Fondle 〜extra short story〜
「なぁ、」
さわ、と身体の両脇で草が鳴った。風が吹き、草原の翠が一面に波打つ。
ざざざ、と水を切る音よりは穏やかな、それでいて同じように力強い音があがる。
「なんだー?」
けんしー、と。目線の随分下の方から声がした。
腰をおろしてしまえば、その珍妙な妖しの子どもは自分の肩より下に頭が来る。
ガラス玉めいた透明な薄青が、無心にあわせられる。
言葉を切ったゾロに、また、なんだ?と問うように丈の高い草をふかりとした尾が幾度か薙いでいく。
「おまえ、その耳」
「うん?」
コドモの両手が上がり、濃い麦色をしたソレをといといと軽く抑えた。
ふくりとそれが前のほうへ柔らかく折れる。
「おれの耳がなんだー?」
「いつもそんなか?おまえらの成りは」
大人の雌ならなかなか艶っぽいかもしれねェな、など少しばかり不埒なことを考える若造なのである。
「ちがわー、」
妖しのこどもが、頬を膨らませた。
山に生る果物めいて、つるりと美味そうではあった。
「そうなのかよ」
剣士の声は少しばかり残念そうである。
「術は、掛けるより解く方がむずかしいんだ」
ぴょい、と明るい金色の両脇から覗く濃い麦色の耳がまた小さく動いた。
「へぇ、」
「おーう、しゅぎょうするー」
どうやらこのこどもは『しゅぎょう』の響きが気に入ったらしい、とゾロは思う。
「けんしー、」
かさり、と紙箱から翠葉を二枚ばかり取り出しながらこどもが呼ぶ。
「なんだよ」
「はい、」
ほとりとゾロの手に葉が落とされた。
「草笛。けんしーも、しゅぎょうしろ?」
にかあ、とまっさおが細まるくらいの満面の笑みで返される。
「はン?こら。それを言うなら、教えてください、だろうが」
とす、と妖しのこどもの額を指先で軽く押しやるようにしながら、
「おれはとうに出来るンだからよ、」
そうゾロが言うが、こどもは額を小突かれたのが面白かったのかますますひゃあひゃあと機嫌が良くなるばかりだ。
しょうがねぇな、と剣士が葉を丸める。
いったいなんの因果で妖しの、それもガキの面倒をみてるかね、おれも、と。胸内で少しばかり訝しみながら、それでも常よりは珍しいほど穏やかな心持であるので、ひとまずはこの状況を好しとしていた。
「ほら、キツネ。いいか、こうやって……」
教えてやろうと横を向けば、こどもの小さな手がひたりとあわせられた、目元に。
はン?とその意を眼で問えば。
こどもが、またいっそうにかあ、とそれはまあうれしそうにわらう。
ちっさな牙の端までがみえるほど。ふかりとした耳が後ろに反り返るほど。
「おんなじだー、けんしー」
声音もうれしさを隠しもしない。
なにが、と問おうとして視界の隅に葉が映った。
「はっぱ、けんしー、おンなじだなあー?」
あァ、色のことか?とゾロが合点する。
また、こどもの手がひらりと翻り、ゾロの反対側のめもとにもあわせられた。
「こっちもだなあー?」
ひゃあ、とまたわらい、尾がはさり、と一際大きく振られた。
「右と左で違ってたら珍しいがな、むしろ」
「はは、」
ゾロの返事に、きらきらと青が光る。
そして、ふい、とまた手を戻し、ゾロの手元を覗き込みながらおなじように葉を丸めることに今度は注力しはじめたらしい。
耳が、ゾロの鼻先にある。
柔らかな麦色の毛皮に包まれて、日に赤い細い血管が透けて見える。
懐かしいような日向の匂いまでする。
ときおり。ぴるん、と小さく動いたりもする。
それが鼻先にあるもので。
かぷり、とゾロが耳を齧った。何の気なしに、それでも若干衝動めいていた。
「−−−っひゃ!!」
ぴぴぴっ、と。軽く齧ったままで、ソレが歯の間から逃げようと動き。
からかい混じりにかじりとまた齧れば。
「ひゃあ!!」
くすぐったい、とこどもが身体を捻ってわらいだす。
ひゃあひゃあと、くすぐったいやら妙にたのしいような、で。こどもがばたばたと手足を暴れさせ。
片耳が離され、ほっとして息をはいた瞬間、反対側も同じように齧られて今度は飛び上がっていた。
「っっひゃ!!!けんしーーー!!!」
ぱったんぱったんと尾っぽが大暴れだ。
くく、とゾロが機嫌よくわらい。すい、と身体を離していた。
「くすぐってえーぞ、ばかけんしーっ」
飛んだり跳ねたり捻ったり、で。こどもの金色の髪がほこほこと逆立つようで。
またその様子が面白くてゾロがわらう。
「ばかけんし!」
けれど、さらさらと乱れた髪を撫でられて、ふう、とこどもが息を吐いた。
「あー、くすぐったかった」
草にまた座り直している。やはり剣士の隣に。
「そうかよ?」
そいつァわるかったな、と返すゾロにはそれでもちっとも反省の色は無い。
が。
かぷり、っと。
妖しのこどもにあご先を突然齧られ笑い声がやんだ。
ちっさな牙はそれでも肌を傷つける意図はなく。あむむ、と齧りはしても猫のコに指をかまれる程度のものだ。
むーう、とすこしばかり力を込めたあと、こどもがまた離れ。
「おー返しだ!!」
両耳がぴんと立って威張っていた。手まで拳にやんわり握られている。
「そうかよ」
「おーう、けんしー、痛くて泣いたかぁ?」
にかあ。と、こどもがまた牙をみせてわらい。ぴょいひらり、と耳も尻尾も表情豊かだ。
豊かついでに、ぴん、とヒゲまでそれこそ子猫並みに何本か現れ、
「わわわ、」
と、こどもがあわてて掌で押さえそれを元に戻し。また、ひゃはあ、と自慢気に剣士に向かってわらいかけた。
その牙もちんまり尖ってはいても、相手を傷つけるつもりはさらさらないらしい。
「こわがんなくてもいいぞー、けんしー」
ンな牙で何かの役に立つのかネェ?と余計な心使いまで剣士がしてしまうほど。
まったくこのガキは……
ぶ、とゾロが堪らず吹き出した。
「ああ、痛かったな涙がでるかと思ったぜ」
むしろ、笑い泣きしそうなゾロは身体を折って笑い声の間からどうにか答えたのだ。
FIN
掲示板の方に上げていた小話を微妙に加筆して持ってきました。
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