--- Sweet Head ---
「はい、これ今回のギャラな」
小切手をつい、とテーブル越しに指先で滑らせる。いつもなら軽口の10や20は出てくる相手が
黙ったままなのに目線を上げれば、ぶすけた表情にぶつかり、んん?と片方の眉を引き上げる。
「どしたのかな?」
「うるせえ、おれはいま自分を呪ってんだ、話かけるな」
「おまえなんつう声だ、そりゃ?」
あららららら、と笑いを噛み殺すのは「エージェント」のエースで。
モデル事務所の経営と変わんないだろ、といたって気楽に本来なら多少は罪悪感でも持ちそうな
仕事を飄々とこなしている。お仕事はなに?と女性に聞かれれば人材派遣会社経営、とにっこり答える
現場は多々目撃されてもいる。確かに違法じゃないしね、とは偶々その場を目撃したどこにでも顔を出す
シャンクスの感想ではあるが、これは本筋とは関係ない話。
「だから!話し掛けるなっつってんだろ!」
ぎゃあっとサンジは牙を向く。自分の身体から突きつけられた証拠にそれどころではなかったのだ。
とっ散らかった思考を追いかけるのに忙しく。
よりにもよって、別れ際。笑いやがったんだあのクソアホわ!ちっくしょおおお。生涯初だぜ!
あろうことか、このご自慢の声が。がさがさの酷え有り様になっちまうまで、いいように声あげてたって
ことだろうよこの事実は!!くぁああ、許されるのかオイ!最後はわけわかんえでエライこと口走って
いたような気も、しないではないが。封印してやるなにがなんでも!ぜってえ思い出すもんか。
―――――クソ。おれぜってえカオ赤いぞ、……ああチクショウ。おれのお仕事意識は壊滅状態だ、
あの絶倫ロバめが。今度あったらタダじゃおかねえ。
ふるふるとコブシを握り締める美貌の「高級接待要員」を眺めながら、そろそろ別のナンバーワン
探さなきゃなんねえなぁ、とのんびりエースが考えていたことなど、いまのサンジには知る由もなかった。
だってこいつ、恋の病みてえだし?と、恐ろしげなことまで考えていようとは。
「あのな、お取り込み中申し訳ないんだけどさ、」
ぎろ、と非常に人相のよろしくない仏頂面で返されても、エースはにこやかあに続ける。
「明後日もお仕事です。ヨロシク」
「なぁ、・・・・・・また、オペラ付き?」
「なにせシーズン中だからな、お気の毒様」
「もうプッチーニばっかでいいかげん飽きた」
うえ、という顔を作る。
それで、レセプションのオマケつき、とエースがテーブルを立ったサンジに付け足す。
はいはい、とひらひらん、と手を振り返して返事とした。
いい加減に聞き流していた2日前のエースの言葉を、ボックスシートでアリアを聞きながらふと
思い出した。途端、サンジの物柔らかな笑みの影を上らせていた口元が引きつった。
レセプション、っつてたか?ってことは―――おい。あのクソ馬鹿もいるんじゃねえのか?最悪だ。
隣に座る秀麗な姿が小さく吐息をついたのを、「客」はアリアへの嘆息と取り。満足げに微笑んだ。
今宵のレセプションは美術館の大回廊にて。ローマ時代の彫像の並ぶなか、やはり居た。
酷く目立つのは、間違いなく。エスコートする方とされる側が通り過ぎざまお互いにしか聞こえない
ような小声で物騒な挨拶を交わす。
「よお、恐怖絶倫ロバ男」
「ああ。てめえかイロガキ、なに言ってやがる」
にっこりと、笑みすら交わす勢い。
通り過ぎてからは、無視を決め込んでいたのだが。如何せん、目立つ。無視しようにも視界の端に
映る度に神経が引っ張られでもするかのような強迫観念に近いものまで出てきては仕様がない。
不自然にならない程度に交わした会話で得た本日の情報。
「うっそナニおまえおれとタメ??詐欺じゃん」
