泣いて、泣き終えて。
すこし瞼が腫れてるかもしれない。
窓に映った反射で、確認しようと思ったら。
外は、斜めに大粒の雪が降り落ちていた。
ふ、と視線を落とした窓の下。
反対側の車線、見覚えのあるハデな車が、キィィ、とブレーキ音を響かせて、止まっていた。

背が高めの男性が、歩道に降り立った。
シルバーっぽいロングコートを着ている…ように見える。
ひらひら、とたなびいて、中は黒一色、のようだ。
窓越しに、ドライヴァと何かを言い合って。
車がするりと走り出していった。

NYCのメインストリートなだけに、さすがに減り過ぎない量の車の間を。
ずかずかと歩いて渡っている。
クラクション、ブレーキ音。
怒鳴り声。
一瞬立ち止まって、何かしていた。
………これが、もし、オレの愛するオトコだったら。
今のは、中指を立てたんだろうな。

けど。
もし、とかなんとか言ってるけど。
確信してる、アレがオレのゾロだって。
ふ、と笑いが漏れた。
…天才だね、ゾロ。
さすが、プラチナ・ディスク保持者。

道路を渡りきったのか、す、と姿が見えなくなった。
窓の外のトラフィックの音、消えて。
また静かに、ジャズ・ピアノの音が店内に溢れていく。
心の中でカウント・ダウン。
もうすぐ現れる、オレの最愛の人。
オレの愛が溢れていくのは。
オレの愛する、ロック・スターにだけ。

低い声が、僅かに聴いてとれた。
金髪でシケタツラ曝してる客。2階か?
そうよく通る声が、足音の合間を縫って、響いてきた。
…シケタ面かなぁ?
…うう、ゴメンな、ゾロ。
泣くつもりはなかったんだけど…やっぱり泣いてしまいました。

「わかった、アリガトウ」
思いの外、近くで。
ゾロの声。
とくん、と心臓が跳ねた。
どきどき、が始まる。
…恋してるなあ、オレ。

そう思って、ゾロに目線を上げようとするより先に。
鼻先に、ザッと小さな花束を突きつけられた。
「オカシナ色を好むな。数がねぇぞ」
オレの好きな色のバラ。
オフホワイトとクリームの中間。
ヴェルヴェットのような花弁。

「ゾロ」
名前を呼ぶ。
見上げた。
「あー、おまけに。ブッ細工なツラしやがって」
案の定、シルヴァグレーの、多分ポニースキンのファーコートに。
下はVネックのカットソー。黒のパンツ。
目にはサングラスかけて。

…同じ黒なのに、ハデだね、アナタは。
ぐい、って花束、鼻先に押し付けられた。
「ん、苦しいよ」
薔薇の香りで咽そうだ。
「泣くな、バカサンジ」
く、と頭を抱きこまれた。
「イブに放り出されて泣きてェのはおれだっての」
強く。迷う事もなく。

「ゴメン。けど。どうしても、返さなきゃいけないものがあって」
ぎゅう、とゾロの背中に腕を回した。
「ヒカリ。返せたかよ」
「…新聞、気付いた?」
…どうしよう。
今度は、嬉しくて泣けそうだ。
「おう。エースとな、読んだ。部屋で」
「ウン」
笑う。
じゃあ、さっきのドライヴァ、エースだ。
「返せた、全部」
そして、全部、送り出せたから。

「バカヤロウ。"エンジェル"か"マリー"か、"アトリエ"か。マンハッタン中のカフェ回るところだ。
わかりずれぇよ」
「…アトリエだけ、大文字だったでしょ?」
すり、と頬を摺り寄せた。
「エースが!!天使だから"エンジェル"にいなきゃ嘘だとか抜かすしな」
「エンジェルは、やってくるものでしょ?」
金色の、殺し屋の、天使。
連れてきてくれた。
会いたかった、サンジ。

「―――連中。」
「ウン?」
「……生きてたか、そっか」
顔を擡げたら。
ゾロが、に、と笑ってた。
「ウン。幸せそうだった」
「ただ、あの散文の所為で、思いついた」
立ち上がって、眼鏡をロングTシャツの胸に引っ掛けた。
ウールのジップアップを着る。
ざ、とジッパを引き上げられた。
笑う。
「何を?」

ゾロが巻いていたマフラ。する、って大きな手が引っ張って。
くりん、ってオレの首に巻かれた。
ライトグレイの、ゾロのマフラ。
オレのマフラといえば、ゾロが自分に巻いていた。
…ちょっと色が合わないぞ、そのダークグリーン。
シルヴァとケンカしてるぞ?

