--- Things We Do ---
技術屋の、世にもケッタイなスピーチを聞いてからジブンがあの医者を見る目が変わったかといえば答は明らかにノー、だった。くるくると移り変わる表情に気付いた事と、抱きしめたならば肩が揺れる事に気付いたことくらいか。
とはいえ、ゾロは自覚は無いようだが、そういった「事」に気付いた相手は今まで非常に少なく。恋愛ゴトよりはソラにばかり夢中なくせに来るモノ拒まずな「英雄」様であったのだから、コレはコレである意味かなり最低な輩ではあるのか。

そんな外野の思惑を他所に、ゾロは思考を巡らせる。
そもそも、ああいう無茶な「告白」をされること自体、すっかりジブンの常識からは軌道を大きく外れているのだ。が、ソレに仮にも答えたジブンは何だ、と逆に言われれば「しらねぇ」としか答えようが無い。流された、の一言で片付けるならばそれはあまりにも見事な流されっぷりだ。ダウンバーストに巻き込まれたトリ並みだ。それも一度や二度じゃ無いわけであるし、言い訳などつかない。

ふらっと毎夜のように現れるキンイロアタマ相手に戯言と少しばかり深い口付けで済ますことも、その先まで見切りをつけて飛び込むことも様々だが。今朝のメディカル・チェックで漸く眼帯を外す許可が下りた。ということは、そろそろ完治まで間近いのだろう。
「このまま大人しく退院してやるのも癪だな、」
ゾロが呟く。
「噛まれ損な気が多いにしやがる」

「なぁにがソンだって?」
ひょい、と。扉から思考の中心にいた人物が覗きこんだ。
「こっちの話だよ」
「へえ?」
に、と笑みを口元に刻んでサンジがスツールを引き摺ってベッドの側までやってくる。こんばんはー、などと暢気に言いながら。
「月が三つとも満月だよ、そと」
く、とサンジが顎で窓を示す。
「ふゥん、」

「愛想ナシ」
「メリットが無ェからな」
「うーん…煙草でもやろっか?」
「なんだよ、おれに愛想よくして欲しいのか?」
「や、むしろ懐け」
真面目な色を乗せる蒼をゾロが覗き込み訊ねる。
「―――懐く?」
「そう、懐け。餌付けもしたろ?可愛がったし。おまえにヒト型コミュニケーションは通じないかもしれねぇのはもしかしなくてもおまえに混じってるマオどもがそもそも猫科の亜種だからかもしれねえって起源説に基づいて勘弁してやらなくも―――」

むぐ、とサンジの言葉の続きはゾロの掌によって押し込まれた。
「懐いてやろうか」
ミドリがすう、と底光りする。
眼差しを受け止め。こくこく、とサンジが妙に真面目な顔で頷くのに、奇妙なことに心臓の辺りが温もる気がし。
苦笑を浮かべそうになる自分を抑え、ゾロが落とした声で告げた。
「じゃあ―――、」



                                    --- Fell, Fall, Fallen ---
「じゃあ―――、動くなよ、」
どこかからかうような響きを底に混ぜ込んだ声が、ゾロの妙に形の良い唇から洩れる。
まっすぐに躊躇うことなく腕がジブンの顔の横に伸ばされ、サンジは目を逸らさずにいることが難しかった。
落された声が背骨を伝って一々音を身体に引き摺っていく。
アタマの後を固定される、両手に。

「してやられてばっかじゃ、能がねェだろ?」
ぞくん、と。背の中心が震えそうだ。
「なに……?完治しました、ってアピールすンの、おまえ?」
く、と唇を引き上げて笑みを作ってはみるけれども。
「―――や?そういやスキに抱いてみたことねぇな、って思い当たっただけだ」
「“ふゥん”?」
心臓がいま、跳ね上がったが。そ知らぬ振りで、相手の口癖を真似てみる。

「懐いて欲しいんだろ?」
「ウン」
頷く。それは本意だからだ。それはとりもなおさず、好意であるのだし。
すぅ、と唇を引き伸ばすようにして笑うゾロを、まっすぐに見詰めてみる。空気が少し動き、そのカオが近づいた。