「そっちがガキすぎンだよ。てめえこそ詐欺だ」
以上。
名前、という基本情報は交換されず終いだった。
--- Moonage Daydream ---
アッパーウェストからロウア−イーストへアヴェニューAをゾロは下っていた。車など使わず、明けて
まもない空気の中を歩いてみたくなったので。しっとりとしたトワレの香りが微かに自分の動くたびに
立ち上るのを、何となく意識し、シャワー浴びても中々落ちねえな、と今更な感想を持ちながら。
ソーホーからアッパーウェストに戻るのに、どうせなら途中でコーヒー飲んでいこう、とサンジは
アベニューBをつらつら歩いていた。おもしろかったけど、なんか疲れた。まいったな、と。そんなことを
思いながら軽く伸びをする。
目線を下に向けゾロは12ストリートで右に曲がった。
眉を僅かに顰めるようにし12ストリートでサンジは左に曲がり。
ニンゲンに派手にぶつかった。
「「てめえは!」」
「馬車馬ッ!」
「イロガキ!」
ぴしいっとまっすぐに人差し指が紛うかたなき相手を指さす。さすが、インデックス・フィンガー。
「なにしてるんだ、おまえ」
サンジがポケットの煙草を探る。
「おまえこそ、なにしてるんだよ」
「あ?しらねえのか、ロバ。ここのコーヒーは最高に美味いんだよ」
アヴェニューに挟まれたブロックの調度真ん中に位置するカフェを細い指が指し示す。
「……てめえは、」
ガラス扉の入り口辺りに立つ姿をみつけると、店主が中から大げさに手を振って寄越す、
二人に向かって。
「なんだ、おまえもここに来てるのか」
ゾロが面倒くさそうに言った。
「放っとけ。あーあ。おまえなんぞに朝っぱらからあっちまった。なァんでこんなとこうろつくんだよ」
サンジがぶつぶつ文句を言い。
近所なんだ、ぐだぐだ言うなと。もう2ブロックも行けば家だ、とブラックタイが"良い具合に"着崩れ、
ジャケットなどとうに何処かに置いてきたらしいゾロが続ける。
「へえ?おれも家に帰るとこだ」
アッパーウェストの方角を指差し答えるサンジの方も、朝早く出歩くには非常に不向きなスタイル。
ジャケットの前がはだけて、スタンドカラーの襟元を飾っていただろうタイなどとっくにポケットのどこか
だろう。清涼な朝早い街並みが突然バチュラーパーティの翌朝のような気だるい風情に変わる。
「ここ、エスプレッソが最高に美味いだろ」
「ああ」
お互いに。
まだ薄く、ここにはいない人間の影を相手がまとうようなのに何故、苛立ちにも似たものを覚えるのか、
消してしまいたいと思うのか。わからなかったけれども。ただ何となく、この偶然をこのまま手放すのが
惜しいと思う自分を、自覚していた。おくびにも出さずに。
小さなバールの中は、ちょうど朝の常連客で2卓しかないテーブルも、カウンターも埋まっていた。
ドアを開け、ゾロが顎で先に入れと促す。サンジはわざと驚いたような表情を浮かべてみせる。
その肩をかるく中へゾロは押し込んだ。見栄えの良い人間や著名人など見飽きているこの街の
住人はさしてこの豪華な二人連れに興味は示さず、ただ。ゾロの知人らしい初老の男がテーブルから
軽く笑みを含んだ視線で挨拶を寄越した。
「あれ、サー・バーナードじゃん」
サンジが少し興味を惹かれたように、劇作家の名前を上げる。
「ウチの12階に住んでる。チェス仲間」
「ふうん。くう、ねる、やる、以外のことするんだ」
「―――あのなぁ、おまえひとのこと何だと思ってんだよ?」
はあ、と溜め息混じりにゾロが言い。
聞きてェか?とサンジが不吉なまでの笑顔で返す。
や、よしとく。とゾロがげんなりした風に答え。店主の待つカウンターへ向かう。
「なににする、」肩越しに聞くのはゾロ。
