From This Moment On
「なあー、サンジ。おれさ、この間買い物に出たときに思ったンだけどよ」
島の入り江に船を着けたうららかな午後、ウソップが言い出した。呼ばれた方は、ふい、と手を止めて
気の良い狙撃手を見遣る。
「―――アン?」
咥えタバコのまま、それでも目元はわらっている。
「おれの芸術家としての目と。チョッパーの医者としての目と。その両方が同じイケンなんだから
間違いねェが」
「……アア、」
長い前説にちらりと微笑し、唇の間から煙を高く細くのぼらせる。
「おまえさァ、ずっと海で育ってきたんだろ」
なにをいまさらなこと言ってやがる、と言ってサンジが自分の手元に目をもどす。
「けどさァ、この間の島。なんつったか、すげえ原っぱがあったろ、街に行く途中に」
「―――ああ」
たしかに、あった。
軽い酩酊感を伴うほどに、どこまでも拡がっていくようだった。
風の渡っていく軌跡に沿って、草が流れていっていた。
その様が酷くきれいだったから、タバコを吸う間はそこに立ち止まって。自分はその景色をみていた。
「あのときさ、」
ウソップが言葉を選びながら続ける。
「おまえさ。すごい景色と馴染んでたんだよ。不思議だな。海の方がずっとしっくりくるんだろうって
思ってたけどよ」
いやあ、今思い返しても不思議だな、と笑う。
「―――へぇ?」
片側の眉だけ、跳ね上げて見せて。サンジは手元へ意識を戻した。
釣り、と称して小さな島へと上がってしまった連中の、夕食の下ごしらえ。
言うだけ言ってしまうとウソップも飛び道具の手入れに集中し始めた。
耳の底に、あのときに聞いた風の音がまた
聞こえた気がした。
「―――溶け込んじまいてェ景色だな、」
そんなことを、思っていたことを反芻しながら。
風に千切れて空へと放たれる草の葉であるとか
流れる色のもつ、あふれるような生命力であるとか
そういったものに
抱きしめられているような気がしていた。
笑い声が流れてきた。
少し離れた自分達のいる方まで。どこにいても、なにをしていても賑やかな声は船長のもの。
それを聞くたびに、ナミの口もとに浮かぶ笑みをみるのが、大好きだなぁとチョッパーはにこにこと
しながら思っていた。
釣りをするというルフィと、寝ているよりは役に立つことをしてきやがれという最もな指示を受けたゾロと、
自分達はささほど大きくもない島へ上陸していた。なにか珍しい薬草でもあるかもしれないと言った自分に
ナミは付き合ってくれていたのだ。
ゾロは。シャツの前をすべて肌蹴て、御世辞にも行儀の良いとはいえないスタイルでルフィとは少し離れて
岩場に並んですわり、釣り糸を垂れている。時折賑やかな笑い声が思い出したように流れ、また波音が
高くなる。
くす、とナミが小さく笑い声を漏らし。
笑みを含んだ目線に誘われるように自分も岩場を振り向いたなら、ちょうど。やがて並んでいるとやたらと
糸が絡むのに業を煮やしたらしいゾロが立ち上がり、波打ち際まで長い歩幅で歩き始めたのを目にする。
ポイントを探してでもいるのか、それとも船の方を眺めてでもいるのか
やがて
ふい、と立ち止まった。
ざあん、と波音
シャツの背が、風に煽られて翻った。
「なあ、ナミ?」
「なあに、」
「ゾロに、海が似合うなんて意外だ」
波打ち際に目をやったままのチョッパーにナミが小さくわらった。
「そうねぇ」
うたうような声だった。
溶け出してしまいたいのかもね、あの青に
と言った。
いつまでも、立ち尽くすようだった姿の傍に行き、声をかけてみた。
ナミに言ったように、思ったままのことを口に出した。
そうしたら
すこし、困ったような笑みの欠片が
ゾロの双眸を掠めていった。
ちょうど、
遠い波に、波浪の上にかすめる
鳥の影のようだった。
夜明けに
向かい合い、口付けを交わした。腕に相手を抱き、
間近で瞳を覗き
やがて逸らすように頬を寄せるようにし
しばらくそのまま動かなかった。
肌を通して伝わる熱量に
静かに上下する背に
隔てている空気さえ惜しいと
そんなことを思った。
自分の中に
相手の領域を受け入れている。
それは
離れていく時のためではなく
共に在るためだ、そう思う。
けれど どこかで
可能性はいつも そこにある。
自分のなかで、育んでいっているのか、 もしいつか
会いたいと願っても 叶わぬ時に
たしかに在ったものを 確かめるために、相手の領域を―――
自分と同化するまで、
溶け合って 境がつかなくなるまで
自分の内に 育んでいる
おまえの、存在そのもののような 焦がれて
焦がれて
溶け込んでしまいたいほどの
情景。
きょうな、おもしろいこと 言われたんだ。
ああ、おれも 言われたぜ。
へえ?なにを
多分、似たようなことじゃねえのか。
長い指が 髪を梳く
細い金糸が、肩に散る
夜明け前
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ゆうまさま。すてきなお題をありがとうございました。
ある意味、描きたいよう−に書かせていただいてしまいました。ご笑納おいただければ、幸いです。
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