茜色に空が染まるころ。朱色染まったバスルームに黒いシャツに黒いタイ、黒いジャケットとスラックスの男がするりと降り立ちました。
 あぐあが、と砕けた顎を上下に蠢かし、震える指先を伸ばしてきたヒトを見下ろし、むっつりとした表情のまま言いました。
「まいど、死神っす」
 真面目だか不真面目だか解らないトーンで告げた金髪の青年に、血と涙を両目いっぱいに浮かべたヒトが、ひゅう、と喉を鳴らしました。
 こく、と“死神”が頷きます。
「イタダキマス」
 背中に手を回した青年の背後でカチンと音が響き。ひょ、と腕を前に回しがてら、空を切りました。
 するとどうでしょう、恐怖に慄いていたヒトの魂がそれに引っかかるようにして血まみれの身体から抜かれたではありませんか。
 肉体という枷から抜け出した魂が、捕まっては大変、と逃げ出そうとします。が、無表情の青年はそれを逃したりはしません。
 あっというまに尻尾のようなひょろっとした部分を掴むと、あん、と口を開け。
ぱくん、とそれを呑みこんでしまいました。ぺろ、と舌舐めずりをした青年が片眉を跳ね上げ、すたすたと歩いて体中の骨を砕かれた血まみれの遺体を後にします。
 背後で引きずられている巨大な鎌は引っかかることもなく、音も立てず壁や家具を切り裂いて青年の後ろをついていきます。
 青年が歩いていき、ベッドルームにあるクローゼットの扉を開けました。その中には今にも息絶えそうな小さな身体がありました。
 ふゃ、と掠れた小さな声を上げた赤ん坊を見下ろし、青年がまた言います。
「どうも、死神っす」
 ひょ、と青年が鎌を降りあげれば、あっという間に小さな魂が小さなやせ細った身体からに抜け出ました。
 ほわ、と浮いてどうしたらいいのか解らない風の小さな魂を指でつまみ上げ、青年が真っ黒いスーツの胸ポケットからタグを一枚取り出しました。
 ぺろ、と裏紙を剥し、ぺとりと送り状を小さな魂に貼りつけます。
 そして、ぱ、と掌を開ければ、一瞬迷ったようだった魂が真っ直ぐに天に向かって登って行きました。
 その様子を見守り、残されていないことを確認してから、最後の獲物を狩りにいきます。
 この場所で最初に食べた魂は、結婚詐欺師の魂でした。バレて報復を受けて死んだのです。
 天国に送った魂は、結婚詐欺師がうっかり作ってしまった子供。これは天国へ特急便でのお届けになりました。
 最後に残った死にかけは、結婚詐欺師の全身の骨を砕いた殺人犯です。
 結婚詐欺師のカモでしたが、実は犯罪グループの幹部で。騙された腹いせに結婚詐欺師を殺した後、その残忍さについていけない、ということで部下に拳銃で撃たれたのです。
 リヴィングのカウチに倒れこんでいたマフィアの幹部のところに行き、ひゅうひゅうと喉を鳴らしている男の隣で、死神が言いました。
「ちわっす。死神っす」
 そして、ずぱっと大鎌で幹部の魂を肉体から刈り取ると。暴れる暇も与えずにむんずと掴みとり、あん、と開いた口の中に落とし込みました。
 びちびち、と口中で動く“活きの良さ”を愉しみ、死神がちらりと袖を引いて、鈍いクロム色の腕時計を見下ろしました。
 ひゅん、と鎌を振ってカチンと音がすれば、あっというまに死神の大鎌は手の中に収まるペンに早変わりです。
 それを胸ポケットに挿し、代わりに携帯電話を取り出します。
 リダイヤルを押し、死神が言いました。
「どうも、ショーンです。終了しました」
 それだけを言い、通話ボタンを押すと。ひゅる、と身体が空間を渡り、次の瞬間には町に戻っていました。
 ヒト以外のモノノケやら妖怪やら、人外の存在が生活している人呼んで“ハロウィンタウン”です。
 そのはずれに、死神だけが集う一角がありました。人間界と繋がった、唯一の死神専用の“扉”があるところで、傍目には郵便局のような建物です。
 外に対して向いている窓口に向かい、ショーンが使用したタグの半券を差し出しました。
 がそ、と新しいタグの束と交換です。
「お疲れ様」
 そう中の職員の骸骨が言い、ショーンが頷きました。
 そして、その建物のパーキングに止めてあったハーレーデビッドソンモデルのバイクに跨り、ぶるん、とエンジンをかけ、あっという間にその場を後にしていました。