「―――ラテ」とサンジ。
「と、エスプレッソ」自分のオーダーを告げ。
「あと。チョコレートビスコッティ」
「to goで」とゾロが最後に付け足す。
なんだあんたたち知り合いかと店主が笑うのに「「しりあいじゃねえ」」と二音声が返す。
それでも。
くるか、との問いかけに。僅かに首を傾けるようにしたが、ああ、と蓋を開けながらサンジが言った。
一口のむかのまないかの内に、12ストリートとセカンドアヴェニューの交差点に立つプレ・ウォーの
アパートメントに着いた。アールデコスタイルだなとサンジは見当をつける、趣味良いじゃん生意気に、と。
ドアマンの待つ細長い、チェッカー模様の床のロビーを抜け、その奥の鉄製のリフトで2口目。
リフトの針は最上階を指していた。景色は良いぜ、外で飲もう、晴れてるしとゾロが言った。
裸足で。ルーフトップで。陽射しの下で。
何故、コーヒーを飲み終わったのに部屋を出ようとはせず、甘口の酒は苦手だというゾロの、サンジに
してみれば大好物!てめえそれはタカラの持ち腐れだ!なヴィンテージのシャトー・バソを空け。
グラスに注がれた黄金色のトカイワインに機嫌を良くし、キスしてしまったのだろうかと。
そして、相手のトワレと肌の匂いに吐息をついて、瞳を閉じてしまったのかと。
サンジは考えるのを途中で止めた。触れてくる手も、指も、唇も。肌をすべる髪さえも。なんだって
こんなに気持ち良いんだ。最後に肩の向こうに見えたのは、珍しく雲の間を割って覗いた藍天。
眼を閉じても、瞼に残るその藍。まわした腕に力をいれたら、抱き上げられた。
「・・・・・・あんま、そう簡単にヒトのこと持ち上げんなよクソ馬鹿ヂカラ」
「おまえが軽すぎるんだ、」
とさりと。背中にあたる柔らかな感触に目をあける。
「なあ、どうする」
「―――ん?」
答えながら、礼儀として一応上向けたサンジの顎下に唇で触れる。
「する?」
「正直言うと、半々だな。眠ぃ」
ゾロが耳元に唇を寄せ、囁く。
「オールかよ、懲りねェやつ。・・・・・・おれも、眠い」
決まりだな、とゾロが言い。ぐい、とサンジの頭を引き寄せるようにした。そして言う。
「おまえ抱き枕の代わりな」
「フザケンナてめ、」
それでも、高めの体温と鼓動は確かに気持ちよく。催眠効果は抜群。抱き込まれたまま、おやすみ、と
いわれてしまえばつい、目を閉じて。おやすみ、と返してしまった。
纏っていた影など、とうになくなっていた。二人とも。
それ以来、何とはなしに。中途半端な知り合いになってしまった。
たまに思いついたように気まぐれをおこしサンジが勝手に最上階の部屋まで顔を出し。お互いの
名前を自然に呼べる程度には距離が近づいた。
リフトから抜け、ドアを軽くノックする。返事が無いのに構わずノブを回すとやはりそれは開いた。
元来無用心なのか、それとも自分用にカギをかけていないのか、それのどっちなんだかな、などと
思いながらエントランスホールに足を踏み入れ。届いてくる音に、へえ、と唇端を引き上げる。
「かーお見に来てやったぜぇ、ありがてえだろっ」
音に流されないように自然と大声。
「いらねえよ!」
負けずとよく響く声がテラスのほうからホールまで届いた。
ルーフトップにまで開け放した窓から音が流れ込んでくる。空へと音が帰っていく。
聞きながら、サンジが気持ち良さそうに僅かに眼を細めるようにした。そして言う。
「なんだよ、おまえコレ好きなの?」
「ああ、」
「おれらの生まれる前のだけどな」
「良いモンは良いだろ」
「ん、同感」
ちいさく歌詞を上らせながら、笑みの形に唇が引き上げられたのに、自然と口づけていた。
そして。受け入れられながらも。自分の中で、何かが引きつれたのをゾロは感じた。