                                     --- Sugar ---
蒼が、ひやりと冷たい味を連想させたから舌先を伸ばし、眼球に触れた。
掌の下の、肩が強張るのが伝わる。押し殺した吐息が短く零れ、言葉が聞こえた。
「―――なンで、」
そう、相手の耳元に声を落としこむ。
「じゃあ誘う相手、間違えたンじゃねェの」
言葉にしながら、僅かに揺らいだ肩から首筋への線は掌で覆ってみる。
「間違えてねェよ」
トーンが微かに変わり、格段に艶めいて声が返される。語尾の掠れ具合が中々楽しそうだ。
ヘンタイ、とは聞き捨てならねェなあ、とゾロがわらい。耳朶に軽く歯を立てるようにした。
指に、髪を絡めるようにすれば。ジブンで脱ぐ、と言われ。御好きに、と返した。そうさせる気はさらさら無かったけれども。


噛み締められた唇が赤くて美味そうだったから、舌を伸ばして舐めれば。詰めていた息とあわせられて短い喘ぎ声が漏れた。それが耳に甘い。
ゆっくりと唇の合わせ目に這わせ、濡らしていく。舌先に熱い吐息が零される。掬い上げるように引き戻し。
微かに強張るようだった項を撫で上げて、後頭を掌ぜんぶで掴むと引き寄せ、深く噛みあわせた。
逃げるかと思えば、少しばかり竦んだだけで、引き寄せ絡み取ろうとしてくるのにゾロは薄く口元で笑う。
髪に指を絡めて細い身体を抱き上げるようにし。
そのまま、落とし込める。中をまた深く充たされて上がった声ごと、喉奥に呑み込み。ふつ、と温度が上がるのを自覚する。
「もういい。クッチマオウ、」そう決め。
跳ね上がるように震える身体を一層、オノレを埋めるために引き寄せた。眼差しのした、逸らされた首にも、後で歯を立てるに違いない、と薄らと自嘲しながら、息を取り込もうとする唇を塞いだ。

肩を何度か手で打たれる。些細な抗議をしてくる手を捕まえ。手首ごと握りこんで押しとめる。
押し返そうとするチカラが自然と返されるのに、もう一度薄くわらう。
そして掠れた、短い声があがる内を掠めさせれば、その同じ指先が焦れて肌に埋め込まれる。
熱と渇きを刻み付ける。
「―――…ぅあ、っぁ…ッ」
潤んだ蒼が、閉ざされ。
なんつぅ声出すんだっての、と一瞬思いが霞める。
肌の温度が上がった頬に滑らせ、眦に唇で触れ。ぺろりと滲みはじめていた涙めいたモノを拭う。
緩く穿ち、蒼が現れるのを待つ。
空を突き抜けるときの蒼、それを思い出させる色味が間近で揺らぐ。
「美味いナ」
に、と唇を吊り上げ。
引き起こされる波に震えるようだった身体を片腕で宥め、抱き。
額に唇で触れてみる。
「遠慮なく、喰う」
喰え、って脅したの、あんただしな。
うっすらと笑みが蒼を過ぎり、ソレさえ実に美味そうだ。
片足を引き上げさせ、短く零れた声ごとサンジの唇を食んだ。引き込まれるかと錯覚する、それさえも可笑しい。

馴れたのはどちらが先かといえば、わからない。
腕を伸ばして抱けば、慣れと不慣れの合間に、この身体はあるようだ。隙在らば拒もうとでもするように、けれど四肢は回されて。逃げるように差し伸ばす肩から耳元までの線は、唇と舌とで辿る為だけに在るようで。
「あんた、無茶苦茶だな」
僅かに上がる息に混ぜて、声を落とす。揺らぐように下肢を引き上げさせ深くまで入り込み。
痕の浮き上がるまで首筋を吸い上げる。身体の間で熱く弾けるものがある。沸点の先の先まで押し上げるように内を幾度も抉り。自分が引き起こさせた声に。ゾロがに、と唇を吊り上げた。
「けどまぁ―――騙されてやるよ、」

おまえのその蒼に免じて。

そう囁いたゾロの声は、眦からほろりと熱に潤んだ雫を零した相手の耳に届いたかどうか。




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