「わかってやってンだよ」
「へ?」
ごち、と額を突付かれた。
思いついたこと、じゃないんだ。
ああ、マフラのことか。
笑った。

「あァ、と。で、いま。部屋中キャンドルだらけにさせてるから。」
「…なんでまた?」
キャンドルだらけ???
「オマエが書いたんだろう?クリスマスに恋人同士が灯かりの元で抱き合うから、って」
……Before the lovers embrace on the Christmas day.
確かにオレがそう書いたけど。
ソレは、あっちのサンジとゾロのことで。

「リクエストの通りにキャンドルだらけにしておいた、」
ゾロが、得意げな顔をして笑っていた。
「どこでも抱き合えるぞ?」
そう言って。

「…ゾロ」
…うわ、どうしよう?
オレ、めちゃくちゃ、気持ちが溢れ出してる。
スキって気持ち。
愛してる、って気持ち。
激しくて、熱くて、とろりと甘い気持ちが。

「ん?」
ゾロの目、すごい煌いていた。
とてもとても優しい表情で。
そしてオレは、また恋に落ちる。

「オレ、ほんとうは、この後」
どきどき、ってしてる胸の音。
聴こえてしまいそうだ、ゾロに。
さらさら、と髪を撫でられて、目を細めた。
「…教会行こうと思ってたんだけど」
「―――フゥン?」
…思ってたけど、ああ、だけどね?
「ダメだ。オレ、アナタと愛し合いたい」
どうしよう、ああ、ほんと、なんでオレ、こんなところにいるんだろう?
いますぐ、ゾロに。この胸の音、聞かせてあげたいのに。

ハハ!って、ゾロが。
とても嬉しそうに笑ってた。
腕の下に手を入れられて。ひょい、って抱き寄せられた。
とろり、と意識がそれだけで甘くなる。
「5分待て。速攻でクルマ捕まえる」
「ウン」
耳元、声が落とし込まれた。
く、とゾロの歯が、耳たぶをピアスしていって。
ぞくり、と腹の底が跳ねた。

「あぁ、やあっと。美味そうなツラに戻ったな、ベイビィ」
熱くなる。快楽の予感。
くく、ってゾロが笑っていた。喉奥で。
「そう言う事、言っちゃダメ」
キュウ、と愛しさで胸が鳴る。
腕の中、引き込まれたまま。
「なんで?サンジ」
階段に向かっていく。
「5分も、待てなくなる…」
吐息が弾む。
声が、ゆらりと震えたのを自覚した。

「Thank God!! I got an angel in my arms」
直立不動の客や店員たちの間を抜けて。
開いた自動ドア。
ふわ、と冷たい空気。
ざああ、と舞い落ちる雪。
目の前、キャブが停まっていた。
「あぁ、ほら。いただろ?」
「…ウン」
乗り込む。

ゾロも乗り込んできて、ホテル・ジラフ、ってさらりとドライヴァに告げていた。
バックシートに腰を落ち着けて、ちゅ、と柔らかなキスを貰う。
走り出す、車。
ゾロの手を、捕まえた。
握り締める。
柔らかで暖かな手触り。
「オマエがどこにいたって、みつける自信があるよ、おれは」
トクン、と胸が高鳴った。
ゾロが、に、と笑うのを見て。

「ゾロ」
ああ、声が掠れた。
ヤバい。
どうしよう、早く欲しい。
すい、って手の甲に唇が押し当てられた。
きゅう、って胸が鳴る。愛しさに。
ああ、そっか。
さっきまで、心に残ってた想い。
それを全部、渡してきたから。
…止めるものが、ないんだ。この気持ち。
温水のように湧き出ていく。
止まらない。
止める必要も無い。
ぜんぶ、ゾロに渡すから。

ゾロの耳元、唇を寄せた。
「ゾロ」
もう一度名前を呼ぶ。
さらり、と肩を撫でられた。
もう片方の手を、きゅう、と握る。
「―――アリガトウ、」
そ、ってゾロが言った。

首を振る。
オレの方が、ありがとう、だよ。
オレ、随分とアナタを待たせちゃったね。
でも、もう本当に。
全部、アナタだけのものだから、オレは。
「…愛してるよ、ゾロ」
そうっと囁く。
「でね?」
く、と一層抱き寄せられて。
耳に唇を触れさせながら、続きの言葉を落とし込む。
「アナタに愛されたくて、堪らないんだ」
ああ、どうやってアナタを喜ばそうか?
笑った。

