬カフェ内が落ち着いた頃あいに『甥』に向かって問い掛けてみた。
「ハイ?」
まっさおさおが僅かに見上げてくる。ターコイズを透明にしてウルトラマリンの顔料に一度くぐらせればこうなるかもしれない、と一瞬無関係にその蒼をみて思う。
「おまえ、女キョウダイこのあたりにいるか?」
「ん?いないです」
なるほど、そうくるか、ギャルソン。
「親戚は?」
「シャンクスだけかな、あとの家族はみんな“向こう” なんだ」
甥は、たいそうまたにっこりとする。会話できるのがそんなに嬉しいのか。この万年恋するお惚け様は。
それに向こうは、向こうでも欧州などじゃないのだけれどもね。

「―――ふゥン。気のせいかな、絶対見覚えがある気がするんだよ、おまえ」
顔ちゃんとみせてみろ、と。そのなっがい指先が『甥』の長い前髪をすいんと梳き上げたりなどしているし。
じい、と翠目が真面目に僅かに覗き込むようにあわせられ。
―――こらこらこらイカレギャルソン!本能でそういう行動を起こすから性質が悪い。
ひゃあああ、ナンパかあ?!とと現場を目撃したギャルソンその2が声をださずに大口を開け。
ぶ、っとエースは口元を抑えてみせ。
おーじ様の目は真ん丸に見開かれてしまって、キレイに現れたまっさおさおが一対、ゾロを見上げている始末。
くぅ、と誑し給仕の眉根が僅かに寄せられ。やっぱり、とか何とか口中で呟いておりましたが。

「こォらこの馬鹿給仕!!」
げし、と頭上にオーナ様の拳が落下しておりまして、それもかなりの速度だ。
「おれの“かぁわいいの”に何しやがる」
悪魔男は完全に楽しんでいる模様。金色アタマを後ろから片腕に抱え込むと、しっし、と右手をゾロに向かって軽く振っていた。
「さっさと仕事シナサイ」
そんな即効で魔法が解けたら面白くねェだろうが、とはこの王様内々の追加事項ではあったのだが。

「……クソ店長」
「オーナって言えこらクソガキャ、」
ぎぃいいい、とイカレギャルソンの頬を抓り上げるわ、されるほうも大人しくはされないわで、中々一角が賑わい。
あーいかわらず仲イイねぇ、とエースがにこにことしながら、まっさお目が真ん丸なままの『甥』を安全圏までさっさと引き離していた。

「ハイ、ここなら安全」
にか、とまたカウンタ側までサンジを連れて行くと、はったはったと「ともだち」のテーブル横で盛大に尻尾振りでクッキーのお土産に応えていた子犬が、ばしい、と振り向いてきた。
「お!!」
ぶんぶん尻尾が勢いが良いことである。
「“おい”だ!!」
おーじ様も思わず、にこお、である。
「なぁ〜〜。お〜〜いい〜〜〜!!」
甥、と呼んでいるらしい。
「甥、呼ぶな。サンジ、だよ」
「そっか!!!」
わは!とわらってトトは元気が良い。ぴょい、と一飛びで大魔法使い様の足元までやってくる。

「なあ、サンジ!!」
まっくろ目がきらきらと、まっすぐに見上げてき。
「ウン?」
つい、いつもの癖でトトの目の間を指さきで擽るのはおーじ様であり。
くしゃ、と嬉しそうに子犬は目を細めてわはは、と笑い。
「散歩行こう!!!」
大層ストレートなお誘いだね、無敵子犬は。
「あ?あぁ、仕事終わったらナ?」
もしもーし?うっかり『素』だし、王子様。

「こォら、」
とす、とトトの後ろアタマをい平手で小突き、ぐっしゃぐしゃに引っ掻き回すのは例によって何時の間に!なオーナ様で。
「勝手に甥っ子を誘うな。まったく、兄弟揃って油断も隙もねェやつ等だな!」
オーナ、けらけらと大笑いで上機嫌であり。
誰がキョウダイだョ、と背後でイカレギャルソンが同僚共に呟いていた。
「「おまえとトト」」
「あれは、犬だ」
「「知ってるよ」」
にかり、とするのはギャルソン1と2であった。