 今日の死神ショーンの仕事はもう終わりです。
 あとはウチに帰り、やってくるお客を待つだけです。
 ――――というか、もういっそショーンの家で待ち構えているでしょう。
 ショーンの家で退屈だ、とぷすりと唇を尖らしているだろう客人のことを考え、初めてショーンの口端が笑みに吊りあがりました。
 そして、ぶるん、とエンジンを吹かせて、帰路を心持ち、急いだのでした。

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 ノーマンはハロウィンタウン生まれのハロウィンタウン育ちだと自分では思っていました。
 なぜなら気が付いたなら「ここ」にいましたし、ここの「ほか」のことなど何も覚えていないし、知りません。
 ただ、「ここ」より上等らしい「地獄」にはマモノである自分と似たようなモノはいるらしい、とは聞いて知っています。
 ハロウィンタウンの妖怪連中は、なぜ魔力だって自分たちとは途方も無く桁違いのノーマンが「ここ」にいるのか不思議がりますが、ノーマンは知らんぷりです。
 ただ、タウンの「地獄の教会」にある、めらめらと燃える「在ってはならない聖書の頁」が奉られている炎の燃え盛る供物台の前でたまにノーマンは唸ります。
 タウンの自分以外の住人は、割合と自由に「上」を覗きに行って悪さをしてきますが、ノーマンだけは「王様」の特別な許しがないと滅多に「上」へは行けません。
 燃え上がる炎の向こう側に透けて見える影は、いつもにやりと唇を吊り上げて「オマエが行ったらカオスになるからナ」と言うのです。
 それで、ぶ、とノーマンは膨れ面を作りますが、ただ拗ねているようにしか見えません。
 ノーマンは、「情動の塊り」なのだとタウンの連中は言います。
 それにノーマンが不用意に「上」へ遊びに行くと、切り裂き魔や絞殺魔や連続殺人鬼などが跋扈するだけでなく、大量殺戮者やネジのぶち切れた皇帝や世界大戦などが、わっと一度にイナゴのように湧き起こって上は「ケィオス」になるのだそうです。
「なってないー」
 けれど、そうノーマンはぶうぶうと文句を言います。
 少し上が賑やかになって、タウンの住人にも「燃え盛る香り」がほんのり届く程度です。血潮の匂いと。
「上」とは違って地獄へ降りることは禁じられていませんが、ノーマンはおしとやかな地獄に遊びに行く気にもなれませんし、だからタウンでごろごろと退屈だ退屈だと野原を転がったりするのです。
 両手に良く切れる諸刃の刃を持って転がるものですから、生きている草は斬り殺されますし、うっかり側を通りかかった下級の妖物などはすっぱりと斬られてしまいます。
 ノーマンがタウンで「切り裂き魔」と言われる由縁です。
「はあああああ」
 今日も、ノーマンは退屈していました。
 ざくざくと髪を鋏で切ってオモシロイ風にしてみても、なんだか気乗りがしません。
 そして、化粧を変えてみることを思いつきました。
 ぐるっとダークな色合いで、スモークの掛かったように煙るような具合にいつもは目を囲んでいますが、その囲んだダークな色合いを、ぐうっと頬のあたりまで下瞼から伸ばしてみます。
「ははは」
 黒の隈取をしたままで泣き喚いていたヒトの顔を思い出して、ノーマンが笑います。
 黒の眼帯はこのごろのお気に入りなので片目は隠したままです。
「んんー」
 く、と首を傾げます。
 なにかもうひとつインパクトが足りない気がするのです。小ぢんまりと綺麗にまとまりすぎています。
 ノーマンは常々、自分の顔は好きですがインパクトが欲しいと思っているのです。
 上に出たなら、当然下でもですが、腰が抜けるほど美しい若者、と言われますがそんなことはどうでも良いのです。
 王様にだって「カワイコチャン」と言われますが、そんなものより「すげえの」がノーマンは好きなのです。
「んんんー」
 口を引き曲げて考えていたら、ピン!と思いつきました。
「イけるかも」
そして、黒の糸を取り出して、ざくざくと右頬から左頬まで、口を黒糸でジグザクに雑に縫ってみます。