その姿がなくなってから、気づいた。それは多分、あの存在に触れられるのが自分だけでは
ないからだ、という事実。
--- It Ain't Easy ---
何だってここにいるんだ、と、天然ど金髪みつけてゾロは天を仰ぎ見たくもなった。
自覚してからは、なるべくプライベート以外ではその姿に会わないようにしてきた努力が。水の泡。
おまけに何故か自分がこのバンケットに入ってきた頃には相当、出来上がっていた。つまり、
アルコールの過剰摂取気味。にこにこにこと満面の笑みで。盛大に両腕を広げて、きゅう、と
抱きついてきた。片腕に金髪頭、もう片腕には黒髪の美人を抱えたゾロは。瞬時にその場の
ほぼ全員を敵に回したことになった。ごく少数を除いて。
「おまえ。酔ってるな―――?」
「ううん、なに言ってやがる」
ぺたりと。ゾロの首に腕を回したまま、いかにも酔っ払いの台詞を吐くサンジに、ファビアンが
微笑みかける。
「はじめまして、」
「はじめまして」
ほやん、と気の抜けた、かつ蕩けそうな笑みをサンジも浮かべる。
「ねえ、私はいいから。この子、すこし休ませてあげた方が良いわ」
数少ない味方が、ゾロに向かって物柔らかに言ってくる。
「それより。こいつが一人の筈が無いから連れを探したほうがはやい」
張り付かれたまま憮然とした風に言うのに、バカねえ、とファビアンが返す。
「あなた、事態を面倒臭くしたいわけ?」と。
それに、私なら大丈夫よ。ここには愛するご主人様もいらしてる筈だし、精々からかってるわ、と
凄艶な笑みと一緒に付け足した。
「少しは正気に戻ったか」
「ん、」
低い声が聞こえたから、眼をあけた。似たような声だな、と思ったていたら本物だったので、
サンジが少しばかり驚いた顔になる。確か。連れてこられたのは良いが面白くなくて適当に
グラスを空にしていたら・・・・・・今に至る。長椅子に、座らされていた。何故か、ゾロがいる。
「なんでおまえここにいるの?」
「とっ捉まったんだよ、ここのアホに。おまえ酒癖最悪だな、うるせえし絡むし」
ゾロが不機嫌を隠さずに言う。
ほらこっち向け、とそれでもさっき緩めさせたタイをきちんと締め直そうとサンジの顎を捕まえて
自分に向きなおさせる。
「―――あ」
「こんどは何だよ」
なぁんだ、とからかうような声はサンジのもの。
「見たいわけ?」
なに?と今度はゾロが聞き返す。
「まあまあ遠慮するな、うん、見たくなってもしょうがねえよな。にしても中途半端だな」
するん、と指先がタイを解き。ボタンまで外す。
「どおだこの芸術的なまでのライン!怒らないからさわってみ?」
「―――いや、いいし。別に」
ひゃはは、と笑みに崩れるクールビューティ顔。なにが面白いんだよ次は笑い上戸か、とゾロが
いうのも気にせずサンジは、ほぉら、と襟元をいっそう肌蹴てみせる。長椅子に半ば寝そべり、見ように
よっては非常に淫蕩極まりない。
「あのなぁ、酔っ払い。いくら何でもここはパブリックスペースだっての、ほら」
あーあもう、とゾロは半ばあきらめにも似た気分で言って聞かせる。
「しまえ」
「みーろって」
「・・・・・・しまいには噛むぞ」
「ははははは出来るモンならてめえやってみ・・・・・・・・・ひぁ!」
かぷ。
あがった声に、に、とゾロのミドリ眼がわらい。かるく歯をたてたのとほぼ同時に呆れ果てたような声が
後ろから、というか真上から落ちてくる。
「―――おまえらさァ、なにやってンの一体」
仕返しとばかりにサンジの腕が離れようとするゾロの頭をハナスマジ!と自分の上に押さえつけ。
「セックス。」
艶然、とシャンクスに向かって微笑む。