8.
こういうのもいいかもしれないなぁ、とおーじ様はつらりと考える。
その視線の先には中々見ることの出来ない「こっち側」での日常光景が広がり。それは例えば小声でなにか言い交わし通り過ぎザマ口端だけで笑ってみせる「営業中」のイカレギャルソンであったり。
カウンタでキッチンから上がってくるデザートの仕上げを見ていたなら、自分の肩の後ろから軽く覗き込むようにして落とされる他愛無い言葉であるとかのことらしい。

トモダチ、って感じだよなぁ、などと。
生まれたときから王子様であるから『トモダチ』など『こっち側』にくるまでいなかったのにはこの箱入り様であるのでその定義は定かではないけれども、感じ入ってみたりしているらしい。こういうのもアリだったのかねぇ、などとノンビリと。そう、この方は。本来春風駘蕩なところのあるお惚けさんでもあったのだ。

落雷じみてどかーんと恋にオッコチテしまった後は怒涛のようなレンアイ、ってやつはおそらく経験したから、こういう風にトモダチ風から少しずつ、っていうのもイイか?
などとまあそんなことを思うのはどこのお惚けさんですか、大魔法使い様や。

そして魔法はオーナと本人には発動しておらず、愛情フィルタがかかったままでゾロの言動を見ているものだから、黒アタマや砂アタマやオーナ様やおそらくトトさえ(漠然となら)感じていたモノにはまぁったく!といってもイイほど疎かった。来るもの拒まず去るもの追わずの体現者のようなこの誑し給仕が。いくらビジンといえどもオトコに営業スマイル以外の“にっこり”など異常事態だ、との事実に。

『すでにトモダチすら怪しいじゃねぇの。』
これが当事者たちを除く全員の見解であることは間違いない。

とはいえ大魔法使い様は、平素からこのイカレギャルソンの笑みの種類ならそれこそ何十となく見慣れているのでさほど奇異には思っていないのであり、だからこその「こういうのもいいなあ」などとノンビリさんなのだ。
そしてお客様方にしてみても、天変地異の前兆であろうが視覚に大層宜しいので何らクレームの類はゼロであった。とはいえ、なんとなぁく皆様、デジャブの感覚はうっすらと感じてもいたのである。
少しばかり意地の悪い笑みを浮かべたイカレギャルソンと、一見クールビューティなのに実はほんわかさんの組み合わせ、なんてものは。

ところが、である。
やはり、イカレ給仕はイカレ給仕であり。どこでどうあろうともこうなるのか?な具合に思い立ったら気がつくより先に行動、がこのオトコの常であるのか。要は野生児なのか、歩く危険物なのか。
ちらちら、ちらちら黄色い光が視界に入るわ、まっさおさおが妙に目に飛び込んでくるわ、ふにゃけて笑う顔が「カワイイ」やらで―――
猫じゃらしをハナサキにふらふらさせればすぐに前足が伸びてくるのとレベルはもはや近いかもしれない。

タイトルマッチでいうなら放映料返せ!なほどにあっさりと。
夕方前には、なんだかもうあっというまに、魔法は解けてしまったのである……。
あぁ、もう考えるのは性にあわねぇ、とゾロが嘯いたかはいざ知らず。


9.
「あ!」
シマッタ、やっちまった、と。おーじ様がシルヴァのカトラリーをカウンタから落としかけたことがそもそものきっかけで。偶々側に居たイカレ給仕がその、どうにかしろよ!な動体視力であっさりと空中できらきらと落ちていくフォークを捕まえ。身体を落としていた「甥」と至近距離で目があったのだ。ばしい、と。

そしてあろうことか、空いた手でそのちっさい金色のアタマを軽く捕まえるとひょい、と引き寄せ。
唇を掠めさせていた。
「確かめさせろ、」
となにやらご大層に大威張りなセリフな癖に目が少しだけ笑みを刻んでおり。―――だから性質悪いって。
「へ??」
まっさおさおはそりゃあビックリでまた真ん丸である。なにしろ、トモダチー?とか言ってほにゃけていたわけでありますから、この方は。
「え?わ……?」
そして、ちゃっかり唇が重なる。