 別に痛くはありません、針が通っていくのが少し分かる程度です。
「―――――おぉおお」
 これはなかなかのインアパクトです。
 傍からみたら、美しい顔立ちにグロテスクなアクセントが付いて、かなり倒錯的にキています。
「しゃべれるし」
 いひひ、とノーマンが仕上がりに満足気にわらいます。
 ぴょん、と踵で跳ねたので重いブーツの音がしました。
 もっと頬を切り裂いてみても良いのですが、そうすると文句を言われそうな気もします。
 もちろん、仕事だから、と「上」へしょっちゅう出かけていく死神にです。
「ア、ァ、ア」
 咽喉を反らせて声を出してみます。口を縫っても別に支障はなさそうでした。
 ただ、細長い首に巻かれた包帯がじわっと赤に滲みました。
「ありゃ」
 そこは髪を切るときに間違えて鋏の刃先が刺さってしまっていたのです。
 ふんふん、とハナウタを歌いながら新しく包帯を巻きなおしていきます。ノーマンは首や腕や腿などに飾りのように包帯を巻くのも嫌いではありません。
 そして白の毛皮のエリ飾りのついた黒の身体にぴったりと添うコートを被ります。
 その下は白いTシャツとボロボロに裂けたこれもぴったりとした黒のハンパな丈のパンツです。
 しゃらりとブーツに付いた飾りのドクロが鳴りました。
「うるさいよ」
 騒ぐと潰すぞ、と唸ればたくさん繋いだドクロはみな黙り込みます。
 ノーマンはなにごとも、言ったら実行するのです。
「あぁあああつまらない」
 身だしなみを整えてしまえば、もうすることはありません。
 たっぷりと時間を掛けたのに、です。
 髪を切る前は、搾りたての生き血の風呂に長く浸かって、ぶくぶくと歌をうたい、たくさん集めて176色にまでなった『目』の色味を決めて、798万目の「切り口」を考え、気紛れで手に入れた「銃」の手入れもし。
「うぉあああ、ツマラナイ」
 美しくも異様な風体に身なりを整え終えたノーマンは唸ったのです。
 こんなに今日が退屈でツマラナイ理由は、死神が「仕事」に出ているからです。
 ただ、その分、見返りも大きいのです。
 必ず、なにか「土産もの」を上から持って帰ってきてくれるよう、もうずっと長いことそういう取り決めであるのです。
 ノーマンが覚えている限り、死神のショーンはずっと死神で。ノーマンが長いこと覗けずにいる「上」の欠片を持ち帰ってくるのです。
 なぜなら、そういう約束だから。
「もどってっかな」
 ぐう、とノーマンが身体を伸ばします。
 コートの袖から伸びた刃が、ばさりとシャンデリアを切り下ろし、それが真横に落下してくるのに舌打ちし、ノーマンがぶん、と腕を振り回しました。
 ひぃと声がして、偶々運悪く側を漂っていた妖物が4つに分断されて落ちてきます。
「ハダカ覗いてるのが悪い」
 フン、と言い切り。ざくざくと大股でノーマンが応接間を横切ります。
 死神の家で時間を潰すことにしたのです。
 あそこでなら多少つまらなくなって暴れて転がっても、集めているものが少ないので面倒くさくありません。
 タウンを通り過ぎ様、ゴーストたちが透ける手をノーマンに振ります。
「あら今日もカワイイ」
「かわいくない」
 フン、とノーマンが威張って続けます。
「ゴスだからな!」
「あらゴシック?」
 でもノーマンはカワイイお顔だものねえ、とくすくすとゴーストが固まって笑います。
 そして、尖ったブーツのつま先でばふっと空気を描き回されてしまい、あーれー、とゴーストたちはふざけて霧散してき。ざくざくとノーマンは目的の家まで向かったのでした。
 目指すところに着くと、大きな石作りの扉に向かって「開けバカヤロウ」と呟けばあっさりと中へ通されます。
 そして、どっかりと、高く足を組んで主の椅子に腰掛けました。
 ぎゅ、と口はへの字です。糸で縫われていますが。
 トン、と踵で一度椅子の台座を蹴りました。
 そしてそれが段々とリズムを烈しくしては収まり、を繰り返していたのです。
「退屈だ」









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こんな感じで異世界でもラブラブな感じ。