「あらま。ゾォロ、おまえ、趣向変えしたのかぁ」
のんびりした声。違うわボケ!とくぐもった声で返答するも、ふーん、と笑って返されて終わる。
まあ確かに、この状況では説得力ゼロ。
まあ、おまえの好きにしなさい、とシャンクスがまだ笑いながら言う。
「でも、うちの奥サンはまあ良いとしてもなぁ、ロビンがショック受けるな可哀相に」
心臓の上あたりにご丁寧に右手を添えてみたりしている。
おまえちっとも思ってナイだろ、と怒鳴るのはゾロ。
「あ。じゃあ、おれは?おれどっちも大丈夫」
はいはい、と暢気にサンジが片手を挙げる。
「残念ながら、ちょっとなぁ、ダメ。おまえキレイすぎだよ。あんまり女受けはしてないだろ」
「……チッ」
「このアホ身内が趣向変えするくらいだもんな、天晴れなり!」
「ははっまあな!」
ああアホだ、こいつらは地獄のアホだ、ゾロは「鎖骨のあたりに噛み付く」という自分の行動は
うっかり棚に押し上げてアタマを抱える。実際には抱え込まれたままだったのだけれども。
「ああ、そうだ。おまえ、このアホに構ってる場合じゃないぜ?お連れサンがお探しだ」
おれ、これを伝えに来てやったんだった、とシャンクスが今更なタイミングで口に出し。
「え。やべ。じゃな」
サンジはあっさりと半身を起こし、さっさといなくなる。このあたりの職業意識は流石、ともいえる。
「おまえもえらいのに惚れたもんだな」
あーあ、しらないからな、と子供が言うのと全く同じニュアンスで言われる。長椅子に凭れかかり
ゾロがシャンクスを見上げるようにした。
「・・・・・・惚れてるのか?」
「自覚ないのか」
このバカが。とシャンクスが言った。
「シャンクス、話がある」
「どうせ面倒臭え話だろ、明日にしようぜ?」
少しばかり意地悪く言ってのけても、その眼元は明らかに笑みを含んでいた。
やべえ。
サンジはインペリル・スイートのバスルームで口元を手で押さえ蒼白になっていた。
気持ち良くないどころか、何か、おれ吐きそうなんだけど?と。
ここのところ、唯のエスコートが多かったから気が付かなかった。最中に吐くなんて最悪な
真似は晒さずに何とか済んだけれど。マズイだろこれは―――あ。ダメだ、吐く、吐く吐く。
軽く咽て。鏡に映ったのは涙目になった自分のまっしろなカオ。ちくしょお、とまたサンジは呟き。
空っぽの胃を抱えて、フェイスボウルに張った水に顔を突っ込んでも気持ちが悪かった。
冷たいシャワーを浴びても気分が悪く。泡だらけにしたバスタブに沈んでも最悪だった。
思わず頭まで沈んだから目に沁みて涙まで出かけた。
こんなん続いたら。おれ死ぬぞ。
気分は最悪だわ、涙は止まんねえわで、サイアクだっ。
「ちくしょうクソゾロ!てめえ迎えにきやがれっ」
真夜中。なぜかケイタイに怒鳴っていた。
--- Soul Love ---
部屋の扉を開けたとき、まだ水分を重く含んだままの髪から雫を滴らせながら広いその
真ん中にサンジが突っ立ていた。うつむいたまま、呼びかけても顔をあげようともせず。
どうした、ともう一度声をかける。
なんでてめえは来るんだよ、と泣きそうな声が、やっとゾロの耳に届いた。
わるいか、と答えた。
てめえ・・・、と。噛み締めるような声が掠れ。
「てめえよくもおれの博愛精神をめためたにしくさりやがったな!」
「なにいってんだ?おまえ」
「うるっせえ、おれはなぁ!」
ぎりっと睨みつける、けれど半ば涙が霞み潤んでいる事に本人は気付いていないだろう、きっと。
「気持良いことが好きなんだよ、誰だってよかったんだ!パーフェクトだったんだ、それをなぁ!」
「だからてめえわけわかんねえっての!」
決して、ゾロも気が長くはない。
「だから!おれは!」