あンの馬鹿!がなにやら気配に振り向いたオーナ様の心中でありますが。
時すでに遅し。

ぽん、と。
関係者全員の魔法がすっかり消え去り。
カフェの中にはきらきらな見えない光の粒子でも降っているかのごとき―――

「よう、」
ふわ、と睫が触れるほどの距離で翠目が驚くほど優しい。
「―――ウン、」
心臓が喉から出そうなのは大魔法使い様である。
さら、と指が髪を梳いてくるのが感じられて、また鼓動が忙しい。
「いま、来たのか?」
わずかーに、眉根が寄せられている。頭のなかに奇妙な違和感があるらしい。
「―――う、ウン」
蒼目がうろうろーっと空中を漂い。これは完全に挙動不審。解かり易過ぎる。

幸い人目に立たない位置でもアリ、まあこれが公道だろうがなんだろうがこの連中には関係ないし、とカフェの皆様はもうひゃあくも承知なので両名のことはすっかり放置している。トトも、こういう雰囲気のときに割って入ったら大変だ、ってことは飼い主の歴代カノジョからも学習済みな良い子犬なのだ。

「―――え、と、うん」
「ふゥん?」
だが、しかし。バイト先のギャルソン服を着たままである「コイビト」をゾロも半ばわらい顔で見下ろす、間近から。
「手伝い、」
僅かに引き上げた語尾と。軽いキスを柔らかな唇に落とし。
「……そ、」
「おまえ、なにかしやがったな?」
やんわりと唇を啄ばみ、声が笑っている。
「―――う、」
蒼目がゆら、と彷徨いかける。

「まぁ、いいか」
あーあーあー。この甘やかし男は。
「あのな!」
「ん?」
すいん、と長い前髪を指先で掬い上げて、またにっこり、なのはいわずもがなのイカレギャルソンしかおりません。
「やっぱり。すきだよ、」
ふわんふわんに笑うし。大魔法使い様も。
「確かめなくても。すきだって」
「何だ、ソレ?」
くくっと喉奥で笑うし、このイカレ給仕も。

ふわふわとバラの花びらでも降ってきそうな気配にオーナ様が声をかける。
「で?ベイビイ。おまえ満足?」
「ウン」
ふわんふわん続行な様子に、金色のアタマをくしゃりと撫でて、良かったネ、と一言告げてちゃっかりゾロの背中には膝蹴りを入れて通り過ぎる。
「おら、もう早退、おまえ迷惑、帰れ」
異議なーぁし、とギャルソンその1と2も手をひらひらと振っていた。
おーじさまあ、また明日遊ぼうナァ。とご陽気である。まあ、いつものことだ。


そして見た目も極悪な2人と一匹がブルーヴァ―ドをのんびり歩きながらしていた会話はといえば。
「なー、ゾロ?」
す、と視線で先を促され、おーじ様がコトバを綴っていた。
「おれが“こっち”で生まれた普通のニンゲンでも一緒にいたと思うか?」
「―――はン?」
イキナリだしね。
「や、だから、」
言い募ろうとするのをやんわりと手で制し、トトも珍しく真っ黒めでゾロと『ヨメ』とを大人しく見上げてきている。
「きっとな?そんな気がする。どこで会っていようと惚れてたな」
さらっと断言し、ゾロはにやりとしてみせ。
「ひゃあー」
訊いたのは自分であるのに、なぜかお顔が真っ赤なのは箱入り様だ。
ひゃあ。と言いながら。肩に顔を埋めてるし。おおおおい。―――言うだけ無駄か。

まあ、確かに。
それはそうか。何しろあのオーナの『甥』であったとしても、恋していたわけでありますからね。


そして明け方前の閉店前のカフェでは。
愛人様が立ち寄る前に、閑だから、って理由で。悪魔笑い付きでオーナ様が居残りギャルソン共に『きょうのちょっとした魔法』についてげらげら笑いながらばらしていたことは、また別のお話。





FIN

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まっちんさま!!長らくお待たせいたしたわりにはこんなんで―――あうち。次回は必ずや!!もう少し
ちゃんとしますので!!くう。おばかさんたち、どうぞお収めくださいませ。