「なぁ、ミスタ・ドライヴァ。あと2分で着いたらチップ50ドル。どうだ?」
ゾロの言葉に。
グン、とアクセルが踏み込まれるのを感じた。
「シ・シニョール」
歌うようなドライヴァの声。
「グラーシアス、アミーゴ」
ハハ、ってゾロが笑っていた。
「El policia nos dejaria ir. !Es vispera de Navidad hoy!」
陽気なドライヴァが。
今日はクリスマス・イヴだから、警察も多めに見てくれるだろう、って言ってた。

「サンジ、オマエサイフ持ってる?おれ忘れてきた」
ふ、とゾロが言っていた。
サイフ、ポケットから引き出した。
「さっき、バラ買ったからなぁ。いま40ドルくらいしかねぇな」
「ダイジョウブ」
ゾロの手の中に押し込んだ。
「おお。ココロヅヨネ、オニイサン」
にかぁ、ってゾロが笑った。

ドライヴァ、目の前を行き交う雪とトラフィックに釘付けだ。
かぷ、ってゾロに噛み付くようにキスをした。
ドキドキは、まだ納まらない。
『スキって気持ちが溢れた時は。キスするモンだろ』
そう教えてくれたのは、ロクデナシなジャズマンだったけど。
アナタに愛されたから、今のオレがいる。
オレも、その教え、正しいと思うから。
にこお、って笑ってみた。
ゾロの舌、ぺろり、ってオレの唇を辿った。

「…早く、ソレ、味わいたい」
思う存分。
ゾロの舌の後を追って、舌なめずり。
ハシタナイかな?
でもイイヤ。
オレは聖人君子じゃないし。
純情でもないし。
何もしらない初心な坊やでもないし。

キキィ、ってすごい勢いで車が止まった。
うわ、早いね!
「メンドウだから、100ドル札1枚あげちゃえ」
ゾロに言った。
「ブラーヴォ」
「クリスマスだし。オレ幸せだし。おすそ分け」
ゾロがピラ、って抜き出して、ドライヴァに渡していた。

扉、顔馴染のドアマンに開けられた。
ゾロが下りるなり、オレを抱きかかえて。
「ほらな!ジェローム!1時間でみつける、って言ったろうおれ」
シンプルでハンサムなエントランスの中に走りこんでいく。
後ろでドライヴァが、Feliz Navidad!って叫んで、車を発車させてた。
声をかけられたドアマンが、参った、って笑ってた。

全部、それも全部、置き去りにして。
やってきたエレヴェータ、飛び込んだ。
ドアが閉まるのも待ち遠しく、ゾロの唇に口付ける。
首にしがみ付いて、何度も啄んで。
ゾロの唇が、笑みの形を刻んでた。
余裕だね、ゾロ。
ん、と舌を割り込ませた。
ゾロの口の中。

いつの間にボタンが押されていたのか。
ティン、って乾いた音がして。
あっという間にトップフロアに到着。
「ゾロ」
「ん、」
何度もバードキスを送りながら、名前を呼ぶ。
「スキ」
止まらない。
ゾロがドアを開けている間も。
身体の奥底、マグマが噴火したみたいになってる。
「愛してる」

「あンたのことを、際限がないくらい愛したいな」
「愛して欲しい」
「溶かして喰っちまいてェよ」
「喰って」
上から下まで、余すところなく。
「全部、ゾロの」
すう、って背中、撫で上げられた。
ぞくぞくぞく、と快楽が沸き立つ。足元から。

「もう、泣くなよ…?」
「泣くとしたら、もうアナタのためだけ」
「フゥン?」
全部、全部、ゾロの。
ペロ、と頤を舐められた。
目を開いて、ゾロの目を覗きこんだ。
キラキラ、って輝いてる目。
明るくて、眩しい。
ダイスキな目。

「でも、今夜、また泣くと思う、オレ」
ちゅ、と唇に吸い付いた。
「アナタがスキで、また泣くと思う」
嬉しくて。
幸せで。
笑いながら。
きっと泣いてしまう。

セータのジッパを降ろす音に、息を一つ吐いた。
「オマエ、泣き顔もかわいいからなぁ、」
「それはオレ、わかんないけど」
ぱさ、とゾロのコートがカーペットに落ちた。
「じゃぁ、おれのカオみてろ。際限ないくらいに、にやけてるぞ?」
「ウン」
く、ってゾロが笑った。
きゅう、ってきつく抱きしめられた。
「ゾロ」
抱きしめ返す。
「服、脱ぐ時間も惜しいくらい、アナタが欲しい」
「Very Merry Winter Holidays, darling」
サイコウのギフトだな、ソレ。
ゾロが笑いながら言っていた。