うううーっと唸る。
「ヒトの言葉しゃべれ」
言いながらゾロが呆れた風に、片方の眉だけ引き上げる。
馬にいわれたかァねえ!とか怒鳴リ返しても、また、きつい眼もとは頼りなげに揺れ。
「てめえの他は、もう気持良くねえ、」
どうしてくれる、と途方に暮れたように。言うのは。
「ちくしょ、わけわかんねえのはおれの方だよクソアホ」
「―――なんだ。問題ねえじゃねえか、」
へ?とでもいう風に、サンジの眼差がぶつかる。
そして、思いもかけず優しげな笑みに眼をやられた。
「おれな、廃業した」
「―――は?」
言語中枢もついでにやられていた。
「で。おまえのことを買い取ることにしたから。おれは"博愛精神"なんざ持ち合わせはねえし、
自分が一番じゃないと気がすまないことくらいはわかってる、」
「サンジ。なんでおまえなんだろうな?」
おれもどうかしてるよまったく、とカオを顰めてみせるゾロに。
蕩けるようにやわらかく笑みを、深い艶を瞳におび、自分の唇が極上のラインを描いたのをサンジは
知らなかった。その唇はひどく官能的でいてそれでいて甘そうだ、自分のロクデモない感慨にゾロは
不意に笑い出したくなったけれどそれは1秒にも満たない衝動で。ただ、魅入られる。
そして、細い体躯を引き寄せる。出来うる限り優しく口づけてみようと。瞳にはかれた笑みはそのままに、
サンジは寄せられる唇を受け入れる。伸ばした指先で、金のピアスを玩んでみた。
そして。ああ、やっぱりこいつ、気持ち良いや、そんなことを考えていた。
--- Thank You Ma'am!:Epilogue!? ---
お互いを買い上げてみる。
廃業宣言。
ひとまず。
住処をどっちにするかが当面の問題だな
フーザケンナ!クイーンやダッチェスとヤッた一緒のベッドでヤれるか!とか
怒り心頭ですってカオして喚いていたが。
だから。
部屋に呼んだことなんかねえのは百も承知で言ってるのが性質が悪いんだ、こいつは。
で、そのあとは。
あとになって考えるから。
少なくとも。
二人でいたほうが、面白い事が多そうだ。
以上。しばらく連絡入れねえけどヨロシク。
結構、流暢な崩し文字のメモ書きに眼を通し。
あらら、なんつう伝言だよ。これってノロケかね?とシャンクスが片眉を引き上げる。
メッセンジャーが運んできた手紙から、追加のメモと相当額の小切手がひらひらと落ちてきた。
ひゃははははと酷くあっけらかんと。落ちてきたメモ書きにあった連絡先に電話し、顔を出したサンジの
「ボス」らしい男は事情をざっと聞いてわらい。ふうん、やあっぱりなぁ、とか暢気な感想をもらしていた。
恋煩いしてたからなァ、とかなんとか。うんうんと一人で納得している。
「あのさぁ、あんた」
「あ。おれエースっての。よろしくな、ヤクザ屋サン」
漆黒の瞳が笑みを含み。すい、と右手を差し出してくる。自然体。物怖じしないこの態度。見栄えも
上等の部類。
きらん、と僥倖がシャンクスに閃いた。
「エース、おまえさ。バイトする気ねえ?」
「は?バイト?」
「そう」
にんまりと。笑ったのは人質候補をみつけた悪魔。
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kamome様!捧げさせて頂きます。この・・・・・・お話。イメージを裏切りまくりなのではと。時間がかかった割には、ううーん。
頑張ったんですけど。これは、どうなんでしょう?いつにも増してみんながばかで。なんだかラブコメって難しいんですね、と
遠くをみつめてしまうのでした。なんだか、長いし。
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