「けど…渡したいものがある」
ゾロの目に映るキラキラ。
ああ、本当に部屋中、ロウソクだらけだ。
点けるの大変だったろうな、スタッフ。
ありがとうね、気持ち、嬉しいです。多分、見れないで終わりそうだけど。
だって、オレはゾロを見てるだけで、いっぱいいっぱいだし。

デニムのポケットを探った。
あぁ、なに?、って言ったゾロの目を覗きこんだ。
「当ててみて?」
クリスマスは関係のないギフトだけど。
「カギ、はないよな、一緒に住んでるし。」
フン、てゾロが考え込んでいた。
ヒント。
「永久、を意味するものだよ」
ゾロと、サンジの指にも嵌めてあった。
オレのは、あんなシンプルなヤツじゃなくて、もうちょっとデコラティヴだけど。
けど、プラチナってとこは、気が合うんだろうな、アイツらと。
やっぱり。どっか奥深いところで。オレたちは、繋がってるんだろうなぁ。
先を越されちゃったか。別にいいけど。
微笑む。

「わっか?」
ゾロがケラケラと笑って、頷いた。
「そう、ワッカ」
す、とゾロの表情が、笑みを少し残すだけになった。
「…どうしたの?」
ゾロ?
頬を撫でる。
「―――や?なんていうの、こう」
「ン?」
ゾロの目を覗きこんだ。
なんだろう?
「気が合いすぎるのも、どうかと―――」
「…そう?」
うーん、なんだろ?

「あーと。サンジ?」
「ハイ?」
「おれのバックポケット。手、入れてみろ?」
右、って付け足されて、手をバックポケットに突っ込んだ。
指に当たるもの。
かちり、と硬い、人肌に温まったソレ。
小さい輪の形状。
引き出す。
握りこむ。

「…ゾロ、提案」
「ン?」
「コレ、ゾロに嵌めてもらいたい。けど、その前に」
ゾロの手の中、まだ見てないゾロからの指輪を押し込んだ。
す、とゾロの目に、笑みが過ぎったのを見た。
「3,2,1、で見せ合わない?」
「あァ」
一緒に、プレゼントを開けよう。
クリスマス・ディになる時は。
きっと腕の中で蕩けてるから。

「じゃあ、カウントダウン、」
「Okay, On the count of three, ready?」
空いてる方の手で、ゾロの首を引き寄せた。
額を合わせる。
「Yes, Sir」
ゾロが応えた。
笑いあった。

Three,
Two.
One.
声を合わせて、カウントダウン。
Zeroに合わせて、掌を開く。
ゾロの掌には、ピンクゴールドの、波形がかったリングが。
オレの掌には、インディアン・ジュエリを造るイトコに特別に作ってもらったプラチナの、彫刻の入った少し
太めのリングが。

にゃは、って笑いあう。
嬉しいね、幸せだね。
額を合わせて、ぐるぐる、ってされた。
「Darling, kiss me」
笑って言う。
そして、それをオレにチョウダイ。
早くしないと、オレがアナタに圧し掛かって。
洋服、剥いじゃうぞ?

「There must be an angel by me side,」
オレの側には天使がいるに違いない、そう歌うようにゾロが囁いた。
そうっと口付けられて、うっとりと目を細める。

する、とリングが指に嵌った。
笑って、ゾロの指にもリングを通した。
薬指。左手。愛を誓う場所。
「外すなよ?」
「ゾロもね?」
キスして囁かれて、囁きで返した。
「I love you with all my heart」

「世界中に、祝福したくなるな、」
笑って、唇を啄みあう。
「オレからもう一個提案」
「―――こんどはなんだ?」
「…次に作る曲で。世界中の人に、愛してるって言って」
「オマエ限定なんだけどな、それ?」
「うん、だから。その辺りは誤魔化して。世界中の人に言ってるようにして、でもオレだけに言って?」
オレの目を覗きこんだゾロに囁いた。
「ブレスの合間に、オレの名前、囁いて」
「フン。おれに出来ねェことは、ゼロだ」
音にすること無く、オレの名前を紡いで。
「任せろ、」

ふんわりと笑ったゾロに、身体を委ねた。
「メリークリスマス、オレの愛するロック・スター」
「メリークリスマス、やっとおれのになったな、サンジ」
「これからずっと、アナタのだよ」
くう、と優しく抱きしめられた。
とても、とてもやさしく。

世界中の誰よりも。
アナタを愛して、アナタに愛されて。

オレは、とてもとても幸せです。






Finito


back